「法定雇用率」が2026年7月より2.7%へ。段階的引き上げに向けて知っておきたいこと

障害者雇用を促進するために企業が達成すべき最低雇用割合を定めた「法定雇用率」。その数値はこれまでも徐々に引き上げられてきており、2024年4月に2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%にまで段階的に引き上げられる予定です。
今回は、この領域の知見を持つパラレルワーカーの方に、「法定雇用率」の今後の動きから整備が必要なポイントに至るまでお話を伺いました。
<パラレルワーカープロフィール>
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地方の大手総合小売りサービス企業の新規事業責任者。東京の大手人材会社で勤務し、事業責任者などを歴任したのちに、地元の現職の企業にUターン就職し人事部門の統括責任者を担う。現在は地域における雇用創出や人材育成に関わる新規事業の立ち上げ責任者として勤務。
目次
「法定雇用率」の現状と今後
──「法定雇用率」について現状と今後の動きの観点から教えてください。
「法定雇用率」とは、企業が一定割合の障害者を雇用する義務を定めた制度であり、障害者の就労機会を増やして職業生活の向上を目指すものです。日本では『障害者の雇用の促進等に関する法律』に基づき、民間企業の法定雇用率は2.3%(2021年4月時点)と定められていました。企業がこの割合を満たさない場合、障害者雇用納付金が課される一方、達成した企業には助成金が支給されることもあります。この「法定雇用率」はこれまで段階的に引き上げられてきました。民間企業においては2013年に2.0%、2018年4月に2.2%、2021年3月からは2.3%と、4~5年毎に0.1~0.2%ずつ引き上げられています。そこから2023年にさらなる見直しが行われ、厚生労働省から出ている『障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について』の資料にあるように、2024年4月には2.5%引き上げられ、2026年7月にはさらに2.7%にまで引き上げられる予定です。それと同時に、対象事業主の範囲も40.0人以上から37.5人へと対象が広がります。
一方で、2024年4月からは障害者雇用における障害者の算定方法が変更となりました。これまでカウントされなかった週所定労働時間が10時間以上20時間未満の精神障害者、重度身体障害者および重度知的障害者を0.5カウントとして算定できるようになるなど、「法定雇用率」達成に向けたプラスの施策もあります。
なお、今後の「法定雇用率」引き上げについては、雇用率が引き上げられた中でどれだけの企業が雇用率を達成できるか、障害者の雇い入れにおける支援の課題がどのように発生するか、などによって厚生労働省も検討をするはずです。現時点では流動的だと捉えていますが、障害に関係なく誰もが職業を通じた社会参加のできる『共生社会実現』の理念のもとに「法定雇用率」が設定されていることを踏まえると、より雇用率は引き上げられていくことが予想されます。また、この「法定雇用率」の達成を目的として、肝心な障害者の共生支援がおざなりにならないような支援が各企業でもさらに求められていくでしょう。
「法定雇用率」の計算方法と必須対応事項
──2024年4月の変更で対象となる事業主の範囲が広がったことにより、対応中の企業も多いと思います。そうした事業主の方に向けて、「法定雇用率」の計算方法、ならびに対応するべき事項について教えてください。
雇用する義務が発生する障害者の人数を算定するための式は以下です。
常用雇用労働者数 × 2.5%(2024年4月時点の「法定雇用率」)
ここで言う『常時雇用労働者数』とは、1週間の所定労働時間が20時間以上で、1年を超えて雇用される見込みがある(または1年を超えて雇用されている労働者)を指します。正社員・パート・アルバイトなどの雇用区分に関わらず、上記基準が満たされていれば常用雇用労働者にカウントされる形です。
なお、「法定雇用率」の対象になる障害者の方は、以下のような方が該当します。
身体障害者……身体障害者手帳1~6級に該当する方
知的障害者……児童相談所などで知的障害者と判定された方
精神障害者……精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方
※軽度発達障害で精神障害者保健福祉手帳が交付されていない方は対象外
常用雇用労働者が100名を超える事業者は、障害者雇用納付金制度の下、毎年6月1日を基準日として自社の障害者を含む労働者の雇用状況報告をハローワークに提出する義務があります。その際、「法定雇用率」を満たせていない事業所は未達相当分の人数×5万円(月額)を納付する必要があり、反対に達成できている事業所は「法定雇用率」超過相当分の人数×2万9千円(月額)が調整金として支給されます。これに加えて、企業内での障害者雇用に関する施策の企画・実施をする障害者雇用推進者の選任とハローワークへの報告も義務とされています。
ハローワークへの雇用状況報告や「法定雇用率」未達における納付金の納付、障害者雇用推進者の選任を怠った場合は、ハローワークから勧告が来ます。それにも応じない場合は社名公表などの措置が取られ、企業の社会的信用に大きな影響を与える可能性があるため、人事としては注意が必要です。

障害者採用を行う際のポイント
──自社で障害者採用を行う際、どういったポイントに留意しながら採用活動を行うと良いでしょうか。
2016年に施行された『障害者差別解消法』において定義されている合理的配慮に基づき、どのような特性の障害を持った人材を採用するかに応じて、企業としての対応も異なってきます。例えば、身体障害者の方であれば業種や職種の適合性が難しいだけでなく、オフィスのバリアフリー化(車椅子利用者を想定したオフィス設計、エレベーターの設置など)にもコストが掛かるなど、採用における制約も多くなります。その結果、企業の求める作業ができる身体障害者の方が少なくなり、同業種の企業間での争奪戦になることも多々あります。また、そうした方々の採用を障害者雇用専門の人材会社に依頼する必要も出てくるため、採用コストも高くなる傾向があります。
一方、知的障害者や精神障害者の方はコミュニケーションに配慮する場面が多くあり、同僚や上司が障害の特性を理解しえないことに起因したすれ違いが増えると遅刻・欠勤・離職が発生しやすくなります。また、体調に波がある障害を持つ方も多いため、勤務時間を柔軟にできるよう職場環境を整備する必要があります。
このように、企業独自で合理的配慮に基づいて障害者支援を行い続けることは大変難しいものです。そのため、障害者雇用の知識・経験がある障害者雇用推進者を採用して配属先と連携してもらったり、外部の福祉支援機関と連携して障害者支援・協力を行ったりするなど、内外の連携強化が重要になってきます。
ちなみに、昨今首都圏を中心として身体・知的障害者の採用難が発生しています。一方で、精神障害者の採用がまだ進んでいないため、そこに対応した採用活動と内部体制の整備ができれば企業にとっても採用対象者を広げることができます。厚生労働省の令和5年度資料によると、身体障害者の就業率は約58.5%、知的障害者の就業率は約52.5%、精神障害者の就業率は約16.5%となっており、その就業率に大きな差があることが見て取れます。いかに精神障害者の方が働きやすい環境を整備できるかが、今後のカギとなるかもしれません。
「法定雇用率」クリア企業の共通点
──「法定雇用率」をクリアしている企業では、どのような取り組みが行われていることが多いのでしょうか。
『障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)』というものを厚生労働省でもっており、2024年6月30日時点では446もの中小企業を中心とした事業主が認定されています。この認定企業の多くが実践しているポイントには以下2つがあります。なお、それぞれのポイントにおいて厚生労働省から指針が出されていますので、こちらも合わせてご確認ください。
(1)特別支援学校や各支援機関と連携して障害者支援をしていること
各機関と連携する上では、以下のようなポイントがあります。
・内部リソースだけで障害者雇用を抱え込まないと社内でコンセンサスを取ること
・障害者の方が卒業、所属していた学校の支援教員や就労移行支援事業所の担当者とつながること(仮に支援機関とつながりのない方が面接に来た場合は、同意をもらった上でつなげること)
・入社時の導入ガイダンスを支援機関と連携して実施すること
・入社後の困りごとだけでなく、できていることも含めて支援機関と共有すること
なお、まれに支援機関との連携を拒絶する障害者の方もいますが、それは後々企業にも障害者の方個人にも負担が増大してしまうことになるため、支援機関はつけることをお勧めします。
(※)参考:厚生労働省『各支援機関の連携による障害者就労支援マニュアル』
(2)障害者の特性に応じた業務マニュアル整備やジョブコーチの配備を行い、社内コミュニケーションの橋渡しを行っていること
ここで重要なのは、障害者雇用に精通している方を採用するか、社内の担当者に研修を受けさせるなどして専門知識をつけてもらうことです。障害者の方と相互共生するために、社内の業務マニュアルを障害者の方向けにリライトすることはもちろん、所属長からパート・アルバイトにいたるまで一緒に働く仲間として理解してもらえるような社内研修や啓蒙資料の作成もジョブコーチには求められます。
(※)参考:厚生労働省『職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業について』
厚生労働省としても「法定雇用率」を設定したり、雇用率を達成している企業には助成金を出したりと、障がい者の方々が自立して生活ができるよう職場での定着を望んでおり、その手段として上記2つのような取り組みを重要視しています。一方で、このような施策を積極的に導入している企業はまだ少数派で、障がい者の受け入れに消極的であったり、受け入れても職場での安定就業や戦力として活躍できる環境提供がなされていないことが多いのが実態です。
上記2つの取り組みの他に、認定企業に多い特徴があります。それは、大手のように特例子会社を設立して障害を持つ方と持たない方で就業環境を分けるのではなく、障害を持つ従業員と共生できるような取り組みをしている点です。障害を持つ方と持たない方の間で相互理解が進むと、お互いへの配慮意識が生まれ、就業環境が良くなる効果もあります。
また、生産工程や事務オペレーション分野では、障害者の方が持っている特定領域における強みや高い集中力の結果、障害を持たない方よりも生産性が高くなるケースも多々あります。つまり、障害者雇用は組織の風土改善・生産性向上にも貢献するものなのです。この点を理解して障害者雇用を展開している企業は、「法定雇用率」を気にすることなく基準の倍以上もの障害者雇用を実現しています。
「法定雇用率」は、雇用機会を得にくい障害者を支援する上で重要な指標です。しかし、最も大切なのは、障害者雇用率を達成するために障害者雇用をするのではなく、組織の風土改善・生産性向上のために障害者雇用を積極的に取り入れることだと私は考えています。そのためにも、障害者の方が就業を通じてどう成長・自立していけるかを検討することが、これからの企業にとっても重要なのではないでしょうか。
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編集後記
多様性が叫ばれる昨今。障害も多様性の1つだと捉えれば、組織力もそれをどう受け入れ活かす次第だと今回のインタビューで感じました。「法定雇用率」を守らなければ罰則があるため何とか対応せねばと義務的に捉えるだけでなく、自社の組織風土改善や生産性向上に向けて障害者の方の力をどう借りれば良いか、と考えていきたいものです。