「個人の看板で生きる人を増やしたい」人と事業を成長させる人事とは
リレーインタビュー企画の第6弾は、前回記事の金澤 元紀さんよりご紹介いただいた大西 剣之介さんの登場です。
株式上場支援や人事コンサルタントを経て、事業会社人事として人事制度改革・人材開発・組織開発などに取り組んできた大西さん。現在はバリュエンスホールディングス株式会社の人事部長として活躍しながら、個人事業主としてもパラレルに活動されています。
今回は、そんな大西さんへ「個々のブランディングを高め、自立する人材を生み出す組織のつくり方」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
大西 剣之介(おおにし けんのすけ)/バリュエンスホールディングス株式会社 人事部 部長
大学卒業後、デロイトトーマツコンサルティングに入社。コンサルタントとして株式上場支援(2年)および人事コンサルティング業務(4年)に従事。2012年に日清食品に転職し、人事制度の運用・改革、組織・人材開発、HRBP、中途採用など人事領域全般に幅広く関与。2020年にバリュエンスホールディングスに転職し、人事部長として人事部を統括する傍ら、全社ESGプロジェクトにも参画。プライベートでは、個人事業主(コーチング・人事コンサル)、一般社団法人熱会の理事、株式会社協働日本のCHROとして活動中。
目次
コンサルティングと事業会社、異なる2つの人事経験
──新卒でデロイトトーマツコンサルティングへ入社した大西さん。人事領域に関わり始めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
普通のサラリーマンにはなりたくなかった私は(笑)、ルーティンワークではなく自分にしかできないことで価値発揮できる仕事がしたいと考えていました。そこで、当時ダブルスクールで学んでいた会計知識も活かせる、とデロイトトーマツコンサルティングへ入社。新卒入社後2年間は、取引先企業のIPO支援に取り組んでいました。
人事コンサルティング業務に挑戦し始めたのは、入社3年目を迎えた頃のことです。当時、社内で人事領域を強化する方針が発表されたため、人員募集に手を挙げ異動しました。ダブルスクールで会計を学んだとはいえ、社内には会計士が多数在籍しており、自分は違う領域でチャレンジしたいと思ったんです。思えば、これが私の人事としてのキャリアの始まりでした。
ここで人事コンサルタントとして学んだ4年間が、私にとっての人事キャリアの土台となりました。体系的な物事の考え方、ロジックのつくり方、さまざまな企業の事例……こうした経験はどんな本を読むよりも為になることばかりでした。複数企業を同時に担当できる環境だったので、学べるスピードもケタ違いでしたね。
──その後、日清食品へ転職されたかと思いますが、どのような狙いがあってのことだったのでしょうか。
コンサルティング業務は極論ですが、企業規模や業界が違ったとしても、課題発見後の課題解決プロセスはほぼ一緒だと感じるようになりました。プロジェクトがスタートする段階から最終の落としどころが想像できるようになり、自身にとっての学びが少なくなってきたと感じたので、そろそろ次のチャレンジをしたいと思い立ちました。
そこで興味を持ったのが事業会社の人事です。コンサル時代のお客様だった事業会社の人事が多忙で、なかなかプロジェクトが進まないことがよくあったので、その忙しさを自分でも体験してみたかったんです。
そうして日清食品に入った後は、8年間で新卒採用・海外出向者管理以外のほぼすべての業務を一通り担当しました。日系企業の人事ミッションはプロジェクトサイズこそ大きくないものの、とにかく数が多い。しかも前後関係理解や関係各所との連携・調整ごとが多く、人事だけでは決められないことがすごく多い。「なるほど、こんなジレンマがあったのか」とようやく理解できました。
コンサルと事業会社、そのどちらも経験して思うのは、自分の立ち位置はその中間がちょうどいいなということ。そして、今、在籍しているバリュエンスホールディングスは、まさにそんな中間的な環境で働くことを期待されていたので、思い切って転職することにしました。コンサル的な上流部分もやれるし、実務においても自分で意思決定してガンガン進めて行けるので、性に合っていると感じています。さらに日清食品時代はプロボノでやっていた副業も、転職後は本格的に事業としてスタートさせることができました。
自分の看板で生きる人を増やしたい
──バリュエンスホールディングスではどのようなことに取り組まれているのでしょうか。
人事部長として人事企画をメインに取り組んでいますが、常に念頭に置いているのは「個々のブランディングを高めたい」ということ。
バリュエンスホールディングスでは事業としてアスリートのセカンドキャリア支援もしているのですが、これって実はアスリートだけの問題ではなく、一般的なビジネスパーソンにとっても同じことが言えます。特定の分野に熱中するのはいいことですが、だからといって他の可能性を模索しなくていいわけではありませんからね。
「会社に仕組みがないからやりたいことができなかった」「こんな選択肢があるんだったらもっと早く知りたかった」と言われないよう、人事として選択肢を提供できるようにすることを大切にしています。例えば最近では、社内副業(社内デュアルキャリア)の解禁を行いました。実際にこの制度を活用して、店舗で商品買取をしているメンバーが、週15時間ほど人材開発業務にチャレンジしています。この制度があることで「人材開発をやってみたいけど、異動後に活躍できなかったらどうしよう……」という不安でチャレンジを諦める人が少なくなり、自分で可能性を解き放つ後押しになると実感しています。
よく「辞められると困るから、社内の人間にはなるべく外の世界を見せないようにしよう」といった発想をする人がいますが、いくら縛ろうとしたところで、出て行く人は出ていくもの。フォーカスを当てるべき点は「この組織に残りたい」と思う人をどれだけ増やせるか、というところだと考えています。
──まさに「人から選んでもらえる企業づくり」ですね。
私は個人として「自分の看板で生きる人を増やしていきたい」という生きがいを掲げているのですが、その点、この柔軟な企業姿勢には非常にシンパシーを感じていますし、やりやすいですね。
よく「大手企業に在籍している(していた)なんてすごいですね!」と言っていただく機会があるのですが、それはあくまで会社の看板を見た上で言われていること。私という人間そのものがすごいわけではないんですよね。また、大手企業を離れた瞬間、連絡が来なくなったり友達関係まで疎遠になったりするという話を聞きますが、それってすごく寂しいじゃないですか。誰しも自分の名前で、存在を認識してもらえた方が嬉しいと思うんです。
そうなるためには、社員の選択肢を増やし、「学び続けること」を念頭に置いた仕組みづくりが必要だと思っています。先ほど紹介した社内副業制度もそんな仕組みのうちの1つ。他にも古典的な手法ではありますが、資格手当を充実させて、「勉強する→知識・スキルが身につく→パフォーマンスが上がる→評価・処遇が高くなる」という流れを作って、学び続ける組織風土を創っていこうと画策しています。
多くの選択肢があり、そこに向かって学び続けられる風土もある。そうして自分自身を磨き続けた結果、社員個々の専門性が高まりブランディングされる──そんな流れを作っていきたい。さらに言えば、自分の看板で生きていけるような能力を持った人が「それでもバリュエンスで働きたい」と思ってもらえる環境を作っていきたい。これは人事でなければできないことなのではないかなと。経営陣も同じ想いを持って、組織文化作りを後押ししてくれていますので、これからもスムーズに改革を進めていけるだろうと感じています。
組織変革に必要なのは「トップのマインド」
──組織を変革していく上で重要なポイントはなんでしょうか。
経営陣と同じ想いを、人事組織のトップが本気で持てているかどうかは非常に重要な要素かと思います。経営陣に想いがあるのはもちろんですが、各領域のトップ(部門長やCHROなど)が変革マインドを持っているかどうかによって、現場の結果は大きく左右されるもの。上層が覚悟を持ってさえいれば、組織は絶対に変わると感じています。
反対に、トップにその覚悟がなければ、現場がどれだけ頑張っても組織は変わりません。部門長やCHROがいくら現場に対して「企画人事が大事だから●●課長よろしく」と指示を出したところで、トップ自身が本心から必要性を感じていなければ意味がないのです。
──では、現場の人事にとって必要な要素はなんでしょうか。
「1回やってみてダメなら元に戻せばいい」と思えるかどうかは大切ですね。管理人事に慣れた人は一般的に、企画や取り組みなどをやるときに慎重になりすぎるケースが多い気がします。石橋を叩いて渡ろうとしすぎて、物事がなかなか前に進まないんです。もちろん労働法規に触れるような部分は慎重に進めるべきですが、従業員サイドに「変わった感」を感じてもらうためにも、時には思い切ったチャレンジが必要だと思います。
特に大手企業の場合、「新しいこともいいけど、今あることをミスしないようにやろう」という意識が強くなりがちです。また経営陣から投げかけられる要求にいかに早く応えるか、イコール、経営陣からの信頼をどう勝ち得るかを重視する傾向も強まります。
一度改革してしまうと後戻りしにくいし、全体最適も気になるところなので、慎重になってしまう理由もよく分かりますが、100%を目指して完璧に作りこむより、80%できた段階でリリースしてしまい、後は走りながら変えていこう……くらいの方が、結果的に組織は変わっていくと思いますし、良い仕組みができると思います。
「人と事業の成長」が人事の役割
──改めて、大西さんが考える人事の役割とは何でしょうか。
「人と事業の成長を両立させること」でしょうか。少なくとも経営者の顔色を伺ったり、期待に応えることではないと思っています。取り組みの細かい選択肢をどうするかといった些末なことは人事の専門家である人事部が決めればいいんです。事前に方向性さえ合意がとれていたら、些末なことでいちいち経営陣の許可を取る必要なんてないと思います。「どこに目を向けて仕事をするか」は、人事として非常に差が出るポイントなのではないでしょうか。
個人的に、「人」と「事業」のバランスについては「事業」を強めに意識して行動するようにしています。なぜなら事業成長こそが人の成長や自己効力感向上の源泉になるからです。ただし、そこだけにフォーカスしてしまうといわゆる「やりがい搾取」にもなりかねないので、常に事業6:人4くらいのバランスで物事を考えるようにしています。
事業成長を考える上で、事業部と人事で意見が対立することはよくあることですが、その対立はある意味正しい姿だとも思っています。単年度の成果を出すことにコミットしている事業部側、中長期的な成果を考える人事側。その相反する2つが議論をして、互いに折り合いをつけることで、より継続的な事業成長ができるようになるのではないでしょうか。そのためにも、相互のコミュニケーションは不可欠です。お互いの狙いや想いを共有できるよう、人事としての考えやスタンスをしっかり伝えつつ、事業部の考えをしっかり聴くことを常に意識するようにしています。
──大西さんが「自分の看板で生きる人を増やす」ために、今後取り組みたいことはなんでしょうか?
会社と個人で1つずつあります。
まずは企業人事としては、従業員満足度(ES)を2025年までに4.2点へ引き上げることです。現在はパルスサーベイで取得したデータの分析や、産学連携プロジェクトなどを通じて、「強い組織・人をいかに作るか」という課題の解像度を高める各種取り組みを行っています。様々な施策を企画していくことはそれなりにできますが、難しいのはどう実現するか。これは人事だけがコミットしても意味がないので、役員陣とも何度も話し合いながら、会社全体としてコミットできる状態を作って、取り組んでいくようにしています。
個人としては、自身もパラレルワーカーとして多くの方と関わる中で、直接的に「自分の看板で生きる人」を増やしていきたいと考えています。本来はすごい才能を持っているのに今の組織では輝けていない人や、やりがい搾取にあっている人というのは、世の中に相当数いると思っていて。そういう人と一緒に働いたり、コーチングやコンサルティングを提供したりする中で、一人でも多くの方に自分の可能性に気づいてもらえるようにしていきたいですね。そうやって徐々に「自分の看板で生きる人」を増やせれば、究極的には失業の概念すらなくなるのではないかと考えています。
編集後記
事業を成長させるために社員に成長してほしいけれど、違う経験をすることで組織を離れてしまわないか不安になり、組織にとって都合の良い学びだけを推奨してしまうことはよくあることかもしれません。「学びを深め成長した人が、それでもこの会社に残りたいと思えるほど魅力的な組織にすればいいんですよ」と話してくれた大西さんから、人事としての覚悟を感じました。