「情意評価」をうまく組み込み、効果を最大化する方法
働く社員の思いや気持ちを評価する「情意評価」。組織ビジョン・ミッション浸透の重要性が叫ばれる中で、業績・能力以外の観点からも評価を行う必要性が高まっています。
今回は、フリーランス人事として複数企業の経営・事業課題に向き合っている深沢 純平さんに、「情意評価」の概要から注意点・導入事例について伺いました。
<プロフィール>
深沢 純平(ふかさわ じゅんぺい)/人事フリーランス
求人広告営業、人材紹介キャリアコンサルタント、人事コンサルタントを経て企業人事へとキャリア転換。採用、労務、制度、育成、総務の人事領域を網羅的に経験する。パラレルワーカーとして複数の企業のアドバイザーを行った後に、2022年6月からフリーランスとして活動開始。経営課題・事業課題に対し、人・組織の観点から解決アプローチをするのが人事としての役割、という考えの元複数の企業の人事支援を行う。得意な領域は中途採用と制度設計。
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目次
「情意評価」とは
──「情意評価」の概要について、業績評価や能力評価との違いも含めて教えてください。
「情意評価」とは、仕事に対する意欲や姿勢を評価することです。そもそも人事評価制度の目的は、『従業員の企業への貢献度合いをどのような待遇へと反映するかを明文化すること』にあります。その中には「情意評価」の他にも『業績評価』『能力評価』があり、それぞれをわかりやすく表現すると以下のような整理になります。
・業績評価……業務遂行結果(貢献度合い)の評価
例)売上高、粗利益、新規顧客開拓件数、一人当たり生産性、歩留まり、稼働率、改善件数など
・能力評価……業務を遂行するために必要な能力の評価
例)企画力、計画力、問題解決力、改善力、指導力、コミュニケーションなどの包括的な能力、ヒアリング力、提案力、設計力、開発力、デザイン力など専門的な能力など
・情意評価……業務を遂行するために必要な姿勢の評価
例)規律性、積極性、責任感、協調性など
なお、それぞれのメリット・デメリットを以下表に整理してみました。
メリット | デメリット | |
業績評価 | ・評価への公平性がある ・目標管理がしやすい ・改善に向けたフィードバックが行いやすい | ・結果さえ出せばいいと考える人材が生まれやすい ・評価に直結しない業務に消極的または非協力的になりやすい |
能力評価 | ・業務内容と能力のミスマッチを防ぐ事ができる ・生産性を高めるためにどんな能力を身につければよいかわかりやすい | ・能力は基本的下がるものではないため年功序列的な扱いになりやすい ・能力を網羅して測定するのにコストがかかる ・評価者の評価能力への依存性が高い |
情意評価 | ・評価される側の社歴や年齢、経験などに左右されない ・日常的にフィードバックを行いやすい | ・評価する側の主観に左右され公平性に欠ける ・「これができたら達成」という具体的な達成基準を設定しづらい |
ここまでご覧いただくとわかると思いますが、「情意評価」だけでは人事評価をする上では不十分です。業績評価、能力評価も含めてそれぞれのメリット・デメリットを理解・把握した上で相互に補完しあったり、それぞれの重みづけを変えたりするなどのバランス調整が必要になります。
例えば、クレドやバリューに関するコミュニケーションを促進して会社文化を根付かせたい、経験は未熟だけれど成果も業績も出している若手を抜擢するための根拠にしたい、などが目的であれば「情意評価」は非常に有効です。
「情意評価」の具体的な項目例
──「情意評価」の具体的な項目について、より詳しく教えてください。
「情意評価」の具体的な項目には、主に以下3つがあります。
(1)勤務態度(協調性・規律性・積極性・責任感)
(2)行動規範(クレド)
(3)価値観(バリュー)
中でも(1)がメインであり、(2)や(3)については個別設定せずに(1)に包括している企業も多い印象です。なお、(1)にある4項目をどのような観点で評価するべきかについては以下を参考にしていただけると良いと思います。
■積極性
自身の業務に対して受動的ではなく積極的に取り組む姿勢
<具体的な姿勢・行動>
・問題提起の行動・姿勢
・問題改善の行動・姿勢(行動の速さ)
・課された業務にプラスワンの付加価値を付ける行動・姿勢
■責任感
自身が所属する組織やプロジェクトメンバー、顧客に対して約束を守る姿勢
<具体的な姿勢・行動>
・約束、計画、納期を守る姿勢・行動
・他責ではなく自責で物事を捉える姿勢・行動
■協調性
自身が所属する組織やプロジェクトメンバーと円滑にコミュニケーションを取る姿勢
<具体的な姿勢・行動>
・相手との違いを理解する姿勢・行動
・自己主張だけではなく周囲の意見も尊重する姿勢・行動
・自身に課せられた役割以外にも、組織やプロジェクトの成果に繋がる事に協力する姿勢・行動
「情意評価」を取り入れている企業が陥りやすいポイント
──「情意評価」をすでに導入済みの企業で起きがちな失敗例などを踏まえ、注意するべきポイントがあれば教えてください。
まず、大前提として『何を解決するために情意を評価するのか』が明確でなければ、評価項目としてうまく機能しません。一般的に『企業文化やバリュー浸透』を目的にする企業が多いですが、何のために浸透させたいのか、浸透させた結果どうしたいのか、の意図までセットで伝えなければ形骸化した評価項目として軽んじられてしまい、評価の意味がなくなってしまいます。業績評価・能力評価との相関関係についても同様に説明が必要です。
もう1つ注意するべき点としては、『評価基準(≒行動基準)をできるだけ明確にする』ことです。先ほどデメリットにも挙げましたが、「情意評価」は評価者の主観に左右されやすい傾向があるため、評価基準が曖昧になると従業員の不公平感を高めることにもつながります。情意を評価する上では段階評価・相対評価などの主観が入りやすいものではなく、『よしとする行動はこれ、よしとしない行動はこれ』といった具体的な行動基準まで落とし込めると公平感を持ってもらいやすいです。ただ、その行動基準も具体性を高めすぎてしまうとその行動だけに捉われてしまい創造性が失われる可能性があります。かといって抽象度が高すぎると規律性が失われ評価基準も曖昧になりやすくなるため、うまくバランスをとることが求められます。
また、「情意評価」の項目の多さと監視性の高さは相関関係にあります。監視性が高まると従業員は行動を制限されているように感じ、モチベーションが低下しやすくなります。姿勢を評価するという「情意評価」の特性上、どうしても管理・監視に近い評価が行われる可能性があることも念頭に入れつつ、従業員の成熟度に応じて「情意評価」の基準粒度を意識的に調整することは重要なポイントです。
「情意評価」の導入事例
──実際に深沢さんが「情意評価」を導入された事例について教えてください。
あるSES(エンジニア派遣)企業で「情意評価」を新たに導入した事例をご紹介します。
<導入背景>
客先常駐でのクライアントワークが多く、帰属意識(なぜこの会社に所属しているのか)が希薄になっていることが組織課題でした。それを高めるために「情意評価」を活用しようと考えました。
<実施内容>
評価制度の刷新と並行して行動指針の見直しも行う大改革を実施しました。「情意評価」で掲げた項目も、新しい行動指針に沿った行動に設定し、本格運用に向けて従業員への説明会を実施することにしました。
<途中結果>
結論、評価説明会は失敗に終わりました。この「情意評価」の目的について「情意評価の言葉としての意味は分かるけれど、目的が分からない」と従業員からの強い指摘を受け、運用開始にこぎつけることができなかったのです。これは前述した『何のために浸透させたいのか、浸透させた結果どうしたいのか』の意図までちゃんと伝えられていなかったことが主な要因です。「情意評価」の大元になったのはそれまで10個近くあった行動指針の中から経営にとって本当に大事なものを抽出して5つにまとめたものだったのですが、行動指針を同時に改めたことで、従業員にとっても取るべき行動の具体的なイメージが湧かなかったことが反発を強めた理由の1つだと考えています。
旧行動指針と新行動指針の根本は変わらず、新行動指針は伝わりやすさを重視したものだったのですが、旧行動指針に共感して働いていた従業員の立場からすると『自分たちが大事にしていた思いを勝手に変えられた』と納得がいかない感情が生まれてしまったのではないかと考えています。
<改善策>
反省を踏まえ、再度説明会を開いて以下4つの情報提供を丁寧に行いました。
・個々人に望ましい行動をとってもらうことで、会社をどうしていきたいか
・それらの行動を取ってもらったことで、個々人に返ってくるメリットは何なのか
・行動指針を設けた理由
・行動指針に沿った望ましい行動・望ましくない行動(具体化したドキュメントと一緒に)
『行動指針を設けた理由』と『行動指針に沿った望ましい行動・望ましくない行動を具体化したドキュメント』を提示しながら、情意評価の目的と意義を理解してもらう事ができました。
<結果>
この2回目の説明会で「情意評価」の目的と意義を正しく理解してもらうことができ、無事導入へと進めることができました。
また「情意評価」を導入することはあくまでも入口であって、目的は行動指針が文化として根付くことでした。そのため、説明会の場で期末に行動指針の体現者を表彰する機会を設ける旨をアナウンスし、説明会後にはリーダー以上の役職者に対して、自分たちの言葉で『行動指針を守る大事さ』を考えるワークショップを実施、月次総会で代表から行動指針の目的を繰り返し語ってもらう、部長職以上に日常のコミュニケーションや月次の振り返りの機会で行動指針について語り続けてもらうなど、行動指針が一過性ではなく文化として根付くような取り組みを継続して行っていきました。
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編集後記
具体的な達成基準を設定しづらいこともあり、「情意評価」の導入・運用は簡単にはいかないようです。ですが、うまく運用できれば組織のミッション・ビジョン浸透にも大きな効果があります。業績・能力評価だけでは期待した効果が出ていないと感じる企業においては、「情意評価」を合わせて検討してみると良いのではないでしょうか。