会社統合後、社員320名を巻き込んでやりきったSTORESのバリュー策定とは
「Just for Fun」をミッションに、中小企業のデジタル化を支援するSTORES 株式会社(2022年10月よりヘイ株式会社からSTORES 株式会社へ社名変更)。2018年の設立以降、複数の会社が統合し、組織も400名に迫る規模へと急成長しています。その裏側ではPMI(Post Merger Integration/経営統合後の統合プロセス)が進められており、シナジーの最大化に向けてバリュー策定プロジェクトが人事部門でもスタートしていました。
その取り組みにあたっては、多くの創意工夫が行われたようです。そこで今回は、バリュー策定に至った背景やその取り組み内容や工夫ポイントについて、STORES 株式会社PX部門カルチャー本部で人事企画・組織開発を担当している高橋さんにお話を伺いました。
■この事例のポイント
・会社統合による社員数増加に伴い「共通言語」としてバリューを策定。共通の行動指針・意思決定基準に基づき、カルチャー面の統合を進める
・策定にあたっては、メンバーの主体的参加を促すため“ワクワク感の醸成”を意識。組織をプロダクトと捉えて組織開発を進める
<プロフィール>
高橋 真寿美(たかはし ますみ)/ STORES 株式会社 PX部門 カルチャー本部
株式会社リクルートマネジメントソリューションズに新卒入社、大手企業向け人材開発やコンサルティングに従事。その後、経済産業省に出向。地方創生やベンチャー支援などに関わる。2019年株式会社ABEJAに入社。2021年8月にヘイ株式会社(現:STORES 株式会社)に入社し、主に人事企画・組織開発を担当している。
目次
なぜバリューを作ることになったのか
──PMIを進める上で、バリューを作ることになった背景について教えてください。
「事業オーナーさんのデジタル化をまるっと支援したい」という思いのもと、2018年の設立以降、2ホールディングスのヘイ株式会社(現:STORES株式会社)に各事業会社がグループ会社として成り立っていた形から、2021年1月に各事業者をヘイに一本化することになりました。さらに、統合前には約220名だった社員数も2022年5月時点では約400名まで拡大。統合と急拡大で、組織のフェーズは急激な変化を迎えていたのです。
統合した各社(ストアーズ・ドット・ジェーピー社、コイニー社、クービック社)はそれぞれ独自のカルチャーを持っていましたが、いずれも経営陣のリーダーシップが強く、統合前はバリューを明文化しなくても組織運営が成り立っていました。しかし、統合により企業規模や組織フェーズが一気に変わるとそのやり方では通用しません。そこで、それぞれのカルチャーや組織の強さを言語化し、統合後も組織が同じ方向を向いて進めるようにバリューとして明文化する必要が生まれた形です。
──高橋さんがヘイ(現:STORES)に入社したのは、まさにそんな状況の真っ只中だったそうですね。
「なんてハードな状況なんだ」と感じつつも、組織の基盤となる仕組みづくりに関われるまたとないチャンスに惹かれて転職を決意したことを覚えています。また、バリューだけでなく組織全体の解像度も急ピッチで高める必要があり、入社後わずか1ヶ月後には、約120問程の質問を用意し、全社員を対象にサーベイの実施を行うスピード感で進めていきました。
できることなら最初はゆっくりと現場と信頼関係を作るところから始めたかったのですが、当時はそんな悠長なことを言っていられない状況で。だからこそサーベイの結果なども参考にしながら、経営陣と直接議論をして、「現状とありたい姿にこんなギャップがあるから、この1年でこれをやっていこう」と共通認識を持った上でアクションプランに落とし込み、最速で行動していった形です。
組織が大きくなっていく中で、共通言語となるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)はいずれは必要になる可能性が高いものです。ただ、「本当にいま言語化するべきなのか?」と躊躇してしまうことはよくあると思います。なぜなら、言語化によって言葉にできないものが削ぎ落とされ、それまでの凝集性や仲間意識が失われてしまうように感じることもあるから。その不安は当時のヘイにも同様にありましたが、「いま明確な行動指針・意思決定指針を持てないと、組織が路頭に迷ってしまう」という経営陣の意志があり、言語化に踏み切りました。
3社の共通点を探って「バリューの種」を見つけ出す
──バリューづくりはそれだけでも大変な取り組みですが、統合後ともなるとその難易度はさらに高いはず。どのような流れでバリューを形にしていったのでしょうか。
先ほど「各社それぞれにカルチャーがあった」と話しましたが、実は各社に共通する考えがありまして。それは「Just for fun」というミッションへの共感度・理解度と、顧客であるオーナーさんに対する想いです。
今の資本主義やDXの状況を考えると、規模が大きい事業者がどうしても有利になります。でも、「規模が小さくてもこだわりを持って経営しているお店がない社会って寂しいよね」という想いは各社共にあって。駅前にあるこだわりのお店をいくつも巡ったり、ローカルエリアにしかない独自の小さなお店を目掛けて遠出したり──そういった店を経営している方々が、規模によって損をしない世の中にしたいという想いが共通していたからこそ、統合に踏み込めたのだと思います。
一方で、「Just for fun」を実現するための進み方は各社バラバラ。そこをバリューの策定により示していこうというのがこのプロジェクトの肝でした。共通するポイントと違うポイントの双方を正しく理解し、何をどう接合していくかを考える。これがカルチャー面の統合においてとても大事なことだと実感しています。
なお、バリューの作り方はいろいろありますが、「どこまで現場社員を巻き込むか」は会社ごとに考え方が異なる部分だと言えます。例えば、私が過去に在籍していた会社の感覚で言うと、300名規模にもなると「現場と一緒に作る」のは難しいと考えます。基本的には経営陣が作りきったものを、ワークショップなどを通じて現場へ浸透させる形が現実的なのかなと。
当時、ヘイの社員数も300名を超えていたため、私も当初はこの形を推奨していました。しかし、「現場の意見を聞きたい」という経営陣の意志が強かったこともあり、オンラインワークショップ「オールスターヘイ」を通じて「バリューの種」を見つける段階から現場を巻き込んで進める流れになったのです。
オンラインの環境下でこの規模のワークショップを成立させる難度は高いですし、プロジェクトメンバーの工数も相当掛かります。でも、その分メリットも大きくて。例えば既存メンバーにとっては「自分たちの意見もちゃんと聞いてもらえた」と実感できますし、新しく入社してくれたメンバーにとっても、これまでの会社の背景や歴史の理解を深めてもらうことができます。この「オールスターヘイ」のコンセプトは【これまでと、今と、これから】。まさに「これまで」を尊重した上で、次に進むために必要なことを考える進め方だったと言えます。
320名が参加したオンラインワークショップ「オールスターヘイ」
──この「オールスターヘイ」には320名もの方が参加したそうですが、内容としてはどのようなものだったのでしょうか。
一般的にオンラインで相互に議論できる人数は5名前後が限界と言われています。そのため、320名全員の考えを引き出そうとすると、いくつかのグループに分割してやっていくしかありません。しかし、それ以外はプログラム内容も基本シンプル。3日間に渡って以下のような内容でワークショップを進めて行きました。
・Day1:「これまで」と「いま」を考える
・Day2:「これから」を考える
・Day3:バリューをふまえ、これから実践することを考える
実は、Day2とDay3の間(約1週間)で集まった意見をもとに経営陣と人事でバリューをアウトプットする計画だったのですが、そこまではやりきれず……。急遽、Day3を「バリューで重視したい3つのこと」を元に議論する形に変更して、最終的に正式なバリューを出すまでには約5カ月掛かってしまいました。
時間は掛かりましたが、経営陣が本当に納得できるバリューを定められたことは大きな収穫だったと思います。ただ、このバリューを検討している半年間でも組織環境が変わっていたこと、ワークショップから時間が経ったことで現場メンバーの記憶が「何を話したんだっけ?」とやや薄れてしまい浸透が遅れたこと、この2つが反省点です。その中でも「統合後にお互いのことを知れる機会がなかったのでよかった」とポジティブに捉えてくれるメンバーが多かったのは救いでした。
──これだけの規模のワークショップだと、メンバーの主体性を引き出すのが相当難しかったのではと感じます。どのような工夫をされましたか?
「いかにワクワクを引き出すか」を念頭に置いた取り組みをいくつも実施しました。
「just for fun」というミッションを掲げているくらいですから、社内の取り組みとはいえワクワク感のある場づくりは必要不可欠です。ワークショップの名前ひとつとってもそう。普通なら「バリューを考えるワークショップ」とかになるのでしょうが、当時の社名であるヘイを入れて「オールスターヘイ」と銘打ち、デザイナーの協力も得てビジュアルの見せ方にまでこだわりました。
他にも、ワークショップ前からワクワク感を醸成するために、参加者の自宅に「ノベルティボックス」が届く仕掛けも事前に準備。それをパカッと開くと「オールスターヘイ」への招待状と経営チーム5名からのメッセージが入っており、さらには会社のグッズやワークショップ中に飲めるようなSTORES オーナーさんの商品(お茶やコーヒーなど)も同封しました。
サプライズで個人宅に届くようにしたので、受け取った人たちがSlackやTwitterで「なんか届いた!」とリアクションしてくれて。まだ届いてない人たちからも「何それ!楽しみ!」といった好意的な反応が運営側に届いたのは本当に嬉しかったですね。
それに合わせて「オールスターヘイ」のサイトも立ち上げて、長く会社にいてくれている人からのメッセージなどもそこに掲載しました。これらの取り組みによって、ワークショップ当日に盛り上がりのピークを持ってくることに成功。ブランドデザインチームと人事が協力してプロジェクトチームをつくったことが、ブランド体験を強化できた大きな要因だったと感じます。
ちなみに、当社の佐俣(取締役 VP of People Experience)はよく「組織もプロダクトとして考える」と話しています。組織をプロダクトと捉えると、人事は言わばプロダクトマネージャーです。そこにより魅力的に伝えるためのUIデザイナーがいて。そうした布陣は自然と組まれるはずで、実際に最近は企業ブランディングを中心に手がけているデザイナーも増えてきていると聞きます。ただの人事施策と捉えるのではなく、組織をプロダクトと捉えた上でどうマネージメントしていくかを考えると、より現場の主体性を引き出して巻き込むこともできるのだとこの事例を通じて学ぶことができました。
「オールスターヘイ」を終えた今感じていること
──「オールスターヘイ」の取り組みを改めて振り返っての感想を教えてください。
デザイナーと協力して「ワクワク感を持った大規模な場づくり」ができたことは、人事として大きな経験となったように感じます。あれだけの人数のメンバーが主体的に参加してくれるようになるまで体験をデザインできる機会はそうそうないですからね。
経営陣からも、「コロナ禍以降はなかなかこうした機会を作れていなかったので、それが実現できた上にバリューの種も見つかって本当によかった」というコメントが多く、今後のコミュニケーションの在り方を見つめ直すきっかけにもなったのではないかと感じています。
改善点としては、先ほども述べた「Day3の位置づけ」をもっと慎重に考えるべきだったなと。わずか1週間で正式なバリューの文言にまで落とし込んでアウトプットするのはさすがに無理があったと反省しています。とはいえ間隔を空けすぎるとイベントの高揚感も下がりますし、バリュー浸透効果が薄れてしまうし……。ここのバランスの取り方は非常に難しいところです。
あたりまえですが、バリューは作って終わりではなく、むしろ作ってからが始まりです。「Just for Fun」な社会を実現する、そこに最速で向かっていくためのツールとして、これからもバリューを使い倒していきたいと思っています。
編集後記
社内向けの人事施策は、ややもすれば業務的なものになりがちです。しかし、現場メンバーを巻き込んで主体的に参加してもらうためには、その取り組み自体に意義を感じてもらったり、楽しんでもらったりすることが欠かせないことを高橋さんのお話から実感することができました。「人事は組織というプロダクトのマネージャーである」この視点を意識して、各種取り組みの盛り上げ方を検討してみたいと思います。