「連鎖退職」の発生要因を知り、その防止方法を事例と共に学ぶ

あることをきっかけに退職者が続いてしまう「連鎖退職」。組織としても大きな損失になるだけでなく、残った従業員の業務負担が増えるなど不満が蓄積し、さらなる退職者を増やす悪循環にも陥りかねません。
今回は、20年近く人事責任者として活躍されているパラレルワーカーの方に、「連鎖退職」の概要から防止方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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企業の人事責任者として20年近く人事領域全般に携わり、これまで5,000名以上の従業員の管理と50名以上の直属の部下のマネジメントを経験。人事面談やセッションものべ3,000回を超え、心理カウンセリングやコーチングも駆使しながら様々な方の悩みにも向き合っている。
目次
「連鎖退職」とは
──「連鎖退職」の概要について教えてください。
「連鎖退職」とは、その言葉通り従業員が次々と退職していくことを指します。今回は、その中でもエース社員や管理職が退職することにより連鎖的に退職者が続出してしまうケースをメインにお伝えします。
「連鎖退職」が発生する流れはいくつかありますが、多いのは以下2つのパターンです。
(1)不安膨張型
「あのAさんが辞めるってことは、やっぱりこの会社は良くないのかも(私も辞めようかな……)」
成績優秀なエース社員や、会社のことをより詳しく理解できるポジションの管理職が退職することで、会社に対する不安が膨らみ退職が続くケースです。
(2)主役脱落型
「唯一信頼していたBさんが辞めるなら、もうこの会社にいる必要がない(私も辞めようかな……)」
困った時に相談できる人望のある上司や先輩社員の退職をきっかけに、頼れる存在が会社にいなくなることで退職が続くケースです。
他にも、退職により既存社員の業務負担増が原因で退職者が続くケースもあります。いずれのケースも従業員1人ひとりが自律できていれば発生しないものです。しかし、そうした個人の自律心を醸成しきれていない一端は組織側にもあります。例えば、会社の理念やビジョンが従業員に正しく伝わってないこともその1つ。組織が目指すべき方向性などが伝わっていないことにより各部門も属人的になり、それが自律心の醸成を疎外しているケースはよくあります。
「連鎖退職」の防止方法

──残念ながら退職者が発生してしまった後、この「連鎖退職」につながらないようにするためにはどうしたら良いでしょうか。
「連鎖退職」に発展させないために重要なのが『人事部による個人面談』です。その面談には大きく以下2種類があります。
(1)退職者本人との面談
(2)「連鎖退職」リスクがある従業員との面談
(1)退職者本人との面談
退職理由を深掘りすることが、その先の「連鎖退職」を防ぐためにも非常に重要です。面談の場で会社に対する不満などをなるべく多く本音ベースで吐き出してもらい、それらの主張を受け入れることで他の従業員に会社の不満を漏らすことを抑止できます。
ただ、一般的には退職理由を本音で話してくれないケースが大半なため、本人の感情に共感しながらいかに本音を引き出すかが人事部の腕の見せ所になります。本音を引き出す上で私が大切にしているのは、『良い会社にしていくために何かアドバイスをもらえませんか?』とあくまで教えてもらう姿勢で退職者と接することです。また、会社や上司に対して不満を抱えていそうな方には、退職者側の視点で主張に共感するようにしています。
(2)「連鎖退職」リスクがある従業員との面談
退職者と同じ部署の方、部署は違っても関係性が深い方がこの対象者です。この面談では、キーマンが辞めることへの不安払拭が目的となります。そのため、前述した(1)の面談で退職者本人と深いコミュニケーションをとっておくことが重要です。退職者との面談後に関係性が深かった従業員がどんなことに不安を感じているのかを面談で丁寧にヒアリングし、その場で払拭できることは人事部としてはっきり伝えましょう。面談の場ではっきり伝えられない内容があったとしても、その後の対応や姿勢(人事部として会社の課題に向き合い改善する姿勢など)が伝わることが重要となります。退職者の方から教えてもらった会社の課題についても触れ、具体的な改善に向けたアクションを示した上でそれに取り組む姿勢を見てもらうことも欠かせません。

「連鎖退職」が起きづらい環境を作るには
──「連鎖退職」を未然に防ぐために、より長期的な視点でできることはありますか?
退職面談に関わらず、人事面談時に出てくる会社・上司に対する不満には以下のようなものがよく出てきます。
・会社が目指す方向性がわからない
・自分の意見が通らない(言っても何も変わらない)
・評価されない(給与が上がらない)
など
それらも踏まえた上で、長期的な視点で「連鎖退職」を未然に防ぐためには大きく以下3点の取り組みが重要だと考えます。
(1)理念研修
(2)組織戦略
(3)人事評価制度と教育制度
(1)理念研修
会社のミッション・ビジョン・バリューを従業員に正しく理解してもらうことを目的に、理念に関する研修を実施します。具体的には、会社がどこに向かっており、何を大切に考え、従業員に何を求めているのかを明確にしつつ従業員に伝える方法を検討することから始めます。そもそも、ここに従業員が共感できないのであれば、どんなに能力が高い従業員が揃っていても会社に貢献はできませんし、退職リスクも当然かなり高くなります。従業員の共感を高める上では、『会社の目指す先』と『従業員が希望するキャリア』がリンクしている必要があります。
また、研修以外にも日常的に理念を発信していくこともできます。例えば、以下のような取り組みが該当します。
・朝礼での理念発信(できれば月1回程度は理念の話を代表からする場をつくると良いです)
・会議中の判断基準(判断に迷うときは経営理念を確認する習慣をつくります。パワーポイントのテンプレートの最後に必須で理念をつけると良いでしょう)
・採用面接や会社説明会への同席(中堅社員やマネジメント層を同席させ、その中で理念も含めた会社説明を人事に代わって行ってもらっていました)
(2)組織戦略
属人的な組織になってしまう1つの理由に、『ヒト軸で組織編制・配置を考える』があります。ある優秀な人材がいるからこの組織体制にしましょうと“人ありき”で考えてしまうと、その優秀人材がいなくなってしまえばすべてが崩れてしまうからです。そうならないためには『企業戦略に基づいて組織編制・配置を考える』必要があります。経営理念を実現するための企業戦略を定め、その戦略に沿って組織を動かすためにはどのような人材が必要か──この流れを経て適した人材配置を行うことができれば、キーマン要因の「連鎖退職」が起こりづらくなります。
(3)人事評価・教育制度
社長をはじめ経営メンバーや人事部から経営理念を発信したあとは、特にバリューに基づいた評価・教育制度を作成し運用していく必要があります。一時的な発信だけでは浸透・定着が進まないからです。従業員に求めている行動規範やスキルを明確にした上で、それらを基に評価・教育を日々行っていくことで徐々に経営理念が従業員に染みわたっていき、結果的に自律性を高めることにつながります。
「連鎖退職」に歯止めをかけた施策事例
──実際に「連鎖退職」を防いだ事例について教えてください。
過去に私が在籍していた会社でも「連鎖退職」に悩んだ時期がありました。そこでまず実施したのは、退職者本人及び関係者との人事面談です。
人事面談の実施→課題把握
人事面談では『この人には話しても良いかも』という信頼関係の構築を最も意識して行いました。具体的には心理学やコーチングも学び、傾聴力を磨くことでできるだけ退職理由の本音部分を引き出せるように努めたのです。ここで本音が引き出せず原因・課題把握がズレてしまうと、対応策もクリティカルなものが実行できずに期待した成果が得られません。そのため、まずは原因・課題を正しく把握し、改善策の仮説を立てた上で、退職者の周囲の方とも人事面談を行うことに努めました。ここでも同じくどんな不安があるのかを可能な限り多く引き出すように意識しつつ、さらに『不安がない方』の意見にも注意を向けるようにしていました。なぜなら、『不安がない=会社の良い点やより強化すべき点』を知っているはずだからです。
1人の退職をきっかけに実施する人事面談により多くの情報資産が得られ、今後の改善策が見えてきます。こうして人事面談で得られた情報は、会社の重要な資産だと言えます。
バリューと評価・報酬制度をリンクさせる
上記の人事面談により、『経営理念はしっかり浸透していたものの、バリューと評価・報酬制度がうまくリンクしていないことによる不満』が多くあることが分かりました。目標設定と評価項目がバリューに正しくリンクできているかどうかは非常に重要です。特に、ベンチャー企業などでは売上や利益の目標に対する比重が大きくなるのは仕方がないことなのですが、その売上を作るまでの行動プロセス評価をバリューとリンクさせることは可能です。ミッションを実現させるためにどんなマインドが必要なのか、どんな仕事の進め方をすべきなのかをまずは整理して、評価項目に設定する必要があります。
業績さえ上げていたらやり方は問わず良い評価がもらえて報酬も上がるのであれば、みんな売上や利益しか追わなくなってしまいます。結果、徐々にビジョンから外れていき、将来性のある人材が業績を残す前に離職してしまうということも過去に多く経験しました。従業員1人ひとりの言動やお客様への接し方はすぐに数字として現れませんが、そこを評価できている企業は基盤がしっかりしているのでそう簡単に崩れません。
では、どうすればバリューと評価・報酬制度をリンクさせることができるか。その方法の1つに『評価項目の修正』があります。例えば、バリューの中に『切り拓く』といった表現があったとします。その場合、評価項目にも変革性やチャレンジ精神を評価する内容を追加することで、バリューと評価を一致させることができるようになります。もし『他部署と連携しながら切り拓く』ことを従業員に期待するのであれば、協調性や他部署とのコミュニケーションを評価項目に加えることで、よりバリューとリンクすることができるはずです。
ここまでお伝えした通り、従業員が会社や上司に依存している状態では「連鎖退職」を防止することは難しいものです。会社のビジョンを正しく理解した上で、従業員が自身のキャリアとリンクさせられることが「連鎖退職」防止の大きなポイントになります。自律した従業員が、会社と同じ目的を持ち、同じ方向に進んだ時、会社は次のステージに上がれると私は考えています。
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編集後記
「連鎖退職」を防ぐことは、大切な人材の流出を防ぐだけでなく、組織が目指す方向へ進むための土壌づくりにもつながる取り組みになるのだと今回の話を通じて感じました。従業員からの不満や不信感と向き合うことは、人事としても決して気持ちの良いことではないかもしれません。ただ、その中にこそ自組織を良くするヒントがあると思えば、前向きに取り組めるのではないでしょうか。