「タレントマーケットプレイス」の継続性を高め、従業員体験(EX)を向上させるには
従業員の能力や目標を把握し、それぞれが目指す姿に向けた機会創出やマッチングを行う「タレントマーケットプレイス」。従業員側への効果はもちろん、会社側としても将来のポスト候補確保につながる仕組みとして徐々に導入事例が増えていると言います。
今回は、自社内のタレント選別の仕組み化を経験してこられた人事パラレルワーカーの上田 敏孝さんに、「タレントマーケットプレイス」活用により期待できる効果や継続運用のポイントなどをお聞きしました。
<プロフィール>
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上田 敏孝(うえだ としたか)/OAGE CEO兼WEB3HRアドバイザー
栃木県出身。2005年からHR系の企業へ入社、ゼロから事業を生み出す経験を採用を通して経験しており、今までに1万人以上の採用と事業開発、インキュベーションに携わってきた経験から、役割を分けた活動ではなく、全ての運営においてのデザインを多角的にみるデザイン力・創造力のプロフェッショナル。Be a Heroの精神で、関わる人達の勇気になることを信念に活動を進める。2019年より、個人事業としても活動を開始、現在は人事とWEB3.0を組み合わせた方法を模索しながら教育や起業家として活躍中。WICIJAPANにて所属しESG、SDGs、人的資本開示などの活動を行いながら戦略人事アドバイザーとして官民を含めた事業支援活動を行っている。
目次
「タレントマーケットプレイス」とは
──「タレントマーケットプレイス」の概要について教えてください。
「タレントマーケットプレイス」とは、従業員のスキル・職歴・キャリアビジョンなどを理解した上で社内の仕事とマッチングを行い、最適なキャリア開発や異動を行う概念のことを指します。最新のグローバルHR Techの観点で、EX(EmployeeExperience/従業員体験)の1つとして話題になっている考え方です。
EXとは、従業員がその会社に所属することで得られる『体験』の総称です。具体的施策として、社内人材に対しての副業人材の募集や、スキル開発をサポートするトレーニング、様々なロールの権限者を越境的に対話形式でディスカッションをさせて交流を図るなどがあります。仕事の進め⽅や業務内容、上司・同僚とのコミュニケーション、⼈事評価や研修・異動など、ありとあらゆる出来事がEXの構成要素となっています。HR業界の第一人者であり、HR Techマーケットの研究者としても知見があるJosh Bersin氏のレポートには、このような言葉が残されています。
The intense focus on employee experience will become mainstream.
(従業員体験に対して強いこだわりを持つことが主流になる)
このように、新しい考え方の主流となると言われる「タレントマーケットプレイス」をより具体的に説明すると、『社内労働市場運用』と言い換えることができます。
近年は、経営から現場マネジャーに権限移譲を図ろうとする流れがあります。それに合わせて、これまでは経営・人事が社外労働市場から必要な人材を確保してきたものから、これからは現場マネジャーが社内労働市場からも必要な人材を確保する形になります。つまり、現場マネジャーが担当プロジェクトを支援するスタッフを自ら見つける、あるいは従業員がメンターや新しい仕事を見つける手助けをする社内プラットフォームを構築することになるのです。
この変化により、人事異動の在り方も『アジャイル型』へと進化します。キャリアパスも直線的で管理型なものから、促進的でそれぞれの願望に基づく計画的ではないファシリテート型へと移行します。また、従業員の要求に対して素早くアクションを取ることも可能になると共に、仕事面でもプロジェクト志向へと変更になります。
「タレントマーケットプレイス」導入に必要な準備
──人事の在り方「タレントマーケットプレイス」を導入するためには、どのような準備が必要でしょうか。
大枠として以下のような準備が必要になります。
目的の精査・設定
人事の型をアジャイル型に移行させるには、まず「タレントマーケットプレイス」を導入する目的から精査する必要があります。さまざまなケースを想定して測定可能な成果を洗い出し、自社が望む方向性を定義することから始めましょう。
計画・戦略策定
設定した目的に合わせて、計画・戦略を策定していきます。社内の「タレントマーケットプレイス」の活性化に必要なステップとシナリオをイメージして計画・戦略を策定していく形です。その際、変革の指針となる『原則』と、導入加速に向けた『行動変容』に焦点を当てる必要があります。
・誰がマーケットプレイスに役割やプロジェクトを追加するか
・マーケットプレイスへアクセスできる範囲をどこまでにするか
・どのような業務を提供するか、またどのように業務やプロジェクトを分割するか(業務の細分化) など
例えば、業務の細分化を行う際には、組織が業務(例えばUX設計など)を構成要素に分解し、役割を満たすための人材ではなく、その構成要素を満たす専門家を求めるマーケットプレイスを構築することができれば、仕事のやり方を変えることができます。こうした観点で計画を立てることがとても重要です。
また、「タレントマーケットプレイス」を成功させるための最も重要な要素に『管理職の関与』があります。そもそも、安定的な人材の供給がなければマーケットプレイスは成り立ちません。しかし、管理職の大半には人材を囲い込みたいという考えがあることを踏まえると、いかに管理職の理解や関与が得られるかが重要になることはご理解いただけると思います。
導入ストーリーとステップ
「タレントマーケットプレイス」導入は大規模な人材変革です。現場の理解を得て新しい行動様式に移行していくためには、変革させるためのストーリーとステップの設定が欠かせません。目的から逆算を行い、どういったストーリーとステップで変革を進めて行くかを、項目や活動期日に沿って設計していきます。
プラットフォームの構築
「タレントマーケットプレイス」のプラットフォーム構築の手順は、まず自社ですでにスキルデータを保有しているかどうかによって異なります。
すでに自社でスキルデータを保有している場合、「タレントマーケットプレイス」のプラットフォーム構築は大きく以下3つに分かれます。
(1)購入
自社が持つ大量のスキルデータを活用するため、新たに人工知能(AI)などのシステムを導入する。これは機械学習の観点を取り入れることにより、全てのスキルを可視化させるだけではなく、どんなスキルを持った人がどのような経験を積んでいる傾向があるのかが把握できるようになります。こうすることで、より社内でのマッチングや可視化できない特徴的なスキルの可視化に役に立ちます。
(2)構築
既存のシステムに対して、自社のニーズに合わせたソリューションなどを特注する。
(3)適応
既存の人材マネジメントシステムを拡張する。
なお、(1)購入と(2)構築では大きな投資が想定されますが、(3)適応のように、既に導入していたマネジメントシステムを一部拡張させることで対応できる場合もあります。
ちなみに、導入に関しては社外の専門家と共に人事制度の見直しや制度の再設計を行うケースが多いです。このような制度の見直しを行わないまま進めた場合、同じ会社内での引き抜きが横行されることや、新しいジョブにつく社員の給与が著しく下がる、あるいは他部署で短期プロジェクトについた社員が、他の部署の仕事だからと評価されないなど、平等性や公平性の観点から不平・不満が発生する可能性があります。
一方で、スキルデータが自社に蓄積されていない場合もあるかと思います。この場合、大きく分けて2つのケースが考えられます。
1つは、ベンチャー企業やスタートアップで本当にスキルがないというケースです。この場合、タレントマーケットプレイスが社内施策であることから、こちらはほぼ考える対象にはなりません。
もう1つは、本当はスキルデータは自体はあるものの、まだ可視化していないケースです。この場合は、まずは全従業員に対して自身の業務経験をヒアリングした上で、データを埋めてもらう必要があります。このようにスキルデータの可視化を行なった後は、収集した内容をシステムへ落とし込み、傾向を分析しながら対策を検討していく通常のプラットフォーム構築の流れへと移行します。
「タレントマーケットプレイス」活用で期待される効果
──「タレントマーケットプレイス」活用により期待できる効果にはどのようなものがあるでしょうか。企業・個人の両面から教えてください。
「タレントマーケットプレイス」活用による一番のメリットは、限られた部署・仕事の範囲でしか体験・経験が積めなかった従来の型から脱却し、大きな成長機会の提供をできるようになる点にあります。特に以下3つの機会提供がEX(従業員体験)の向上につながります。
(1)知り合う機会
プラットフォームとして機能することにより、各部署の認知や人材の探索、メンターシップを図ることができるようになります。どんな部署がどんなことをやっているのか、そしてそこにはどんな人材がいるのかがオープンプラットフォームで展開されることで、従業員同士が知り合う機会の提供につながります。
現在、タレントマネジメントシステム導入企業において組織図のデータ化が進んでいますが、必ずしも情報管理が徹底されているわけではありません。加えて、プラットフォームを活用したつながりまで意識してアクションできている企業は少ないのが現状です。「タレントマーケットプレイス」を導入することにより、意識的にタレントマネジメントシステムを活用できるようになる点も大きなメリットだと言えます。
(2)学び合う機会
社内イベント・勉強会・セミナーなどの告知をプラットフォーム上で展開することで、社内メンバーに対して魅力づけを行ったり、実際に興味のあるメンバーへワークショップを行ったりすることができます。異なる部署間で同様の動きを取ることにより、自社内のタレント育成にもつなげられます。
(3)活かす機会
実際にプラットフォーム上にてプロジェクトを募集したり、社内副業としてグループ内にて副業をしたり、社内公募できる仕組みを導入できます。上場企業などではホールディングス内に複数の子会社を持つ企業も多いため、その範囲内でプロジェクトや副業募集を行うことで社内リソースを自グループ内に留めながらも経験を積ませることができるようになります。
「タレントマーケットプレイス」で陥りやすい課題
──「タレントマーケットプレイス」を導入・運用する上で、陥りやすい課題にはどのようなものがあるでしょうか。対策と合わせて教えてください。
新しいテクノロジーやプロセスを導入する際には、常に導入後の柔軟な運用管理が課題となります。「タレントマーケットプレイス」も例外ではなく、従業員のエンゲージメント、育成、およびモビリティに対する会社のアプローチを文化的に変革することが求められます。仮に施策だけが導入されたところで、会社の本質として文化変革がされない場合、実際に会社を動かす経営陣や管理職が、社員の自発的な行動やタレントマーケットプレイス活用の動きをつぶしてしまうことが考えられます。
文化的変革のカギの1つは、『経営陣の賛同を得ること』です。各マネジャーが、それぞれのチームに対する「タレントマーケットプレイス」の潜在的効果だけでなく、全社的な利点も受け入れる必要があります。経営陣や管理職を巻き込まずに「タレントマーケットプレイス」を構築してしまうと、マネジャーは全社利益よりもプロジェクト別の利益を優先してしまうため「タレントマーケットプレイス」が加速せず、必要な従業員体験を狭めてしまい、逆に不満を助長する結果にもなり得るからです。あるいは、重要な幹部候補や提案者の成長機会をなくしてしまうことになりかねません。
全社で「タレントマーケットプレイス」を導入する上で、経営陣・管理職の理解を得ることや当事者意識を持ってもらうことはとても重要です。なぜなら、全社利益とプロジェクト利益はしばしば相反するからです。あらかじめ経営陣・管理職の目線を事前にそろえておき、優先順位を検討しておくことをオススメします。
「タレントマーケットプレイス」を継続して運用し続けるためには
──「タレントマーケットプレイス」の運用を続けるにはどのような管理や施策が有効でしょうか?
「タレントマーケットプレイス」を導入したもののうまく浸透していない(文化形成に何らかしら問題や課題が存在している)際は、まず経営陣・管理職がどの程度「タレントマーケットプレイス」に対して理解を示しているか確認をしてみることをお薦めします。
一定の理解はあるものの文化浸透しない場合は、前述した『ストーリー・ステップ』の検証をしてみると良いでしょう。また、従業員が欲しいと思っている体験を得られていないことで文化形成に至っていない可能性があるため、従業員やプログラムとして参加してくれている能動的なメンバーに対して、アンケートでの意見調査を行うこともとても効果的な取り組みの1つだと言えます。
なお、「タレントマーケットプレイス」を継続して運用し続ける上では、従業員それぞれがどれくらいプラットフォームを閲覧しているか、コンテンツごとにどの程度PVが閲覧されているのかといったデータが重要な指標になります。よくある会社の新しい取り組みの1つではなく、従業員にとって新しい成長や機会・ワクワク感などを目的としたコンテンツが常時どの程度プラットフォーム上に存在しているのかも把握しながらコンテンツを作りこんでいくことが継続のカギです。
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編集後記
「タレントマーケットプレイス」は国内でも最新トレンドであり、成功事例はまだまだ少ないのが現状です。事例が少ないからこそ、プロ人材が持つ知見は貴重。まずはそれぞれの企業が抱えている問題の壁打ちからでもプロ人材と行うことができれば、良いヒントが見つかるかもしれません。