「コンピテンシー」に基づく人材開発で組織のパフォーマンスを高める方法
「コンピテンシー」と聞くと、高い業績を残している社員(ハイ・パフォーマー)に共通する行動特性を探し出し、それを組織に伝播して成果を最大化させることをイメージする方も多いと思います。しかし、ハイ・パフォーマーの行動特性をそのまま評価基準に反映しても、業務の実態に合わず結果取り入れられなかったというケースも多々あるようです。
現場に即したコンピテンシー評価を作成するためには、どのような順序で、どんなポイントを抑える必要があるのでしょうか。今回は、経営が求めるコンピテンシーに基づいたタレントディベロップメントの領域で活躍しているパラレルワーカーの方に、コンピテンシー評価を人材開発へ組み込む方法やポイントについてお聞きしました。
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
コンピテンシー評価とは
──まず「コンピテンシー評価」について、一般的な定義を教えてください。
コンピテンシー(competency)という言葉には「能力・技能・力量・適正」などの意味があり、企業などの人材開発シーンでは「高業績者の行動特性」などと訳されて使用されています。コンピテンシー評価は、その「高業績者の行動特性」を基準として従業員の評価基準を作成する手法です。
コンピテンシーの概念に対する定義は現在のところ定まったものがなく、学者・コンサルティングファームの数だけ定義が存在します。しかしそれらの定義を見ていくと、共通するいくつかの重要な要素を抽出することができます。
① 目的は、優れた業績を創出すること
私たちは日々企業の中で無数の行動をしていますが、その行動の中でも「特に優れた業績を創出することを目的とした行動は何なのか」に的が絞られています。
② 企業を取り巻く環境変化を踏まえ、今後克服すべき課題の変化を見据えていること
企業を取り巻く環境はめまぐるしく変化していきます。例えば、BeforeコロナとWithコロナでは優れた業績を創出するために取り組むべき課題がガラリと変わってしまった企業もあるでしょう。そのような環境や課題が変化する中でも、私たちはどんな行動ができると優れた業績を創出することができるのか、その再現性が問われます。
③ 行動として表現されるもの
どんなに優れた知識・能力・経験・意欲を持っていても、行動が伴わなければ優れた業績を創出することはできません。そのため、自身の保有能力を活用して「どういう行動を発揮すればよいのか」に着目して定義されます。
──企業が「コンピテンシー」を基準に評価・育成を行うメリットは何でしょうか?
定義したコンピテンシーを基準に評価・育成をすることで、優れた業績を創出するために鍛えるべき行動の焦点が絞られ、効率的な育成ができることが最大のメリットです。
また、ポジション別にコンピテンシーを定義している場合、そのポジションを任せられる人材がどの程度社内にプールされているのか(すぐに任せられる・1年後・3年後・5年後の候補など)を可視化することもできます。
ちなみに私の失敗談の1つに、「コンピテンシーを定義して計画的に人材育成をしてこなかったことで、新規事業を進められなかった」ことがあります。
私がある不動産系の上場企業の経営企画を担っていた2006年頃は不動産市況がミニバブルの状態で、不動産価格のピークを迎えることが想定されていました。そこで既存事業に変わる次の収益の柱を作るべく、新規事業の立案を行ったのです。
しかし、社内を見渡しても「新規事業を強力に推進できる人材」が一向に見つかりません。既存事業で優れた業績を創出できる人材は多くいましたが、新規事業推進に求められるコンピテンシーを持った人材がいなかったのです。
当該コンピテンシーを定義して、計画的に人材育成ができていればこういった失敗は防ぐことができたはずです。つまり、コンピテンシーはただ評価や育成に活用できるだけでなく、将来的な事業変化への対応力を高めることにも寄与するものなのです。
人材開発の基準となる「コンピテンシー」の設計方法
──企業がコンピテンシーを基準に人材開発を行う際、求めるコンピテンシーはどのように明文化(設計)するのが良いでしょうか?
コンピテンシーを設計する際には、通常複数のアプローチから設計します。具体的には下記4つです。
① ハイ・パフォーマーからのアプローチ
「優れた業績を上げている人材」と「平均的な業績を上げている人材」の行動を調査し、両者の違いを導き出します。このアプローチを活用すると、過去・現在のビジネス環境下において優れた業績を創出するためにはどんな行動が必要なのかを抽出することができます。
② 事業ビジョン・戦略からのアプローチ
「企業が目指すビジョンや戦略を実現するためにはどのような行動が必要なのか」を経営者へのインタビュー等から抽出します。ハイ・パフォーマーからのアプローチで過去・現在のビジネス環境下での行動を抽出することはできますが、未来のビジネス環境が大きく変わった場合の行動抽出はできないため、このアプローチも合わせて行うことが必要です。
③ 企業理念からのアプローチ
企業が大切にしている使命や価値観から、社員1人ひとりにどのような行動が求められるかを定義します。このアプローチが入ることで、自社“らしさ”をコンピテンシーの中に取り入れることができます。
④ 競合・異業種の好事例からのアプローチ
自分たちが策定したコンピテンシーに漏れがないか、また思わぬ落とし穴がないかを確認する際の参考として、競合や異業種の好事例を参照します。
これらの中から複数のアプローチを選択し明文化していきます。明文化にあたっては上記アプローチによる調査結果と、コンサルティングファームが保有するコンピテンシー・ディクショナリー(※1)を参考にしながら、自社ならではのコンピテンシーとは何かを議論し、自社の固有解を作り上げていくのがベーシックな形です。
(※1)コンピテンシー・ディクショナリーとは・・・
それぞれの職種に必要なコンピテンシーを列挙したもので、コンピテンシーの発現度合を具体的なレベルで定義している。それぞれの職種で高い業績を上げている人にインタビューなどを行い、その職種で業績を上げるために必用なコンピテンシーを抽出し項目ごとに列挙している。
この時、以下のようなフォーマットを使って各職務の業務プロセスを明確にし、プロセス毎にどのような行動をおこなっているのか詳細にインタビューすると、漏れなく重要な情報を収集しやすくなります。
▶ハイ・パフォーマーからのアプローチをする際のヒアリングシート例(営業職)の無料ダウンロードはこちら
以前、旅行代理店の営業ハイ・パフォーマーにインタビューした際、お客さまへの提案・打ち合わせのプロセスにおいて以下のような行動を取っていることが分かりました。
・「営業プロフェッショナルとして頼れる存在であるとお客さまに認知されること」をプロセスのゴールに置く
・お客さまの心配や不安を解消できるように、お客さまが気づいていない問題点を提示する
・お客さまのニーズが漠然としている際、どういう企画にしたいと思っているか明確にし、何を、どのような順番で決めていく必要があるのかリードする
確かに、このような行動をしてくれれば「この旅行代理店(営業担当者)に旅行の企画をお願いしたい!」と思いますよね。
また、ハイ・パフォーマーへのインタビューには別の効果もあります。それは相手(ハイ・パフォーマー)が改めて自分自身の有能感を感じ、インタビューに答えながら意欲が高揚してくるという現象が起きることです。さらにコンピテンシーに基づく行動が上手くできると、その行動自体が面白くなり、さらなる成果創出がなされ、より有能感を得ることができます。
「コンピテンシー」と「内発的動機づけ・有能感」は密接に関係しています。逆に、それらを感じることができないコンピテンシーは単なる言葉遊びにすぎません。
「コンピテンシー」の考え方が有効な企業とは
──「コンピテンシー」を基準にした評価や人材開発は、どのような企業において有効なのでしょうか?
基本的にはどんな事業体・組織体・規模・カルチャーを持つ組織であっても、コンピテンシー評価は有効です。ただし、コンピテンシーを策定する部門(通常は人事部)が“本気で運用する覚悟を持っているかどうか”がその効果の良し悪しに大きく影響します。
コンピテンシーそのものは、外部コンサルティングファームなどの力を活用すればそれらしいものは作ることはできます。ただ、それではコンピテンシーを運用することはきっとできないでしょう。
なぜなら、コンピテンシーを策定する過程で自分たちの頭で考えたり、コンサルタントの提案を鵜呑みにせず主体的に作り上げるのだというオーナーシップを持ったりすることが運用の覚悟感を醸成する上でも非常に重要だからです。
また、プロジェクトメンバーの中にその事業に精通した人材を参画させることも効果的です。事業に精通した人材がいれば業績を上げるための勘所が分かり、コンサルタントとも対等な関係で議論することができるので、相乗効果を発揮することができます。
コンピテンシー評価導入後の運用・活用事例
──これまで実践されたことがある、人材開発における「コンピテンシー」の具体的な運用・活用事例を教えてください。
現在ある大手企業において、経営人材のプールを作ることを目的とした「タレント・ディベロップメント(※2)」支援を部長層を対象に行っています。
(※2)タレント・ディベロップメントとは・・・
従業員が恒常的に学習し、成長し続け、仕事でより良い成果を上げる機会を組織が創り出すこと。個人のキャリア発達に組織が関与することで、企業は最適な人材配置や退職防止、人材育成などを強化することができる。
その支援の中で、現経営者へのインタビューを通じて経営人材に求められるコンピテンシーを思考系・対人系・実行系の24項目で定義。そのうち1年間で強化するコンピテンシーは1つか2つに絞り込み、対象者・役員・コーチが関わり合ってタフ・アサインメント(※3)を乗り越えていくことでテーマに絞り込んだコンピテンシーを徹底的に鍛えるプログラムを構築しました。
(※3)タフ・アサインメントとは・・・
困難な課題を割り当てられることを指します。ビジネススキルやリーダーシップを開発する場合、実務において困難な課題を割り当てること(タフ・アサインメント)が最も効果が高いとされています。
このプログラムでは、上司である役員と私が面談して、以下3つのことを行っています。
① 対象者の3年後の成長目標を設定する
② コンピテンシーに基づく360度サーベイを実施し、成長課題を設定する
③ 3カ年の育成計画を検討する
役員には以下3つのことを確認し、それを果たすためのタフ・アサインメントの内容や、今後の我々の対象者に対する関わり方について掘り下げた議論をします。
①当該事業の成長のために乗り越えなければいけない事業課題は何か
②それを乗り越えるためにはどういう経営人材が必要か(コンピテンシーの中でも特に何が重要なのか)
③具体的には何ができるようになると経営を担えるようになるのか
プログラムがスタートすると、対象者にはコンピテンシーの発揮度合いを高めるためにかなりタフなアサインメントが行われます。例えば、「本質を見極める」というコンピテンシーを習得するために、入社以来20数年間に渡って単一事業しか経験していなかった人材にも、経営企画など会社全体を俯瞰し経営に提言する役割を付与していきます。経営企画では短時間で各事業の本質を見極めることが要求されるためです。
コンピテンシーを高めることは、対象者にとって本当に大変なことです。当然、想定していなかった障害も多く出てきます。例えば、期待して対象者を経営企画に配属したものの、これまで経験してきた営業業務と違い成果を実感しづらいためやりがいが感じられない、業務内容をキャッチアップするために休日返上で働かないと間に合わない、といったことが生じます。
そんな時には「コーチング」による対象者の支援が有効です。具体的には、本人が他者に与えている影響力や自分に欠けているものを自覚することで他者との関係の質を高めたり、自分の負感情の原因をつきとめ良い精神状態を保てるようにしたりします。また、役員にも月1回ペースで対象者と1on1を実施することを求め、経営人材に求められる視座・心構えを対象者に教示してもらっています。
尚、このプログラムの設計にあたってはGE(ゼネラル・エレクトリック社)のタレントマネジメントシステムを参考にしました。詳細は後述するオススメ書籍の「人材管理のすすめ」をご覧いただけると、より理解が深まると思います。
オススメ本(3冊)
──それでは、「コンピテンシー評価」について学びたいと考えるHRパーソンにオススメの書籍を教えてください。
組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト/金井 壽宏、高橋 潔(著)
コンピテンシーをはじめ、組織の力を活かすためのキーコンセプトに関する理論的背景を理解できる良書です。
人材管理のすすめ/ラム・チャラン、ビル・コナティ(著)
GE(ゼネラル・エレクトリック社)、P&Gなど、タレントマネジメントの先進的な取り組みをしている企業の事例やノウハウがかなり詳細に紹介されています。
コンピテンシー面接マニュアル/川上 真史、齋藤 亮三(著)
採用の場面において、入社希望者のコンピテンシーを面接で評価する際のヒントが多く紹介されています。
■合わせて読みたい「コンピテンシー」関連記事
>>>メンバーの「EQ(感情知性)」を向上させ、組織パフォーマンスを高める方法【前編】
>>>メンバーの「EQ(感情知性)」を向上させ、組織パフォーマンスを高める方法【後編】
>>>「シェアドリーダーシップ」でメンバーの主体性を高め、変化に対応できる組織をつくる方法
編集後記
「ハイ・パフォーマーの行動を汎用化して、組織の成果を最大化しよう!」という取組みは多くの企業で行われているかと思います。しかし、自社の将来まで見据えた上で重要なコンピテンシーを定義し、それに基づいた評価・育成を手掛けられている企業はそこまで多くないのではないでしょうか。
目先の成果拡大だけでなく、事業ビジョン・戦略・企業理念などから長期的な視点で自社コンピテンシーを策定し運用していくこと。それが変化の激しいこれからの時代を生き抜くためにも欠かせない大切なことだと、今回のお話を通じて理解することができました。