今の時代の「ジョブローテーション」とは
定期的な部署・職務変更を通じて、戦略的に組織パフォーマンスを向上させる「ジョブローテーション」。日本でも終身雇用時代から大手企業を中心に導入されてきました。しかし、昨今では個人の働く選択肢や自由度が増えたことにより、「ジョブローテーション」にも変化が見られるようです。
そこで今回は、社員のキャリアオーナーシップを重視した「ジョブローテーション」運用を推進されている吉村 智樹さんに、その制度の設計ポイントや今の時代に合わせた運用方法について伺いました。
<プロフィール>
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吉村 智樹(よしむら ともき)/大手総合人材会社 人事本部 エキスパート
プライム市場上場の大手不動産会社で人事採用責任者、人事企画責任者を経験した後、国際事業部に異動し海外16拠点の業務管理全般をアドミンマネジャーとして管轄。その後、プライム市場上場の大手総合人材会社にて、役員人事、コーポレートガバナンス、グループガバナンス領域を担当。役員人事、コーポレートガバナンス領域では、株主などステークホルダー目線を踏まえた業績連動報酬の設計・導入などを主導。
目次
今の時代に合った「ジョブローテーション」とは
──「ジョブローテーション」の定義と目的について、時代変化や最近の傾向なども踏まえて教えてください。
「ジョブローテーション」とは、定期的に職場・職種を異動してさまざまな経験を積んでいく制度です。その目的は以下5つに整理できます。
(1)事業運営の効率化
(2)人材育成
(3)組織の活性化
(4)従業員のモチベーション向上
(5)業務の俗人化防止 ※一部職種/(例)金融など
一般的に人事異動は会社側に強い裁量があり、特に終身雇用・総合職採用時代においては従業員も違和感なくジョブローテーションを受け入れてきました。しかし、終身雇用の崩壊、仕事の選択肢や柔軟性の増加などにより人材流動性が高くなった現在では、ジョブローテーションがない企業や働き方を選ぶ方が増えてきたように感じています。NTTが異動を廃止するといったニュースも記憶に新しいところです。
つまり、これからの企業は「ジョブローテーション」の目的やメリットなどを丁寧に従業員に説明したり、そもそもジョブローテーションがない働き方も準備したりすることが必要になってきます。『会社都合のジョブローテーション』から『個人由来のジョブローテーション』への変化が求められているとも言えるでしょう。
実際、その変化は多方面で見受けられます。従業員1人ひとりとしっかり対話・エンゲージメントを行い、その従業員の置かれている状態・やりたいこと・キャリアプランなどを把握し、志向に応じた「ジョブローテーション」を実施するスタイルに変わりつつあるようです。中には従業員の主体性に応じる『手挙げ方式の異動・ローテーション』によって機会を提供する企業もあります。また、結果的に会社都合の異動であっても『自分の成長につながってるんだ』と従業員が腹落ちするまで丁寧に対話を繰り返す企業も増えてきている印象です。
なお、リンダグラットンは書籍『LIFE SHIFT』にてこう表現しています。
『人生100年時代では、企業と個人の間で激しい戦いが生まれる。柔軟性と選択肢を求める個人の欲求が、画一性と予測可能性を求める企業の都合を突き崩す。単純で予測可能性の高いシステムを運用していた人事部門にとっては、すべてが悪夢である』
参考:リンダ グラットン『LIFE SHIFT』東洋経済新報社(2016年)
上記に加え、『働き手の求める柔軟性に応えられる企業はおそらく一握りである』とも言っており、それも個人的には印象に残っています。人材マネジメント施策の一環として、どれだけ従業員のニーズを叶えられるジョブローテーション施策を準備するかについては、検討の余地が多分にあるでしょう。
「ジョブローテーション」のメリット・デメリット
──「ジョブローテーション」には会社都合と個人由来の2つの観点があると伺いました。それぞれのメリット・デメリットについて違いを教えてください。
会社都合・個人由来それぞれの観点から、メリット・デメリットを整理してみました。
メリット | デメリット | |
会社都合 | ・要員計画上の過不足にも柔軟に対応できる ・さまざまな職種経験がリーダーやマネジメントに登用時に役立つ ・メンバーチェンジによるコミュニケーションや組織の活性化 | ・従業員の希望に沿わない異動となった場合、モチベーションダウンや生産性低下につながる ・転居を伴う異動になった場合、コストが掛かる |
個人由来 | ・本人が希望するキャリアや職務への異動により、成長機会を提供できる ・人間関係や職務内容へのマンネリからの脱却によるモチベーションアップ | ・新しい職場や仕事に対する事前イメージとのギャップが発生する可能性がある ・異動先で必要な能力や要件が満たせず、不本意な状況となってしまう可能性がある |
ちなみに、よくある失敗例として『従業員の手上げ方式で希望通りの職務に異動できたものの、価値発揮できずに早期退職に繋がってしまった』などがあります。これは必ずしも本人のスキル不足だけが理由というわけではありません。異動後のオンボーディングが丁寧かつ十分に行われなかったことにより、スキル形成に向けたアクションプラン提示・行動発揮状況の確認がおざなりになり、結果的に関係性がスパイラル的に悪くなっていった形です。
一度このように関係が悪化してしまうと、ジョブローテーション後の従業員が『元のポジションに戻りたい』と伝えることもできず、他社に転職してしまったという事例もあります。そのときの例では、人事に相談が上がってきた際には時すでに遅し。すでに他社の内定受諾後で、その従業員を元の職種に戻すことができなかった経験も何度かありました。
台頭する新たな「ジョブローテーション」事例
──従型の会社都合ではない、新たな「ジョブローテーション」事例について教えてください。
現職での事例をご紹介します。
現職では、『働き方は人それぞれであり、自分自身が決めるもの』という考え方が浸透しており、従業員自らの意思に従ったキャリアオーナーシップを重視しています。「ジョブローテーション」も従業員の主体性に応えるための機会提供として実施しており、キャリアチャレンジ制度、グローバルチャレンジ制度、キャリアトライアル制度などをすべて手挙げ方式で用意しています。
キャリアチャレンジ制度
自社内およびグループ会社の中から、本人が希望するポジションに応募ができる制度
グローバルチャレンジ制度
海外現地法人の求人ポストに応募できる制度
キャリアトライアル制度
現所属に籍を残したまま、他の仕事にチャレンジすることができる制度。具体的には月8時間・3カ月を上限としてその仕事を体験し、自身の強みや弱みの再発見やキャリアの視野を広げるための機会提供をしている
特徴は、自社内だけの異動ではなく、グループ会社への転籍やチャレンジも可能なグループ共通制度にしている点です。いずれの制度も従業員のキャリアオーナーシップを高めることを目的としています。
会社・個人の双方を満たす「ジョブローテーション」の方法とは
──会社・個人のどちらにとってもメリットのある「ジョブローテーション」を実施するためには、どのように運用していけば良いでしょうか。
まず、何よりも重要なのは、「ジョブローテーション」を行う目的の明確化です。そのためには、自社が何を実現するために「ジョブローテーション」を行うのかを原点に立ち返って目的を改めて理解し提示すること。また、その目的が達成できているかを検証・分析することが欠かせません。特に、ジョブローテーション権限を現場が持っている場合には、異動そのものの件数や目的を分析して、定型的な人事施策の一環になっていないかを人事側で検証する必要があります。
中には、事業運営の効率化など「会社都合」がメインの目的になっている企業も少なくないでしょう。しかし、従業員のスキルアップ、マンネリからの脱却、コミュニケーションの改善、社内知識や経験の獲得といった「個人由来」の要望にもバランス良く丁寧に応えていかなければなりません。
会社都合・個人由来の双方をバランスよく満たすためには、以下2つの取り組みが有効です。
(1)従業員発信の手挙げ方式・ジョブローテーション施策を展開すること
(2)マネジメントラインのメンバーとの対話力をあげること
具体的には、1on1などの施策を通じて中長期のキャリアプランに向けての現在の課題や成長への弊害事項などを把握し、信頼関係を構築していく形です。従業員の人事評価など、手元成果に関することばかりを話していてはいけません。
これらは画一的な人事施策ではないため、丁寧な人事管理が必要です。もちろん、人事部の運用工数は増大します。ただ、目的が明確になっていれば『それだけの工数が掛かってもやるべきだ』といった投資的な観点からも決断ができるようになるはずです。
売上そのままに異動コストを半減させた「ジョブローテーション」
──吉村さんがこれまでご経験された「ジョブローテーション」事例について、導入前の状態・内容・結果などの観点から教えてください。
前職における事例を1つご紹介します。
前職では当時、同じ職務ラインの中で勤務地変更を行う形の「ジョブローテーション」をよく実施していました。その中には転居を伴うものも多く、年間トータルの異動件数は数千件、金銭コストは数億円単位で発生している状況でした。
この状況を生み出していた理由は、人事異動の決定権限をフロント(現場)が持っており、うまくルール化できていなかったことにあります。実際の異動目的として挙がっていたのは以下のような点です。
・営業成績が振るわない社員を、担当エリア・マーケット・上司などが異なる「新天地」でトライさせるため
・ハイパフォーマーや優秀な担当者や管理職を、成績が芳しくない店舗に異動させること
これらの実態をより正しく理解するべく異動対象者の分析をしたところ、特定社員・職種に異動が偏っていることが判明しました。さらには、異動について内示や本人同意を行うことなく、数日前に転居を伴う異動を伝えているケースも。実際に『異動の多さ』や『いつ異動になるか分からない』といった不安から退職に至ったメンバーが一定数いることも分かりました。この分析結果を踏まえて、経営陣に異動のコスト、および退職理由にもつながっていることを説明。異動の周期や回数、本人同意を事前に得ること、内示は最低1カ月前に行うこと、などのルール設計を行っていったのです。
結果、1年で異動件数・コスト共に約半分にまで減少。売上高も大きく変わらないまま離職率も低減することができ、組織として大きな生産性向上に貢献できたと感じています。
その後、人事部主導で従業員の主体的なキャリア意向を踏まえたJOBトライアル(社内公募制)も導入しました。ハイパフォーマーを各部門長が抱え込み、組織の活性化が妨げられていることが導入の背景にあります。制度導入により、人材の流動性を生み出しつつ、個人のキャリア自律やその実現を会社として支援する姿勢を見せることで、制度運用をなんとか軌道に乗せることができました。
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編集後記
昔から聞き馴染みのある「ジョブローテーション」。しかしながら、これまで私たちがイメージしていたものは『会社都合』の観点が強いものであり、これからの時代は『個人由来』の観点も加えていかなければいけないことが吉村さんの話からも分かり、そのイメージや捉え方が大きく変わりました。まずは自社における「ジョブローテーション」の目的を明確にし、そこに個人由来の観点をどう混ぜていけるかを検討してみてはいかがでしょうか。