「エンゲージング・リーダー」を育成・輩出し、組織のエンゲージメントを高めるには

様々な観点でその重要性が認識されているエンゲージメント。これを高めていくためにはリーダーの存在や責任が大きいと言われています。
今回は、組織のエンゲージメントを高める研修などを多く実施されているセルフコンパッション・リーダーシップ代表 大西 千春さんに、「エンゲージング・リーダー」の概要からリーダーに求められる要素、育成・輩出ステップに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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大西 千春(おおにし ちはる)/セルフコンパッション・リーダーシップ代表
外資系大手アパレル企業ZARAのトレーニング・マネージャーとして0から教育体系を構築しながら、のべ8000人以上の研修を10年間行う。また、定着率向上プロジェクトを推進し成功に導いた経験を持つ。現在はコンパッション手法(リーダーのエンゲージメントをさらに高める手法)をもちいて、組織のエンゲージメントを高める研修や定着率向上プロジェクトを通じて組織開発や人材育成コンサルティングを行う。
目次
「エンゲージング・リーダー」とは
──「エンゲージング・リーダー」の概要と、求められるようになった背景を教えてください。
「エンゲージング・リーダー」とは、その言葉どおり『組織のエンゲージメントを高めるリーダー』のことです。なお、エンゲージメントには大きく2つの種類があります。
(1)組織コミットメント(個人と『組織』の結びつきが良好なこと)
(2)ワークエンゲージメント(個人と『仕事』の結びつきが良好なこと)
「エンゲージング・リーダー」は、上記のうち特に(2)ワークエンゲージメントをリードする存在です。このワークエンゲージメントが高い状態とは以下3つが揃っていることを指します。
(1)熱意(仕事に誇りや、やりがいを感じている)
(2)没頭(仕事に熱心に取り組んでいる)
(3)活力(仕事から活力を得ていきいきしている)
この3つの状態が揃っている(≒エンゲージメントが高い)従業員は、高いパフォーマンスを発揮し、会社とのつながりを深め、組織に対して高い貢献意欲を持っています。しかしながら、GALLUP社の調査(※)によると高いエンゲージメントを維持できているのはグローバルで10人中6人、日本ではわずか10人中0.5人の従業員しかいないというデータが出ています。
(※)GALLUP社『Employee Engagement』調査
こうした背景に加え、超高齢社会が訪れる2025年問題によって人材不足はより深刻化しています。また、人材確保が各企業の経営課題になっていることからも、エンゲージメント向上が急務というわけです。
ちなみに、エンゲージメントには伝播効果もあると言われています。組織全体のエンゲージメントが高まることで生産性やイノベーション力が向上することはもちろん、その過程の中で高いエンゲージメント力を持った「エンゲージメント・リーダー」が輩出されることで企業の競争力をさらに高めることができるようになります。
(※)参照文献:「職場のポジティブメンタルヘルス」島津明人
「エンゲージング・リーダー」に求められる要素
──「エンゲージング・リーダー」にはどのような要素や資質が求められるのでしょうか。共通点などがあれば教えてください。
アメリカの心理学研究データ(※)によると、「エンゲージング・リーダー」の行動には4つの共通点があります。それぞれの具体的な行動を含めてご紹介します。
(1)促進する(Empowers)
(2)強化する(Strengthens)
(3)コネクトする(Connects)
(4)励ます(Inspires)
(1)促進する(Empowers)
・チームメンバーにタスクを完了するための十分な自由と責任を与える
・チームメンバーに自分の意見を言うように奨励する
・チームメンバーの貢献を認識する
(2)強化する(Strengthens)
・チームメンバーが自分の才能を最大限に伸ばせるよう奨励する
・チームメンバーに裁量を渡す
・チームメンバーが自分の強みを活かすよう奨励する
(3)コネクトする(Connects)
・チームメンバー間のコラボレーションを促進する
・チームメンバーが同じ目標を目指すよう積極的に奨励する
・チームの団結心を高める
(4)励ます(Inspires)
・自分の計画でチームメンバーを奮い立たせることができる
・チームメンバーに自分が重要なことに貢献していると感じさせる
・メンバーを鼓舞する
(※)参考:『Engaging Leadership: How to Promote Work Engagement?』

「エンゲージング・リーダー」の育成・輩出ステップ
──「エンゲージング・リーダー」の育成・輩出を人事がサポートするためには、どのようなステップで取り組めば良いでしょうか。
大きく以下3つのステップで進めて行くのが良いと考えています。
ステップ1/現状把握
エンゲージメントを向上させるために現在人事にて使用しているツールや手段の状況を整理し、現状を把握します。それと合わせて現状の組織エンゲージメントも測定します。
・ツールと手段の整理:
人事部門が現在どのようなツールや手段を使用しているかを詳細に整理します(従業員評価システム、トレーニングプログラム、リーダーシップ開発プログラム、ストレスチェックなど)。各ツールや手段の内容・目的・効果を整理し、それぞれのツールがどの部分で「エンゲージング・リーダー」育成に寄与しているかを明らかにします。
・組織エンゲージメントの測定:
組織全体のエンゲージメントを測定するために、従業員アンケートやフィードバックセッションを実施します。この際、エンゲージメントを測定する質問項目(ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度※)なども参考になります。
(※)ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)とはワークエンゲージメントがどの程度なのかを測定するための尺度のひとつ。広く一般的に用いられており活力・熱意・没頭がどのくらいあるかを測定する。17項目の質問で測定する通常版、9項目の質問で測定する短縮版、3項目の質問で測定する超短縮版の3種類がある。状況に合わせて使用するテストを選べる点が特徴。
・現行プロセスの効果評価:
現行のツールや手段を評価し、それらが「エンゲージング・リーダー」育成にどれだけ効果的かを検証します(データ分析や従業員からのフィードバックを含む)。各ツールや手段の効果的な利用方法を特定し、不足している要素を特定します。エンゲージメントに特化した評価測定が必要な場合は、エンゲージングサーベイ会社とパートナーシップを組んだり、外部の人事コンサルタントと協力が必要となったりする場合もあります。
・複数の視点からの情報収集:
現状把握を行うためには、人事部門だけでなくリーダーシップ層・従業員・トレーナーなどの関連部門との連携・協力が重要です。複数の視点からの情報収集を通じて、現状をより包括的に把握し問題点・改善点を特定します。

ステップ2/制度設計
現状把握が完了したら、理想とのギャップから「エンゲージング・リーダー」育成における具体的な目標を設定し、「エンゲージング・リーダー」育成に向けたプランを以下ポイントに沿って作成します。
・理想像の明確化:
「エンゲージング・リーダー」の理想像を明確に定義し、組織内で共有します。どのような特性や行動がリーダーに求められるかを明示し、全ての関係者が理解できるようにします。
・カスタマイズされたトレーニングプログラム:
「エンゲージング・リーダー」を育成するためのトレーニングプログラムを、組織や個別のリーダーのニーズに合わせてカスタマイズします。一般的なリーダーシップトレーニングよりも、エンゲージメントに焦点を当てたプログラムを提供することが重要です。
・フィードバック文化の構築:
リーダーシップの質を向上させるために、従業員とリーダーの間で定期的なフィードバックプロセスを確立します。従業員の声を受け入れてリーダーが改善できる機会を提供することで、「エンゲージング・リーダーシップ」を促進します。
・目標設定とモニタリング:
「エンゲージング・リーダー」に対する具体的な目標を設定し、その進捗をモニタリングする必要があります。目標達成に向けた計画を策定し、必要に応じて修正する形で進めます。目標達成度を評価し報酬や認識を提供することで、リーダーのモチベーションを高めます。
・リーダーの自己成長促進:
「エンゲージング・リーダー」は自己成長を重視し、新しいリーダーシップスキルを習得する姿勢を持っています。人事はリーダーの自己学習を支援し、学習機会を提供することで、成長を促進する役割を担います。
・成果の評価:
「エンゲージング・リーダー」育成プログラムの成果を評価し、プログラムの効果を定量的および定性的に測定します。プログラムの改善点を特定し、継続的な向上を追求します。
ステップ3/運用
ステップ2で定めたエンゲージング・リーダーシップを育成するための運用フォロー施策を進めます。なお、育成プランの作成や運用フォローを行う際には、エンゲージメント向上に必要な『人的資本』が何であるかを意識する必要があります。エンゲージメントが高いリーダーには生まれつきの側面もありますが、育成によって高めることもできるものだからです。
エンゲージメントを高める資本に『心理的資本』という概念があります。以下4つの心理的資本を育成することができれば、エンゲージメントを高めることができるというものです。
(1)自己効力感/困難な課題を達成するために、必要な努力ができる自信を持っていること
(2)楽観性/現在と未来の成功について、ポジティブに考えること
(3)希望/目標に向かって粘り強く頑張り、必要があれば目標達成までの道のりを軌道修正すること
(4)レジリエンス/問題や逆境に悩まされた時でも屈せず、立ち直り乗り越えること
この4つの心理的資本を向上させるための手法には、1on1コーチング(社内・社外)やピアコーチング、セルフコンパッション(自分が苦しんでいるときに自分自身をケアすること)などがあります。これらを組み合わせながら組織全体のエンゲージメント関連数値の変化を見ていくのも方法の1つです。
ちなみに、「エンゲージング・リーダー」がこの4つの心理的資本を一番必要とするタイミングは『仕事で挫折を感じたり落ち込んだりしたとき』です。自己効力感が落ち、楽観性を見出すのが難しくなり、希望が持てず、レジリエンスを試される時こそ、心理的資本を向上させることができるからです。
その際に活用できる手法が、先ほどご紹介した『セルフコンパッション(自分が苦しんでいるときに、自分自身をケアすること)』です。このセルフコンパッション力を高めることにより、以下のように4つの心理的資本を向上させる行動を取れるようになると言われています。
・自分の失敗や誤りに対して批評せず、寛容になれる(自己効力感)
・人は誰でも失敗するということを受け入れられる(楽観性)
・しくじったり目標を達成できなかったりしたときに、マイナスの感情に対してバランスのとれたアプローチをとれる(希望・レジリエンス)
「エンゲージング・リーダー」育成・輩出サポート時の注意点
──先ほどご紹介いただいたステップを踏まえて「エンゲージング・リーダー」の育成・輩出をサポートする際、人事が注意すべきポイントはありますでしょうか。
『ローマの道は1日にしてならず』の言葉通り、「エンゲージング・リーダー」の育成・輩出と組織エンゲージメント向上には時間がかかるものだと認識しておく必要があります。
アメリカの研究データ(※)によると、計8カ月間のエンゲージメント・リーダーシップ研修(研修日6日間、2回の対面コーチングセッション、3回のピアコンサルティングセッション)で組織のエンゲージメント数値にどのような影響が出たかを確認した事例があります。
(※)参考:『Engaging Leadership: How to Promote Work Engagement?』ページ後半『Interventions』
<研修日(6日間)の内容>
・1日目:プログラム目標についての紹介・討議
・2日目:リーダーシップ発揮と個人目標設定についての説明
・3日目:実施されたチームアンケートについての討議と個人目標に関する進捗状況モニタリング
・4日目:レジリエンス向上と否定的感情への対処
・5日目:動機づけコーチング
・6日目:個人目標の達成度を含むプログラム評価
この8カ月にも渡る研修が終了した直後にリーダーが率いるチームメンバーのエンゲージメントを測定しましたが、その際は目立った数値変化はなかったようです。しかし、研修終了後から6カ月後には徐々にプラスの変化が表れました。
なお、本取り組みにおいても前項のステップ2でご紹介した『運用を見据えた制度設計時のポイント』を踏まえて「エンゲージング・リーダー」育成プログラムが計画・実行されていたことを補足しておきます。
この研究結果からも分かる通り、エンゲージメント向上ならびに「エンゲージング・リーダー」の育成・輩出には長期的な視点と覚悟を持って取り組む必要があります。だからこそ、できるだけ早い段階から取り組んでおくことが重要なのです。
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編集後記
『エンゲージメントは重要だ』という言葉をこれまで何度も耳にしてきました。しかし、なぜそれが重要なのか、どうすれば高められるのかについては理解しきれていない部分も多かったと大西さんの話からも感じました。『「エンゲージング・リーダー」についての研究には未知数の部分が多くある』とのことなので、引き続き注視して参考にしていきたいものです。