企業理念浸透・経営理念浸透をカルチャーレベルでさせるために知っておきたいこと
「企業理念」や「経営理念」を組織に浸透させる必要性は、全体の98%にものぼる企業が認識しています(※)。しかし、実際に浸透できていると感じている企業は42%に留まっており、思うように進んでいないのが現状のようです。
そこで今回は、複数企業における採用・労務支援の経験を持つ人事パラレルワーカーの原口さんに、「企業理念」や「経営理念」を浸透させる必要性やその方法論についてお聞きしました。
※参考:HR総合調査研究所『企業理念浸透に関するアンケート調査』より
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
原口(はらぐち)/人事コンサルタント
新卒で商社に入社以来、人事を担当。金融機関にてリクルーターとHRBPを経験した後、フリーランスとして上場を控えたスタートアップや株式上場後間もない企業の採用・労務に企画・設計段階から携わり、海外採用なども行う。海外の人材紹介会社でキャリアコンサルタントの経験もあり、累計で数百名を採用に導く。媒体の運用やエージェントコントロール、採用に関わるオペレーションをマニュアル化し、ミスなくスピード感のある採用と本業に集中できる環境を実現したいと考え、採用を中心とした代行サービス「EZHR」を立ち上げ、多くの企業の採用支援や労務支援に携わっている。
目次
「企業理念」と「経営理念」の違いとその効果
──「企業理念」と「経営理念」とはどういったものなのか、それぞれの違いを教えてください。
「企業理念」は、会社の根幹となる価値観を示します。会社がなぜ存在するか、何を目的として企業活動をするのか、どのような経営方針なのかなど、企業としての存在意義を言葉で表したもので、経営者が交代しても引き継がれていきます。「経営理念」は、創業者や経営者が大切にしている想いや信念を明文化したものです。事業の方向性や目的達成への手段を示すものであるため、経営者の交代や時代の変化に応じて変わることもあります。
「企業理念」「経営理念」のどちらにも共通するのは、組織に正しく浸透させることに意味がある点です。社員がそもそもこれらの理念を知らなければ意味がありませんし、知っていたとしても理解・共感していなければ行動に現れることもないでしょう。一方、正しく浸透させることができれば、社員は何のために自分がその業務に取り組んでいるかが分かり、社員間の価値観が統一され、会社全体に一体感が出てきます。ひいては社員のエンゲージメントやモチベーションアップにつながり、離職率低下や定着率向上も期待できるなど、会社全体の成長につながります。
「企業理念」「経営理念」の見直しが進む背景
──昨今の環境変化により、「企業理念」や「経営理念」を重視する企業が増えたように感じます。その背景には何があるのでしょうか?
新型コロナウィルスが発生した2020年初旬以降、就業環境は大きく変わりました。それまでリモートワークをできる企業や人は一部に限られていましたが、今や多くの方がリモートワークをするようになってきています。こうした変化は特に育児や介護をしている社員にとってはメリットも大きく、リモートワークを導入している企業で働きたいと考える方も増えています。一方で、会社で働いた方が生産性が上がるという調査結果もあります。
こうして社員同士が顔を合わせる機会が減ったことで『基本に立ち返れるもの』の存在意義が高まった結果、「企業理念」や「経営理念」がより注目されるようになったと感じています。実際に、2020年に入って理念やミッションを新たに改定した企業が相次いでいます。
理念浸透に影響する要素
──「企業理念」や「経営理念」を検討・浸透させていく上で、ヒントになるような考え方などはありますか?
理念浸透に影響する要素を考える上で適したフレームワークとして、ディール&ケネディが著書『Corporate Cultures』の中で提唱したモデルがあります。それによると、組織は以下4つの象限に分類できると記されています。
このフレームワークは『意思決定のリスクが高い・低い』『結果が出るのが早い・遅い』の4象限マトリクスで表されます。自社がどの文化に属するかを考えながら、「企業理念」や「経営理念」を決定・浸透させる上でヒントにすることができます。
①会社を賭ける文化(高リスク&結果が出るのが遅い)
ビジネスのひとつひとつが大きく、1つの失敗で経営が傾く可能性もあり、意思決定の段階で綿密に計画や準備をする必要がある企業文化です。とにかく成果を早く出したいという志向の方には向いていない文化かもしれません。
分かりやすい業態を挙げると、石油会社や建築会社、製薬会社などがそれにあたります。これらの会社は大規模な投資が必要となり、かつリスクも大きいことから正しい意志決定を下す必要性が極めて高いです。
また、環境変化への迅速な対応も求められるため、要求される能力が劇的に変わる可能性もあります。組織文化の変革のために外部から人材を登用することもこれらの業態では珍しくありません。このように慎重さや正確さが求められるため、「企業理念」や「経営理念」も着実なものがマッチします。
②手続きの文化(低リスク&結果が出るのが遅い)
ひとつひとつの意思決定が与える影響は小さいものの、その意思決定が正しいか否かすぐには結果に表れないビジネスや業種によく見られる企業文化です。銀行や保険会社、インフラ関連などがその代表例で、『いかにミスがないか』が要求される傾向があります。
③マッチョ文化(高リスク&結果が出るのが早い)
リスクを受容しつつ迅速に意思決定を行う業種です。出版や広告代理店などがその代表例で、世の中の変化を常にキャッチしながら個々人の能力や行動で前に進んでいくことから、やや個人主義的な文化だと言えます。
④よく働き、よく遊ぶ文化(低リスク&結果が出るのが早い)
いわゆる販売会社(営業が中心となっている企業)が該当する文化です。チームワークよりも個人の成果が重視され、営業成績の高い社員が最も評価される形が一般的です。そのためチームワークを重んじるような理念は敬遠されがちですが、とはいえチームワークゼロでは企業として成り立ちません。チームワークはある程度に留め、個人主義を重んじるようなバランスの理念がマッチするでしょう。マッチョ文化にも似ていますが、証券会社や生命保険会社などが該当する文化です。
なお、この企業文化においては成果を出せていない社員への配慮が必要です。なぜなら、成果が出せていない社員も環境が変わればパフォーマンスを上げられるようになるかもしれませんし、その反対もありえます。つまり社員の成果に偏重しすぎないバランスの取れた理念にすることが重要だと言えます。また、顧客のニーズに合った提案を行うためにも『顧客の話に耳を傾けられる』『自発的に行動できる』人材と文化を育てられるような理念がマッチしそうです。
理念をカルチャーとして根付かせるためには
──「企業理念」や「経営理念」を組織カルチャーとして根付かせるためには、どのように浸透させていくと良いのでしょうか。その事例や方法について教えてください。
先ほどご紹介した4象限マトリクスのフレームワークに沿って、それぞれにマッチした方法をご紹介します。
①会社を賭ける文化
ビジネスや事業における結果が出るまでに時間がかかるという特徴がある組織なので、カルチャーとして根付かせるためにも焦らず時間をかけることが重要です。石橋を叩いて渡ることや目下の利益に惑わされず着実に一歩一歩成長することを念頭に置いて行動できるような理念が合っています。ただし、コロナ禍などの急激な環境変化が起きたときには迅速に対応できる柔軟性も必要なので、その要素を含んだ内容だとさらに良いでしょう。チームで協力することや他部署とも連携し、社員ひとりひとりが自社のビジネスのことを自分事として捉えられるような理念を作れると組織に浸透しやすいと思います。
②手続きの文化
ひとつひとつのビジネスが組織の成果に大きく影響することは少なく、成果が見えづらいためプロセスが重視されるため、プロセスを評価できる環境が必要となります。プロセスを評価しつつ、社長や役員などの経営層から社員に対して、日頃の成果や実績を共有する場があると、社員自身が企業に貢献できたと実感しやすくなるでしょう。
③マッチョ文化
マッチョ文化というネーミングにもある通り、スポーツチームをイメージしてもらうと分かりやすいと思いますが、個人のパフォーマンスの重要性が高い組織なので、個人にインセンティブを与えて活躍できる機械を提供しつつ、組織として成果を上げる・貢献できる体制を意識した理念がマッチします。会社全体などで個人を表彰する制度や場面があると良いですし、大きく成果を上げた部署など、事業部やチーム単位で表彰するのも社員に帰属意識などの良い影響をもたらします。
④よく働き、よく遊ぶ文化
この文化の会社は結果至上主義な考え方の企業が多く、売上など成果を出せる人が発言力を持ち、尊敬される傾向があるため、個々人のパフォーマンスを評価しつつ、組織としての会社を認識させる必要があります。また、前項で話をしたように成果をあげられていない社員の環境を変えるなどの配慮も重要なので、成果に依存しすぎる理念は避けたほうが良く、個人の成果もチームの努力がもたらしたものであることを感じられる理念を設けると良いと思います。
■合わせて読みたい「MVV・組織文化」関連記事
>>>ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)とは?作り方と効果の具体例
>>>組織力を決定づける「組織文化」の正体とは
編集後記
個人の働く選択肢が増えてきたことを受け、『なぜこの会社で働くのか』に対する明確な答えがより重要になってきていると感じます。しかし、やみくもに理念を浸透させようとしてもうまく根付かせられないものだと原口さんのお話からも理解することができました。まずは自社の文化がどのタイプに該当するかから考えてみると、思わぬ発見があるかもしれません。