なぜ「ダイバーシティマネジメント」推進が必要か──その理由と推進ポイント・事例に至るまで解説
従業員の多様な個性(性別・年齢・国籍・価値観・経験など)を尊重し活かすことで、組織全体の活性化を図る「ダイバーシティマネジメント」。従業員の働き方や価値観が多様化する中で、ますます重要性が高まってきている印象があります。
今回は、「ダイバーシティマネジメント」の概要や推進時のポイント、実際の事例について、この領域に知見を持つパラレルワーカーの方にお話を伺いました。
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目次
「ダイバーシティマネジメント」とは
──まず、「ダイバーシティマネジメント」がどのようなものなのかについて教えてください。
経済産業省では、「ダイバーシティマネジメント」を以下のように定義しています。
『多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営』
この中にある『多様な人材』とは、性別・年齢・人種や国籍・障がいの有無・性的指向・宗教/信条・価値観などの多様性だけでなく、キャリア・経験・働き方なども含みます。なお、学術的には多様性を以下の3層で捉えています。

(1)デモグラフィー型
年齢・性別・国籍・職位など、資源や権限の配分により階層を生む属性のばらつきを指します。偏在が大きいと低ステータス層が発言を控え、高ステータス層が情報を独占しやすく、知識共有と公平感が損なわれる傾向があることから、結果的に離職や組織内不平等を引き起こす可能性があります。
(2)タスク型
学歴・職能・業界経験・専門スキルなど、問題解決に寄与する知識や情報源の多様さを指します。異質な知識の組み合わせが認知資源(※)を拡張し、創造性と問題解決の質を高めることができます。
※認知資源:注意・思考・判断を行うための脳が使える資源のこと
(3)オピニオン型
価値観・信念・仕事の進め方・リスク許容度など、判断基準の違いによる分離価値観(※)や思考様式(思考のクセ)の違いを指します。分離多様性をうまく扱った場合は意思決定の熟慮が深まり、ミスの早期発見やリスク管理に寄与するケースも確認されています。
※分離価値観:自分の課題と相手の課題を明確に区別する考え方のこと
ダイバーシティと聞くとマイノリティ支援のイメージが先行し、いわゆるマジョリティに属する者にとっては無関係なものと感じがちです。しかし、実際にはスキルや考え方の多様性まで包含し、属性を超えたさまざまな『個性』を活かして組織成果を高めることが「ダイバーシティマネジメント」の意味するものなのです。つまり、全員がダイバーシティ推進の当事者であると言っても過言ではないでしょう。
なぜ「ダイバーシティマネジメント」推進が必要なのか
──企業が「ダイバーシティマネジメント」を推進するのはどのような背景・理由からでしょうか。
近年、企業が「ダイバーシティマネジメント」を推進する背景・理由には、大きく以下4つがあります。
(1)イノベーション創出
『異質な知識の組合せは、新事業・新市場を生みやすい』とされています。実際に、多国籍R&D(※)やジェンダーミックスのプロジェクトでは、特許数・新製品成功率が平均1.3倍とする研究も報告されています。
※R&D:複数の国にまたがって事業を展開する多国籍企業が、それぞれの国に拠点を設置して行う研究開発活動のこと
(2)人材獲得競争
少子高齢化で2030年に国内644万人の人手不足が予測される中、働く場所・時間・ライフイベントとの両立支援は『選ばれる会社』の必須条件となっています。それに伴い、LGBT理解増進法や労働施策総合推進法も『差別禁止』から『包摂的雇用』へと改正され、企業を後押ししている形です。
(3)リスクマネジメント
ハラスメント訴訟やESG投資家によるダイベストメント(投資撤退)は、企業にとって経営インパクトが大きいものです。それを防ぐためにも、D&I体制をより強固なものにすることで法規制・レピュテーションリスクを低減することができます。
※レピュテーションリスク:企業やブランドに対する否定的な情報が広まることで信用やブランド価値が低下し、経営に悪影響を及ぼす危険性のこと。
(4)サステナビリティ/人的資本開示
有価証券報告書などの人的資本項目が拡充され、女性管理職比率などの開示が必須化されました。これにより「ダイバーシティマネジメント」による多様性の活用度合いは、企業価値向上の観点から投資家との対話材料になります。
(1)イノベーション創出や(2)人材獲得競争はダイバーシティ施策の華やかなメリットとして語られがちですが、実際に多くの企業を動かしているのは(3)リスクマネジメントと(4)サステナビリティ/人的資本開示という外発的な圧力なのでは、と推察しています。実際に、LGBT理解増進法・女性活躍推進の数値目標・人的資本情報の開示義務化など、法制度と市場の要請は年々強まっており、対応しない場合の評判リスクや資本コスト上昇は無視できなくなっています。
ただし、外発的動機が強まっている今だからこそ、これを追い風に変えて取り組みを推進していくチャンスと言えます。少子高齢化で労働力が先細る日本にとって、働きたくても働けなかった層を呼び戻すことは急務です。同時に、失われた三十年を取り返すだけのイノベーションを生むには、異なる知識と価値観の掛け合わせが欠かせません。『リスク対応』と『成長投資』は二項対立ではなく、むしろ表裏一体として捉えていくべきだと考えます。
まずは異なる知識と価値観が存在する組織を目指すことが第一歩ですが、その次のステップとしては多様な個人を活かすための仕組みが重要になります。
例えば、以下のような観点が考えられます。
・会社の制度や施策に対する諮問機関を設置して意見を聴取する
・ビジネス課題ごとのタスクフォースを編成して小さなPDCAを回すことを常態化する
など。
いずれもメンバーの多様性を保持すると共に、多様性に対する深い理解があるキーパーソンを置く(ファシリテーターやリーダーとしてチームに参画する)ことが成功の鍵になります。

「ダイバーシティマネジメント」の具体例
──実際に企業が実施している「ダイバーシティマネジメント」の具体的な取り組みには、どのようなものがあるでしょうか。
先ほどご紹介した「ダイバーシティマネジメント」の3つの型に沿って、効果的な取り組みを行っている企業の事例をご紹介します。
■デモグラフィー型/花王グループ
2023年6月13日に『2030年までに女性管理職比率と女性従業員比率が同じになることを目指す』とのダイバーシティ方針を公表しました。2022年時点の女性管理職比率が30.5%だったのに対し、女性従業員比率は52.9%であることから、グループ全体で2030年には女性管理職50%を目指す宣言とも取れる内容です。
具体的な取り組みとしては、経営直轄のDE&I部門がリーダー育成・バイアス除去・両立支援を三本柱で統括し、月次でKPI(女性管理職比率・男女賃金差など)をステアリング。進捗はサステナビリティレポートで外部開示して透明性を担保しています。①『女性従業員比率=管理職比率』という分かりやすい数値目標で社内外の共通ゴールを設定したこと、②進捗をオープンにすること、の大きく2つがポイントとなり、現場の巻き込みと信頼を同時に確保。2024年時点で女性管理職比率は30%超まで上昇しています。
※参考:花王が「2030年に女性管理職と女性従業員の割合同じに」宣言/Business Insider Japan
■タスク型/KDDI株式会社
就業時間の約20%を他部署プロジェクトで働ける『社内副業制度』を2020年に導入しました。具体的には、全従業員1.1万人を対象に86業務を公募し、応募・選考・評価までを既存人事システムに実装。期間は最長6カ月で、社内副業先での成果も本評価に反映する形です。その後、導入3年で延べ約700人が越境し、DX案件や新規サービスのアイデア創出につながったとされています。
効果をあげたポイントとしては、①スキルマトリクスで社内需要を見える化し『欠けている組合せ』を副業で即補完したこと、②本評価と連動させて参加の心理的ハードルを下げたこと、の2つが制度定着とイノベーション加速を後押ししたと考えています。
※参考:イノベーション創出を加速する『社内副業制度』を開始/KDDIニュースリリース
■オピニオン型/日本電気株式会社(NEC)
“Speak Up(自分の意見を自由に話す)”文化の定着を掲げ、会議や経営レビューで『誰でも発言・異論歓迎』を制度化したNEC。具体的な取り組みとしては、社内イベントで経営陣がI&D(NECでは『I&D』と表記しているためそのままとしています)を『経営戦略の基軸』と宣言し、オンライン・オフラインの全社ミーティングにファシリテーターと発言ガイドラインを配置しました。また、各部門で『少なくとも1人1発言』をルール化し、ERGメンバー(※)が議論モニターを担っています。
※ERG:従業員リソースグループ
参考記事:「ERG(従業員リソースグループ)」とは? そのメリットや活動サポート方法を解説
トップメッセージと具体的な議論ルールのセットで心理的安全性を可視化したことにより、イベント後のアンケートでは『I&Dを自分ごと化できた』と回答する従業員が98%に達し、社内I&Dスコアも3年間で11ポイント向上するなどの成果を挙げました。
※参考:経営戦略としてのインクルージョン&ダイバーシティ~“多様性”と“Speak Up”で、もっと強い組織に!~/NEC I&D イベントレポート
「ダイバーシティマネジメント」推進時に重視するべきポイント
──企業が「ダイバーシティマネジメント」を推進するにあたって、どのようなポイントをおさえて進めると良いでしょうか。
「ダイバーシティマネジメント」を推進するポイントは、大きく以下4点があると考えています。

(1)経営戦略との統合、トップの旗振り
まず、自社がダイバーシティに取り組む理由を経営戦略の文脈で明確にし、トップ自らが語ることが出発点になります。自社として設定したゴールと結びつけたビジョンを示し、その進捗を経営が直接レビューする機会を設けることで、取り組みの意義や重要性を訴えていくことが重要です。
なお、取り組みの意義や重要性を訴えていく際に『データを根拠に課題を特定し発信する』ことは、経営層をはじめ従業員全体からの理解を得るのに非常に役立ちます。特に、ダイバーシティに対する理解が腹落ちしない層には非常に有効です。私も自社の研修などでダイバーシティの意義を語る際には定量的なデータを用いており、『数値で示されたことで自社の置かれている状況が理解できた』といった感想を得られています。また、数値で組織の情報を示していくことにより、その取り組みの進捗を測ることもできるようになります。
(2)データ活用
単なる集計に留まらず、採用・登用・離職・エンゲージメントを属性別に分析するなど、課題の特定をすべくデータを活用していくことが求められます。従業員アンケートなどに『両立できる環境が整っているか』『多様性が尊重される文化があるか』といった設問を組み込み、ダイバーシティの指標として活用していくことも有効です。前述した通り、取り組みの進捗を測るために活用していくことも必要ですが、さらに踏み込んだ施策の分析・検証・改善なども含めて両側でデータ活用できると理想です。
(3)現場を動かす仕組みづくり
評価指標にDE&I行動を組み込むなどのハード面の整備に加え、根拠を明示しつつも現状の人事施策やプロセスと連動させる形で自然に現場が動いていくような仕組みづくりがポイントとなります。仮に女性管理職比率の向上を狙うならば、業界平均よりも自社の数値が低いことを示し、幹部候補に適用しているサクセッションプランニングの仕組みを管理職候補の女性層にも展開してみる、などのアクションが挙げられます。他にも、越境プロジェクトへの参加時間を評価指標にするならば、社内公募や副業制度を常設し、業務時間の月10%までは上司の許可なく本業以外の活動が可能にするなどの仕組み整備があります。
(4)制度・風土の両輪整備
「ダイバーシティマネジメント」の推進においては制度だけでは不十分であり、その制度が十分に活用されるための従業員への知識・情報提供と両輪で進めていくことが必要不可欠です。
例えば、男性育休を取得させるために配偶者の出産前後に使える有給休暇制度を整備したとします。しかしながら、職場においては『男性が育児のために休みを取るなんて出世に影響する』との考え方が一般的だとすると、制度はあっても使われないという状況になりかねません。そのような事態を避けるべく、制度整備とともにその制度の背景にある情報提供や知識付与を両輪で進めることが重要なのです。
他にも、公募制度を導入するだけに留まらず、制度の狙いとメリットを社内メディアなどで繰り返し発信し、多様なスキルを主体的に学ぶ姿勢を称賛する文化を育むなど、こちらも両輪で進めていく必要があるものです。さらに、利用者の成功体験を共有し学びを循環させることで、組織全体の学習速度を高めることもできます。
「ダイバーシティマネジメント」が経営・事業の成果に繋がった事例
──「ダイバーシティマネジメント」を実際に推進されて成果に繋がった事例について、可能な範囲で教えてください。
私が所属している会社では、第二創業期の重要課題としてダイバーシティ推進を掲げており、担当役員を中心とした経営トップ層の強力な旗振りのもと、専任組織を設置して推進しています。その中での取り組みを、前述した「ダイバーシティマネジメント」推進の4つのポイントに沿って紹介します。
(1)経営戦略との統合、トップの旗振り
女性比率などの主要KPIを年数回トップ層と共有することにより、トップのコミットメントを引き出しています。この際、競合他社との数値比較は非常に効果的です。また、昨今は人的資本開示が求められるようになっているため、投資家からの見え方について言及するのも一つの手でしょう。経営層はこのような視点はすでに持っているはずですので、比較的スムーズに理解してもらえる印象があります。
(2)データ活用
全社エンゲージメントサーベイに『尊重』『両立環境』などの設問を追加し、性別・職種・時間制約の有無などでクロス分析を実施しています。その結果として抽出された『育児従業員と他従業員でキャリア志向に差がないデータ』を提示することにより、無意識な思い込みの是正に成功。また、介護実態を測る調査で潜在的な離職者数を可視化し、事業継続リスクとして経営に提起した結果、支援施策の拡充が実現しました。これは外部誌にも紹介され、ブランド向上にも繋がった事例となりました。
(3)現場を動かす仕組みづくり
必修研修や既存の評価プロセスの中で活用されるガイドに「ダイバーシティマネジメント」の指標をコンパクトに組み込むことで、追加負荷や『負荷感』を最小化することができました。
(4)制度・風土の両輪整備
人事制度担当と連携し、制度趣旨を規定ガイドや社内セミナーで繰り返し発信するようにしました。ここで言う制度とは、育児・介護との両立支援、LGBTQ支援につながる制度を指します。その結果『制度の周知』から『行動変容』への橋渡しにも成功しています。
これら一連の取り組みにより、データで危機と可能性を示しながら、既存人員・会議体・組織体制を活かして追加工数やコストを最小限に抑えた『最小の投入』で最大の効果を生むことに成功しました。具体的には、経営層にアプローチする際は定例で実施している人事関連の報告事項にダイバーシティ関連の項目を追加したり、すでに導入されている制度について改めてその背景や考え方を発信したりしていくことで、「ダイバーシティマネジメント」を社内に定着させることができています。
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編集後記
『そもそも人は多様なものである』前提に立つと、この「ダイバーシティマネジメント」の考え方や取り組みは至極当たり前なものなのかもしれません。しかし、それを組織全体で共有・理解することは容易ではありません。時間も一定かかる取り組みであることを踏まえ、コツコツと取り組んでいきたいテーマだと思いました。




















