「会社のフェーズに合わせた制度設計」でビジネスを支える人事に
リレーインタビュー企画の第7弾は、前回記事の大西 剣之介さんよりご紹介いただいた茅根 孝太郎さんの登場です。
新卒でハウス食品の法人営業として入社後、人事部へ異動された茅根さん。労務管理をメインとしながら、働き方関連の制度設計・組織開発や採用など、幅広い領域を経験されています。現在はハウスビジネスパートナーズの人事ユニットマネージャーとして約20名のマネジメントとグループ14社のシェアードサービスを担当しながら、パラレルワーカーとしても活躍中です。
今回は、そんな茅根さんへ「会社のフェーズに合わせた制度設計を実現するには」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
茅根 孝太郎(ちのね こうたろう)/ハウスビジネスパートナーズ株式会社 人事ユニットマネージャー 大学卒業後、ハウス食品に入社。広島・山口エリアの法人営業に4年従事した後、人事部へ異動。労務管理・制度設計・採用などあらゆる人事業務を経験し、2018年4月からは労務管理全般を担当しながら人事総務部のチームマネージャーとして従事。2022年4月からはハウスビジネスパートナーズへ人事ユニットマネージャーとして出向し、約20名のマネジメントとグループ会社のシェアードサービスを担当している。社会保険労務士資格保有者。
目次
グループ各社のフェーズに合わせた制度設計
──ハウス食品の人事を経て、今はグループ14社のシェアードサービスを担当している茅根さん。それぞれフェーズの異なる会社の制度設計を手掛ける上で、どのような点に配慮されていますか?
グループ各社はフェーズはもちろんのこと、組織の規模感や文化などもまったく異なります。そのため取り組みテーマも同一ではありません。
例えばハウス食品は、人事内の機能や担当もいくつかのセクションに分かれており、それぞれのセクションで“業界や法律の少し先”を見据えて手掛けるテーマを扱うことが多い印象です。一方で、グループ会社であるハウスウェルネスフーズの場合は、数百人規模の会社のため、社員との距離も近く、現場で既に運用されている事例を活かして仕組み化することや、組織再編や人材交流も多い会社のため、現場で起きている不具合の声を直接拾い上げ、解消するといったテーマが多くありました。
そして今私が在籍している株式会社ハウスビジネスパートナーズでは、ハウス食品グループ14社の効率を高めるべく、システムによるデジタル化と規格統一をメインテーマとして取り組んでいます。とはいえ、なんでもかんでも統一すれば良いというものでもありません。各社・各現場の実状やニーズを把握した上で統一するべき部分を見極め、事業活動への貢献とグループとしての効率化、両面をカバーする内容にしていく必要があります。
「なぜ統一するのか」のストーリーを地道に伝える部分と、効率を重視する部分のバランスをうまく取ることは簡単ではありません。何を残し、何を統一するのか。目先だけに捉われず、なるべく先を見て提案することを意識しています。
──ご紹介いただいた3社における制度設計の例を教えてください。
ハウス食品で取り組んだものの1つには「テレワーク制度の導入」があります。ハウス食品のような規模感の大きな会社では「どう変化をつくるか」といった仕組みの変更も非常に重要になってきます。プロジェクト立ち上げから制度設計、社員への案内までを半年ほどのスピード感で進めていきましたが、仕組みづくりの部分に多く時間を割いてきました。
結果的にコロナ禍などの外部環境の変化もあってテレワークは普及しましたが、運用面ではもっとうまく進められたのではないか、と反省している部分も多くあります。というのも、制度が実際にスタートした当初からテレワークを実践したのは、一部のアーリーアダプター的な方、育児や介護等を抱える方といった限定的な運用に留まっていました。大半の社員はテレワークに対する期待は高かったものの、実際に活用する上では必要性を感じない、生産性を上げる事には直結しづらいなどの意見もあり、なかなか活用が拡がりませんでした。
制度自体はいいものとして仕上がったと自負しておりますが、運用面についてもっと詰められていたら、浸透がもっとスムーズに進んだのではないかと感じています。この経験から、大企業における制度設計の要は「仕組みの導入」だけでなく「浸透」にもあるのだと改めて実感しました。とはいえ、この土台があったからこそ、いざコロナ禍で急激なリモートワークへの転換が必要になった時にすぐ対応できたとは感じています。
ハウスウェルネスフーズでは組織規模がそれほど大きくなく、1人がいくつもの役割を持つことはよくあるため、あまり仕組みやルールを増やしてしまうとうまく行きません。肌感的にも現場のニーズをタイムリーに拾い上げて仕組み化する方がうまくいくイメージがあります。
キャリア面談のあり方ひとつとってもそうです。例えばハウス食品におけるキャリア面談の仕組みは人事主導のものが当時多かったのですが、ハウスウェルネスフーズでは「上司と行うもの」というのが通例。一方的に人事主導の面談を押し付けていたら、現場の違和感は大きなものになっていたように思います。現場で行われていることを正しく理解し、うまく仕組み化することが組織貢献につながりやすいフェーズだと思います。
なお、私が2022年4月からジョインしたハウスビジネスパートナーズでは昨今増えた「グループ間異動」への対応をテーマに取り組んでいるところです。グループ間で人が行き来して新しい文化が流入すると、当然良い面もありますがハレーションも起こります。見える化されていない暗黙知や文化への戸惑い、制度の違いによる違和感やモチベーションダウン、システム面における非効率さなどがその代表例です。それらをできるだけ軽減するべく、必要に応じてグループ統一のフォーマットやルールをつくることを今まさに進めています。
副業解禁を主導した際のステップ
──2021年10月からハウス食品グループ4社で副業が解禁されましたが、このプロジェクトを推進したのは茅根さんだったそうですね。
ちょうど世の中的にも副業解禁の気運が高まっていたこと、社員からの要望も増えてきたこともあって、自分がリーダーとなってプロジェクトを立ち上げることにしたんです。「社内外での経験が社員と会社の成長に繋がる」と人事部門のトップの方と方向性を共有できていたことが、本プロジェクトを大きく推進してくれました。
プロジェクトを進める上で意識したのは、「経験の多様性を高めるため、できるだけ仕組みを細かく限定することなく、大きく振ろう」ということ。仮にハウス食品で副業解禁できたとしても、別グループ会社に出向したらNGと言われた……では元も子もありません。副業制度のように、今までとなにか違うことをやる意味は、これまでにない変化を生み出すため。だからこそ、作るからには思い切って振ることに注力しました。その方が、社員にも動きや思いが伝わると思ったんです。そこで人事交流が特に多いグループ会社を巻き込んで制度設計を進めることにしました。
最初に議論したのは、副業解禁の目的について。「会社のためになることを中心にやってほしい」と言う意見もあれば、「社員の成長につながれば会社利益は後でついてくる」と言う意見もあって、なかなか意見がまとまりません。ただここはプロジェクトの根底となる重要な部分。粘り強く議論を繰り返し、最終的には「社員の経験や成長の多様性にもつながる」「ダイバーシティを進めるためには欠かせない取り組みだ」と目線を揃えること、納得感のある形でプロジェクトのスタートを切ることができました。
その後は労務面から見てどこまでガバナンスを効かせるかなどの詳細なルール設計を、法的な側面と実際のマネジメント運用面の両面から検討してひとつずつ詰めていった形です。
──事前に目的を目線合わせすることで、プロジェクトをスムーズに進めることができたんですね。
確かにうまくやれた面も多くありましたが、設計した制度を各社に導入し運用していく部分は苦労しました。
前述の通り、グループ各社それぞれフェーズや状況が異なりますし、「副業より本業に集中して欲しい」との意見もありました。副業はこれまで多くの企業が就業規則で禁止するほどのものですから、それを解禁することにまったく抵抗がないということはあり得ません。「副業によって本業が疎かになってはいけないのは大原則。ただ副業による効果は本業にも必ず返ってくるし、本人の成長を促進させるものでもある」という考えを地道に伝えて回ることで、少しずつ理解をしてもらうことができたと思います。
結果、2021年10月にグループ4社で副業解禁が行われ、現時点ですでに十数名が副業に取り組んでくれています。社員からも「説明会をして欲しい」「生産部門でも制度を活用したい」という声が挙がっており、今後さらに浸透し活用いただける状態を作れたのではないかなと。この副業解禁は当初社員からも要望のあったテーマなので、全体に浸透させやすかったこともこの成果の要因となっています。
「変えるべきもの」と「変えてはいけないもの」
──あらゆる会社の制度設計・導入に関わる中で、茅根さんが大事にしていることは何でしょうか。
「誰をターゲットに、どういうことを目的に制度を作るのか」を必ず明確にするようにしています。なぜなら、そこがブレてしまうと何のために作った制度・仕組みかわからなくなってしまうから。ここだけは制度設計を進める上でも変えることなく、常に念頭に置いて取り組んでいます。
一方で、制度自体は必要に応じて変えていけば良いと思っていて。そもそも「変えたらダメな制度・仕組み」なんてありません。あくまで制度や仕組みは目的を果たすためにあるだけで、目的を果たせないのであればいくらでも変えていけば良いのです。制度は現場で使ってもらってナンボですからね。こう聞くと当たり前のように感じるかもしれませんが、現場で動いているとつい忘れてしまいがちな視点だと思います。
また、「全体のバランスを俯瞰して見て進める」ことも大切にしています。その制度単独で終わらせるのではなく、その他制度やグループ全体とのつながりを考えて全方位的に見ていかなければ、組織のある部分では良くても違う部分ではマイナスになっていた──なんてことにもなりかねません。タテ・ヨコ・ナナメ、あらゆる関係を理解して影響を把握できる力は、人事としても欠かせないスキルではないでしょうか。
──より広い範囲を見る上では、部分最適になってはいけないと。
そうですね。
またそれ以外にも「時間軸」の幅を持っておくことも大切だなと。例えば制度設計を時間軸で分けると、大きく以下2つに分類できます。
(1) 目の前のニーズに応える制度設計
(2) 長期的な目線で仕掛ける制度設計
これはどちらが正しいというものではありません。どちらも必要なものであり、今取り組んでいるものがどちらに該当するのか、どちらかに取り組みが偏っていないかなどを振り返る上でも必要な視点です。(1)のボリュームが多いフェーズもあれば、(2)を増やしていかなければいけないフェーズもあります。
なお、(1)は社員ニーズから出てくることが多く、(2)は経営課題から出てくるものが多い印象です。前述の通り、社員ニーズから出てきたものは制度に落としても浸透させやすいですが、経営課題から出てきたものはなかなか社員に浸透していきません。これを突破するためには思い切った取り組みと地道な広報・旗振りしかないなと。近道はないということにここ数年で気づくことができました。「これやったら批判が来るだろうな」「効果が見られないな」と感じることも多々あるとは思いますが、そこで行動を止めてはいけません。目的を明確にし、協力者を徐々に増やして、コツコツと取り組み続ける──これこそが制度設計において最も重要なことなのかもしれません。
「専門性×ビジネス理解」が人事の土台
──最後に、茅根さんが考える人事の役割について教えてください。
“ビジネスを一緒に支える人”でしょうか。経営陣・現場から頼られている人事の方には2つの共通点があるなと思っていて。まず1つは「何らかの領域において専門性を持っている」こと。当たり前ではありますが、人事や組織の分野で何かしらの専門性を持っていなければ、そもそも人事である必要がありません。採用に強いでも人の気持ちに強いでも何でも良いので、「あの人に頼めばこの領域は解決できそう」と思ってもらえるだけの得意分野を持つことはマストだと思います。
もう1つは「ビジネスへの理解」。組織によってビジネスの構造や組織体制はまったく異なります。その理解なしに、世の中的に注目されているから、みんなやっているから、法的にやらなければいけないから、などの理由でアクションしていては期待した成果を得ることはできません。「このビジネスを進めていくうえで何が必要で、何がベストだと思うか」をアドバイスできなければ、人事としてはまだまだなのかなと。
私自身、これまでに制度設計から採用までいろんな経験をさせてもらいましたが、「この領域なら茅根!」と言ってもらえるまでの専門性を確立できているかというとそうではないと思っていて。だからこそ手を止めることなく、人事としての経験や学びを積み重ねていきたい。同時にビジネスについての造詣を深めていくべく、例えば副業で個人事業主としてもいろんな組織に関わっていきながら価値を生み出せるようになりたいですね。
編集後記
会社のフェーズが異なっても、「その会社の実状や課題を理解し、目的を明確にした上で制度設計を行う」という根本部分は変わらないということを茅根さんのお話から理解することができました。「制度や仕組みはあくまで手段」という言葉にもあったように、それぞれの企業に寄り添って “ビジネスを一緒に支える”感覚を持つことができれば、自然と人事としての専門性も磨かれていくのではないでしょうか。