「組織から信頼される人事」として、手法のパッチワークにならない制度設計とは

リレーインタビュー企画の第5弾は、前回記事の大山 あつみさんよりご紹介いただいた金澤 元紀さんの登場です。
これまで一貫して人事や組織開発に携わってこられた金澤さん。前職ではIPOも経験し、現在はシミックソリューションズ株式会社にて、グループ従業員数7,500名を超える組織の人事制度企画や運営に取り組まれています。
ベンチャー企業から大手にいたるまで幅広く経験されてきた金澤さんに、人事の「あるべき」を今どのように捉えていらっしゃるのかについてお話を伺いました。
<プロフィール>
金澤 元紀(かなざわ もとき)/シミックソリューションズ株式会社
慶應義塾大学大学院修了後、ITベンチャー事業開発、メンタルヘルスサービス企業の適性検査開発、情報サービス企業の人事、人材企業における人事企画・社内研究所の研究員を経て、2018年10月には新卒採用サービスを運営する株式会社i-plugに入社し人事としてIPOに貢献。現在はシミックソリューションズ株式会社人財部人事企画グループのシニアマネジャーとして、人事ポリシーの策定や人事制度設計といった人事企画業務に従事。アカデミック×HRに強みを持ち、手法やケースに頼らない「セオリーから落とす制度設計」を得意とする。
目次
IPOに向けたベンチャー企業の仕組みづくり
──前職ではIPOも経験されたそうですね。当時、人事として取り組んだことや課題について教えてください。
私が前職に入社したのはIPOを目指していたときで、人事の組織体制や制度、安定した運用を整えている真っ最中でした。就業規則を全部見直すような根本的なものから、雇用形態によって異なる制度を整える、また、給与システムなどのインフラ整備、外部協力体制の強化(弁護士や社労士との連携体制)、そしてPCログイン時間をチェックするためにコードを書くといった細かいものに至るまで、様々な人事体制整備を人事の他のメンバーと一緒に担当させてもらった形です。
まず手をつけたのは「評価・等級制度」。それまではミッショングレード制(役割等級制度)が用いられていました。前職などでも運用されていた制度ではありましたが、実際の運用では組織規模にフィットしきっておらず、グレードや給与の割り当てが幅広すぎるなどの問題が想定されました。
そこで100名弱の会社ではありましたので、約1か月かけて「全社員へのインタビュー」を実施し、何が問題になっているのかを洗い出すことにしたのです。すると、当初想定していた問題とは違う視点からも現場の不平不満が聞こえてきました。給与が高い・低いだけでなく、正しくフィードバックがされているか、ここが不公平だよねといった声が聞きかれました。つまり、本人が納得した評価と処遇の反映が重要ではありますが、生の声はとても重要です。こうしたリアルで生きた情報があったからこそ、問題点を的確に捉えられたし、経営陣へ進言する際の具体的な説得材料にもなったと感じています。
また「全社員へのインタビュー」の目的は単に問題点を洗い出すためだけではありません。「社員からの信頼を獲得する」ためでもありました。いくらIPOに向け“新しい風”として入社したとは言え、いきなりやってきた人事が現場とコミュニケーションすら取らずに、あるべき姿で改革を進めたら、どうしても反発は起きますよね。だからこそまずは社員の皆さまと対話して不平不満を率直に聞く、その姿勢がすごく大事だと思うんです。
不満社員をネガティブにとらえることを耳にしますが、まずはその方が感じていることを対話し、包み隠さず言ってもらえた方が、制度をより良いものにすると考えています。そのため、「全部改善できるかはわからないけど、思っていることがあれば遠慮なく言ってね」と自身のスタンスを伝えることで、組織のリアルな状態を知ることができました。
手法を先行させないためには「セオリーから落とし込む」
──「全社員へのインタビュー」から取り組みをスタートするあたりに、金澤さんの本質を大切にする姿勢が感じられます。一方で、人事や組織開発担当者はどうしても手法が先行してしまう傾向も。そうならないために普段どんなことに気をつけていますか?
「セオリーから落とし込む」ことを大切にしています。これまで組織や人にまつわる多くの研究や勉強をしてきましたが、日本ではボトムアップ的にフレームや各種手法の使用が求められる場面が多い気がします。しかし、それ故にケースや手法に偏ってしまい、手段が目的化してしまいがちです。
会社の戦略や実状を正しく理解した上で、何をどうすれば組織のパフォーマンスが上がるのかを「観察」しつづけ改良していくことが必要なのに、ケースに振り回されて結果的に「机上の空論」になってしまう。また、経営陣や社員に説明する上で「Googleも導入しているから~」と言えば納得してもらいやすいことも、そういった状況を後押ししているのかもしれません。
制度を作っていく上では、人事自身が胸を張って意図を語れなければなりません。枝葉の取り組みがいくら先進的であってもダメ。昔ながらの年功序列組織であっても、そこに意味があってうまく行っていればそれでOKなんです。
例えば、多くの日本企業が導入している目標管理制度のMBO(Management by Objectives)も、大半の企業では正しく運用されていないと思います。あなたも目標設定MTGの前日か当日にMBOシートを書いたりしていませんか? そんな付け焼刃な取り組みで半年後の報酬が決まり、その内容に不満を漏らすのっておかしいですよね。ベンチャーのようなスピード感のあり、日々大きく変化する会社ならなおさらです。
そもそも、目標設定や評価の目的はモチベーション理論などの観点からみれば、「社員のモチベーションを上げ、成長を促し、パフォーマンスを高めること」です。その大目的が抜け落ちてしまうから取り組みが形骸化してしまうのではないかなと。ちゃんとパフォーマンスを上げるという目的が前提にあれば、「目標の仕組」や実際の「立て方」にももっとこだわれるはずです。「目的を達成するために、セオリーを使う」というのは、当り前のように聞こえますが忘れてはいけないものだと思います。
──「セオリーから落とし込む」上で、具体的にはどのように実行されていますか?
「セオリーを信じる」ためにも、できるだけ基本的でシンプルなものを選ぶようにしています。メンバーにとっても分かりやすい方が浸透しやすいですから。あとは一度に多用せず、ちゃんとポイントを絞ることでしょうか。いくらシンプルで分かりやすいものを選んだとしても、何度も繰り返し伝えたり実行したりしなければ浸透しませんからね。ミーティングや1on1などの機会を使って「実はこういう考えでやっているんだ」と、事あるごとにメンバーや社員に伝えるようにしています。
すべてがセオリー通りに行くわけでは当然ありませんが、効果が実感しやすいものは着実に実績を生み出していくと考えています。そこは地道な積み重ねだと考えています。
それにセオリーは本質的なものなので、達成したい目的から大きく外れることもありません。例えば手法やフレームワークとしてある目標シートを導入しようとすると、どうしても合う・合わないが出てきます。でもセオリーを元にし、実態に合った仕組であれば、成功確率は上げられるはずです。

組織から信頼される人事へ
──前職の取り組みで「社員からの信頼を獲得するために」というお話がありましたが、社員だけでなく経営陣からも信頼される人事になるにはどうすれば良いでしょうか。
人事のミッションは、その企業が掲げるビジョン・ミッションを実現するために、その原動力となる社員(人)が最高のパフォーマンスを出せるよう働きかけることです。時には第三者的な視点に立ち、社員だけでなく経営陣に対しても働きかけていくことが必要になります。
だからこそ、このミッションのキーとなる社員と「どれだけ信頼関係を構築できるか」がすべての土台になってくるというわけです。人事としてのインターナルマーケティング(※1)の活動の1つとして「社員との対話」があります。
※1:インターナルマーケティングとは、企業が外部の顧客ではなく、内部の従業員に対して行うマーケティングのこと。従業員の満足度とモラルを高め、自発的な行動を促すことが目的です。
前述の通り、社員全員(100名弱)とのインタビューを約1か月間で実施しました。中小規模だからこそ全員と対話できたということはありますが、これができればリアルな現場環境も把握できますし、その情報を元に具体的な問題提起や改善案を経営陣に進言できるようになります。現場の生の声は、経営陣からすれば欲しい情報ですからね。
経営陣に対して積極的になれない、強く出られない人事の方が多いのは、シンプルに現場理解が足りないからなのかもしれません。しかし、そのままの状態ではすべてが経営陣から降りてくる指示や現場で起きた問題への場当たり的な対処といったオペレーティブなものになってしまい、制度設計などの仕事に取り組むことはできません。まずは社員と対話し、現場理解と信頼を勝ち取る。その後に経営陣にアプローチして信頼を得る。こうしたアクションから「組織から信頼される人事」は生まれるのではないでしょうか。
一方、社員全員とはとても対話しきれないという規模感の企業も少なくないでしょう。そんな場合はどれだけ小さな成果でも良いので、「人事の人が対応してくれた」という実績を残し、社員や経営陣から「この人事なら何かを変えてくれそうだ」という実感を作りこむと良いでしょう。「単なる言われたことをやる組織ではない」というイメージを周囲に持ってもらうことができれば、その後のアクションにも注目が集まりやすくなります。
「組織開発」や「人事」のあるべき姿・役割とは

──改めて今、金澤さんは「組織開発」や「人事」をどのように捉えていますか?
「組織」は「人」であり、価値を生み出す源泉も「人」です。その1人ひとりの可能性や才能を広げていくことが、会社・社会貢献につながる時代になってきたと感じています。それを裏方としてサポートするのがまさに人事や組織開発なのかなと。もちろん、実際に頑張るのは本人ですし、自身で可能性を開かないと本当の意味で自信にはつながりません。また、現場マネジャーにもその機会を生み出すことが求められるでしょう。その意味で、人事や組織開発は、機会を生み出す仕掛けをつくりから、機会をさらに創出することができると考えています。
変化の激しいこれからの時代では、よりこうした人事の役割は大きなものになっていくはずです。パーパスの実現に向けどんなフォーメーションにするか、どうすれば組織の価値を最大化できるのか──当然いろんな変数があるし、人というのはそもそも一番不確定要素の高いもの。言った通りに動くわけでもないし、思った通りに物事が進むわけでもない。でも、だからこそ可能性を秘めた存在であることは間違いありません。人をどう活かすか。そこを科学できる会社が、これからも生き残っていくのだと思います。
私は2021年6月にベンチャー企業である前職を離れ、多くの社員がいるシミックグループへと移りました。IPO後の人事活動にも興味はありましたが、「組織はどうあるべきか」をもっと深く追求する上では一定以上の規模感が必要だと考え、あえてベンチャーから大手へ飛び込んだ形です。
今は管理部門のシェアード会社(シミックソリューションズ)にて、グループ全体の人事方針や人事制度の策定を行っています。人事は、これまでのオペレーティブな存在からクリエイティブな存在へと変わっていかねばなりません。その一旦を担う意味でも、組織から信頼される人事組織を作っていく──それをこのシミックでやっていきたいと考えています。
編集後記
自社・社員理解の重要性は、このリレーインタビュー企画にご協力いただいた人事の方皆さんに共通するものです。「全員と1on1ができるかどうか」は社員数や組織規模によっても異なりますが、まずは社内の誰よりも組織の実状を知ること、それを土台に本質を捉えセオリーという「幹」から手法の「枝葉」に落とし込むこと──この流れはこれからの人事・組織開発担当に必ず必要な要素なのだと金澤さんへのインタビューを通じて感じました。