組織のパフォーマンスと社員の能力発揮の両立──ベンチャー×大手の知見を生かした人事改革
HR領域におけるスペシャリストがバトンをつなぐ形式で体験談を紹介していく「リレーインタビュー企画」。今回は、青野誠さんにお話を伺いました。
青野さんはサイボウズ株式会社の人事として約10年間、採用・育成、制度設計、カルチャー形成やタレントマネジメントなどでユニークな取り組みを実施され、2024年に東京海上ホールディングス株式会社に入社。サイボウズで培った人事の経験を元に、様々な施策を講じられています。
今回は青野さんのこれまでのキャリアや人事と大切にしている価値観、日頃から意識されている「クリエイティブな人事」としての考え方についてお話を伺いました。
<プロフィール>
青野 誠(あおの まこと)/東京海上ホールディングス株式会社 人事部 マネージャー
2006年にサイボウズ株式会社に新卒で入社。営業・マーケティング・新規事業を経験後に2013年より人事領域に異動。人事本部の副本部長として採用・育成・制度企画・組織開発・社内コミュニケーションなどの分野を推進。2024年より東京海上ホールディングス株式会社に入社。ホールディングスの制度企画やグループ会社の支援に携わっている。
目次
営業から人事に抜擢されて始まった、サイボウズの組織づくり
──もともとはサイボウズの営業や事業部でキャリアを積まれていたと伺いました。そんな青野さんが人事に携わるきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
人事に携わるようになったきっかけは、サイボウズで営業マネージャーをしているときに、当時の経営陣から声をかけられたのがきっかけです。サイボウズに新卒で入社した2006年当時は、人材育成や研修制度などが整っておらず、自ら実地で学び、成長していくことが求められるまさに『ベンチャー企業』という雰囲気でした。
とはいえ、組織が大きくなっていくと、チームとしての成果の最大化が重要になってきます。私が営業マネージャーになってからは、チームメンバーに対して商材の勉強会やロールプレイングを行ったり、営業の立場で新人研修に携わったりしていました。そのような試みをしていたこと、いろんな人と柔軟にコミュニケーションを取れることなどから、声がかかったのかなと思います。私自身、組織の成長に貢献できるのは面白そうだと考え、人事に異動することになりました。
──人事部では、最初はどのような業務を担当されたのですか。
最初は新卒社員の研修や採用に携わりました。その後、採用や研修・育成を中心に行いながらも、年を経るごとに人事チームのマネジメント業務の比率が増えてきました。人事本部の部長や副本部長になってからは、タレントマネジメントや組織開発を中心に取り組みを進めていました。他にも制度設計やDE&I、外部向けの人事広報チームのマネジメントなどを行いました。
サイボウズは、当時海外も含め約1500名の社員がいるのに対して人事本部に兼務も含め100名くらいの社員がいました。他社の方からは「人事に力を入れている会社ですね」と驚かれることもありましたが、そのおかげで各チームに各機能・業務のプロフェッショナルがおり、人事施策のほとんどを自分達で理想を考え実施できるのが強みでした。
「100人100通り」社員の成長と組織開発に貢献
──サイボウズの人事では、どのような考え方や価値観を大事にしていたのでしょうか。
サイボウズはカルチャーを大事にしている会社です。軸となるカルチャーの一つに「公明正大」という言葉があり、嘘がなく、どんな情報でもオープンにする組織を目指しています。例えば、経営会議もオンラインで誰でも視聴できるようになっています。
また、社員がやりたいことを尊重しつつ自立できるような支援も行っています。現在は「100人100通りのマッチング」に変更になっていますが、「100人100通りの働き方」といって、個人が自由に時間や場所などの働き方を自分で決められる仕組みを作りました。
キャリアや部署異動についても自分自身が自立して選択する事を大事にしており、それがチームのニーズとマッチすれば異動できる仕組みにしていました。副業なども含め、それぞれパフォーマンスを発揮する前提で多様な働き方を各々が選択していました。
他社の真似をするのではなく、自分たちの理想を突き詰めて考え、実行することでユニークな組織が作り上げられていったと振り返って感じます。
──サイボウズで長くご経験を積まれた後、東京海上ホールディングス様に転職された経緯を教えてください。
サイボウズでの人事にやりがいを感じていたこともあり、転職を強く意識しているわけではありませんでした。その中で、2022年頃から東京海上ホールディングスの人事の方々と何度か会話する機会がありました。東京海上グループは、海外も含め5万人ほどの規模になってきており、規模が大きくなるにつれてグループとしての一体感醸成やこれまでの枠組みに捉われない制度設計、仕組みの改革が必要になっていると聞いていました。
また、事業としてもこれまでの保険事業だけではなく、周辺領域での新規事業も積極的に展開されている事を知り、良い意味での危機感を持って新しい挑戦を積極的にしている企業だと私の中での印象が変わった部分もありました。
何度か対話を重ねるうちに、人事としてもサイボウズとはまた違った面白いチャレンジが出来そうだと感じるようになり、転職を決意するに至ったという経緯です。持株会社であるホールディングスでの人事という立場にも事業会社とはまた違った興味を惹かれるものがありました。
社員一人ひとりが理想を描き、自ら考えて動ける組織にしたい
──青野さんは東京海上ホールディングスのどのような業務を担っているのでしょうか。
大きく分けると東京海上ホールディングス株式会社個社の人事としての役割と、ホールディングス傘下のグループ会社を支援する役割と両面があります。
個社の人事としては、自社の人事評価制度の企画・設計や「機構要員」と呼ばれる、組織の枠組みの設計と要員計画をしています。
人事評価制度は、既存制度を今の状況に即したものにアップデートしていくことが最近のテーマです。事業領域の広がりと共に高度な専門性を持った人材を採用して適切に評価することが求められる状況になってきており、それに適した評価制度が求められています。各事業部の主要メンバーなどとも日々ディスカッションをしながら進めています。
機構要員は、ミッションを推進するために組織(機構)を最適な形にする事と、そこに必要な人的リソース(要員)を各部と対話しながら検討していく役割になります。サイボウズでも同じような役割をしていたことはありましたが、サイボウズでは各部に権限がより分散されていました。東京海上ホールディングスでは各部で出てきたものを人事がとりまとめて全体最適をより効かせていくところがあるように感じています。どちらが良いということではないですが、今後は全体最適と分散とより良いバランスをとっていくことが求められると思っています。
グループ会社の支援においては、グループ各社の人事からの各種相談を日々受けながら支援をしています。内容は採用から制度の改定、利用するシステム、個別事案の対応など様々あります。また、グループ横で人事担当者が集まる場を作って情報交換したりもしています。せっかく各社で良いノウハウを持っているので、もう少し会社間の情報共有も促進していきたいと感じています。
最近、「ID&Eホールディングス株式会社」のTOBが成立して東京海上グループの一員になりましたので、これに伴うPMI(Post Merger Integration)も担当しています。当社の主軸事業である「保険」とは異なる事業領域を持つ会社であり、当然ながらこれまで運用されてきた制度や文化も異なりますので難しさはありますが、シナジーを出していけるように人事面でも連携していきたいと思います。
──入社後、前職のご経験を踏まえて講じた施策を教えてください。
入社後、まず感じたのは、人事部門全体としてのチームワークと情報共有の重要性です。当社の人事部門は、専門性の高いメンバーが多く、それぞれが高い責任感を持って業務に取り組んでいます。一方で、組織が大きくなるとチームの数も増え、業務が細分化され、部門全体の方向性や他チームの動きが見えづらくなる傾向もあると感じました。
前職では、部門間の連携や情報のオープンさを重視する文化が根付いており、その経験からも「部門全体で情報を流通させ、共通認識を持つこと」が施策の質やスピードに影響し、各自のモチベーションにも繋がると実感していました。
そこで、当社でもいくつかの取り組みを提案して始めてみました。例えば、全体戦略や各チームの取り組み・課題を共有するための人事部門全体での定例ミーティングの実施。新しく入ったメンバーの動画紹介。チームを越えたシャッフルランチなどです。
シンプルな取り組みではあるのですが、こういった場を通して、各自が一緒に活動するメンバーのことを深く知り、人事部門全体で何を目指して自分がしている仕事がどこに繋がっているのかを改めて意識する機会になると嬉しいです。人事部門が一枚岩となって動けるよう、今後もこうした取り組みは継続していきたいと考えています。

「攻め」のスタンスで、定型的ではない「クリエイティブな人事」へ
──より良い組織づくりに取り組むうえで、大事にしていることをお聞かせください。
私が人事として大切にしているのは、「社員が自分らしく活動できる事」と「組織としてのパフォーマンス」を両立させることです。どちらか一方に偏るのではなく、両者のバランスをどう設計するかが、組織の持続的な成長に繋がると考えています。
バランスの取り方には正解はないので、会社ごとに追求していく必要があります。例えばサイボウズの場合は、「社員が働きやすい会社」だと見られることも多かったのですが、組織としてのパフォーマンスが高いことは大前提でした。
東京海上ホールディングスでも、同意のない転居転勤を廃止していく方針を出すなどの取り組みをしていますが、今後はキャリアの選択や部署異動についても、自分自身で選んでより自分らしく活動してく流れになっていくと思います。
──人事としてどのように「事業」や「人」と向き合ってきましたか。2社を通じて見えてきた人事として譲れないところやこだわり、哲学などがあればお聞かせください。
そもそも人事は、事業戦略を実現するための人事であり、人事戦略は事業と整合性がある必要があると考えています。
最近では、どの会社も「人的資本経営」への意識が高まっています。各社から色々な数値が公開されるようになった動き自体は良い事だと捉えていますが、どのようなKPIを達成したら事業に大きく貢献できるのかは難しいポイントです。社員のエンゲージメントスコアが上がったからといって、事業の売上が必ずしも上がるわけではない。数字で測りづらいのは人事の大変なところでもあり、面白いところでもあります。
その中で私は、自分たちなりの理想を描きクリエイティブに施策を企画実行する事が大事ではないかと考えています。社内制度を考えるときも、例えば法律改定に最低限合わせる「守り」の側面だけではなく、自分たちが理想とする組織や自分たちらしい在り方を考え、制度設計していくような「攻め」の発想が生まれるようにしたい。そのためには、クリエイティブな発想が大事になると思うのです。
──青野さんは今後、人事としてどのようなキャリアを歩んでいきたいとお考えですか。将来のビジョンなどがあればお聞かせください。
人事のスペシャリストになりたいというよりは、良い組織を増やすことで良い社会にしていきたいという思いが根底にはあります。サイボウズという特徴的なベンチャー企業や、数万人規模の東京海上グループという、異なる組織で経験してきたことを生かして、今後も「良い組織を作る」ことに貢献していきたいと考えています。
編集後記
「チームで何かを成し遂げて一緒に喜ぶなど、感情を共有することが好き」と語った青野さん。様々なクリエイティブな取り組みを通して成果を挙げてきた根底には、理想に向けて周囲の人々を巻き込むコミュニケーション力と、他社の真似ではなく自社に適した独自の施策を遂行する決断力・意志があるように思います。青野さんのように「社員のやりたいこと」と「組織のパフォーマンス」を両立する取り組みがナレッジとして世の中に広まれば、さらに日本企業の成長が加速するのではないでしょうか。


















