「ワークエンゲージメント」向上で目指す従業員ケアとは

従業員がモチベーション高くポジティブに働ける心理状態を指す「ワークエンゲージメント」。ジュニアメンバーの増加や自律型人材に対するニーズの高まりなどを受け、個人のモチベーションを高めるための指針として検討される機会が増えてきました。
今回は、「ワークエンゲージメント」向上に繋がる組織戦略の企画・実行に携わった経験を持つ株式会社ココナラのCHROも務める佐藤 邦彦さんに、その測定方法や読み解き方、向上に向けた取り組み事例などについて伺いました。
<プロフィール>
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佐藤 邦彦(さとう くにひこ)/株式会社ココナラ 執行役員CHRO、法人代表
早稲田大学卒業後、株式会社リクルートにてHR領域での法人営業、事業企画、マネジメントを経験。続いて株式会社リクルートホールディングスにてシェアリングエコノミーの事業開発、働き方変革推進のプロジェクトリーダーを歴任。その後一時退職し、家族で世界旅行を経験後に起業。株式会社リクルートキャリア社長直下プロジェクトとのパラレルキャリアを経験。2020年5月よりココナラに参画し現在に至る。
目次
「ワークエンゲージメント」とは
──「ワークエンゲージメント」の概要について教えてください。
「ワークエンゲージメント」とは、“仕事に対してポジティブで充実した心理状態”を表す言葉です。
似た言葉に「従業員エンゲージメント」がありますが、こちらは“所属組織に対する愛着を持ち、仕事に対するやりがいを感じることで高いパフォーマンスが引き出される状態”を表しています。つまり、従業員エンゲージメントには『組織』『仕事』の2つの側面があり、「ワークエンゲージメント」はその中の『仕事』面における心理状態であると区分することができます。

「ワークエンゲージメント」提唱者であるユトレヒト大学のウィルマー・B・シャウフェリ教授によると、「ワークエンゲージメント」には3つの構成要素があると言われています。
(1)活力……仕事をしていると活力がみなぎるように感じる状態
(2)熱意……仕事に誇りややりがいを感じている状態
(3)没頭……仕事をしているとつい夢中になってしまう状態
これら3つの要素を高めて「ワークエンゲージメント」が向上すると、従業員のメンタルヘルスに良い影響をもたらすと同時に、パフォーマンスや生産性も高まると言われています。
「ワークエンゲージメント」の測定方法と尺度
──「ワークエンゲージメント」は一般的にどのような尺度で測定するのでしょうか。佐藤さんが独自に使われている尺度などもあれば合わせて教えてください。
「ワークエンゲージメント」の測定方法や尺度は、学術論や既存サービス(サーベイやアセスメントなど)によってさまざまです。そのため、各社の目的や課題に合わせて測定方法やサービスを選択していくことが重要になってきます。
その際、測定した結果を分析して課題を解消することが目的であることを忘れてはいけません。測定結果の解釈~打ち手に繋げるまでのイメージを持った上で測定方法を選定しなければ、測定そのものが目的になってしまい、求めている結果を得られないからです。
人や組織のあらゆる概念は非常に抽象的で、因果関係も複雑に絡み合う特性を持っています。だからこそ『測定して何を実現したいのか』の目的ありきで測定方法を設計・選定することが非常に重要になってきます。仮にさまざまな尺度で測定できたとしても、解釈が難しく次の打ち手につなげられないようでは意味がありません。測定方法や概念の確からしさに着目するのではなく、自組織において「ワークエンゲージメント」を測定することで解消したい課題感からブレイクダウンして、測定方法や利用サービスを選定することが大切です。

ちなみに、先ほど「ワークエンゲージメント」の構成要素には『活力・熱意・没頭』の3つがあると紹介しましたが、企業活動の中で『仕事』を対象として測定方法を選定していくのは実際には難しいと考えています。
例えば、『活力』が低い状態を改善したいと思った時、その因果関係の中には必ず組織・職場の人間関係などの環境要因が関わってくるはずです。
また、「ワークエンゲージメント」が高い状態だとしても、会社としては『組織』に対するエンゲージメントが高い状態を求めるのが必然です。つまり、「ワークエンゲージメント」を高めるためには従業員エンゲージメントの概念で測定することも求められるというわけです。
話を尺度に戻しましょう。「ワークエンゲージメント」を考える上で人事やマネジャーが活用できる概念に、心理学者F・ハーズバーグの『二要因論』があります。これは、従業員がモチベーション高く仕事に取り組む因子は『動機付け要因』と『衛生要因』という2つに分類されるという考え方です。
動機付け要因
仕事の満足度に関わる要素です。促進要因とも呼ばれるもので、この要因が多ければ多いほど、仕事に前向きに取り組めるようになります。
(例)昇進、周囲から認められる、責任を与えられる など
衛生要因
仕事に対する不満に関わる要素です。不満足要因とも呼ばれるもので、この要因が少ないからといって、必ずしも仕事の満足度に繋がるわけではありません。
(例)給与、待遇、社内の人間関係 など
同論では、仕事に対する不満足を経験するのは『衛生要因』であるとされています。一方で、『衛生要因』を高めてもモチベーションにはつながらず、『動機付け要因』を高めて初めてモチベーション向上につながるといわれています。
つまり、「ワークエンゲージメント」を高めるためには『動機付け要因』の構成要素である『達成・承認・成長』を高める必要があります。ここを抑えておくと、『何を尺度として測定するか』だけでなく『どう改善するか』の打ち手も考えやすくなるはずです。
「ワークエンゲージメント」測定結果の読み解き方
──実際に、測定結果はどのような形で読み取っていけば良いものでしょうか。
実際に『どうデータを見ていけば良いか』とよく聞かれるのですが、問題は『見方』ではなく『設定方法』にあることが多い印象です。以下に3つほどポイントをご紹介します。
(1)測定目的の解像度を高める
測定したスコアや要因データに右往左往してしまう人事や組織長は少なくありません。そうなってしまう要因は、測定目的そのものを忘れてデータだけを見てしまうことにあります。一方、測定目的をちゃんと設定できている企業であっても、それが『ワークエンゲージメントを高めたい/従業員のやる気を引き出したい』といった抽象度の高いものだと解釈時に戸惑うことも多いものです。こうした状態を回避するためには、目的の解像度を数段高めることが有効になります。
(例)
従業員のやる気を引き出したい→やる気を引き出して目標達成率・業績を●%アップさせたい
ここまで目標の解像度を高めることができれば、あとは前述した『動機付け要因』に関係する指標に着目してスコアの因果・相関関係を見ることができるようになります。反対に、『くすぶっている社員が離職してしまうリスクを回避したい』を目的にした場合は、前述した『衛生要因』に着目しつつ、離職リスクと関連の高い因子に焦点を絞って分析できるようになります。
(2)「高める指標」と「下げない指標」を決める
目的が明確かつスコアの見方もわかっているが、『評価』ができないケースも散見されます。これは、測定する尺度・指標に関する『目標』が設定されていないことが要因です。『何がどうなったら良い状態なのか』を決めないと正しい解釈はできません。
こんな時は、「高める指標」と「下げない指標」を定めることが有効です。例えば、私がCHROを勤める株式会社ココナラでは『不本意な離職を防ぐ』ことを目的の1つとして従業員エンゲージメントサーベイを利用しています。その中でスコアがその中でスコアがエンゲージメント・レーティング11段階中『C(9番目)』以下になる組織には必ず離職リスクが存在していることが過去データから判っており、『エンゲージメントスコアをCより下げない』ことを目標として設定していたりします。
目標と聞くと“高める指標”を考えがちですが、盲点となりがちなのが”下げない指標”です。アップサイドとダウンサイドの両面を勘案した設定を思案することは、特に『衛生要因』のように下げることで不満足や「ワークエンゲージメント」低下につながる因子がある際には有効な観点だと言えます。
(3)人事ではなく現場で決める
正しい目的から注目する尺度・指標を決める、目標を定めて適切な評価を可能にする──その上で重要なことが『定性的な一次情報と組み合わせて課題仮説を建てること』です。結局、スコアはスコアでしかありません。良し悪しの評価が仮にできたとしても、いざその課題がなぜ生まれるのかを考えるためには、データと睨めっこするだけでは本質的な部分にまで到達するのは難しいものです。そのためにも、現場の定性情報とデータを合わせて検討することが求められます。
そこでオススメなのが、『1~2時間など一定の時間を決めた上で、現場の組織長と人事が協働して課題仮説を建てる』取り組みです。データが示唆してくれている指標について、納得感を感じさせる出来事や状態が実際にあるかどうか、多角的に意見出ししてみましょう。話し合ううちに、自然と打ち手の方向性も見えてきます。組織長から見てデータに納得感がない場合には、組織長とメンバー間で乖離が生じている可能性が高いと思われます。そういう時には人事がメンバーと面談をする、あるいは周辺ネットワークから情報を得るなどして、あらかじめ一次情報を集めておきます。情報が揃っている上で議論をすることで、より精度の高い解釈が可能となります。
なお、どこまでいっても組織を預かっているのはそれぞれの組織長です。だからこそ、各組織長に当事者意識を持ってもらうことは「ワークエンゲージメント」を高める上では欠かせないこと。こうした環境や働きかけも、人事が担うべき役割だと考えています。

「ワークエンゲージメント」向上に取り組んだ具体事例
──佐藤さんがこれまでに取り組まれた「ワークエンゲージメント」向上事例について教えてください。
100名規模のスタートアップ企業でエンゲージメント向上支援を行った際の事例をご紹介します。
取り組み背景・課題
この企業の社長から「ワークエンゲージメント」を高めたいと相談を受け、前述のとおり目的の解像度を高めるディスカッションを実施しました。そこで把握した課題認識としては以下2点です。
(1)従業員の生産性が低い(離職率が高い)
(2)スタートアップとしてのモメンタム(相場の勢い)が低い状態を解消したい
この会社は主力事業であるプロダクトを伸ばすために営業メンバーを25名ほど増員したものの、直近1年間の離職率は35%と高い状況でした。実際にプロダクト部門と営業部門のワークエンゲージメントスコアは-30〜-40(-50〜50幅のスコアで、-20を切ると離職率や休職率が高まると言われている)まで落ち込んでいたのです。
要因分析
スコアの因子を分解してみると、特に以下3つが前回対比でも落ち込んでいることが分かりました。
(1)責任の重い仕事を任されていると感じる
(2)自分の仕事が上司や仲間から認められていると感じる
(3)同僚との関係性が良好である
分析結果を踏まえ、管掌役員・組織長・メンバー数人のインタビューを実施。それぞれの見解を整理して社長と議論し、それぞれ原因を以下のように仮説建てました。
(1)(2)
・仕事のやりがいについて組織長が明示できていない
・数値目標だけを追わせてしまっている
・『人が辞めても採用すればいいとうちの会社は思っている』と社員から勘違いされている
(3)
・部門間を超えたコミュニケーションが希薄である
打ち手の検討・実行
(1)と(2)の解消に向けて、1on1を本格的に導入。この際、ただ1on1を実施するのではなく、どう行うのかが重要になってきます。このとき1on1をする上司側が「傾聴」→「省察」→「概念化」というプロセスを実施できると学習精度が向上すると言われています。
・傾聴:メンバーの悩みや課題を徹底的に聞く(途中で遮ったり、PC作業しながらなどしない姿勢で伝わる)
・省察:課題と原因と真因について気づきを与えるように”問い”を建てる
・概念化:これが問題だったかもしれない、という気づきにメンバーがたどり着いたら、「今から過去に戻れるとしたら何に留意して取り組む?」と聞いて、気づきを学びに変えてあげる
この会社の事例のように有事になっている時点で、「傾聴」ができるだけで実は相手のパーセプションは変わります。パーセプションが変われば、関係性が変わってきます。
今回は特に、『褒めるタイミングと観点』を明示することで責任・承認に関するエンゲージメント改善を目指しました。また、経営への信頼感を回復するために、営業メンバーとの同行やプロダクトメンバーとのランチ会を開くなどアナログな接点機会を設けた上で『経営資源として人が何よりも大切である』といったメッセージを具体的な事実とセットで社長が事あるごとに語るようにしました。
(3)の解消に向けては、コミュニケーション活性化施策として5つの部活動を立ち上げるとともに、活動費用を会社が支援する取り組みを行いました。
結果
それぞれの取り組みがどれだけの成果に繋がったかまでは定かではありませんが、これらの一連の施策を実行した結果、半年後には営業・プロダクト両組織エンゲージメントスコアは5〜15にまで上昇。見事プラスに転じることができました。
また、離職率についても当初の35%→15%にまで減少。これだけの成果を出せた要因には、前述してきたように“高める指標(動機付け要因)”と”下げない指標(衛生要因)”を明確に定めた上で進めて行ったことがあると考えています。
「ワークエンゲージメント」の注意点

──「ワークエンゲージメント」向上を目指す上で、気を付けるべき点はありますか。
『測定して終わり』にならないようにすることの重要性は、ここまで読み進めていただいた方であればご理解いただけると思います。
それ以外の注意点として良く挙がるのは、以下2点です。
(1)バーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こす
(2)ワーカホリック(仕事中毒)を促進してしまう
※参考記事:「人や組織の「バーンアウト」を防ぐために、企業や人事ができる予防・対策とは」
ただ、これらの注意点にはネット上にも頻出する情報のため、今回はまた別の観点からの注意点をご紹介できればと思います。それは、『そのワークエンゲージメントの高め方は、“自社の戦略”と”組織の力学”にマッチしたものなのか?』という点です。
「ワークエンゲージメント」を高める目的や課題背景は、さまざまな企業で類似することも多いものです。しかし、その課題解消に向けたアプローチが必ずしも自社に最適だとは限りません。
例えば、従業員50〜300人規模の会社であっても、1つの事業を拡大するフェーズなのか、新規事業を立ち上げる多角化フェーズなのか、は異なります。さらに、経営者が執行のリードも兼ねる会社もあれば、経営者が権限移譲していくのが得意な会社にも分かれるものです。
仮に『多角化フェーズ×経営者が執行タイプ』で、「ワークエンゲージメント」を高めるために組織長に権限移譲をしながら裁量を与えようという方針を建てたとします。すると、一度裁量を与えられたと思った組織長に対して経営が介入してしまうという組織力学が働いてしまい、結果エンゲージメントを下げる場合もあります。
このように、「ワークエンゲージメント」向上と一口に言ってもその因子の解釈方法や打ち手の方向性は『100社あれば100通り』あります。そこを理解した上で”戦略”と”組織力学”の整合性に留意しながら打ち手を検討することは非常に重要です。私がコンサルティングやアドバイザリーに入る際にも注視している観点でもあります。ここは非常に難しく感じるかもしれませんが、人事としても面白いところでもあるので、ぜひ本腰を入れて取り組んでもらいたいと願っています。
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編集後記
「ワークエンゲージメント」に限らず、何かしら課題や改善を進める上では”高める指標”にどうしても注目が行きがちです。しかし、”下げない指標”を決めることも大事という佐藤さんのお話には、他の施策にも転用できるヒントが多くあるように感じました。どちらも簡単なことではありませんが、人事として常に念頭に置いておきたい考え方なのではないでしょうか。