「健康経営銘柄」は中小企業も取り組むべき?その選定基準や認定事例の紹介
従業員の健康管理を経営的な視点で考えて戦略的に実践する健康経営。昨今の働き方改革の流れもあり、より注目度が高まっているテーマです。しかしながら、経済産業省から認定を受ける「健康経営銘柄」の概要や認定基準などについて詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、事業会社の人事として活躍後に社会保険労務士として独立した宮沢 征史郎さんに「健康経営銘柄」の概要とその認定事例などについて伺いました。
<プロフィール>
宮沢 征史郎(みやざわ せいしろう)/宮沢社会保険労務士事務所 代表
1981年8月25日、長野県上田市生まれ。新卒で東証一部上場企業に入社後、営業として東京・広島・大阪と全国各地で10年以上従事した後、会社知名度や商品力に頼らない力を求めて人事労務の勉強を開始。社会保険労務士資格を取得後、同企業の人事マネージャーを経て独立。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「健康経営銘柄」とは
──「健康経営銘柄」の概要と、近年より注目度が高まっている背景について教えてください。
経済産業省HPには、健康経営とは以下の様に書かれています。
『従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。』
健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つとされています。その健康経営を体現する制度の中で、「健康経営銘柄」があります。この「健康経営銘柄」を一言で表すと、『健康経営に関する評価制度の中で最高峰のもの』です。
これは経済産業省と東京証券取引所が2015年から共同で開始した取り組みで、上場企業のみがエントリーできるというハードルの高さが特徴です。その中でも認定を受けられる企業はさらに一握りで、2022年度は32業種から50社のみが選定されました(過去最多)。選定・評価基準も厳しく、短期的な健康経営に関する取り組みだけでは届かないものばかりです。
<主な選定基準>
(1)健康経営度調査の総合評価の順位が上位20%以内であること
(2)ROE(自己資本利益率)の直近3年間平均が0%以上であること
(3)重大な法令違反等がないこと
(※)参考:経済産業省「健康経営銘柄2022」に50社を選定しました!
このように長期的な健康経営に対する企業の姿勢が問われるものだからこそ、認定された暁には多方面から高い評価を受けることができます。また取得に向け継続的に取り組む姿勢は、社員や投資家などに対するアピール材料にもなります。
「健康経営銘柄」がスタートした2015年を思い起こすと、某有名企業の新入社員過労死自殺、企業ストレスチェック義務化など、働く環境が社員に与える負荷や健康寿命の延伸について世間の注目が集まったタイミングと重なります。
こうして労働が健康に与える影響への意識が高まるにつれ、投資家は上場企業に対して、健康経営に関してどのような取り組みを行っているかをチェックするようになりました。それが株価に与える影響も少なからずあるという企業側の認識も年々広がりを見せています。自社Webサイトで健康経営に関する取り組み紹介を行ったり、IR上で健康経営の位置づけを公表したりという動きからもそれを実感します。実際に評価対象となる健康経営度調査の回答法人数も右肩上がりに増えています。
「健康経営銘柄」と「健康経営優良法人」の違い
──「健康経営銘柄」に似ているものに「健康経営優良法人」がありますが、その違いは何でしょうか。
「健康経営優良法人」は、経産省と日本健康会議(※1)によって2017年度からスタートした取り組みです。前述した「健康経営銘柄」は対象企業数の少なく基準も高いことから、健康経営の裾野を日本企業全体にまで広げることを目的に「健康経営優良法人」の取り組みが後発的に進められることになりました。
(※1)日本健康会議とは、日本に住む1人ひとりの健康寿命の延伸と医療費の適正化について、民間組織が連携し行政の全面的な支援のもと実効的な活動を行うために組織された活動体のこと
この「健康経営優良法人」は当初500社の認定を目指してスタートした経緯から、大規模法人部門を「ホワイト500」という通称名にしていました。しかし、健康経営への関心の高まりとブランディング維持のため絶対評価で認定を進めたことが要因となり、2019年には500社を優に超えて820社へ到達。それ以降は「健康経営優良法人」と「ホワイト500」にブランドを分け、絶対評価と相対評価を併用して考えるようになりました。
(※)参考:経済産業省/健康経営度優良法人認定制度に係る見直し方針
「健康経営銘柄」と「健康経営優良法人」の明確な違いを説明することは容易ではありません。認定基準が多岐にわたること、重複が多いことなどがその理由です。大まかに設立経緯と対象企業で整理すると以下のようになります。
■健康経営銘柄
・上場企業のみが対象
・認定企業は極少数(数十社)で、かつ1業種1企業のみ
・アンバサダーとしての役割
・投資家向け戦略を意識
■健康経営優良法人(ホワイト500)
・大規模法人が対象(上場企業以外も可)
・優良法人上位500社を認定
・トップランナーとしての役割
・幅広く企業ブランディングを意識
■健康経営優良法人
・中小~大規模法人が対象(上場企業以外も可)
・認定企業は相当数(数千社)
・地域や日本全体に健康経営を浸透させ、裾野を広げる役割
この様に「健康経営銘柄」以外にも目指せるものができたことにより、更に健康経営を促進する企業が増える傾向が進むと考えています。
企業が「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」認定を目指す理由
──企業が「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」の認定を目指す目的には、どのようなものがあるのでしょうか。
その目的は大きく以下2つです。
(1)社員とその家族や周囲の健康向上
(2)企業の社会的地位向上
「健康経営銘柄」に認定される基準は前述しましたが、「健康経営優良法人」に認定されるためにも多くのハードルがあります。例えば2021年度の大規模法人部門においては32項目。それらは絶対評価で審査されます。この32項目をクリアしようとするだけでも社員のヘルスケア基準は大幅に引き上げられるため、認定を目指して取り組むだけでも大きな成果が得られるはずです。
<認定基準例>
・健康経営に関する全社方針の明文化や社外公開
・産業医や保険医との関与
・保険者(健保組合など)との連携
・健康診断やストレスチェックの完遂
・社員教育
・両立支援
・特定検診や特定保健指導
・長時間労働対応
・感染症対応
・受動喫煙対策
・各健康施策効果の検証や目標設定管理
など
どれも企業に必要なことのように思われますが、瞬間風速的にこれらの基準を満たすだけではいけません。仮に1度この「健康経営優良法人」を取得できたとしても、毎年認定審査はあるからです。経営者や担当者は毎年この基準を満たすべく健康経営課題に取り組む必要があります。
そのタスクレベルを年々上げて行きながら、まずは「健康経営優良法人」の認定を目指し、次にホワイト500に昇格、そしていつかは「健康経営銘柄」へ──と徐々に上のステップを目指すのが一般的な流れとなります。
ただ「健康経営銘柄」は1業種1企業という狭き門のため、意識して獲得することはなかなか難しいもの。しかし、そこをゴールにおいて地道に取り組んでいくことが、従業員満足ならびに採用力向上、IR / PRにおける訴求力向上につながっていくのです。
認定フロー・スケジュール・基準について
──「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」の認定フロー・スケジュール・基準について教えてください。
まず必要なのは、年度の考え方を整理し、最初に認定を取得するべき年度を見定めることです。
これら認定制度の年度は4月~3月。2023年2~3月初旬頃に発表される「健康経営銘柄2023」「健康経営優良法人2023(ホワイト500・ブライト500)」に選ばれるためには、2022年3月までの取り組みを2022年9~10月に申請する必要があります。その内定通知は11月末頃です。
申請に必要なフォーマットは基本的に1つのみ。「健康経営度調査」と呼ばれる膨大な量の設問シート(Excel)の中に自社の取り組み結果を記入していきます。そのシートの序盤に「健康経営銘柄・健康経営優良法人にエントリーする」という設問があり、それに回答することで申請できます。
認定される上で最低限必要な設問には★マークが付けられており、初回申請企業にとってはこの★マークがある設問に回答するだけでもままならないはずです。なぜなら、その回答段階で準備を始めても間に合わないものが大半だからです。
例えば、「健康経営の推進に関して会社全体の目的・体制を社外に公開していますか」という設問があり、その回答が「目的と体制の両方を社外公開している」だと適合ですが、「いずれかのみ公開している、または社外公開していない」だと不適合。この時点でその年度は申請書を提出しても健康経営優良法人に認定されることはありません。
そのため、★マークが付けられた項目については前年度から取り組みを進めておく必要があるのです。自社でどのようなスキームを取れば次回申請時に基準を満たすことができるのか、最長1年かけて社内で体制づくりをしていくことが求められます。
なお、認定基準については大きく以下5つの観点があります。詳細については認定要件(※)のページに整理されたものがあるため、ぜひそちらもご確認ください。
(1)経営理念・方針
(2)組織体制
(3)制度・施策実行
(4)評価・改善
(5)法令順守・リスクマネジメント
(※)参考:健康経営銘柄2022選定及び健康経営優良法人2022 認定要件(大規模法人部門)
健康経営優良法人2022 認定要件(中小規模法人部門)
上記5項目にそれぞれ詳細項目があり、ホワイト500・ブライト500は「健康経営優良法人」よりも必須要件や制度・施策実行項目数が多いイメージです。また回答内容によって「加点」がなされるため、それにより相対評価となる上位500社に入ることが可能な設計となっています。
認定を受けるまでの具体的な取り組み事例
──「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」に認定されるために、宮沢さんが関与した事例について教えてください。
とある大規模企業にて「健康経営優良法人」認定を受けることができた事例をご紹介します。
現状把握
まず最初に実施したのは、前年度の健康経営度調査の設問シートを確認した上で、その会社にとっての不足箇所を洗い出すこと。
その結果、「(3)制度・施策実行(5)法令順守・リスクマネジメント」については一部施作の追加(休暇施策、予防接種実施、ウォーキングイベントや女性限定セミナーの企画など)で充足できるものの、「(1)経営理念・方針(2)組織体制(4)評価・改善」については足りないという現状を把握することができました。
課題への対処
「(1)経営理念・方針(2)組織体制」については、企業Webサイト上に健康経営宣言と組織体制を追加。健康経営に関する担当者人数をプロジェクト発令により確保するなど、社内にも社外にも取り組みをわかりやすくなるよう発信して充実させました。
「(4)評価・改善」については、主に追加で企画した休暇施策や予防接種実施による取得率や実施率の向上を充てることで申請報告としました。
結果
これらの取り組みにより、目指した年度に「健康経営優良法人」の認定を受けることができました。しかしながら、その認定時のフィードバックシートを見て一同は愕然としました。なぜなら、次のステップであるホワイト500まではほど遠い順位だったからです。
フィードバックシートには自社の各種項目評価点はもちろん、「業種平均」「業種トップ」のポイントが並んで出てきます。よってどの項目がどれだけ足りないかが一目瞭然。この大規模企業ではどの項目も業種平均以上のスコアでしたが、業種トップ企業と比較すると「(1)経営理念・方針(明文化・社内浸透・情報開示・他社への普及)」と「(2)組織体制(体制構築・担当者教育・担当者人数)」が圧倒的に足りず順位を伸ばせていない状況が明らかに。さらに「(4)評価改善」も全体的に不足している印象でした。
この事例から考えること
認定を取得することはもちろん重要です。しかしそれはあくまで結果。「足りない項目を改善しながら次年度の施策や体制を検討し、毎年健康経営を推進・向上していくこと」にこそ、この取り組みの本質があるのだと思います。
──上記事例を通じて、特に難しかった点や改善できそうなポイントなどはありますか?
大きく3つポイントがあったと感じています。
「(1)経営理念・方針(2)組織体制」について
企業Webサイト上での情報掲載だけでは不十分だったと感じています。「健康経営推進の目的・体制の社外公開がどの程度なされているか」で加点されるため、以下のような情報公開を進められればより高い評価が得られたはずです。
<例>
アニュアルレポート/統合報告書/コーポレート・ガバナンス報告書/海外投資家向けに多言語対応した各種開示文書/有価証券報告書/ディスクロージャー誌/決算説明会資料や中期経営計画資料/自社WebサイトのESGについての独立したページ/CSR報告書 など
なお、これらの媒体すべてに健康経営に関する記載をしようと思うと、大規模企業であればあるほど事前に経営層の承認を取っておかなければならず、1人の担当者ができる範囲を大きく超えていくことになります。
「(4)評価・改善」について
・プレゼンティーズム(健康の問題を抱えつつも仕事を行っている状態)
・アブセンティーズム(仕事を休業している状態)
・ワークエンゲージメント(仕事に対してのポジティブで充実した心理状態)
この3つの指標を社内で取ることは今や必要条件です。しかし、この指標を持ってるだけでは点数は上がらず、現状の数値とそれを活用し改善実施をした推移を公表することで加点されます。前述した事例では、それらのデータ活用や改善にまでは取り組めていませんでした。
その他(喫煙率低下)
喫煙率低下においても、さまざまな施策を実施すれば大きく加点されます。反面、個人の嗜好となる喫煙についてソフト面でもハード面でも事実上排除することは社内からの大きな抵抗を生む可能性があり、慎重に事を進める必要があります。こうしたセンシティブな領域についてもさらに踏み込むことができれば、より評価を高めることができたはずです。
上記に挙げた点を社内で推進していくためには、経営トップの健康経営に関する認識と承認が最も重要です。経営トップが率先して健康経営に取り組み、その直属組織として健康経営推進の専門部署が設けられると理想的でしょう。
大規模企業であればそうした人的投資は可能ですが、中小企業では簡単ではありません。しかしながら、ある中小企業は2017年〜2020年まで連続して健康経営優良法人(中小規模法人部門)を取得し、2021年にはブライト500にも認定されました。この企業は2017年の代表取締役交代後、一貫してトップ自らが健康に関する取り組みを発案。社内外への発信を継続した結果が実った形です。人的投資が難しくとも、トップが健康経営に目を向けることで健康経営トップランナーと成り得ることを証明した例だと言えます。
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編集後記
「健康経営銘柄」は上場企業だけが対象ということもあり、それ以外の企業においては無関係だと感じている方も少なくないかもしれません。しかしながら中小企業も対象となる「健康経営優良法人」認定もあること、また認定に向けた取り組みを通じて自社の健康経営を推進させられること、その結果として社員満足度向上・生産性向上・優秀な人材確保にもつながることなど、多くのメリットがあります。大規模企業のみならず、中小企業も取り組むべきテーマであることは間違いないでしょう。
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