「ストレスコーピング」を組織に取り入れる具体的な方法と実践事例について

職場や組織におけるストレスマネジメントは、円滑な組織運営に必要不可欠なもの。その手法として近年注目されているのが「ストレスコーピング」です。
今回は、多くの企業で研修などを実施されている人事コンサルタントの鈴木 秀匡さんに、組織内で発生するストレスの種類と、企業や人事がリードできるストレスコーピングの支援方法について伺いました。
<プロフィール>
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鈴木 秀匡(すずき ひでただ)/Synaps Life v.o.f. 代表
日立製作所やアマゾンなど、一貫して管理部門のビジネスパートナーとして人事・総務・労務業務に従事。デロイトトーマツフィナンシャルアドバイザリーにてM&Aアドバイザリーを経て独立。現在は欧州のスタートアップ事情や労働環境、教育事情の背景にある文化や歴史、政治観などを肌で感じとるべくヨーロッパへの家族移住を果たし、中小企業の人事顧問やM&AにおけるHRアドバイザリー、経営企画担当者およびHR向けメンターとして活躍。三児の父。海外邦人のためのコミュニティ作りを目的とした財団法人を設立し、副理事として運営に関わるなど、日本のプレゼンスを上げていく社会活動にも奮闘中。
目次
「ストレスコーピング」とは
──「ストレスコーピング」について教えてください。
「ストレスコーピング」とは、ストレッサー(ストレスの要因、またはストレス反応が原因で苦しい状態にある自分を落ち着かせるために意図的に行う行動)の心理的用語です。「コーピング」には『対処する・切り抜ける』といった意味があるため、「ストレスコーピング」をわかりやすく表現すると『簡便な方法でストレスを緩和する手法』と言い換えることができます。
1980年代頃から米国企業・学校のストレスマネジメント施策として取り入れられたのを皮切りに、その後欧州でも各企業の風土や学校のスタンスに合わせて形を変えながら導入が進められてきました。「ストレスコーピング」の特徴は、こうして『自分仕様にカスタマイズでき、簡単に始められる』点にあります。
ストレスを引き起こすきっかけや症状は人によってさまざまです。また、ITや科学の発達によってストレス要因の多様化・複雑化も急速に進んできました。一方、少なくとも人間の脳はこの1万年まったく進化していないと言われています。つまり、外部的な変化のプレッシャーに人の進化が追いついておらず、ストレスが蓄積しやすい現状があるのです。
近年のコロナ禍を例に挙げるとわかりやすいでしょう。世界各地でロックダウンが行われて生活への不安や分断が起こったり、在宅ワークへの転換を余儀なくされたりといった劇的な変化は記憶に新しいところです。過去に例がなく、先行きの不透明さが増す中で、得体の知れないストレスを感じた方もいるのではないでしょうか。
セルフモニタリング(自己観察)を通じて自分がどんな時にストレスを感じるかに気づき、ストレス反応に対してどんなコーピング(対処行動)をするかを検証する──これらを繰り返し行うことで、ストレスと上手に付き合えるようになります。これからの時代、こうしたスキルの重要性はさらに増していくことでしょう。
組織内で発生するストレスの種類と対処法

──組織内で働く人々のストレッサーとなりうるものには、どのようなものがあるでしょうか。その種類と見極め方法について教えてください。
ストレッサーには、日常生活全般で遭遇するさまざまな出来事や刺激が該当します。その中でも、今回は組織内で働く人々に想定されるストレッサーに焦点を当てて考えてみます。
労働省が平成11年度に発表した『作業関連疾患の予防に関する研究』によると、仕事のストレッサーとして指定した因子は以下17つです。
(1)非常に多岐にわたる仕事の範囲をやらなければならないか
(2)時間内に仕事が処理しきれない量の仕事か
(3)一生懸命働かなければならないか
(4)極度に注意を集中する必要があるか
(5)高度の知識や技術が必要な難易度の高い仕事か
(6)勤務時間中はいつも仕事のことを考えていなければならないか
(7)身体を大変よく使う仕事か
(8)自分のペースで仕事ができているか
(9)自分で仕事の順番 ・やり方を決めることができるているか
(10)職場の仕事の方針に自分の意見を反映できているか
(11)自分の技能や知識を仕事で使う機会や頻度の多寡
(12)部署内で意見のくい違いの有無
(13)部署と他の部署との関係性
(14)職場の雰囲気の友好性
(15)職場の作業環境(騒音、照明、温度、換気など)
(16)仕事内容と自分の嗜好性との合致度
(17)働きがいの有無
※参照:労働省平成11年度『作業関連疾患の予防に関する研究』
また、この17つの因子は次の2つに分類することができます。
(a)物理・化学的・生物的ストレッサー
(騒音、高音、化学物質による刺激、細菌、花粉、ほこりなど)
(b)心理・社会的ストレッサー(人間関係など)
さらに、これらをベースに厚生労働省が発表した『労働者健康状況調査(平成24年)』や『労働安全衛生調査(実態調査)の概況(平成28年)』による職場のストレッサー分類を参考にすると、以下10項目に分類できます。
(A)職場の対人関係(セクハラ・パワハラを含む)
(B)仕事の失敗や責任の発生(ノルマの未達)など
(C)仕事の質(達成困難なノルマを含む)
(D)仕事の量(恒常的長時間労働を含む)
(E)役割・地位の変化(昇進・昇格・配置転換・部下の減少)など
(F)会社の将来性
(G)雇用の安定性
(H)事故や災害の体験
(I)仕事への適正
(J)その他
冒頭でお伝えした通り、ストレッサーの要因は1つではなく、家庭環境も含めた生活全般からの影響も考慮に入れなければなりません。そのため特定が難しく、実際に各国の労働安全衛生に関する研究でもストレッサー間の重なりや組合せに着目した独自の類型を統計学的に抽出する試みが行われているほどです。ストレッサーをどのように捉えるべきかは、まだまだ研究途中であると理解しておく必要があるでしょう。
──こうしたストレッサーに対して、それぞれどのように対処していけば良いでしょうか。
ストレッサーに対処するには、以下4つの対処方法があります。
(1)問題解決コーピング
(2)支援獲得コーピング
(3)我慢型コーピング
(4)逃避
(1)問題解決コーピング
ストレッサーになっている問題を自ら解決する方法です。例えば、非常識なクレーマーが自分のストレッサーとして特定でき、ストレス反応も高まってきているとします。その時に、そのクレーマーから逃げずに自ら工夫して軽減することができれば、ストレス反応は減らせます。
(2)支援獲得コーピング
自分の力だけで解決できないからこそストレッサーになっている場合は、誰かに支援を求めて解決していくことになります。ここで必要なのは、誰かが支援してくれるまで待っているのではなく、自分で支援を獲得しにいく積極性です。
(3)我慢型コーピング
ストレッサーになっている問題があり、ストレス反応が高まってきても、最初から解決を諦めて耐えるだけの対処方法です。
(4)逃避
先ほどの非常識なクレーマの例で言うと、ストレッサーであるクレーマーに対して、できる限り自分で対応せずに、上司に任せるなどの対処を行うことです。
上記の中でも(1)(2)のコーピングを行う傾向のある人は、ストレス反応を自ら軽減していくことができるのでストレス反応が蓄積せず高まりにくい傾向があります。反対に(3)(4)のコーピングを行う傾向のある人は、ストレッサーが残り続けてしまうだけでなく、ストレッサーの総量とそれが存在し続ける時間の長さに合わせてストレス反応が深まってしまうので、放っておけばおくほど心身に与える影響が大きくなってしまいます。
日本には『武士は食わねど高楊枝』ということわざがあります。武士たるもの、貧しい境遇でお腹がすいていても、まるでお腹がいっぱいのように楊枝を高々とくわえて見せておかなければいけないという意味で、弱みを見せずに我慢することが美徳とされるいかにも日本らしいことわざです。これは(3)我慢型コーピングの典型例であるため、どこかで限界が来て折れてしまう前に手を打つ必要があります。
なお、よくある間違った対処法は『ストレス解消』に焦点を当ててしまうことです。もちろん、ストレス反応を緩和させることも大切なのですが、その根本にあるストレッサー自身が解消されなければ永遠と同じ問題と向き合うことになってしまいます。『ストレス反応を探知する→ストレッサーを特定し解決する→ストレス反応を緩和させる』この順番で対処していくことがセオリーです。
ちなみに、ストレス反応を緩和させるためには『ストレスがかかったときに気晴らしになることをあらかじめ100個リストアップしておき、ストレスを感じる度にそこからひとつ選んで実行する』といった方法があります。散歩や買い物、入浴、外食、カラオケなどはもちろん、ぼーっと空を眺める、自然を感じる、動物を鑑賞するなど、自分が好きだと感じる行為を探すこと自体がコーピングにつながります。また、どんな対処法においても『自分でコントロールできる部分とできない部分』を明らかにして線を引いておくことが「ストレスコーピング」においてとても重要な考え方であると言えます。

企業や人事が実施できる「ストレスコーピング」支援
──企業や人事はこの「ストレスコーピング」の視点を、メンタルヘルスチェックや1on1などにどう活かしていくべきでしょうか。
まず大前提として、仕事以外にも複雑な因果関係を抱えている個人に対して組織ができることは限られています。個人の方が置かれている状況やストレスの深さ、幼少期からの人間関係や体験によって形成された思考の土台などを企業や人事がすべて理解しきるのは不可能だからです。前述した対処法も、試してみるまではどれが効くかわからないはずです。
その前提に立つと、企業におけるストレスマネジメントの方法は以下のようにシンプルなものになります。
(1)ストレッサーとストレス反応を分けて考えられるように、教育研修やe-learning、定期的な安全衛生委員会やストレスチェックなどの機会を通じて全社員に伝えて、ストレスに関する正しい知識をインストールすること
(2)『ストレッサーを正しく解決していくことが重要である』と強調すること
(3)ストレス反応の進み方をモニタリングして、経営者や人事部門含めたマネジメント層が産業医と連携して早期に対処すること
(4)できる限りコーピングをたくさん用意して、いざという時にどんどん試せるようにしていけるようにメニューを多様化すること
こうして働く環境を整えることが、経営者や人事部門も含めたマネジメント層ができる「ストレスコーピング」支援です。
なお、(4)のようにコーピングメニューを増やす際には時間・コスト・デメリットに留意しましょう。例えば、福利厚生やワーケーションの一環として『旅行』をコーピングメニューに加えるとなると、時間・コスト面で頻繁に行うことが難しくなります。また、交流会補助などによる『食事や飲酒』も過度になると心身にマイナスの影響を与えかねません。ローコストで時間がかからず、健康的なコーピングメニューを揃えるようにしていくなど、仕組みとして運営できる範囲で増やしていけると良いでしょう。米国企業でマインドフルネスを導入する企業が増えているのも、こうした考え方を背景に持っているからだと思います。
「ストレスコーピング」の実践事例
──鈴木さんがこれまで実施された「ストレスコーピング」の実践事例について教えてください。
ストレスへの正しい理解こそが回避策の根本であり、コーピングの全てであるといっても過言ではありません。1人1人が知識とコーピングマインドを持った上で、コーピングスキルを活用することこそがストレスコーピングの本来の目的です。そのため、企業や人事は、従業員のストレス解消ではなく、ストレッサーとストレス反応に関する正しい理解を推進すべきです。ここまで読み進めていただいた皆さまには、今回ご紹介する事例などの枝葉のみに囚われることなく、根本からの理解をいただいた上での対処をご検討いただければと思います。
ストレスに関する知識を『何となく知っている』レベルでは、日本人独特の美意識からもたらされるバイアスによる我慢型・逃避コーピングを助長してしまいかねません。これが個々人の自己認知を妨げることが多々あるため、正しい知識のインプットに加えて日常業務と切り離して集中するワークショップなどの場も、アプローチの一環としては有効でしょう。
ちなみに、『セルフモニタリングができるようになる』とコーピングを進める上で大きな効果が得られます。その力を高めるワークの実例は以下です。
セルフモニタリング力・コーピング力を高めるワーク例
自身の『ストレス体験』を日常に書き出せるようになることを目標に、メモ用紙1枚、もしくはスマートフォンやタブレットのノート機能などにできるだけ具体的に記載していきます。内容はどんなに小さいことでも構いません。
書き終えたら、次に『自分の中に沸き起こった感情』を書き留めてもらいます。ここでは、自分の負の感情(”快”ではない感情)を事実として受け入れ、自身を客観視した上で言語化することがポイントです。それによってストレッサーとストレス反応の因果関係が見えてくるようになり、対処がしやすくなります。
もう一歩進んだワークでは、起きてしまったストレス反応に対処するために、自分が喜んだり、気楽になったりすることを探してリスト化していく作業を行います。こちらもセルフモニタリングと同様、できるだけ具体的に書くことが大切です。例えば、『映画やドラマを視聴する』で留めるのではなく、どんなジャンルやテーマの動画を、どんなタイミングで、どのようなシチュエーションで視聴するとストレス反応が軽減されるようになるのかなど、実際のシーンがリアルにイメージできるように書くよう促しましょう。
また、『呼吸法』に関するワークを取り入れることも有効です。呼吸は無意識で行う行動の際たるもの。電車やレジの待ち時間などにゆっくり息を深く吐くだけで気持ちが落ち着くといった効果もあるので、身体全体を動かしたり、肺や自律神経の起点となる横隔膜を動かしたりするワークを取り入れて、ノウハウを持って帰ってもらうこともお薦めします。
こうして正しい知識と簡単な対処法をいくつか揃えるだけで、自律して対処できる人が増え、働きやすい環境を整えていくことができます。今、これだけ複雑怪奇な世界でビジネスをしているわけですから、社員の働きやすい環境を率先して整えていく重要性は誰もが知るところです。そのための1つの手段として、まずは経営陣や人事の皆さまから「ストレスコーピング」の正しい理解を進めてみてはいかがでしょうか。
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編集後記
『自分でコントロールできる部分とできない部分を明らかにして線を引いておくことが重要』と鈴木さんからお話があったように、企業や人事としてもどこまで個人に介入して「ストレスコーピング」を進めるかを線引きしておくことが、結果的に従業員のストレスマネジメントにつながるのかもしれないと感じました。