介護離職を事前に防ぐ。高齢化でさらに増える未来に対応するには。
介護を理由に会社を退職する「介護離職」が今課題となっています。企業側としては貴重な中堅人材を失うことになるのはもちろん、社員側も介護と仕事の両立に悩み、介護離職した後も再就職先に苦労するなど多くの問題を孕んでいるようです。
そんな介護離職の現状はどのようなものなのか。また、企業や人事としてどのように対処していくべきなのか。今回は人材業界で長く経験があり、特定社会保険労務士としても活躍する楡井 三樹(にれい みつき)さんにお話を聞くことができました。
<プロフィール>
楡井 三樹(にれい みつき)/特定社会保険労務士
法政大学卒業後、金融業界へ。2001年社会保険労務士試験合格。その後、人材ビジネスへ転身。約8年間キャリアコンサルタントとして3,000人以上の転職相談に従事。その間、人材紹介会社2社立ち上げ支援経験あり。2009年10月〜2017年8月:株式会社パートナーエージェント(現:タメニー株式会社)/アーリーステージ⇒IPO/2015年10月、東証マザーズ上場/子会社であるシンクパートナーズでは人材紹介事業を立ち上げる。その後、プレIPOベンチャー2社にて人事責任者/人事部門立上げを経て、現在に至る。▶パラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
介護離職の現状と傾向
──「介護離職」について、概要や現状や近年の傾向などを教えてください。
介護離職とは、介護と仕事の両立が困難となって、家族の介護のために会社を辞めることです。高齢化が進む日本では、年々介護を必要とする方が増加しています。これに伴いご家族の介護を行う方も男女問わず増え続けており、「本当は働き続けたいが、介護のために離職しないといけない」と仕事を辞めてしまう、いわゆる「介護離職者」も増えてきているのが現状です。その数は2017年実績で約10万人存在し、その年の離職者の1.8%にあたります。
介護は誰もが直面する問題です。多くの人がまず直面するのは親の介護。上図の通り、親の年齢が75歳を過ぎると要支援・要介護となる方の比率が高くなり始めます。つまり、介護する側の年齢が40歳代後半頃から介護の課題に直面する人が出現し、50歳から定年までのキャリアは仕事と介護の両立の時期となってくるという訳です。
実際に総務省が発表するデータを見ても、雇用者に占める介護者の比率は50代がピークになっています。その雇用者に配偶者がいたとしても、配偶者が必ず自分の親の介護を担ってくれるとは限りません。働き盛りで会社からも期待される40代・50代でありながら、介護も両立しなければならない状況に陥っている方が少なくないのです。
また、介護離職をした方がその後どうなったかという調査データでは、精神面・肉体面・経済面いずれも負担が増したという方が6割近くにも上っています。これは育児休業と比較すると分かりやすいのですが、育児休業は1年以内、長くても2年と先が見えていて、かつ未来のある楽しいもの。しかしながら介護の場合は、平均介護期間は4~5年とも言われ、長い場合は10年以上(全体の12.5%)と先が見えないことが、その負担をさらに大きく感じさせているのだと思います。
介護離職が起こる要因と対策
──企業内で介護離職が起こってしまう要因にはどんなものがありますか?
企業ではまだ介護休業などの制度利用者が少なく、「社員の仕事と介護の両立に関する実態を把握できていない現状」に課題があります。
実際、企業での介護に関する実態把握の状況をみると、「特に把握していない」企業が 46.4%と半数近くを占めており、社員の不安や両立の状況を十分につかめていないことがわかります。人事担当者や上司も、介護をしていることを本人が周囲に知られたくないのではないかと考え、踏み込むことを躊躇しがちです。そのため、人事担当者や上司が知らないところで介護に直面しながら仕事をしているケースも少なくありません。
プライベートな介護の状況を職場に知られることへの抵抗感は比較的低いにも関わらず、実際に職場に相談する人が少ないのは、相談できる体制がなかったり、あっても分かりづらかったりするのかもしれません。その結果、仕事と介護の両立に悩んでいても言い出せず、周囲が気づかないまま離職を選択してしまう危険性があります。企業にとってみれば、これまで長期にわたり経験を積んできたベテラン社員や管理職など企業の中核人材を失うことになり、大きなデメリットとなります。
こうした企業の損失を減らすためにも、介護に直面する社員や、仕事と介護の両立が出来ず離職する社員が増える前に、両立支援を始める必要があるのです。
人事が社員に対してできるサポート
──人事としてこういった「介護離職」を防ぐためには、どういった施策や対策を取る事ができるのでしょうか。
人事としてまずするべきことは、社員の状態や実態を把握することです。前述した通り、介護に直面した社員の多くは「どこに相談したらいいか分からない」「仕事と介護の両立支援制度を知らない」可能性がありますし、会社に打ち明けられていない可能性もあるからです。
実際に上図のように、介護が必要な状態になった場合、大半の方は続けられない、あるいは分からないと回答しており、続けられると思う方が少数派となっています。つまり、早めの現状把握とサポートが介護離職を防ぐ最初のアクションになります。
把握するための具体的な方法としては以下3つです。
・全社的なアンケートやヒアリングの実施
・人事面談などを通じた上司による把握
・制度利用者などの介護経験者を対象としたヒアリング
具体的には以下の6つの項目を把握すると良いと思います。
① 65歳以上の親がいるか、否か
② ①でいると答えた方は、同居か、別居か
③ ②で別居と答えた方は近くに身内がいるか、否か
④ 現時点、若しくは2年以内に介護する可能性があるか否か
⑤ 親の介護が必要となった場合にどこに相談すればよいか知っているか
⑥ 仕事と介護の両立支援制度があることを知っているか
①~④において、特に④の社員においては緊急度が高いので実際に介護に直面した場合にどこに相談すればよいか、そして両立支援制度について人事より説明すると効果的だと考えられます。
介護離職を防ぐための企業の動き
──企業が介護離職を防ぐために実施している取り組みには、どんなものがあるのでしょうか。
「家庭と仕事の両立支援ポータルサイト」に、花王株式会社などの大企業をはじめ中小企業まで含めて11社の事例が紹介されています。例えばある中小企業では、技術習得に7〜8年掛かることからできるだけ社員に長く働いてもらいたいと考えて以下6つの取組みを行い、結果的に介護を理由に退職する社員がなくなり、優秀な人材の就業継続を実現しているそうです。
(1)従業員の介護に関する状況把握
(2)従業員からの相談を受ける体制構築
(3)オーダーメイド型の勤務形態
(4)在宅勤務の活用
(5)お客様への説明・理解促進
(6)社内コミュニケーションの活性化
このように、11もの企業の取組背景から内容、その後の効果や課題に至るまでが記載されているため、とても参考になるものになっています。自社課題に似た企業の事例もあるかもしれません。
■家庭と仕事の両立支援ポータルサイト
また、私自身の経験談からも1つお伝えしましょう。以前在籍していた企業で「仕事と介護の両立セミナー」と題して、社員全員を対象に説明会を実施したことがあります。そこでは、介護に直面した場合に「1人で悩まないこと」をまず認識してもらったうえで、次の5つのポイントを伝えました。
1.職場に介護を行っていることを伝え、仕事と介護の両立支援制度を利用する
2.介護保険サービスを利用し、自分で「介護をしすぎない」
3.地域包括支援センターやケアマネージャーなど専門家に何でも相談する
4.日頃から「家族と良好な関係」を築く
5.介護を深刻に捉えすぎずに、「自分のための時間を確保」する
(引用元:厚生労働省HP)
さらに、誰もが介護に直面する可能性があることを伝えて、社員全員に自分ゴト化してもらい、いかに周囲がサポートしやすい働き方ができるかどうかが鍵であると伝えました。それにより管理職を中心に職場全体の働き方を見直す動き(業務配分や業務の流れ・情報共有方法の変更など)が出て、受身が取りやすい環境へと少しずつですが変化していきました。
また、厚生労働省が企業の介護離職を未然に防止するため、仕事と介護を両立できる職場環境の整備促進に取り組むことを示すシンボルマーク(愛称:トモニン)があります。これは介護離職防止に向けて取組む企業に使用が認められているもので、認定手続きは一切不要。さらに手数料無料で取得できるため、これを有効活用してポスターを作成し、社員が常に目にするところに掲示しました。これによって安心して働き続けられる会社であるという心理的安全を提供できたと思います。
介護離職を防ぐための行政の動き
──行政側でも介護離職を防ぐために行っている取組みや制度などはあるのでしょうか。
介護離職者が介護休業制度を利用しなかった理由を探ると、「介護休業制度がないため」が最も多く、次いで「自分の仕事を代わってくれる人がいないため」「介護休業制度を利用しにくい雰囲気があるため」といった理由も相当数います。つまり、制度が整い利用しやすい雰囲気さえあれば、介護離職は減る可能性があるということです。
そこで政府としては介護休業制度の利便性を高めるだけではなく、事業主に対して実際に制度の利用を促すようなインセンティブの設定が重要であるとしました。その1つが、前述した「仕事と介護を両立できる職場環境」の整備促進のためのシンボルマーク(愛称:トモニン)です。
【活用例】
<労働者の募集・採用時に>
募集要項・会社案内・ホームページなどにトモニンを掲載し、企業の取組みをアピール
<顧客、消費者、取引先に>
商品・名刺などにトモニンを掲載し、企業のイメージアップを図る
<自社の労働者の意識啓発に>
広報誌・ホームページ・社内報などにトモニンを掲載し、取組みを紹介
また、中小企業のみ対象ですが介護離職を防ぎ魅力ある職場づくりを考えている企業には両立支援等助成金(介護離職防止支援コース)があります。
具体的には、「介護離職ゼロ」の実現に向け厚生労働省が策定した「介護離職を予防するための両立支援対応モデル」に基づく取組みにより仕事と介護の両立に資する職場環境を整備し、「介護支援プラン」の策定・導入により円滑な介護休業取得・職場復帰をした労働者、または介護のための勤務制限制度の利用者が生じた場合に事業主に支給されます。是非、一度ご検討いただくとよいかもしれません。
具体的に介護に実際にかかる費用感につきましてはこちらの厚生労働省のHPを参照されるとよろしいかと存じます。
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編集後記
「介護は誰もが直面する問題。だからこそ準備しておくことが重要」と楡井さんが話す通り、自分ゴトにさえできれば事前に対処・準備することができるものなのだと再認識しました。
また人事としては制度づくりを最優先してしまいがちですが、せっかく制度を作ったとしても社員に認知されず利用されなければ意味がありません。まずは社員の現状を正しく理解するところからスタートするのが、介護離職を防ぐ組織づくりの第一歩であるということを、企業や人事は念頭に置いておく必要があるのではないでしょうか。