経営難を乗り切る組織再編と、人員整理を進める手順とは
そこで今回は、過去5社の人事マネージャーを歴任し、現在もフリーランス人事として複数企業の人事業務をサポートしている渡會智一さんに、このコロナ禍における「組織再編」の進め方をお聞きしました。
また、やむを得ず人員整理・リストラが発生した場合に、人事として心得ておくべきことや手順についても教えていただきました。
<プロフィール>
渡會智一
大学卒業後、当時400名規模のIT企業へ人事総務担当として、総務、新卒採用と幅広く経験。
その後、IT業界を中心に、大手ITインフラ企業、WEBサイトコンサルティング企業等
にて人事責任者として採用・人事制度・労務・教育研修と幅広い人事領域を担当し、高い実績を上げ活躍。
2019年8月よりフリーランスとなり大小問わず、複数企業の人事・採用に携わっている。
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目次
経営悪化による組織再編・人員整理を検討する際、まず取り組むべきこと
───会社の業績が厳しい状況になった際、人事としては何に取り組むべきでしょうか。
人員整理を強いられている企業もありますが、これは雇用が強く守られている日本では本当に「最後の手段」です。助成金の活用、業績向上施策、コスト削減施策などを全てやりつくしたうえで、それでもなお経営が困難である場合にのみ仕方なく実施する方法だと言えます。
人事がまず最初に取り組むべきは「雇用調整助成金の活用」ではないでしょうか。
受託系ビジネスの場合、取引先の業績悪化により受注が減少し、社員の稼働が確保できなくなることがあります。雇用を維持し、経営を守るためにも、仕事がない社員は無理に働かせずに休業という形をとって、助成金の支援を受けることで急場をしのぎましょう。
<支援概要>
・雇用を維持して休業手当を社員に支給した場合、労働者1人あたりの上限 日額15,000円(これを超える分は企業が負担)
・適用期間は2020年9月30日まで延長
しかし、新型コロナウイルスの影響がいつまで続くかは現状誰にも分かりません。その上、助成金の支援が続く保証もありません。だからこそ、一過性のものとして過ぎ去るのを待つのではなく、変化を積極的に受け入れて、会社自体のあり方や社員との関わり方を見直していくことが重要です。
見直すポイントはいくつもありますが、以下3つの方法から検討を始めるのが良いと思います。
① 働き方の見直し
既に取り組まれている企業も多くなりましたが、「リモートワークの積極的な活用」はできる限り進めていくべきでしょう。コロナ禍の一時的な対応に留めるのではなく、恒常的な働き方として取り入れていくのがポイントです。
いきなり週5日のリモートワークが難しければ、週2~3日をリモート勤務にして、あとは出社する形など段階を踏んで導入していくのもいいでしょう。リモートワークを進めることで、慣習で行っていた非効率な業務などが洗い出され、結果的に業務効率化が進められるといったメリットもあります。
② オフィス縮小の検討
オフィスのロケーションにもよりますが、オフィス賃料の経営的な負担はかなり大きく、人件費の次に大きなコストになっている企業も少なくないはずです。リモートワークが定着すれば、これまでのオフィスの広さは必要なくなります。またフリーアドレスに切り替えることも、オフィスをかなり縮小できる方法の1つです。
③ 副業(複業)の推進
副業(複業)を推進すると、「会社が社員の収入を担保できなくなったときのリスクヘッジ」だと捉えられることもあります。しかし、副業(複業)にはそれ以外にも様々な効果があるのです。メリット・デメリットを以下に整理してご紹介します。
<③-1.副業 (複業) を推進するメリット>
・社員のキャリアにおけるリスクヘッジになる
この変化の激しい世の中では、一つの会社からのみ収入を得ること自体が社員のリスクになってきました。そこに気づいた優秀な社員から離職してしまうことも考えられます。それを防ぐ意味でも、社員と長期的に良好な関係を築いていくための1つの方法が副業(複業)の促進なのです。
・仕事や人間関係において新しい刺激や視点を得られる
同じ会社にずっといると、仕事や人間関係にマンネリを感じたり、新しい刺激が得られにくくなったりしがちです。副業(複業)は本業以外の収入が得られるだけでなく、新しい文化や新しい価値観に触れる機会が増えるため、より多面的に物事を見る力が養われます。
・本業でも積極的に行動できるようになる
副業(複業)はすべて自分の意志で判断・行動して結果を出すことが求められます。それにより自己効力感や自律心を得ることができ、その経験を本業に役立てることができるようになるなど、本業への相乗効果が期待できます。
<③-2.副業(複業)を推進するデメリット>
・副業が本業化してしまい、結果的に会社を退職してしまう可能性がある
確かに、大事な社員に抜けられてしまうことは企業にとっても大きな痛手です。しかし、今後の企業のあり方として、「従業員・組織拡大=企業成長」という図式自体を見直す必要があると考えています。
正社員雇用が最も安定していると考えられていた時代は、もう終わりに近づいています。ずっと1社にいる前提で社員のキャリア開発機会を提供するのではなく、自社以外のフィールドも含めてその機会を提供できる会社が今後も生き残っていくと思います。例え優秀な社員が退職を選んだとしても、その後もパートナーとして良い関係を築いていけるかどうかが重要です。「社員じゃなければチームじゃない」という考え方はもう古いのです。
また、社員に副業(複業)を勧めるだけでなく、外部から積極的に副業(複業)やフリーランスを受け入れることも大切です。今まで社員として採用できなかった優秀層をパートナーとして迎え入れることができる可能性もありますし、会社に新しい文化や価値を持ち込んでくれる場合もあるからです。副業(複業)を通じて外部とつながることは、社員にとっても会社にとっても新しい世界が広がることになるでしょう。
どうしても人員整理・リストラが必要な場合における、人事業務の手順とは
───今後の経済状況によっては、どうしても人員整理・リストラをしなければならない企業もあるかもしれません。この場合、どう進めるのがよいのでしょうか。
まず、過去の人事評価や普段の業務状況などを参考にして、各マネージャー・部長から人員整理の対象者をピックアップしてもらいましょう。その上で、どこまで強制力をもって人員整理を実行するかを決定します。具体的には大きく3つの方法があります。
①希望退職を募る(一番強制力が弱い方法です)
希望退職の条件(募集時期・人数・対象者・退職条件)を明記したものを、その申請フォーマットと合わせて社員に通知する方法です。
ただこの場合、残ってほしい社員まで手を挙げてしまうことがあります。そのため「募集条件に合致している場合でも、業務上特に必要と認められる者は対象とならない場合があります」といった一文を添えておくといいでしょう。また、その社員は何らかの不満や不安を持っているはず。前向きに残留を考えてもらえるように対話する必要があります。
②退職勧奨をする(解雇ではないため強制力はありません)
希望退職を募っても、本当に申し込みをしてほしい社員からは手が挙がらないことも考えられます。その場合は会社側から働きかけるしかありません。退職勧奨に応じやすいように、退職する場合の条件なども事前に決めておきましょう。
(例)●カ月分の給与支給(その間出社せず転職活動を実施して良い)、再就職支援を行う など
条件が決まったら、対象者と面談を実施します。ここで考えるべきは「対象者の心情」です。内容が内容だけに、どうしても感情的になってしまうことも多いもの。なるべく話しやすい雰囲気を作れるよう、面談参加人数や時間・実施タイミングなどに配慮してください。具体的には、部長 or 担当取締役と人事の2対1で、週に1回(1時間~1時間半程度)が望ましいでしょう。
またこの話し合いの中では、「解雇」という言葉を使ってはいけません。日本では合理的な理由がない限り解雇は認められず、30日分の給与を支払ったとしても本人の合意なしには解雇できないためです。あくまで退職を促すことが目的なので、時間をかけて粘り強く話し合うことが大切です。
③整理解雇
整理解雇は解雇権の濫用にならないよう、以下四要件が満たされている必要があります。
(1)人員整理の必要性
(2)解雇回避努力義務の履行
(3)被解雇者選定の合理性
(4)解雇手続の妥当性
非常に厳しい条件が設定されていることから、手順もある程度決まっています。
(1)派遣社員や契約社員の削減、希望退職者の募集を行う
(2)会社内部で整理解雇の方針を決定する
(3)業員や組合と協議する
(4)整理解雇を実行する
<※参考リンク>
整理解雇の四要件
整理解雇とは?企業の弁護士が分かりやすく解説/咲くやこの花法律事務所
単純に「コロナの影響で業績が悪化したから整理解雇したい」だけでは認められません。自社がその対象になるかを顧問弁護士などに事前に相談しましょう。
人員整理・リストラを行った企業が、その後に行うべきこと
───人員整理・リストラを行った企業は、社員のケアを含めてその後どのような取り組みを行うと良いでしょうか。
やむにやまれぬ事情で人員整理したとしても、会社や経営者に対する信頼は確実に下がります。このまま会社にいることがリスクだと感じて、残る社員まで転職活動を始める可能性も十分あり得ます。そういった負の連鎖が始まる前に、会社としては以下のような対策を講じる必要があります。
会社からの説明責任を果たす
まず、現在会社がどういう状況であるかを経営者から全社員に向けてしっかりと伝えましょう。単に現状を説明するだけではなく、最終手段である人員整理までして延命措置を行うからには、企業再建の勝算がなくては意味がありません。未来に向けた具体的な経営ビジョン、事業計画とセットで説明を行うべきでしょう。
経営者と社員が同じ方向を向くために対話を続ける
どれだけ丁寧に説明をしても、納得できない社員は一定出てくるはずです。それでも諦めずに粘り強く説明を続けましょう。特にキーマンとは個別に対話を重ね、理解を求めていくことが重要です。
また、失った信頼を取り戻すためにも、経営者は社員の声に耳を傾けなければいけません。そのためにもオンラインミーティングをうまく活用するのがいいでしょう。具体的なコミュニケーション方法としては、各部署ごとに経営陣との小規模な意見交換の場を用意して、今後の会社ビジョンや事業計画について認識を合わせていきます。それと共に、改善が必要だと感じたものについては即座に社長命で対応策を講じるなど、スピーディーに対応することで信頼を回復していくしかありません。
こういった状況下で人事としては、経営者から全社員への発信の場を設けたり、適切なコミュニケーション施策を行うこと、そして、人事として粘り強く社員との対話を続ける姿勢が求められます。
社員1人ひとりへの面談実施
人員整理後しばらくは、個々の社員の様子を注意して見ていく必要があります。最近は1on1を実施する企業も増えたので、その中でフォローしていく形でも良いと思います。パルスサーベイ(※注1)を導入して、週1や月1で社員の状況を定点観測し、異変に気付いたら人事や産業医などがフォローできる体制を作っておきましょう。
※注1:パルスサーベイとは、従業員満足度(ES)を測る際に用いられる従業員に対する意識調査の一種です。「パルス」とは「脈拍」という意味で、人が脈拍を計測して健康状態を確認するように、企業が健全な状態であるかどうかをサーベイを通じてチェックします。
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編集後記
「組織再編」や「人員整理(リストラ)」は滅多にあることではなく、特に後者に関してはできれば避けたい取り組みです。しかし、どうしてもそれらが必要となった際に、どのように対応していくべきかを考えておくことは、企業としても優先順位を下げてはいけないことだと思います。
特に昨今は新型コロナウイルスの影響もあり、「組織再編」や「人員整理」をドラスティックに進めることが人事に求められることが増えています。そんな場面に直面した時に、ただ受身で対応するのか、それともできるだけポジティブに捉えて会社・社員の双方にとってベストな形で着地させるのか。そこに人事としての力量が現れるのかもしれません。