「権限委譲」で組織を成長させるために必要な考え方とは

リモートワークなどの働く環境の変化とともに、従来型である中央集権型のマネジメントスタイルから、「いかに部下へ権限委譲を進めるか」という市場の動きに合わせて動く現場主導型のマネジメントスタイルが注目を集めつつあります。
そこで今回は、株式会社トイファクトリーで総務人事を担当している安田 英樹さんに「権限委譲」の重要性や進め方、また実践する上で起こりうる課題とその解決方法について伺いました。
<プロフィール>
安田 英樹(やすだ ひでき)/株式会社トイファクトリー 総務部人事課
約20年以上、倉庫・運輸会社、システム開発会社、不動産会社での人事に携わった後、キャンピングカーの製造・販売を行う株式会社トイファクトリーの変革期に関わる。創業社長のオーナーシップ経営から中間管理職層のリーダーシップ組織運営への移行を目指し、「社内の組織化」や「リーダーシップ人材の育成」「マネジメントの仕組み化」に取り組む。またインターンシップを通じて学生が本気な挑戦と失敗を経験できる場の提供にも奮闘中。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
権限委譲とは
──権限委譲の定義について、その目的と重要性も含めて教えてください。
経験則上、権限委譲には2種類あると思います。それぞれをシンプルに定義すると以下です。
(1)権限“移”譲……「暖簾分け→独立」のように、すべての責任と権限を引き渡すこと
(2)権限“委”譲……組織の中で、上から下へとマネジメント権限(意思決定・指揮命令など)を委ねること
会社組織において「100%自由にやってOK」などというケースはまずないことを考えると、多くの会社で行われているのは(2)の権限委譲だと言えます。

ただ、最近注目を集めている「ティール組織(上図参照)」のように、社会の急激な変化に対応するべく、極限まで個人へ裁量を渡す組織も生まれ始めました。少しずつ会社組織の中でも(1)の権限移譲がなされる時代になってきたのかな、とも感じています。
(2)の権限委譲ですが、そもそも組織規模が小さいままであれば、行う必要は無いと考えます。実際に中小企業や小さい店舗では、社長や店長がすべての権限を持ってうまく組織を回しています。
ですが、組織規模が上位者の認知限界(※1)を超えた時、初めて権限委譲の必要性が出てきます。つまり、権限委譲そのものに目的があるわけではなく、「必要性に迫られて」行うのが(2)の権限委譲だと言えます。ですから、なぜ権限委譲するのかという目的よりも、どうすればうまく権限委譲できるかという方法論がより重要だと言えます。
(※1)人間の認知能力や情報処理能力の限界を指す言葉。経営学者ハーバート・サイモンが提唱した「一人の人間が安定した関係を維持できる人数には限界がある」という組織論用語のこと。
ちなみに、ケン・ブランチャード氏が提唱するエンパワーメント理論では「権限委譲は社員の自律性を促す」と語られています。これを目的に権限委譲を行うといった論調も一部でありますが、個人的には「必要に迫られて行う権限委譲をうまくやる中で、社員の自律性や主体性が促され、その結果として組織が上位者の認知限界以上に大きくなれる」といった論調の方が現実的だと考えます。

権限委譲を進めるステップ
──権限委譲を進めるためには、どのようなステップを踏むべきなのでしょうか。
権限委譲をうまく進めるためには、まず「自組織がどの成長段階であるか」を理解しておく必要があります。その段階を理解するフレームとして、グレイナーの組織成長論(※)をもとにした以下の図が活用できます。
組織の成長段階における現在地
組織の成長段階 | 成長要因 | 乗り越えるべき危機の種類 | 発生するフェーズと内容 |
第1段階 | 創造性 | リーダーシップの危機 | 第1フェーズ 組織規模が上位者の認知限界を超える程に拡大しはじめる |
第2段階 | 指揮 | 自主性の危機 | |
第2フェーズ 業務や体制が組織化され、中間管理職層のリーダーシップにより組織が機能的に動き出す |
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第3段階 | 権限委譲 | 統制の危機 | |
第3フェーズ 機能別のピラミッド組織が固まってマネジメント権限が委譲され、中間管理職層が自主的に意思決定して推進し始める |
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第4段階 | 調整 | 形式主義の危機 | |
第4フェーズ 分権化された組織に対して、横断型の統制&調整機能が処方されることにより、高度に系統立てられた仕組み(マトリクス組織)ができる |
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第5段階 | 協働 | – | |
(※) 参考:Larry E. Greiner, Evolution and revolution as organization grow (Diamond Harvard business library, 1958)
それぞれのフェーズで必要な権限委譲の進め方をご紹介します。
<第1フェーズ>
このフェーズでは、権限を委譲される中間管理職層のマネジメント力が未熟である場合が多いため、社内規定や業務標準を定めた上で「メンバーがルールに沿って行動ができているかどうか」を確認・指導する権限を渡すようにします。上位者は必要に応じて直接指導する余地を残しつつ、徐々に離れていく事となります。
<第2フェーズ>
中間管理職層が日々の行動を確認・指導できるようになると、上位者は次の成長に向けて「もっと未来への挑戦に時間を割きたい」と考えるようになります。そうしたフェーズでは、「方針や目標は示すけど、後のことはマネージャーにお任せしますね」と意思決定や指揮命令などのマネジメント権限を渡すようにします。
<第3フェーズ>
中間管理職層が現場権限を担うようになってくる一方で、組織単位の個別最適が優先されるようになり、全体の統制が取りづらくなる段階でもあります。こうしたフェーズでは、中間管理職層を中長期戦略の立案などにも参画させ、担当組織の短期的な目標・計画だけでなく、全体を俯瞰した方針までをも考えてもらうようにします。つまり、事業単位のマネジメント権限も渡していく事になります。
<第4フェーズ>
中期経営計画などで全体の統制・調整が図られて事業単位のマネジメントが回るようになると、市場やお客様の変化に適応するよりも「中期経営計画で決まっている」ことが優先されがちになります。ここまで来たら、「原理原則さえ守ってくれれば、あとは完全自由ですよ」といった前述したティール組織のような権限の渡し方が有効になります。これが、まさに「権限“移”譲」にあたります。
上記のような段階を踏んだ進め方が有効ではありますが、必ずしも画一的なものではありません。組織の状況に合わせて複数のやり方を組み合わせてみるなど、柔軟に進めていくのが良いでしょう。
権限委譲でありがちな課題と解決方法
──権限委譲を進めて行く中で、課題となりやすい点はどこでしょうか。解決方法と合わせて教えてください。
やはり最も重要なのは、先ほどご紹介した「成長段階を理解して飛ばさない」ことです。私の経験則ですが、成長段階を理解せず飛ばした結果、失敗をした事例を2つご紹介します。
(1) 第1フェーズを飛ばして第2フェーズの権限委譲を行った結果、“丸投げ仕事”になってしまったケース
(2) 本来は第2フェーズの権限委譲を行う段階であるところを行わず、自主性が失われたケース
(1) 第1フェーズを飛ばして第2フェーズの権限委譲を行った結果、“丸投げ仕事”になってしまったケース
「長年一緒にやってきたのだから、言わなくとも分かるだろう」と考え、第1フェーズの決めた標準ルールに従って確認・指導する権限を渡すのではなく、いきなり第2フェーズの「方針は決めるけど、後はよろしく!」と指揮命令の権限を渡した結果、失敗をしたケースです。
以前私が関わったある会社では、「ジーパンじゃなければOK」程度の服装規定しかないにも関わらず、社員の服装がとても自由で洗練されていました。その裏側ではカリスマタイプの経営者が日常的に気づいたタイミングで服装の指導をしていたわけですが、いざ経営者の外出頻度が高くなり、そうした細やかな日常指導ができなくなると、一気に社員たちの服装が乱れてしまったのです。
この失敗の要因は、経営者が具体的な服装ルールを定めることなく、マネージャーに服装指導の権限を委譲したことにあります。経営者からすると「いつも言っている事だから、わざわざルールを決めなくてもマネージャーが自分の変わりに指導してくれるだろう」と考えたのですが、委譲されたマネージャーも含めて組織がそれに対応できる程に成長していなかったと言えます。
この企業では最終的に、服装規定を整備し、それに従って確認・指導できる人材をマネージャーポジションに据えることで権限委譲を成功させました。
(2) 本来は第2フェーズの権限委譲を行う段階であるところを行わず、自主性が失われたケース
様々な事に目が行き届く気配りタイプのマネージャーが、一方では「この通りにやりなさい」といったマイクロマネジメントを続けた結果、組織としては第2フェーズの段階にあったが権限委譲が行えず、その組織から自主性が失われたケースです。
このマネージャーは「自分とまったく同じ動きが出来る人に任せたい」との考えが強く、常にメンバーへマイクロマネジメントを行っていました。メンバーが未熟で組織も小さい時のマイクロマネジメントはむしろ功を奏していたのですが、だんだんと組織が大きくなってメンバーも成熟してきた頃には、少しのイレギュラーでもマネージャーの判断を仰がないといけないマネジメントスタイルが足かせになっていました。また、その環境に疲れたメンバーが立て続けに退職してしまうという弊害も生まれました。
最終的には外部からコンサルに介入してもらい、マネージャーが判断するレベルとメンバーでも判断できるレベルを整理。ようやくメンバーに意思決定を任せる体制に変更する事ができました。
権限委譲を行う上で起こりうる組織課題と解決事例

──安田さんがこれまで携わった権限委譲の事例について、その背景・課題・取り組み内容・権限委譲中に発生した課題と対策・結果に至るまでの流れを教えてください。
毛色の違う事例を2つほど紹介します。
事例1 急激に拡大した営業チームのマネージャーから下のメンバーへの権限委譲
とある営業組織における事例を紹介します。
この組織は急速な拡大を遂げた結果、チームの2/3を入社1年未満のメンバーが占める状態となっていました。社歴の短い社員ばかりのため経験も乏しく、結果的に営業成績も思うように上がらず、顧客からのクレームも増加傾向にありました。しかしながら、営業チームを束ねるマネージャーは状況を改善できず、会社からはマネージャー交代の声が上がってしまう始末でした。
まず取り組んだのは、この営業組織がどの成長段階にあるのかの特定です。このマネージャーの行動を観察してみると、いわゆる“感覚派”タイプ。チームメンバーへの指示は都度、柔軟に行われていましたが、仕組みを整えてはいませんでした。加えて、営業チームの人数がこのマネージャーの認知限界を超えたおり、全てのメンバーに目が行き届いていない事もわかりました。
第1フェーズにあると判断した私は、メンバーの日々の行動を確認・指導する権限をマネージャーから下に委譲する事を提案。営業チームを2つに分けてそれぞれにチームリーダーを据えると共に、日々のどんな行動を確認・指導するかを業務標準として言語化し、チームリーダーにはそれに従った確認・指導を行うよう求めました。
その結果、個々の営業メンバーのフォロー&指導を各チームリーダーが適切に行えるようになり、メンバーの行動が徐々に取って欲しい行動で揃い始めるようになりました。
事例2 情勢の変化に適応できなくなったベテランリーダーから権限はく奪
情勢の変化へ柔軟な適応ができなくなってきた人材がカギを握っていた組織の例です。
その組織において、ある特定の領域は長年そのリーダーに委ねられていましたが、情勢の変化とともに適応しきれなくなってきたことから、近年ではクレームが増加傾向にありました。うまく回っているときこそ“余人をもって代えがたい”存在ではありましたが、外部環境が激しく変化する中では逆にそこが部分最適化してしまい、組織の柔軟性が失われてしまっていたのです。つまり、組織の成長段階として全体最適を見据えた調整による成長に移る必要がありました。
まず、従来はそのベテランリーダーに任せきりにしていた領域を、関連する領域のリーダーにも関わってもらう「横串し体制」への組織変更を実施しました。すると、これまでの経験から「この領域は自分がいるから成り立っている」と自負していたベテランリーダーのプライドを傷つけてしまう形に。当該リーダーはこの組織変更に柔軟な対応ができませんでした。
そこでやむなく、組織の「横串し体制」は維持しつつ、業務の区切りを変えることで組織体制と権限委譲先を変更し、ベテランリーダーからはリーダー権限をはく奪する形に収めました。
結果、組織は環境変化に全体最適を優先して適応できるようになり、クレームなども抑えられるように。しかしながら、当該のベテランリーダーは退職してしまう形となってしまいました。
このように、私は権限委譲については会社組織の成長段階や状況に応じて、適宜やり方を変えながら行うべきだと考えています。
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編集後記
権限委譲といえば「個人のエンパワーメント=自律性や主体性を促す」文脈で語られることが多い印象でした。しかし「組織が成長する上で必ず通る道」という安田さんの言葉で、改めてその重要性を認識することができました。来るべき段階に備えて、今のうちからどんなステップで進めて行くのが良いかを考えておくと、より組織拡大にもスムーズに対応できるのではないでしょうか。