「人事PMI」とは。企業統合後の組織風土をつくり、社員のモチベーションを守る
事業拡大、後継者問題の解決、人材・ノウハウの吸収などを目的に行われるM&A(Mergers and Acquisitions:合併と買収)。そのM&A後、いち早くシナジー効果を得るために行うのが、経営統合作業であるPMI(Post Merger Integration:ポスト・マージャー・インテグレーション)です。
今回はPMIの定義や事例、具体的な進め方など、人事観点でPMIを成功させる上で大切なポイントをSuprieve Consulting株式会社 執行役員の岡田 幸士さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
岡田 幸士(おかだ こうじ)/Suprieve Consulting株式会社 執行役員
デロイトトーマツコンサルティング合同会社を経た後、独立。大企業から中堅企業、IPO前ベンチャー、企業再生など多様な規模・ステージの企業様をご支援。人事PMI、人事組織変革、人事制度設計、チェンジマネジメントなど多様なプロジェクトに従事。著書に『最強組織をつくる人事変革の教科書』▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
PMIとは
──まずPMIについて、その定義や取り組み内容を教えてください。
PMI(Post Merger Integration)に確たる定義は存在しませんが、基本的には「企業合併・買収により得られる成果・シナジーを最大化し、リスク・ディスシナジーを最小化するため、M&Aクロージング後に行われる統合プロセス」を指します。
人間の手術で例えると、「臓器移植の後に行う神経や血管などの縫合/拒絶反応のコントロール/リハビリテーション」のようなプロセスです。これらを網羅的かつ正確なタイミング・方法で行わないと、移植された臓器だけでなく、最悪の場合には移植先の命も失いかねません。
企業合併・買収においても同様で、PMIに失敗したがゆえにディール(M&A成立までの流れ)自体が失敗に終わったり、企業価値が低下したりといったケースはよくあります。例えば以下のような失敗例が有名です。
企業名 | 買収先 | PMI時期 | M&A結果 | 失敗原因 |
ダイムラー・ベンツ | クライスラー | 1998年 | 約350億ドルの損益 | ・企業文化の統一に失敗 ・ブランドイメージの大きな乖離 |
AOL(※1) | タイムワーナー | 2000年 | 1000億ドル弱(02年決算赤字) | ・企業文化の統一に失敗 |
人事PMIがなぜ重要なのか
──手術の例えからも、M&AにおけるPMIの重要性は理解できました。その上で、人事はこのPMIとどのように関わっていくものなのでしょうか。
人事PMIで行うべき事項はM&Aの規模や性質により異なりますが、大きく以下の6つのプロセスが存在します。
# | 領域 | 主な実施事項 |
1 | 戦略 | 現状分析、人材マネジメント方針策定 |
2 | 機能・組織 | 人材移管・配置方針の決定 |
3 | 制度・ルール | 人事制度・施策の統合 |
4 | オペレーション | 人事組織体制の統合 |
5 | システム | 業務システム、業務支援系システム等の統合 |
6 | 人・文化 | 人材移管・再配置、チェンジマネジメントなど |
この項目は、臓器移植のプロセスでいえば「拒絶反応のコントロール(ディスシナジーを生じさせない)」と「リハビリテーション(移管した組織を健全に機能させる)」という重要な役割を果たしています。
拒絶反応のコントロール(ディスシナジーを生じさせない)
M&A後に新体制へ移行する中で、人と組織には時に拒絶反応が起こることがあります。その原因は「新たな組織に馴染めないこと」ですが、より細かく分解すると以下4つに分けられます。
(1)新たな組織の戦略や方向性に共感できない(または理解していない)
(2)新たな経営陣や上司との信頼関係が構築できていない(信頼できない)
(3)自身の新たな役割や職務内容に納得していない
(4)自身の処遇や職場環境に納得していない
どこが理由になっているかは人それぞれですが、こうした内在した不安や恐れが他者に対する攻撃性として発露した状態が拒絶反応だと言えます。
新組織への適応可否 | |||
適応できる | 適応できない | ||
ポータブルスキルのレベル | 高い | ① →新組織に留まり活躍 | ② →離職の可能性 |
低い | ③ →新組織に留まる | ④ →くすぶり続ける可能性 |
ここで重要となってくるのが、個人の持つポータブルスキルのレベルです。ポータブルスキルとは、特定の業種・職種・環境にとらわれず発揮できる、汎用性の高いスキルを指します。
組織統合後まず生じるのが、新たな組織になじめない人材の反発や離反行動です。その中でも、上図の②に該当するような「キーパーソンの離職」は、組織へ特に深刻なダメージを与えます。
また、④に該当する人材も、中長期的に見ると組織にネガティブな効果をもたらします。例えば、勤務態度が悪化する、上司や組織の批判を繰り返すなど、周囲の生産性やモチベーションを低下させてしまうケースが散見されます。
こうしたディスシナジーを生じさせないためには、大きく以下3つの対応策があります。
(1)人材移管・配置方針の決定
(2)人事制度・施策の統合検討
(3)従業員に対するコミュニケーションプランの策定
詳しくは後述する「人事PMIをスムーズに進めるための7ステップ」の項にてご紹介しますので、ぜひそちらをご覧ください。
リハビリテーション(移管した組織を健全に機能させる)
先ほどの拒絶反応のコントロールが「マイナスをゼロにする」取り組みであるのに対し、リハビリテーションは「プラス方向への働きかけ」です。詳しくは後述しますが、新たな企業戦略や組織体制の中で、これまでの枠組みから脱却してより望ましい行動をとってもらえるよう、制度・ルールの整備や文化醸成を行っていく活動を指します。
デロイト トーマツ コンサルティング社によると、M&Aの成功率は36%と言われています(※1)。またPwC社によれば、M&A失敗の最大要因は、企業間の企業文化の不適合とされています(※2)。このことからも人事PMIは、M&Aの成功確率に大きく貢献できるプロセスだといえます。
※1 M&A経験企業にみるM&A実態調査(2013)
※2 クロスボーダーM&Aを成功に導く、企業分化統合に向けた提言(2018)
M&Aの種類による人事PMIのポイント
──M&Aと一口に言ってもいろいろありますが、その種類によって人事PMIの実施内容や注意するべき点は変わりますか?
人事PMIの実施事項や留意すべき点が、M&Aの種類によって大きく異なることはありません。ただ「買収企業側の経営方針・スタイルを被買収企業にどこまで持ち込むか」によっては、人事PMIの方向性を変える必要があります。
※今回はM&Aの定義を「買収」「合併」「会社分割」の3種類に焦点を当てて解説します。
人事PMIの方向性のパターンは、「買収統合アプローチモデル」というフレームで整理されています。このフレームでは、M&Aの方向性を「戦略上の相互依存性」と「被買収企業の自律性の必要性」という2つの観点で整理します。
被買収企業の文化や意思決定力の保存を尊重する場合、自律性の必要性は高くなります。
戦略上の相互依存性は、戦略的適合の中核概念で、企業同士が能力や資源共有などの点でどれほど相互依存しているかを指す値として算出されます。
企業間の関係が当てはまる類型により、選択すべきアプローチは異なります。
戦略上の相互依存性 | |||
高い | 低い | ||
被買収企業の 自律性の必要性 | 高い | (1)統合 経営方針・スタイルの融和・統合 | (2)保存 経営方針・スタイルの併存・一定介入 |
低い | (3)吸収 経営方針・スタイルを買収側に合わせる | (4)非同化 経営方針・スタイルは特に無介入・無調整 |
現実のM&Aの世界では、「(2)保存」や「(3)吸収」が選択されるケースが多い印象です。新設合併や新設分割の場合には「(1)統合」が選択される場合もあります。
人事領域以外においては、上図の「買収統合アプローチ」に即した形でPMIを進めることが基本です。例えば「(3)吸収」を選択した場合でも、人事領域の制度・ルール、人・文化を強引に買収企業側に合わせると、人材流出や法的なリスクが高まってしまいます。
なお、「(2)保存」を選択し、買収側・被買収側それぞれの方針・スタイルを継続する場合は、人事PMIとしてそれぞれの制度・ルール・文化を継承することも不可能ではありません。しかし、その場合には組織の一体感が低減したり、人材の柔軟な交流を阻害したりと、別の問題が生じる恐れがあります。
人事PMIでは、こうした二律背反的な構造のバランスをとることが要求されます。
人事PMIをスムーズに進めるための7ステップ
──人事PMIは具体的にどのように進めていくのが良いでしょうか。
人事PMIの進め方は、「買収統合アプローチ」や「買収企業・被買収企業の現状や変化に向けての準備度」などによって、実施事項や進め方が異なります。
今回は、以下のオーソドックスなケースを想定して進め方を解説します。
【想定ケース】
・企業買収
・被買収企業の経営方針・スタイルは買収先に合わせる
※買収統合アプローチモデルの「(3)吸収」
・両社の人材マネジメント、制度、文化が一定程度異なる
基本的な実施事項とステップは以下の通りです。
- STEP1:現状分析
- STEP2:今後の人材マネジメント方針策定
- STEP3:人材移管・配置方針の決定
- STEP4:人事制度・施策の統合検討
- STEP5:従業員に対するコミュニケーションプランの策定
- STEP6:人事組織体制・オペレーション・システムの統合検討
- STEP7:チェンジマネジメント
STEP1:現状分析
人事戦略、人材マネジメント方針、人事制度などの棚卸を行うステップです。これは被買収企業だけでなく、買収企業側も含めて実施します。
重要なのは、規程として明文化されたものだけではなく、過去にあったフリンジベネフィット(例:少額の手当や特別休暇、報奨関連など)も可能な限り洗い出すことです。
買収側にとっては重要でないものでも、被買収企業の従業員や組合は重要視しているものは意外とあります。そこを無視するとPMI後半で問題が顕在化し、後からフォローできなくなる場合もよくあります。
STEP2:今後の人材マネジメント方針策定
今回のケースでは、買収企業の人材マネジメント方針を被買収企業の従業員にも適用します。ただし、STEP1で両社の人材マネジメント、制度、文化が大きく異なると明らかとなった場合は、軌道修正が必要です。
例えば人材評価基準や主義の異なる2企業が統合する際、背景を問わずに買収企業の基準へ強制統合した場合、被買収企業側の人材流出やモチベーション低下は避けられないでしょう。ひいては守るべき組織価値の毀損が生じる可能性すらあります。
買収企業・被買収企業両方の組織文化や人材特性を加味した最大公約数的な人材マネジメント方針を新たに策定することは1つの手段です。これらは優先順位を下げられがちですが、以降においては非常に重要なインプットとなります。
STEP3:人材移管・配置方針の決定
被買収企業の人材を買収企業に異動させるかどうかを決定するステップです。異動を行わない場合は特に問題ありませんが、転籍の場合には慎重な対応が求められます。
会社分割の場合、労働契約承継法により従業員の合意なく転籍させることが可能です。しかしそれ以外の場合は、基本的に合意が必要になります。
従業員に転籍が躊躇される理由は以下の5つが挙げられます。
(1)労働条件面の心配
(2)組織文化・風土面の違い
(3)新しい人間関係を構築しなければならない不安
(4)職務内容が変わる可能性があることに対する不安
(5)現在の会社に対する愛着
いずれも重要なことは、ただ漫然と人材移管・再配置を行うのではなく、STEP2で策定した人材マネジメント方針に沿った形で、どこまで異動・転籍を進めるべきかを見極めることです。
STEP4:人事制度・施策の統合検討
被買収企業の人事制度や人事施策を統合するステップです。統合を行う理由は、主に以下の3つです。
(1)企業間における人材交流の実現(異動時の障壁・不平等の解消)
(2)企業間における組織文化などの融和実現(ベクトルの統一)
(3)人事オペレーションの効率化(制度・ルールのシンプル化)
人事制度・施策の統合検討の出発点は、両社の制度およびその差異です。差異を埋める方向性には以下の3つがあります。
①統合:新たな統合制度を包括的に構築する
②保存:一定範囲の制度は統合するが、一部は併存させる
③吸収:買収側の制度に合わせる
どの方向性を採用するかは、人材交流や組織文化の融合を実現させながら、いかに人材流出リスクや法的リスク、コストインパクトを最小化できるかを総合的に判断して行います。この3つのバランスが人事制度統合の要です。
STEP5:従業員に対するコミュニケーションプランの策定
通常の人事制度設計におけるコミュニケーションプランは、策定した新制度の説明会や評価者トレーニングのことを指します。一方で、人事PMIでは、M&A契約締結後から行われる従業員に対するあらゆるコミュニケーションに関する計画を取り扱います。
上図では、M&A発表後、転職を検討した従業員は4割に上ります。このことからも、いつ・どんな情報を・どのような方法で従業員に伝えていくかを戦略的に設計する必要があります。
従業員コミュニケーションでは、上図で挙がるような不安を1つひとつ丁寧に解消するための計画策定が求められます。何を・どのような順番で伝えていくかは被買収企業が置かれる状況によって異なりますが、基本的には「今後の会社の方向性」→「今後の人材マネジメントの方向性」→「人事制度の内容」→「個別の処遇」といった流れでコミュニケーションするのが一般的です。
STEP6:人事組織体制・オペレーション・システムの統合検討
新たな人材マネジメント方針の実現と、人事制度・施策を効率的・効果的に実行するためのステップです。人事制度・施策の統合が実現できたとしても、継続する体制がなければ形骸化や運用上の混乱リスクは高まります。
人事組織・オペレーション・システムをどこまで統合できるかは、ひとえに人事制度・施策をどこまで統合できたかに左右されます。
一方、制度・ルールの併存が残る場合や、被買収企業としての人材マネジメントの独自性を残す場合には、一部の統合に留まらざるを得ないケースがほとんどです。ただしこの場合でも、被買収企業に人事の戦略・企画・オペレーションの機能をすべて残すかどうかは検討の余地があります。
忘れてはならないのは、人事部員は統合を進める推進者であるとともに、1人ひとりが不安を抱える当事者でもあることです。一般従業員と同じくモチベーションの低下や離職希望など心情面のケアを行いながら統合を進める必要があります。
STEP7:従業員が変革に適応できるよう促す(チェンジマネジメント)
従業員に変革を受け入れてもらうための準備や推進のプロセスを指します。ここでは「STEP6までのプロセス実行後のモニタリングと、継続的な啓発・浸透活動」と定義します。
チェンジマネジメントのゴールは大きく2つです。
(1)新たな組織体制の中で今後の戦略や方向性にコミットしてもらうこと
(2)無意識レベルでその実現に向けた行動がとられている状態をつくること
(1)を促すためのフレームワークには「Transition Curve(緩和曲線)」というものがあります。これは組織の変革局面における変化の受容過程を解説したもので、キューブラー・ロスの「死の受容モデル」を参考に開発されたフレームワークです。
- 「拒絶」……現状にしがみついて新しい情報を拒否する段階
- 「抵抗」……より感情の発露があり、怒りや悲しみ、非難などが表出する段階
- 「探求」……新たな情報に徐々に興味を持ち、探り探り変化を受け入れ始める段階
- 「やる気」……新たな方向性や目標に向けた行動や協力が見られる段階
ここでのポイントは、各組織・チーム・個人が現在どの受容フェーズにいるかを定期的に確認することです。確認手法はアンケートでもヒアリングでも構いません。
ちなみに、「探求」にフェーズが移り始めた際には、変化に対して肯定的な意見や質問が増えて変化についての情報を共有するようになるなどの兆しが見えることがあります。こうして収集したデータを基に、チェンジマネジメント実現に向けた打ち手を調整していく仕組みを構築することが重要です。
また「抵抗」から「探求」へフェーズを移行させる上で有効な働きかけとして、このTransition Curveを提言したスコット博士は以下2つを挙げています。
(1)マネジメントを経験する(もしくはその立場の目線を経験させる)
他者がTransition Curveをたどっている様子を見ることで、ネガティブな面の対処方法を学んで「抵抗」から「探求」への移行をサポートできるようになります。
(2)感じている不安や本音を口に出していく
自身が「探求」フェーズに行くまでに、何がそれを抑止しているのかを客観的に見ることができるようになり、ネクストアクションが明確になります。
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編集後記
岡田さん曰く、「人事PMIは総合格闘技に似ている」とのこと。確かに、勝利を収めるためには無数にある技の中から最適なものをチョイスする必要がある点、相手の特性や状況次第で柔軟に変更していく点などが特に共通していると感じました。
人事PMIは非常に難易度が高いテーマです。しかしながら、一度経験できれば人事として一皮むける体験になることは間違いありません。その場面に直面した際には、この岡田さんの解説記事を再度ご覧になりながら取り組んでいただけたら幸いです。
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