【対談インタビュー】難易度が高く長年手つかずだった人事制度改定をパラレルワーカーと一緒に進めたサントリーパブリシティサービスの事例
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パラレルワーカーを活用して高い成果を残した企業にインタビューをする「対談インタビュー企画」。これまでもパラレルワーカーがスタートアップの1人目人事として外部から入り活躍した事例や、「採用が難しい」と言われるエンジニア採用の要件定義やアトラクトを成功させて組織規模を倍に拡大した事例など、数々のエピソードをご紹介してきました。
今回ご紹介するのは、全国80か所で施設運営管理などを行なうサントリーホールディングスの完全子会社 サントリーパブリシティサービスが、パラレルワーカーと一緒に人事制度改革を行った事例です。その経緯やプロセスについて、サントリーパブリシティサービス株式会社 人事担当者の山本 幸司さん、そしてパラレルワーカーの方にお話を伺いました。
■この事例のポイント
・社外から人事パラレルワーカーを受け入れ。議論が多岐にわたるために難易度が高く、長年、斬り込めなかった領域にも取り組み、本質的な課題解決につながる人事制度改定を実現した。
・受け入れ側の自組織理解度(現場・歴史など)の高さと、経営陣も巻き込んで議論が行えるオープンな環境が、パラレルワーカーの専門性や知見を最大限に引き出し、成果を生んだ。
<プロフィール>
■山本 幸司さん/サントリーパブリシティサービス株式会社
前職であるファーストフード店での店長経験を経て、2008年SPSに中途採用で入社。当初は文化施設の運営部門に配属となり、大阪や山梨での公共施設運営に計7年間従事。その後、現在の人事部門へ異動となり、育成・教育の担当課長を経て、2020年に人事部門全体を統括する部長に昇格。
■Aさん/パラレルワーカー
大学卒業後、23年超、30社超に及ぶ企業に対して、組織、人事、教育、採用の改革に携わる。大手コンサルティングファームや大手総合商社グループの組織人事コンサルティングを経験。製造・小売、商社・金融、サービス、ITなど幅広い業種での人事制度改革、人事部門のシェアードサービス化などの業務改革など、様々な組織や人の変革プロジェクトをプロジェクトマネージャーとして経験。また、大手宅配グループなどの事業会社では、人事部門立ち上げや人事制度刷新など、人事部門責任者の経験も有す。現職では、コンサルティング本部にて、組織・人の躍動化を支援する組織人事コンサルティングに従事する。
目次
長年の組織運営で複雑化した人事制度
──今回の人事制度改定はかなり大掛かりなものだったと聞きました。なぜこのプロジェクトをスタートさせることになったのでしょうか。
山本さん:サントリーパブリシティサービス(以下SPS)は、サントリーの工場などのご案内業務や、文化・企業施設の運営、施設運営のコンサルティングを行う企業で、1983年の設立から40年近い歴史があります。創業以来、事業を拡大し続けてきており、現在では様々な雇用区分の中で、2,500名以上の社員が勤務しています。
人事制度もその時々に合わせた改定をしてきましたが、結果として人事制度は複雑化し、様々な課題を内包するようになりました。
その代表例として挙げられるのが、総合職(事業非限定・勤務地非限定)と地域限定正社員(事業限定・勤務地限定)の境目が曖昧になってしまっていたことです。SPSは発足当初より女性の割合が多い会社で、現在も社員の約9割が女性です。
また、近年は結婚・出産後も働き続ける社員が増加するなど、働きかたに一定の配慮が必要な社員が年々増加傾向にあります。そのような状況もあり、総合職の中でも、全国転勤が可能な社員が年々減少し、勤務地の固定化が進んだことで、地域限定正社員との差異が実質なくなってきています。
2015年に総合職に導入した勤務地限定制度がうまく機能しなかったことも、この状況の背景にはあります。勤務地限定制度は、育児や介護など一定の配慮が必要な社員に対し、一定期間勤務地を限定した働きかたに変更できる制度で、申請者は総合職に支給していたグローバル給がその期間は支給対象外となり、通常の社員との差異を設けておりました。
しかし、今考えればわかるのですが、総合職のままでもそこまで転勤を命ぜられる機会は多くないわけですから、わざわざ給与が下がる勤務地限定制度を申請せず、万が一転勤を言い渡されたらその時に考えれば良いと思う社員が多く実際の申請者はほとんどいませんでした。
こうした人事制度の不整合をまずは解消することが今回の改定プロジェクトの目的であり、そのためにコーナーさんへ相談し、組織人事戦略コンサルティングのプロであるAさんに協力を仰ぎました。
Aさん:確かに、長年、事業ニーズや法改定などに適合するために、必要な人材区分や雇用形態が増える度に、段階的に改定を繰り返してきたことで、人事制度は複雑化していました。ですが、その一つひとつを見ると「いかにSPSが組織や人のことを考えていたか」が分かるほど、丁寧に思いを込めて作り込まれていました。ただし、問題点は、そのように絶妙に作りこまれてきた人材区分別制度が、事業環境が変わったことで合わなくなり、小手先の改善では解決しきれない状況になっていました。つまり、成長戦略に合わせ全体の整合を取り戻すために、抜本的な改革が必要になっていたということです。そこで、現行のある人材区分と人材区分をただ統合するようなアプローチではなく、改めて事業ニーズを把握することから始め、これからのSPSに必要な人材タイプ、職種体系から見直すアプローチを提言させていただきました。
当初は「人事制度のマイナーチェンジで課題に対処する」といったオーダーでしたが、現状分析を通じて「課題を解決するためには、複雑化した制度の糸を完全に解きほぐす必要があり、そのためには抜本的な見直しが必要」と判断し、結果的には踏み込んだ改革となりました。
これだけ大きな取り組みになったにも関わらず、比較的スムーズに改定を進められたのは、人事の山本さんをはじめとした人事部門のの皆様が、事業や事業部門の状況への理解が深かったからです。長年、こうしたコンサルティングに従事してきますと、様々なケースに遭遇しますが、なかには自社のビジネスはおろか、自分たちが管理・運用している人事制度についてすらよく理解していない人事の方もおられます。しかし、SPSの皆様は、ただよく理解しているだけではなく、「こんな組織にしたい」という想いや「これだけはやってはダメ」といったポリシーも明確にお持ちでした。そのような価値観やビジョンを持っていたからこそ、迷わず制度改定に取り組めたのだと感服しています。
外部人材だからこそ、見える視点や切り込める領域がある
──今回の制度改定におけるポイントは、どこにあったと感じますか?
山本さん:外部の人事プロフェッショナルであるAさんに介入してもらったことが一番のポイントだったと思います。
実を言うと、人事制度を抜本的に改定する案はこれまでにも幾度となく議論に上がっていました。
しかし、改定後の制度の内容によっては社員にとっては痛みを伴う可能性があるもの故、歴代の人事や経営陣も二の足を踏んでいた側面があったのでしょう。法改定等にあわせたマイナーチェンジは行うものの、抜本的な改定には踏み込めず、社内外の状況の変化も加わり、より複雑化していたのが正直なところです。
しかしながら、それによる弊害(退職者の増加、エンゲージメントの低下など)が目立ち始めたこと、また世の中的に同一労働同一賃金などの考え方が出てきたことを受け、いよいよ覚悟を決めたのが今回のタイミング。専門性や知見を補うことはもちろん、「社内の人材だけではどうしても決断しきれない領域がある」と感じていたことも、外部人材の力を借りることになった理由の1つになっています。
Aさん:人事制度の改定は数年に1回あるかないかの取り組みのため、社内に経験者が少ないことも多く、外部人材に任せっきりになりやすいものです。SPSにおいてもそんな状況は確かにありましたが、山本さんたちのオーダーは「自分たちには経験がなくてよくわからないからやってほしい」という依存してしまうようなスタンスではありませんでした。「外部人材ならではの客観的な視点でサポートしてほしい。当社のことをよく理解し、当社に合った解決策を提案してほしい」という目的や基準がはっきりしていたので、私もそれを尊重する形で取り組みを進めることができたように思います。
また、外部プロフェッショナルとしてプロジェクトに参加する場合、一般的には最終意思決定者である社長や取締役の方と直接ディスカッションを行います。でも今回は、あえて私が一歩引いて山本さんの壁打ち相手や案を授ける立場に回ったのですが、これも結果的によかったなと感じています。というのも、山本さんをはじめとした人事メンバーが組織のことを隅から隅までよく知っていたからです。
「ここが肝。これを外すとうちの会社では成功しない」
「ここまでがボーダーライン。これ以上やると従業員から納得を得られない」
現状把握のために2〜3か月掛けることも多いですから、こうした情報がなければ私ももっと苦労していたことでしょう。
ただし、外部人材としての客観的な視点を求められていたにも関わらず、先入観に近いものを持ってしまった瞬間もありましたが、山本さんたちのおかげで事業や組織、人材や人事制度の現状理解をスムーズに進めることができました。基幹職と地域限定職という形で正社員の区分を見直し、成果創出に向けての期待役割、働き方やキャリアの積み方、仕事における社会的なポジションなどを考慮し4つの社員区分に整理することが出来ました。
──外部人材としての客観的な視点や専門性があったとしても、これだけの改定プロジェクトであれば苦労された点も多かったのではと思います。その辺りはどうでしたか?
山本さん:「会社の方向性について経営陣と意識統一を図ること」には想像以上に苦労しました。
実は当初、基幹職と地域限定正社員の間を取った中間的な制度を作ろうかという案も上がっていました。これは現状の課題整理はできるかもしれませんが、会社・社員の将来的な成長に目を向けたものではありませんでした。会社の方向性を見極め、全体を俯瞰して見た中に制度がある──そんなAさんのアドバイスがあったからこそ、近視的な考え方から脱却でき、会社の今後の成長戦略や、社員一人一人のキャリアを見据えた制度にも繋がったと思います。
そうして「会社の方向性」の重要性を知り、その共通認識を経営陣と持てるように何度も議論を重ねていきました。これまで人事制度改定を行う際は半年スパン・月1回くらいの議論で承認を取っていく形でしたが、今回は1年半スパン・月2回の議論と期間も頻度も増加。確かに大変でしたが、ここがすべての土台となってくれたように感じています。
もう1つ苦労した点としては、「スピード感と取り組み内容のバランス」です。人事にはスピード感だけでなく、飛躍的に効果を出せる方法を世の中や組織から求められます。
しかし、連続性が大切な人事領域において焦って飛躍した取り組みを行ってしまえば、社員からの信頼は得られません。これまでの歴史や背景にも想いを馳せ、慎重に進めつつも最速で進めなければならない──こんなジレンマの中、どうバランスを取って進めていくべきか常に悩んでいましたが、こうした点においてもAさんからアドバイスをもらえたことは精神的にも大きな支えとなりました。
Aさん:コンサルタントは、理屈を重視し、「原理原則」を優先しすぎてしまうことがよくあります。クライアントである顧客の想いや歴史をさほど知ろうとせず、目の前の事象に対して「セオリーはこれ」といった形で凝り固まった進め方や解決策を実施してしまうのです。私はそうならないように常に意識を持ち、SPSや山本さんたちの想い・歴史を大切にして、結論を出すのではなく引き出すイメージでプロジェクトを進められるようにしていました。
そのような中で、反省点としては「もっと選択肢を提示してSPSの可能性をさらに引き出すことができたんじゃないか?」ということ。今回のプロジェクトには自分自身の時間的リソースの30%という制約があったことは事実ですが、限られた時間とはいえ、その中でもっと工夫して選択肢を増やすことはできたはずです。2つだったところに3つの選択肢や事例があれば、その分可能性は広がるわけですから。時間とのトレードオフでありバランスが難しい部分ではありますが、ここは今後の課題として探求していきたいポイントですね。
人事制度改定をきっかけに進む更なる改革
──今回の人事制度改定プロジェクトを振り返って、どんなものが得られたと感じていますか?
山本さん:改定した制度を施行するのは来年になるので、そこから得られる変化はまだまだこれから。でも、この改定プロジェクトの過程からだけでも得られたものはたくさんあります。
その1つは、会社の方向性について経営陣ともより明確な共通認識を持てるようになったこと。これまでは委託事業も多く、いただいたオーダーに対してお応えすることがメインでしたが、これからは「自分たちで売上を作る」事業にも挑戦していきたいと考えていて、今回の人事制度改定はまさにその一歩目。今後はそれを実現できる人材の採用・育成に関する制度や手法も検討していく必要があるなど、何をやるべきかがこれまで以上に明確になりました。
その中で「スペシャリスト人材が足りていない」という課題にも気づくことができました。「自分たちで売上を作る」事業を行う上で、スペシャリストとはどんな人材だろう、どうすればそうした人材を採用・育成できるだろう、などを今まさに経営陣と一緒に議論しているところで、5年後を目途に形にしていきたいと考えています。
一方で、ここは詰めが甘かったなと感じる部分も正直あります。1年半という通常よりも長い期間を掛けたものの、それでも時間が足りないと感じました。ただ、このような反省は少なからず発生するものだと思うので、今後の運用の中で必要に応じて改善しながら対処するしかないなと。そもそも、人事制度自体も5年毎くらいに見直していくべきものですから、会社の方向性と常に照らし合わせながらブラッシュアップしていければと思いますね。
Aさん:「外部人材が本気で話をできる環境をSPSが作ってくれた」ことで、私自身も大きく成長させてもらったなと感じています。山本さんをはじめとした人事担当者はもちろん、経営陣の方もいつも真剣に向き合ってくれて。チームワークの良さはもちろん、組織の心理的安全性の高さを常に感じていました。「所詮は外部人材だから」といったスタンスでSPSも私も関わっていたら、きっとこれだけの成果は残せなかったはずです。
今、コロナ禍の影響もあって、ビジネスモデルや各種制度の改革を進めている企業が多くなってきています。それらは種まきのようなもので、すぐ成果が出るものではありません。でも、そんな長期的な取り組みに真摯に向き合って未来を創造しようとしているサントリーグループは本当に素晴らしいし、私自身も勉強となる部分が多いので今後もお役に立てることがあれば引き続き関わらせていただきたいと思っています。
先ほど山本さんから話があったように、SPSでは今回の人事制度改定を皮切りとして、今後はさらに違う領域でも改革や取り組みが進んでいくはず。そこにも外部人材だからこそ貢献できるポイントが多く潜んでいるのではないでしょうか。
編集後記
「抜本的な改革は社員にとっても痛みを伴います。だからこそ社内の人間には決断できないこともある」という山本さんの話には、大きな気づきがありました。これは「何も知らない外部人材だからこそ決断できる」といった短絡的な話ではありません。組織をよく知る方だからこそできない決断があることを知った上で、会社の方向性やビジョンを実現する上で本当に必要なアクションを見極め、一緒に進めていくことができる──そんな外部人材活用のメリットを実感できる事例だったと感じています。