美容師・ネイリストから上場企業役員。異分野で培った人材戦略をGX業界へ
HR領域におけるスペシャリストがバトンをつなぐ形式で体験談を紹介していく「リレーインタビュー企画」。今回は、江頭渉さんにお話を伺いました。
「再生可能エネルギー(再エネ)」をスタンダードにすることを目指し、エネルギー・GX(グリーントランスフォーメーション)業界(以下、GX業界で統一)に変革を仕掛けるデジタルグリッド株式会社にて、CNO(Chief Nomikai/Nandemo/Nakayoshi Officer)兼コーポレート部長として人事業務を担っている江頭さん。美容師・ネイリストから人事責任者となり、上場企業のCHROを経て現職と、ユニークなキャリアを歩まれています。
今回は、そんな江頭さんのこれまでのキャリア変遷をお伺いしながら、全く異なる業界文化に触れて感じることや、新たな分野で経験を生かすための考え方、人事が経営に与えるインパクトなどについて伺いました。
江頭 渉(えがしら わたる)/デジタルグリッド株式会社 コーポレート部長
美容師兼ネイリストとして勤務後、2007年4月株式会社コンヴァノ設立(2018年4月東証マザーズ上場)に参画。同社が全国展開している「ファストネイル」にて採用・教育・営業・制度設計などの責任者を兼務後に取締役CHOに就任。2021年7月よりデジタルグリッド株式会社に人事担当として参画。現在はCNOとして企業規模拡大のあらゆる業務に従事。
目次
美容業界で「人への投資」のポテンシャルを学んだ
──美容師・ネイリストから現在のデジタルグリッドまで、非常にユニークなキャリアを歩まれています。どのような経緯で人事領域を担当することになったのでしょうか。
美容業に限らず、店舗ビジネスは店舗数×従業員数で、売上規模がある程度決まってきます。たとえば、どんなに売れっ子のネイリストでも、売上は月200万円程度。月70万円の平均的なネイリストが3人いれば、すぐに200万円は超えますよね。労働集約型の色合いが強いビジネスモデルなので「人に投資する」ことが、とても重視される業界なのです。
前職では当初、営業の責任者をしながら一部教育も担っていたのですが、やはり会社として「人」を大事にしたいという想いから、私が営業を外れ、教育と採用を担当することになったのが人事にかかわるきっかけでした。
たくさんの人を採用し、たくさんの人を育てていくことで会社はスケールアップし、前職では株式上場まで経験することができました。「人の力はすごいな」と強く感じましたね。
──前職・ネイルロンを全国展開する株式会社コンヴァノでは、業界でも珍しい取り組みをされていたとお聞きしました。
当時、ネイルスクールに通うには100~200万円必要で、半年~2年ほどかけて習得してから就職するのが基本的なキャリアステップでした。しかしこれでは、採用の間口が狭くなり、人材を増やして店舗展開していくビジネスモデルと相性が悪いという構造的な課題がありました。
そこで前職では、教育に積極的に投資し、未経験者を2ヶ月で現場デビューさせる仕組みを整えました。さらに、その間も給与を支払う形にしたことで、供給制約を大きく解消することができたのです。
今では自社教育システムをもつネイルサロン運営企業がほとんどですが、当時は「一美容企業がそんなことを実現できるのか」と業界の人たちから誰も信じてもらえませんでした。ですが、前職の創業者は大手外食チェーンの店舗オペレーションに精通した人間で、あらゆることをシステムに落とし込めるという信念があったのです。外食ができるのだから、絶対にネイル業務もシステムに落とし込めると言い切っていました。 教育環境が整備された結果、自社はネイル未経験者でも採用できるようになり、事業をスケールさせることができたのです。
真逆の世界への挑戦を決めたのは、代表に共感し、人事で経営を支える意義を感じたから
──コンヴァノで上場を経験され、CHROも務められた後、まったく異なるGX業界のデジタルグリッドに入られました。転職のきっかけを教えてください。
正直、美容業界にいたときには、GXについてほとんど考えたことはありませんでしたし、SDGsの意味もあやふやでした。でも、2020年にデジタルグリッド社長の豊田祐介と出会い、話を聞いて、心を撃ち抜かれたのです。美容が、人の「今」を美しく輝かせる仕事だとすれば、エネルギーの仕事は数十年先の社会を見据えた取り組みになります。豊田は、数十年数百年という長期目線でエネルギー業界に向き合い、ビジョンを持って会社を創業していました。その視座の高さと情熱に圧倒されたのです。彼に会わなかったら、この業界に入っていなかったですね。
──美容業界とGX業界では、どのような違いを感じましたか。
インフラ分野のGX業界は、長期的なスパンで事業を進める企業が多いです。美容業界のように日々新しいサービスやトレンドが生まれるスピード感とはまったく異なり、事業の時間軸の違いもあるため、長期でキャリア形成していく認識があります。そのため、私のように異業種から次々と人材が流入するような環境ではありません。
一方で、デジタルグリッドはGX業界の中ではスタートアップとして新しい存在です。他業界出身のメンバーも多く集まっており、スピード感を重視するカルチャーがあります。もちろん美容業界の「速さ」とは質の異なるものですが、スピード感は突出しており、業界全体に新しい風を吹き込んでいると思います。私自身も、上場企業役員として培ってきた経験や知見を持ち込むことで、そのスピードを活かしながら新しい価値を創出する役割を担えていると感じています。
仕組みで支えるエンゲージメントと高い定着率
──優秀な方々がそろうデジタルグリッドですが、社員の定着率が非常に高い理由は何でしょうか。
デジタルグリッドのメンバーの特徴として、GX業界未経験の割合が80%以上となっており、これは一般的なエネルギー企業の従業員構成と比較するととても多いです。またスタートアップであるにもかかわらず、同規模のベンチャー企業と比べても定着率が高い点も特徴的と言えます。実際、4年以上正社員の退職者が出ていませんでした。これは「人が優秀だから定着している」ということだけではなく、もともとそうした優秀な方々が力を発揮できるように、会社として人事や経営の仕組みでいくつか工夫を積み重ねてきた結果だと思います。
まず採用の段階では、どのポジションでも必ず人事が最初にカジュアル面談を行います。一般的には「カジュアル」と言っても実際には書類を見ながら評価寄りのやりとりになることが多いと思いますが、私はそれではフェアではないと考えています。候補者にも企業を選ぶ権利があるのに、企業側は履歴書など豊富な情報を持っている一方で、候補者が知れるのは求人票やホームページ程度。最初から情報格差があるんです。だからこそ弊社のカジュアル面談では、評価よりもむしろオープンに情報を開示し、会社の姿やカルチャーを正しく知ってもらうことを大事にしています。このように候補者体験の構造的な課題である「情報の非対称性」を解消することで、入社前から双方が納得感を持って選び合える関係をつくっています。
結果的に、入社後のギャップやミスマッチを防ぐことにつながり、長く働ける環境をつくれているのだと思います。面接を“企業が候補者を選ぶ場”ではなく“双方が納得して選び合う場”にすることで、入社後の活躍や定着にも直結しているのを実感しています。
──CNO(Chief Nomikai/Nandemo/Nakayoshi Officer)という独特な役職名に込められた想いについて教えてください。
正直に言うと、役職名そのものは社外の方との名刺交換の場面で一笑いを提供できればいいという思いで掲げただけで、特別な思いはありませんでした(笑)。ただ、私自身が前職は「上場企業の取締役」であり、美容業界が長くGX業界は未経験という経歴です。今まで培ってきた経験は大事にしたい想いはありつつも、その肩書きを「ラベル」にしたくはありませんでした。何かあったらこの人に気軽に相談しようと思われることはスタートアップの人事として非常に重要なことなので、CNOという役職でみんなが「なんか変な人だなぁ(笑) けど悪い人ではなさそうだ」と感じてくれたらよいと思い、役職名を工夫して心理的安全性の醸成を狙いました。それとは別に“集まりたくなるオフィス”設計で偶発的コミュニケーションを制度化しました。
たとえば「オフィスで年間アルコール1,000本消費」というユニークなKPIを勝手に掲げ、出社を強制せず“集まりたくなるオフィス”を実験的に設計しました。中央のバーカウンターを拠点に、社員同士が自然に顔を合わせる機会をつくったり、部署横断の“同期会”や“懇親会”を支援して心理的安全性を高めたり。CNOを起点に、社員同士が気軽に相談し合える環境を制度として後押ししてきました。
また、デジタルグリッドでは社員への情報開示も徹底しています。人事評価と給与以外の情報はほぼすべてオープンにし、経営層との距離も非常に近い。社員一人ひとりが「自分も会社の経営に携わっている」という感覚を持てる環境ができています。さらに、社外の人事コミュニティにも積極的に関わり、そこで得た知見を社内に還元することで、常に“開かれた人事”を実践してきました。
こうした採用時のフェアな情報交換、CNOというユーモアを取り入れた親しみやすい肩書と仕組み、そして入社後の情報開示やコミュニケーションの徹底。それらの積み重ねによって、スタートアップでありながらも高い定着率を維持できているのだと思います。
DE&Iとライフステージ支援
──女性の採用・DE&I推進においても取り組まれているとのことですが、美容業界での経験がどのように活かされているのでしょうか。
前職では産休・育休制度を整備し、取得の推進もしました。それは女性が多い職場ではごく当たり前の取り組みであり、当時は「知識として知っているから整備する」という感覚に近いものでした。
ただ、デジタルグリッドに入ってGX業界に触れてみると、その“当たり前”が当たり前ではないことに気づかされました。多くのスタートアップは成長や事業のスピードを優先するあまり、DE&I施策に十分なリソースを割けていないのが実情です。だからこそ、美容業界で自然に培った知見を意識的に持ち込み、制度や文化に反映していくことが自分の役割だと思うようになりました。
ちょうど私自身も入社のタイミングで結婚し子どもが生まれたことで、その重要性を実感として理解できるようになったのも大きな変化です。従業員のライフステージの変化に対して親身に相談に乗れるようになったのは、その経験のおかげだと感じています。 デジタルグリッドは男性社員が多い会社ですが、男性の育休取得率がほぼ100%です。率の高さそのものよりも、制度導入にとどまらず、文化変容として“男性が取るのが当たり前”という空気づくりに重点を置いたことが大きかったと思います。
GX業界を“イケてる”業界にしたい
──江頭さんは2024年7月に設立した「グリーン人材開発協議会」の発起人の一人でもあります。同協議会発足の背景にある問題意識を教えてください。
人事は取り扱っている情報に個人情報が多いからか、業界横断での知見共有が不足しています。このGX業界ではより顕著にそれを感じたのです。そこで、「人事領域でもオープンイノベーションを促す仕組みづくりを志向できればいい」と思ったことが、グリーン人材開発協議会発足のきっかけになっています。
日本は世界に対して、どんどん再エネを推進すると宣言しています。業界人からすると、計画の数値はかなりチャレンジングに感じます。でもこの計画は、「達成できるから」打ち出しているのではなく、「達成が必要だから」打ち出しているのです。未来の社会のために、自分たちの子どものために、必ず進めなければならないテーマです。
その達成に向けて、私は人事だからこそ、GX業界に寄与できる何かがあると思っています。得た視点をどんどん仲間に伝えたいし、仲間から刺激も受けたい。そんな輪をどんどん広げていきたいです。
──人事業界や組織運営において、どのようなアップデートが求められると考えていますか。
私は人事とは、経営を安定的に加速させるドライバーだと思っています。だからこそいろいろな会社の人事の方々に、人事の仕事を単に「業務」として捉えるのではなく、人事にはどんな意味があるのだろうということをお考えいただきたいなと思っています。そして、それぞれの人事像に対して、さらに良くするためにはどうあるべきなのか、社内外の仲間と一緒に議論しながら解像度を上げていけたら面白いのではないでしょうか。
──今後、どのようなチャレンジをしていきたいと考えていますか。
人事として、GX業界を、自然と人がどんどん集まってくるような“イケてる”業界にしたいと思っています。私がこの業界に入るきっかけをくれた豊田は、「エネルギーの民主化を実現する」という壮大な夢を持っています。これはとても一社で成し得ることではありません。あらゆる会社、団体、国などが手を取り合ってはじめて、達成できるかできないか、といったレベルのテーマです。代表の豊田が業界全体を語っているのであれば、私も人事として、業界全体に寄与できることは何か、常に考えながら取り組んでいきたいなと思っています。
編集後記
美容業界で培った「人」への投資の知見を、まったく異なるG業界で応用し、さらに業界や社会全体の発展を見据えて行動する江頭さん。お話の中には、多くの人事パーソンが参考にすべき点が含まれていたように思います。個人のキャリアという枠を超え、業界全体の変革を志向する姿勢。その根底にあるのは「子どもたちの未来への想い」があります。異分野で得た知見を人材戦略に転用し、採用・教育・定着を仕組み化して成果をうみだす取り組みは、江頭さんの人間性とリーダーシップを強く体現しているように思います。


















