実施前の設計が成否を分ける、「360度評価」の具体的な進め方
これまで上司が部下を評価する形の人事評価制度が一般的でしたが、昨今では「360度評価(360度サーベイ・多面評価)」という形で多方面からの評価も踏まえて人事評価を行う企業が増えてきました。株式会社リクルートマネジメントソリューションズの調査によると、2007年にはわずか5.2%だった導入率は2020年には31.4%にまで拡大しています。
しかし、360度評価の利用実態や活用ノウハウ等についてはまだまだ情報が少なく、導入にあたり難しさを感じている企業も多いようです。そこで今回は、実際に360度評価を自社で導入し活用してきた経験を持つパラレルワーカーの方に、導入にあたって抑えるべきポイントや、具体的な運用事例などをお伺いしました。
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目次
360度評価とは?
──360度評価について、改めてその内容や特徴・メリットを教えてください。
360度評価とは、「上司だけではなく同僚や部下、関係する他部署の社員など、複数の社員から評価・フィードバックを受ける手法」のことを指します。その導入目的は主に以下2つに分類できます。
(1)評価(妥当性を高めるため)
従来の一般的な評価では、上司の見えている範囲内での評価となることが大半でした。しかし360度評価では、上司が把握しきれない日々の行動や思考まで捉えることができるようになります。特に多くの社内関係者と接点を持つような部署や役割に就いている場合に有効です。また、複数名によってつけられた評価を平均化することにより評価のバラつきが抑えられるため、被評価者の評価に対する納得感を高めることもできます。
一方で、極端に良い評価・悪い評価が一部の社員につけられている場合は、その対象者との関係性、もしくは共に実施している職務に対して何らかの課題があると判断することもできるでしょう。
(2)育成(自己認知を深めるため)
収集した360度評価結果を本人にフィードバックすることで、被評価者の自己認知を深め、自己変革に繋げることを期待して行います。
一方で、評価者と被評価者の双方が360度評価の実施目的や意図を正しく理解していなければ、せっかくのフィードバックが有意義な場とならないことも。事前に導入背景を関係者全員に説明し理解を得るなど、地道かつ丁寧な運用が必要となります。
360度評価が注目されるようになった背景
──近年、導入企業が増えたと言われていますが、その背景を教えてください
ここまで導入企業が増えた背景には、ビジネス環境の激しい変化があります。
特に昨今の新型コロナウイルスの影響を受け、テレワークやオフィスのフリーアドレス化などが急速に進んだことによって人事や上司から現場の様子が見えづらい状況となったことが、360度評価のニーズが高まった要因の一つにあります。
また、変化に柔軟に対応できる組織づくりを目的として360度評価を導入するケースも増えてきているように感じます。変化が激しく先の読めないVUCA時代において「トップダウン型組織」ではその変化に対応しきれません。現場の意見を効果的に取り入れ、フィードバックにより学び合い成長する「共創型組織」への変革が必要となってきたことも、360度評価が注目されている大きな理由だと考えています。
360度評価導入にあたっての具体的な進め方・運用方法
──360度評価を導入するにあたり、どのようなステップで進めていくものなのでしょうか。また運用にあたって注意すべき・気を付けるべきポイントがあれば教えてください。
実施に向けて必要なのは以下3ステップです。それぞれポイントと合わせてご紹介します。
(1)実施目的を設定する
・評価対象者は誰か(階層、職種など)
・課題認識は何か(対象者が現状どのような状態で、今後どのような状態になって欲しいか)
・主眼に置くのは「評価」か「育成」か(仮に両方であっても、どちらに主眼を置くかは明確にしておくこと)
(2)目的に応じて360度評価のための評価項目を設計する
・主眼が「評価」の場合は、既存の評価項目(重要コンピテンシーなど)との関連づけが必要
・評価項目は目的に応じて重要となる大項目を定めた後、それぞれについて具体的な設問(小項目)を設計する
・大項目や設問の数に制限はないが、回答者の工数を鑑みると大項目3-5つ、各項目に設問5つ程度が望ましい
※評価項目設定の具体例
実際に、過去に設計した評価項目の例です。以下のような形で、大項目から小項目へ落とし込んでいきます。
(例1)大項目・・・「戦略思考」
-小項目1:組織の方針を踏まえ、半年先を見据えた戦略・戦術を立案している
-小項目2:事実と仮説を分けて捉え、現状を分析し、Issueを特定している
-小項目3:内部環境・外部環境の変化に応じて、柔軟に戦略・戦術を立案・変更できている
(例2)大項目・・・「人材育成」
-小項目1:配下メンバーが安心して本年を話せるような関係性を構築できている
-小項目2:メンバーの成長を意図して、厳しいフィードバックもタイムリーに行えている
-小項目3:メンバーの成長を意図して、チャレンジングなミッション設定をしている
(3)実施フローを設計する(大きく4つの工程で設計)
①回答対象者の選定
・被評価者の恣意が入らないよう、回答対象者は一定のルールに則って人事側で設計するのが望ましい
・関係する他部署の回答対象者を選定する場合は、上司の意見を踏まえながら回答対象者を選定する
・回答対象者があまりにも少ない場合(1-2名)は無理に実施しない方が良い
②回答対象者からの評価回収
・ツールは可能であれば連続性のあるデータとして今後も活用しやすい様式が望ましい
③自己認知機会の設定(被評価者へのフィードバック)
・回答者から被評価者へ直接フィードバックを行う方法もあれば、上司を通じてフィードバックする方法もある(「育成」が主眼に置かれる場合は前者、「評価」が主眼に置かれる場合は後者が選択されやすい)
④自己変革に向けたPDCA
・評価内容を受けて、自身がなぜそのような行動・思考をしているのかを自己分析することで自己認知を深め、自己変革へと繋げるためのアクションプランを設定する
・プラン内容を回答対象者に開示することで、今後も周囲の協力を得られながら自己変革を促すことができる
・実施サイクルを定める(一般的には評価サイクルと合わせて実施するケースが多いが、最短でも半年以上の期間を空けて実施する場合が多い)
360度評価対象者の選定方法
───上記の進め方の中でも、特に冒頭の「実施目的の設定」、特に「評価対象者」によっては運用方法も大きく変わってくると思います。そのあたりをもう少し詳細に教えてください。
評価対象者の選定方法は、「役職」と「職種(職務内容)」の2つの観点があります。
役職
360度評価は主に管理職向けとして導入する企業が多い印象があります。その理由は、管理職は経営と現場の双方に大きな影響を与える存在だからです。
経営面では企業のビジョンや理念・戦略を全社に浸透させ結果を出す存在として、現場面ではメンバーのやりがいや充実度に多大なる影響を与える存在として、非常に重要な役割を担う管理職の成長は、企業にとっても優先順位の高い事項です。管理職自身が上司や部下、関係する他部署のメンバーなどから求められているものを認識し、自己認知を深めることができれば、より影響度の高い管理職へと成長するきっかけとなることでしょう。
職種(職務内容)
その職務内容の特性を鑑み、以下2つのパターンで対象者を検討します。
(1)成果を出すにあたって定性的な要素が重視されるかどうか
オペレーションプロセスが定まっていたり、定性的なスキルや知識が必要とされなかったりする職務内容の場合は、360度評価によって得られる気づきが少なくなりがちです。導入して意味がないとまでは言いませんが、改めて課題認識を捉え直し、360度評価がその解決策となるかどうかを冷静に見極める必要があります。
(2)成果を出すプロセスに上司と顧客以外の関係者が存在するかどうか
360度評価は評価者である上司以外からの多面的な評価を得られることが特徴ですが、職務内容上でその対象者が存在しない場合は、実態に基づいた客観的な評価を得ることができません。
役職と職種。こう改めて説明すると、どちらも当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし、全社一律で360度評価を導入しようとすると、組織の中には360度評価がマッチしない部署が出ることも少なくありません。そんな組織にも無理やり導入してしまうと、逆に人事評価に対する納得度を損なってしまう可能性があるため注意が必要です。
360度評価の運用により成果が出た事例紹介
──360度評価を導入したものの、うまく運用できず成果が出せない企業も少なくありません。反対に形骸化せずうまく運用して成果を出している企業の事例などがあれば教えてください。
ここまでご紹介した内容を用いて、うまく運用し成果が出ている事例を1社ご紹介します。
導入目的:
若手管理職の自己変革を促すことを目的に、着任2年目の管理職研修の一環として360度評価を実施。新任管理職として1年間組織運営を行った結果について、部下や関係他部署から客観的に評価を受ける形で自己認知を深めることを狙いとした。
実施内容・フロー:
①回答対象者の選定と評価回収
・事前に被評価者の上長に回答対象者の選定を依頼
②管理職研修内で評価を開示し、自己認知を深める
・初めて360度評価を受けるため、実施目的や心構えなどについても事前に丁寧にアナウンス
・評価内容を読み込んだ上で、自身のどのような行動や思考がこの評価に繋がっているかを考察し、研修内でワークやディスカッションを通じて内省を深める
・研修の最後に改善したい自身の行動・思考についてのアクションプランを描く
③回答対象者へのアクションプラン共有
・研修で描いたアクションプランを回答対象者も集めた場で共有
・改めて回答対象者からもプランに対するフィードバックをもらい、最終化を図る
成果:
・管理職の目標設定や振り返りにおける定性面の自己認知が向上し、自己変革に繋がった
・自己認知が進むことで、他者へ自己認知を促す力も向上し、部下へのフィードバック精度が向上した
・フィードバック機会を通じ、上司と部下の認知がすり合うことで信頼関係の向上とコミュニケーションの活性化が図れた
上記成果を出す上でも、360度評価を「形骸化」させないためにも、「経営陣と人事でコンセンサスを取る」というポイントを特に重要視していました。特に以下2つの観点でのコンセンサスは必ず取っておく必要があります。
・目的は「評価」なのか「育成」なのか、はたまた「両方」なのか
・対象者は誰なのか(結果、全社的に実施することになったとしても、階層や職種によって運用方法を変える必要があるため)
360度評価に限りませんが、人事施策はその結果が定量的かつ短期的には見えないことも多いもの。そのため施策自体の重要度が薄れがちで、導入後いつの間にか形骸化していた──ということもよくあります。特に経営陣や上司がその重要性を理解していなければ、被評価者である部下に伝わることはありません。だからこそ、まずは経営陣がその導入目的や重要性を理解し、重要な施策として認知することがなによりも大事です。
その上で、目的に応じて他の評価制度や育成カリキュラムと360度評価を連動させることが必要となります。例えば育成目的で360度評価を導入する場合も、360度評価を単体で実施しただけでは被評価者にとっては「自己認知」に止まってしまい、その後の「自己変革」まで繋げられるかどうかは本人担保となってしまいます。
評価を見た上で、どのような行動・思考の変化が必要なのかを言語化し、日々の業務において意識的に行動変容を促し振り返るというPDCAが回ること。そしてその結果を最終評価や次の360度評価の機会で確認していくこと。このサイクルを確立することができれば、「やりっぱなし」「言いっぱなし」といった施策の形骸化を防ぐことができます。
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編集後記
人事施策はどうしても結果が見えづらく、現場からの理解が得られにくいことも多いと思います。360度評価に関しても同様で、現場はもちろん経営陣の理解や促進なくして運用することは難しいと改めて感じました。
「現状うまくいってないから、新しい方法を試したい」「周囲でも導入している企業が多いらしい」そういったきっかけから360度評価についても興味を持つ企業は少なくないと思います。そんな時にはこの記事でご紹介した導入目的やポイントを踏まえた上で、自社の課題や現状にマッチしたものなのかどうか、経営陣や管理職のメンバーが覚悟を決めて運用できるかどうかを事前に問うことができれば、より成果創出に近づくのではないでしょうか。
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