社員が幸せに働くことが事業成長を生む ―スタートアップCHROが実践する人起点の組織づくり
HR領域におけるスペシャリストがバトンをつなぐ形式で体験談を紹介していく「リレーインタビュー企画」。今回は、iYell株式会社執行役員CHROの伊東拓真さんにお話を伺いました。
明治安田生命保険相互会社で最年少営業管理職として活躍した後、2019年にスタートアップのiYellに入社。代表の窪田氏とともに「バリュー経営」という経営スタイルを社内外に広め、2022年より執行役員CHROとして経営戦略と組織文化・人事戦略の連動を高めている伊東さん。現在は人的資本推進協議会の理事も務めています。
今回は、大企業からスタートアップCHROへの挑戦、そして「社員ファースト経営」を実践する中で培った組織づくりの哲学について詳しく伺いました。
伊東 拓真(いとう たくま)/iYell株式会社執行役員CHRO
2008年 明治安田生命保険相互会社に入社。最年少営業管理職としてマネジメントと組織開発に従事。社員のエンゲージメントを高めるマネジメント手法で営業組織上位表彰の受賞歴多数。2019年 iYell株式会社に入社。代表の窪田と共に「バリュー経営」という経営スタイルを社内外に広めるため活動。入社以来、人事責任者として文化浸透・採用・育成・評価・制度設計等全フェーズを一気通貫して携わる。2022年 執行役員CHROに就任(現任)。経営戦略と文化・人事戦略を連動し推進。2025年 一般社団法人人的資本経営推進協会理事に就任。
目次
伝統的な大企業からスタートアップCHROへ
──まず、これまでのご経歴について簡単にお聞かせください。
両親の影響もあって、最初の就職先は安定性という、比較的保守的な軸を基準に選びました。その中でも、安定していながら成長ができそうだと感じた明治安田生命に入社し、「50歳で役員になる」と目標を決め、そこから逆算して自分のキャリアを設計していました。
そうして目標に向かってキャリアを積んでいましたが、転機となったのは8年目くらいの時に受けさせてもらったMBAプログラムでした。
この研修をきっかけに、具体的に「企業価値を引き上げていくとはどういうことか」という視点を得ることができ、会社を経営するという感覚がすごくリアルになったのです。
その目線で考えると、仮にこのまま50歳で今の会社で役員になってもリアルに経営に携わることにはつながらないかもしれないと思い、環境を変えることを考えるようになりました。その後本格的にMBAの大学院に通い仕事をしながら卒業をしましたが、良い投資だったと思います。
──明治安田生命からiYellという全く異なる環境への挑戦を決めた理由を教えてください。
代表の窪田とは大学時代から懇意にしていました。彼は金融機関に就職して最年少で出世して、その後起業して創業したのがiYellでした。ビジネスができて、人としてもすごく好きで、何度か誘ってもらってもいたので、環境を変えたいと思ったタイミングで選考を受けました。当時の年収は大幅にダウンしたのですが、自分にとっては窪田と一緒に挑戦できることやiYellの作り上げていく世界観、そして幹部メンバーに魅力を感じ、入社を決めました。
──ポジションを特に定めない中での入社だったそうですが、どのようにCHROになったのでしょうか。
入社した当初は代表秘書とエンタープライズ営業の一部、人事の一部を兼任しました。もともと人事は代表の窪田がものすごく力を入れており、人としての信頼がなければ人事を任せられないという雰囲気がありましたが、取締役の小林が窪田と私の関係性を踏まえたうえで人事を渡していくチャレンジをしようと提言してくれました。人事担当、人事部長、人事本部長を経て、2022年にCHROとなりました。
採用基準も管理職登用基準も、「スキル」より「価値観=バリュー」重視
──iYellでは「バリュー経営」を大切にされていますが、それを全社員が体現し続けるために工夫されていることを教えてください。
浸透はもちろんですが、入社時のエントリーマネジメントを何よりも重要にしていますね。採用面接の段階から、バリューを大切にできる人かどうかを見極めるのです。
私たちは普通の会社とは少し異なり、まず社員を幸せにし、その先のお客様を幸せにするという考え方で経営を行っています。
だからこそ、その人が「何で喜び、何で悲しむのか」「今までの会社生活で一番楽しかったのはどんなときか」などを聞いたうえで、「iYellはこういうことを大切にする会社ですよ」と伝える。一次面談から最終面談まで一貫してバリューの話をしていて、そこに共感できる人だけ入社してもらうようにしています。
──スタンスを重視し、そのうえでスキルを見ているということでしょうか。
そうですね。パフォーマンスは「スタンス×スキル」の掛け合わせで発揮されるものだと思っていますが、スタンス面を重視していけば、スキルは後からついてくると考えています。逆にスタンスは後から変えにくいものなので、もともとスタンスがマッチする人に入社してもらう必要があるという考えです。そのような方法でエントリーマネジメントを行った結果、バリューを浸透させられる人しか入社しないので、その後のオンボーディング、バリューの浸透は比較的スムーズです。
とはいえ、オンボーディングで過去に苦しんだことがありました。スキルがあって、バリュー共感も一定してくれていると判断した方に、いきなりボードメンバーとして入ってもらったところ、まったくフィットしなかったのです。原因は、一般社員が受けるオンボーディングプログラムを受けておらず、バリューのすり合わせが上手くいってないままだったのが原因でした。以後は、例えば上場企業の役員経験者であっても、全員最初は役職なしのメンバーとして入社してもらい、バリューを理解してもらい社員から応援がもらえる存在になることを徹底して努力していただいてます。
──そのオンボーディングとは具体的にどのようなことを行うのでしょうか。
まず、入社者には必ず「同期」を作ることにしています。年齢関係なく、その人たちが“帰れる場所”を作るのです。組織は部署ごとなど「縦の関係」では自然と仲良くなりやすい一方で、横のつながりは自然発生しづらい。だからあえて入社時に関係性を作り出すことで、会社と個人のつながりがより強固になると感じています。
そして、丸1ヶ月を研修にあてることになるのですが、その研修では中途・新卒問わずバリューやカルチャーを徹底的に落とし込みつつ、グループワークを通じて社員エンゲージメントの向上につながる福利厚生施策を考えてもらい、経営陣に提案してもらうようにしています。
提案されたアイデアを、経営陣は確実に実現させることを大事にしています。施策を考えることを通じて、バリューをはじめとした会社への理解を深めてもらうとともに、会社がその施策を真剣に受け止めて実現することで、エンゲージメントの向上に繋げる狙いです。
──管理職の登用については、どのような基準で判断されているのでしょうか。
「登用基準にはビジネススキルよりバリューを優先する」ということを明確に言っています。バリューやカルチャーが非常に重視される会社なので、バリューを体現できるかと、それを信じて、メンバーを幸せにできる覚悟があるかで考えています。他の何よりもそれらを優先するという前提で考えられる人しか登用していませんね。
1000年先を見据えるからこそ「社員ファースト経営」をしている
──iYell様では「バリュー経営」のほか、「社員ファースト経営」も経営理念に据えていますが、その理由を教えてください。
これは、代表の窪田の経験や思いが背景にあります。窪田は前職時代に新規事業のチームを率いていました。そのチーム自体はしっかりと実績をあげていましたが、会社の方向性が変わり、結果的にチームは解散。事業から逆算して組織を作るとそうなるのはありうる話なのですが、だからこそ「自分が会社を作るのであれば、人をベースに作っていきたい」という強い思いを持って起業したのです。
バリュー経営と社員ファースト経営を通じて、「この人たちの力を最大化させれば、必ず企業価値は上がるし、社会にインパクトを残せる」と思えるくらい信頼のおける人たちと一緒に働くことができていると感じています。
──「社員の幸せ」と「事業の成長」は、どのように両立されているのでしょうか。
まず、事業を成長させるとか、企業価値を引き上げるというのは、どこまで行っても経営の仕事だと思っています。経営が良い仕組みづくりをしていれば、社内が最適な状態になり、社員も同じ方向を見て圧倒的に前向きな力を発揮してくれます。信頼できる人と経営の力があれば、必ず事業成長できるはずなので、「社員の幸せを実現しているのに会社として伸びない」といったことにならないように、経営として覚悟を持って企業価値の向上に取り組むことが大切だと考えています。
一方で、社員のエンゲージマネジメントも重視しています。ビジネスのPDCAと同様に、きっちりと組織のPDCAを回していくことが「社員の幸せ」の実現には大事だと思っています。特にエンゲージメントは毎月定点観測して、組織としてマネジメントができている状態なのかは常に振り返ってチェックしています。
──多くの会社が短期的な事業成長を目標に据える一方で、「社員ファースト経営」は、中長期的な視点で企業価値を高める方法に感じますが、どのように考えていますか。
おっしゃる通りで、当社では「社員ファースト経営」と「バリュー経営」と並列で「1000年経営」を掲げています。会社が1000年継続するためには「文化」を作る必要があります。1000年の間には何度も人の入れ替わりがありますから、それでも会社が受け継がれていくために、どう企業文化を作っていくかを考えながら、日々様々な施策の判断を行っていますね。
──「社員の幸せ」や「事業の成長」を考える中で、社員が活き活きと働き、成長していく環境を作ることが大切だと感じます。CHROとして意識されていることがあれば教えてください。
常に頭の中にあるのは、「社員自身が想像していないような最適配置をして、その人を成長させ、知らなかったステージに連れていくこと」です。これは一人一人の生産性を拡大させる動きだと思っていて、ひいては企業価値の向上につながっていくと考えています。
例えば、自分がCHROになっているなんて、前職にいた10年前には想像のつかない世界です。でも、そのような役割を与えていただき、結果、自分自身の新たな価値に気づけて、社会にも新たな価値を生み出せていると思います。そういう意味で、キャリアは掛け算だと思っています。
本人が気づいていない適性を見出して、掛け算の数を増やす。とはいえ、いきなり全く異なるポジジョンだと、ハードルも高いので、例えば経理の経験がある人であれば、営業部門のサポートとして経営企画的なことにチャレンジしてもらう。
そういった経験をしてもらって、可能性に気づいてもらいたいと思います。
──組織全体という視点では、CHROとしてどのようなことに注力されているのでしょうか。
2つあります。ひとつは高いエンゲージメントを維持し続けること。もうひとつは将来、組織のトップを担う人材を育てていくことです。
エンゲージメントについては、下がってから対応するのではなく、「低下している兆しを早期に察知して積極的に是正していく」ことが重要だと思っています。実際にはそれができていない会社も多く、日々の定点観測や、部門ごとのスコアの変化などをもとにした細かなマネジメントが求められるものだと感じています。
──トップを担う人材の育成については、どのような観点で登用されているのでしょうか。
登用の判断基準は、ビジネススキルよりもバリューを体現する力、そしてメンバーを幸せにできる覚悟があるかに尽きます。私たちの会社では、「組織や人を活かすことがトップの仕事」だという考え方が徹底されています。だからこそ、バリューやカルチャーを最優先に考える人材しか登用しないと決めています。
たとえば、営業実績が優秀でも、バリューに共感できなかったり、チームに対してネガティブな影響を与えるような人であれば、マネジメントポジションには据えません。そういう意味で、マネジメント登用は極めて「バリュードリブン」ですね。
──そのような登用基準が、1000年経営にも通じていそうですね。
まさにそうです。組織が長く続いていくには、文化の担い手となる人材をどれだけ育てられるかが肝になります。そのためには、バリューを体現しながら組織を束ねられるリーダーを育てていく必要があるんです。
人事に必要なものは「視座」を高め続ける姿勢
──伊東様個人として、経営や人事に携わる中で、どんなことを実現したいと考えていますか。
端的に言えば、つまらなそうに働く日本人を減らし、人生にオーナーシップを持てる人を増やしたいと思っています。
日本の会社員のエンゲージメント率は世界的に非常に低い一方で、「転職したい」と思っている人も少ないと言われています。全然働きたくないわりに、転職はしたくないという行き詰まり状態です。
日本が高度経済成長を遂げたのは、みんなが同じ業務をとにかく頑張れば生産性が上がり、成長できるというビジネスモデルをインストールして真面目に徹底的に実行できていたからです。
しかし、経済・社会の構造が大きく変化した現在においては、そうしたモデルが通用しにくくなっています。繰り返し型の仕事では成果が出にくくなり、給与やキャリアの先行きも見えづらい。その結果、「やらされている」感覚が強くなり、働くことに対する主体性やエンゲージメントを持ちにくくなってしまったのだと感じています。
人生に自分でオーナーシップを持って生きていくこと、自分の選択を正解にしていく姿勢で人生を送れる人を増やしていけば、日本はもっと良くなるのではないかと思います。
まずは身近にいる人たちからそうなってほしいと思って、自分の会社でも体現しています。ただ、自分の会社だけでは全国の人を雇用できるわけではありません。iYellがより有名になって、真似をされるようになれば、日本全体の活性化につながると信じて経営をしています。
──2025年3月には、人的資本推進協議会の理事に就任されました。どんなきっかけや想いがあるのでしょうか。
1年間、人的資本経営のコミュニティを運営したことを評価していただき、声をかけてもらったのがきっかけです。人的資本経営は、会社によっては人事の問題だと捉えられることがありますが、実際には経営課題です。人事の問題だという前提があると、なかなかうまくいきません。経営が人事を巻き込んで一緒に取り組む必要があることなのです。経営と人事、両面を見ている自分が理事として入ることは意味があると思っています。
一方で、個人的な動機としては、自分を必要としてくれる素敵な方々への恩返しの気持ちが強いですね。
──経営の根幹を支える役割を果たすために、人事にはどのようなスキルやマインドセットが必要でしょうか。
圧倒的な「視座」ですね。人事・組織に携わる人は、自分たちの動きは経営としての重要事項であるという前提を揃えることが大切です。一方で、日々の業務に追われていると、どうしても目の前のタスクばかりに気を取られていってしまうものです。
だから、視座をグッと引き上げ続けられるような努力や工夫が求められます。私の場合は、外部の人たちと触れ合うことで自分の視座が下がっていないかを把握するようにしています。
──伊東様の今後の展望について教えてください。
iYellとしては、上場も目指しながら、世の中に「iYellっていい会社だね」と思われる状態を作り上げたいと思っています。例えば最近、M&Aを積極的に行っているのですが、当社グループに入った結果、そこで働く人の人生が良くなる状態にしたい。10年経っても20年経っても、志が高くて元気な人たちと一緒に楽しく働きたい。そういう会社を増やしたいなと強く思っています。
個人としては、間接的に携わる会社を増やしたいなと思っています。今はコーチングのような形で数十社と伴走させていただいていますが、まだまだ自分自身未熟だと感じることも多いので、いろいろな人から勉強させてもらい、得た経験や知見を還元していきたいです。
編集後記
伊東さんのお話で一貫していたのが「出会った人、信頼できる人を大切にする姿勢」です。特に印象的だったのは、バリューは「浸透させる」のではなく「浸透させられる人しか入れない」という徹底ぶり。真の「人を大切にする経営」とは何かを深く考えさせられました。また、「視座を引き上げ続ける」という人事パーソンへのメッセージは、目の前の業務に追われがちな日常の中で、常に経営視点を持ち続ける重要性を再認識できる言葉でした。1000年経営という壮大なビジョンのもと、人と組織の可能性を信じ続ける伊東さんの姿勢から、持続可能な組織づくりの本質を学ぶことができました。



















