「組織サーベイ」の結果を組織開発に活かす進め方と方法論
従業員から組織に対しての評価や、おもてには見えにくい組織課題を抽出できる「組織サーベイ」。組織開発や人材開発において有効な方法であることは分かっているものの、どのように活用すべきかなど悩まれている方も多いのではないでしょうか。
今回は、イノベーション体質へと組織を導く組織診断サーベイを提供している株式会社シンギュレイトの鹿内 学さんに、「組織サーベイ」の概要、目的から実施ステップ、事例に至るまでのお話を伺いました。
<プロフィール>
鹿内 学(しかうち まなぶ)/博士(理学)、株式会社シンギュレイト
京都大学などの研究機関で、博士学生の時を含め約10年ほどヒトの脳科学(認知神経科学)の基礎研究に従事。その後、大手人材企業に在籍中に株式会社シンギュレイトを設立。現在、話し方・コーチングを可視化して1on1マネジメントを支援する「Ando-san」や、イノベーション体質へと組織を導く組織診断サーベイ『イノベーション・サーベイ by Cingulate』 を提供中。
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目次
「組織サーベイ」とは
──「組織サーベイ」の概要と、その目的について教えてください。
「組織サーベイ」とは、個人ではなく組織の状態や課題を可視化するために行う調査のことです。「組織サーベイ」と対比される調査に人材アセスメントや適職診断などがありますが、これらはあくまで個人の能力やコンピテンシー、職業適性などを計測するものであり、主に採用時などに利用されています。
現在、シンギュレイト社で提供する「組織サーベイ」も人材アセスメントも、従業員へのアンケート形式で行われる点は共通しています。しかし、その調査目的はもちろん、アンケートを作成する際における基盤とする科学的な知見は異なります。
「組織サーベイ」の代表的な調査に『エンゲージメント・サーベイ』があります。所属組織に対する帰属意識を測定し、離職率の低減などを目指すものです。
また、2015年から一定の従業員をかかえる企業組織においてはストレスチェックが義務化されました。従業員個人のストレス状態を計測している点では個人のアセスメントです。エンゲージメント・サーベイも、ストレス・サーベイも、データ分析で従業員からの回答を集計することで「組織サーベイ」的に利用する場合もあります。他にも、より組織開発を意識し競争優位を測るためのイノベーション組織を目指したサーベイも提供され始めています。当社が開発・提供している『イノベーション・サーベイ』もその1つです。
なお、変化の激しいVUCAと呼ばれる今日の時代においては『PDCA』よりも『OODA』ループという下図のような検証サイクルが有効だと言われています。最初に組織の状態を知る(Observe:観測する)ことから始める上で、「組織サーベイ」は非常に重要な役割を担うようになってきていると考えています。どうすべきか計画するPDCAのPも、自社組織の状態によって変わってきますので、Pから始めることができないのです。
「組織サーベイ」の3ステップ
──「組織サーベイ」を行う際には、どのようなステップで進めていけば良いでしょうか。
大きくは以下3つのステップがあります。
(1)目的設定(課題からの注力ポイントの設定、パートナー選定)
(2)サーベイの実施(従業員への説明、回答データの収集・分析)
(3)人事施策・アクションプランの策定
(1)目的設定(課題からの注力ポイントの設定、パートナー選定)
これまでにも「組織サーベイ」を実施して、オブザベーション(O)があるのであれば、まずは振り返りを行って組織的な課題を整理するところから始めます。「組織サーベイ」を初めて実施する場合でも、ヒアリングなど簡易的な情報収集を行って組織的な課題についての仮説を作り出すことが大事です。組織的な課題は大きく2つに分けられるため、現時点でどちらに注力するべきかを検討します。
①競争劣位になっている自社の弱点を改善すること
②競争優位を創る、もしくは成長すること
多くの企業が①に目を向けがち(離職やストレスなど)ですが、昨今の変化が激しい時代で自社が生き残っていくためには②が必要不可欠。人事における競争優位とは、例えばチームの心理的安全性、部署横断のコラボレーションなどが行われやすい組織文化・体質を作っていくことです。こうした目標設定からサーベイを提供しているパートナーに相談することも良いでしょう。より解像度の高い目標設定につながるだけでなく、相談の過程で提供されているサービスが目的に沿っているかどうかを見極めることもできるようになります。
ちなみに、パートナー選定の上で注意するべきは調査内容とその品質です。「組織サーベイ」には適切な質問文章を作成するために心理学の知見が必要であり、統計的な指標による品質管理も欠かせないものだからです。こうした知見・指標に基づいたサーベイでなければ、全社・全従業員で『占い』を実施しているのと変わらなくなってしまうこともあります。
パートナー選定をする際の品質の基準にはさまざまなものがありますが、1つは、『同じ対象者であれば再現性をもって、一定の精度で結果が得られる』かどうかという品質です。代表的な指標としてはクロンバックのα係数を代表とする『信頼性係数』が利用されます。この信頼性係数は心理測定やテストの信頼性を表す指標で、公表されて然るべきものですので、ベンダーの方に聞いてみてください。もうひとつは、回答そのものの品質です。忙しい業務の合間をぬって回答してくれる従業員には、悪意はなくとも、不注意で誤った回答をしてしまうことはありえます。そのような不注意の回答を計測する仕掛けを設問に入れることもできます。
(2)サーベイの実施(従業員への説明、回答データからの収集・分析)
昨今、多くの企業で従業員の『サーベイ疲れ』が叫ばれています。人事以外にもさまざまな部署が従業員にアンケートの回答協力をお願いしている場合が多くあるためです。また、回答の品質が悪いと当然良い調査にはなりません。忖度した回答などが集まった結果、現状に反した結果が出てしまうこともあるのです。アンケート形式の「組織サーベイ」をより良くするためには、回答者の誠実さが鍵になります。不注意回答が多かったりするとそもそも集計できず、結果を出すことができないことさえもあります。
回答者の誠実さを引き出すためには、従業員に対して回答することの意義を丁寧に説明する必要があります。その際、組織にとっての意義だけではサーベイを自分ゴト化できません。必ず従業員にとっての意義を説明するようにしましょう。
従業員の同意取得、実施端末(PC・スマホ、場合によって紙など)の詳細を詰めていきます。これらの多くはベンダーに相談すれば解決できるものばかりです。海外拠点を実施する場合は、GDPR(※)など国際的な個人データ保護についての対応に注意してください。海外拠点の人事データを国内に越境させることには注意が必要です。これに違反すると会社に大きな損害をもたらす場合があります。
※GDPRとは、2018年5月25日に欧州連合(EU)で施行された一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)の略称です。 GDPRは、EU加盟国での個人データの処理および保護に関する基準を統一し、個人のデータ保護権を強化することを目的としています。
(3)人事施策・アクションプランの策定
集計された調査結果が出てきたならば、まずは人事の中で結果の事実確認を行い、共通認識を持つようにしましょう。その上で取りうる人事施策を考え、次回の「組織サーベイ」ではどの部署で・どの項目の値を・いつまでに・どれだけ上げることを想定するのかを検討していきます。その際、部署や項目について優先順位をつけることも必要になってくるはずです。
例えば、組織が急拡大したために新人マネージャーが増えている部署にて問題があれば、マネージャー研修が必要かもしれません。同じ部署であっても、離れた拠点にいるメンバーで構成された部署で問題があれば、ビジネスチャットの導入や形骸化した1on1ミーティングをあらためて見直すことなどのコミュニケーション施策の導入が必要になるかもしれません。
また、アクションプランの最初には部署や従業員に対して結果をフィードバックすることも漏れなく入れるようにしてください。自身が回答した結果を知りたいと思うことは自然なことだからです。個人ごとの回答結果である必要はなく、人事が利用する部署ごとに集計された結果でかまいません。どのように自分の回答が利用されているのか、また、その内容をフィードバックすることが重要です。現場においても、結果を見て考えてもらうことが最初の施策でもあります。きちんとフィードバックし、意義を共有することで、先程述べた『サーベイ疲れ』を解消する一助にもなります。『サーベイ疲れ』は、単に多くのサーベイに回答する量的な疲れ、ではなく、意義や成果が見えないことによる『徒労感』だと認識することが大事です。
▶サーベイフィードバックの組織改善への繋げかたについてはこちら
「組織サーベイ」を組織開発に活かした事例
──「組織サーベイ」を実施し、その調査結果を実際に組織開発に活かした事例について教えてください。
私が担当したクライアントの中で、「組織サーベイ」の結果を組織開発に活かした企業のA社の事例をご紹介します。A社の「組織サーベイ」の目的はイノベーションに繋がる組織体質と文化を作ることでした。
「組織サーベイ」を実施し、その後の進め方として以下の3ステップで進行しました。
(1)会社全体の結果について社内広報
(2)現場を巻き込んでの取り組み(共有・アクションプランの策定・実施)
(3)人事主体で行うアクションプランの策定
(1)会社全体の結果について社内広報
冒頭でお伝えした通り、「組織サーベイ」は従業員個人ではなく組織的な課題に取り組むためのサーベイです。結果を受けて特定の個人に対する原因探し・犯人探しになってしまうと他人事となり、組織開発はうまくいきません。普段の業務が忙しい中でも、従業員全員が主体的に課題解決に取り組んでもらう雰囲気を醸成することが大事になります。そのためにも、結果についてはなるべく早く『速報値』を出すことをオススメします。回答から時間が経ってしまうと記憶が薄れてしまい、回答した従業員にとっても良いフィードバックにならないからです。このA社においても、後から結果の修正が入ることも厭わずにできるだけ早く速報値を出すようにしました。
(2)現場を巻き込んでの取り組み(共有・アクションプランの策定・実施)
組織開発を進める上では(3)の人事がおこなうアクションプランの策定に注意が向きがちですが、組織全体の主体性を引き出すためにもこの(2)を実施していくことが重要になってきます。A社では以下のように取り組みを進めていきました。
①部署ごとに結果のフィードバック(HRBPを巻き込み、場合によっては部長クラスには直接説明)
②部署ごとにメンバー参加によるアクションプラン検討の時間を作り、提出してもらう
③提出してもらったアクションプランに基づきフィードバック(説明会・ワークショップなどを実施)
アクションプランを策定してもらうと、部署ごとに危機感や施策の解像度にばらつきがあることが分かってきます。人事側が求める水準のアクションプランを立ててもらうためには、アクションプランに対してのフィードバックがキーになります。また、他部署のアクションプランを共有することも有効です。
(3)人事主体で行うアクションプランの策定
集計結果からセグメンテーションやターゲティングを行い、施策実施の優先順位を決定します。全社的に行う施策の場合、いきなり全社に展開してしまうと副作用・アレルギー反応を起こす可能性が高く、リスクが大きくなります。そこでA社では、どの部署から導入を進めていくかについても「組織サーベイ」の結果を元に議論しました。
セグメンテーションやターゲティングは、マーケティングで使われる言葉です。セグメンテーションでは、対象を区分します。もっともわかりやすいのは、部署です。一般には、部署ごとに課題が異なり、とりえる施策も異なるので、部署でセグメンテーションすることは有用です。実際に上の例にある会社でも、部署ごとにアクションプランを出してもらっています。部署には、本部、部、室、課・グループなどの階層があり、セグメンテーションをおこなう階層を決めることが必要になります。
ただ、一律に階層を決めることも難しくこともあり、全体では部のレベルでセグメンテーションするが、一部については、課・グループのレベルでわけるということもあります。逆に、一部は、複数部署を統合したセグメンテーションにするということもあります。例えば、グループは異なるけれどもマネージャーは兼任して同じ人物である、といった場合には統合してもいいかもしれません。また、適切なセグメンテーションは、組織サーベイのデータ分析(ピープルアナリティクス)から発見される場合もあります。
また、施策は実施できなければ意味がありませんので、施策実施のオペレーションがおこなえるセグメンテーションにすることを大事にしてください。その点でも、部署は利用しやすいセグメンテーションです。その他、拠点(地理的な区分)、管理職の職位などもセグメンテーションの候補になります。実は、このような、OODAループのA(アクション)ができるセグメンテーションを、人事がノウハウとして把握しておくことが重要になり、組織を素早く動かしていくための武器になります。そのようにして、セグメンテーションした中で、施策を適用する対象を決めるのがターゲティングです。例えば、管理職の職位でセグメンテーションしたならば、部署を横断して、マネージャー層だけに施策をおこなう、ということになります。
なお、A社では施策の1つとして『1on1』を導入し、1on1の方法(話題、コーチングの仕方など)についてもレベルアップを図る施策を進めていくことも検討されています。毎週・隔週でおこなう1on1は、ピープルマネジメントにおいて根幹になりうる施策であり、良い1on1が実施できる組織では、今後、他の施策を実施する際のアジリティ(俊敏性)を上げることもできるようになります。
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編集後記
『日本企業は“組織行動”については努力・改善する傾向はあるものの、ピープルマネジメントに類する“組織文化・体質”については軽視しがちである』と鹿内さんは指摘します。確かに、目に見えやすい行動と違い、文化・体質はなかなか掴みどころが難しいものです。「組織サーベイ」をうまく用いて組織を観察し、必要なアクションを現場と共に取っていくことができれば、より良い方向に組織を導くことができるのではないでしょうか。