「シニア人材」が組織に好影響を与える環境整備のポイント

少子高齢化や定年年齢の引き上げなどの後押しもあり、近年さまざまな企業が「シニア人材」の活用方法や処遇の見直しを進めています。
今回は、「シニア人材」活用の重要性やメリット、活躍しやすい組織環境づくりについて、シニア人材活用のための人事制度設計経験のあるパラレルワーカーの方にお話を伺いました。
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目次
近年増している「シニア人材」活用の重要性
──まず、「シニア人材」の定義から教えてください。
「シニア人材」に明確な定義はありませんが、一般的には『定年後の再雇用社員』を指すことが多い言葉です。厚生労働省の調査データによると60歳定年の企業(従業員数301人以上)が約75%と大半であることから、「シニア人材」は一般的に『60歳以上の社内で働く人材』を指すと考えて良いでしょう。

ただし、日本では国連等の基準にならって65歳以上を『高齢者』と定義しています。また、高年齢者雇用安定法の改正などにより65歳までの定年引上げを行う企業も増えていることから、今後「シニア人材」の定義はより高年齢層を指すように変化していく可能性もあります。また、『ミドルシニア』という言葉も近年一般的になりつつありますが、これは定年前の世代(50代~60代前半)を指すものであり、当該世代も含めて定年を見据えたキャリア設計支援を進める企業が増えてきている印象です。
──大手企業を中心に定年引き上げや廃止など「シニア人材」の処遇を見直す企業が増えてきたように感じます。この背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
これからの日本では少子高齢化により労働力人口の減少が進むため、労働力確保が企業にとっての重要課題となることは明らかです。内閣府が令和6年に発表した『高齢社会白書』によると、生産年齢人口(15歳~64歳)は直近20年間で約1,500万人減少するとされています(2020年:約7,500万人→2040年:約5,978万)。
こうした未来予測を受けて企業は新たな人材確保手段を模索し始めており、女性や外国人労働者活用などもその1つです。一方で、女性活用はこれまでも男女雇用機会均等法など国をあげての活用推進が行われてきており、また、外国人労働者活用については円安の影響で他国での就業を指向する動きが出始めています。このような状況の中、「シニア人材」活用が企業の労働力不足を補う重要な選択肢となっているのです。また、長寿化が進む中で老後の生活資金確保・健康維持・自己実現の意識などから働く側のシニア層の就業意欲が高まりを見せていることも「シニア人材活用」が注目される要因の1つになっていると感じます。
その他、国としても「シニア人材」の雇用を後押しする法改正を進めています。2013年の高年齢者雇用安定法の改正では、企業に対して『定年制の廃止/定年の引き上げ/65歳までの雇用継続制度』いずれかの導入が求められました。さらに、2020年の改正では『70歳までの定年引き上げ/継続雇用制度/業務委託契約の導入』などを努力義務とし、企業が「シニア人材」を活用しやすい環境整備に大きな推進力をもたらしました。その結果、65歳以上の就業者数は2011年の約571万人から2021年には約909万人へと増加(※総務省統計局データ)しており、今後もこの流れは加速すると考えられます。

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「シニア人材」が組織に与える効果
──「シニア人材」が組織に与える影響や効果にはどのようなものがあると考えていますか。
企業における「シニア人材」の活用には多くのメリットがあります。具体的には、以下4つの観点が挙げられます。
(1)労働力(特に専門領域において)の確保
前述したとおり、これからの世の中においては「シニア人材」が重要な労働力であることは間違いありません。また、単なる労働力に留まらず、特に習得に長い時間を要する専門的なスキルや経験が必要な職種では、シニア人材が貴重な戦力になる可能性が高いです。
(2)若手社員への知識・ノウハウ継承
多忙な現役世代と比べ時間的・心理的に余裕を持ちやすいシニア層は、OJTを通じて実務のコツや業界の動向を丁寧に伝えることができるため、次世代の人材育成促進に貢献しやすい傾向があります。組織全体の成長を支える役割を果たすことにやりがいを見出す「シニア人材」も多いようです。
(3)ミドルシニア層のロールモデルとして
「シニア人材」がイキイキと活躍し続ける姿から、現役世代が将来の自社における働き方を具体的にイメージできるようになります。キャリアの指針を持ちやすくなるとモチベーションが向上しやすく、現役世代の生産性向上にも寄与すると考えられます。
(4)管理職のサポート役として
世の中の変化や価値観の多様化により、現役管理職には量・質の両面からマネジメントの難しさが増しています。マネジメント経験のある「シニア人材」がその一端を担うことで負担を軽減させ、戦略策定などの重要業務に現役管理職が注力しやすい環境を作ることが可能になります。

「シニア人材」が活躍するために必要な環境とは
──「シニア人材」が前述いただいたような効果を組織にもたらすためには、どのような環境を用意しておけると良いでしょうか。
多様な人材が働きやすい環境を整えることは、「シニア人材」に限らず重要な取り組みです。その中でも今回は、「シニア人材」がその能力を最大限発揮できるようにするための環境面のポイントについて、5つほど紹介します。
(1)個々の経験・スキルの把握と労働条件の合意
「シニア人材」は健康状態や能力に個人差が大きいため、それぞれの経験やスキルに合わせて適切な業務設計を行う必要があります。ミスマッチを防ぎ安定した就業につなげるために、シニア個人の『やりたいこと・できること』と企業が求める『役割・処遇』について、丁寧な面談を通じたすり合わせと合意形成を行うことが重要となります。
対象者には、転職に向けた面接を行うつもりで、今後活かしたい経験やスキル、働く上での価値観(キャリアアンカー)、健康状態やその他親の介護等の制約事項について、既定フォーマットに記載し提出してもらうとよいでしょう。
(2)周囲の意識改革と管理職の教育
「シニア人材」の能力を引き出すにあたっては、周囲の受け入れ態勢・マインドがその成否を大きく左右します。チーム内での受け入れに向けた意識の共有や、管理職に対するマネジメント研修を実施し、シニアの強みを活かす組織風土を醸成することが求められます。
具体的には、管理職が対象のシニア人材にどのような役割を期待しているのかや活かして欲しいと考えている強みについて、本人だけでなくチームメンバーにもしっかりと伝え、その共通認識のもとでシニア人材とチームメンバーとのコミュニケーションを促していくことが重要です。
(3)柔軟な働き方の整備
「シニア人材」に多い事情やライフイベント(体力の低下や親の介護など)に対応できるよう、テレワーク・時短勤務・週3日勤務といった柔軟な働き方を選択できる環境を整備します。
(4)モチベーションの維持・向上
シニア世代には『出世』というモチベーション要素が少ないため、内発的動機付けを行う際は自己実現につながる役割や職域を提供することがより重要になります。一方、外発的動機付けの側面では適切な評価制度や短期的なインセンティブ(賞与などによる還元)を設けることで、意欲的に働ける環境を構築することが重要です。
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(5)リスキリング支援の提供
技術革新など変化の激しい時代に対応できるよう、「シニア人材」向けのスキル再習得機会を提供することも欠かせません。特に、ITスキルの習得や業務変革への適応力の向上を支援するで、「シニア人材」の活躍の場をさらに広げることが可能となります。
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「シニア人材」が活躍する組織設計ステップ
──「シニア人材」がより活躍しやすい組織を作るためには、どのようなステップで進めていけると良いでしょうか。
「シニア人材」の活用における課題は企業により異なる部分が多いものです。まずは自社の現状分析から進め、そこから抽出される課題へ対応していくことが基本的な進め方になります。その後、法令対応の確認、基本方針の策定、制度の詳細設計の順に進んでいくイメージです。「シニア人材」が活躍できる組織設計を行うためのステップは、以下の4つとなります。

(1)現状分析と課題の可視化
まず、自社に在籍する「シニア人材」の現状と、シニアに関する組織課題を明確にするところからスタートします。具体的には、シニア層・ミドルシニア層・管理職層への社員アンケート調査・面談・データ分析を行い、人事制度や組織構造の問題点を抽出します。特に、「シニア人材」の希望とズレが生じやすい処遇や望ましい業務内容およびその質・量等を把握することは、制度策定・改革の方向性を見極める上でも非常に重要です。
(2)法令対応の確認
次に、高年齢者雇用安定法や同一労働同一賃金の考え方を踏まえ、企業が対応すべき内容を整理します。具体的には、継続雇用制度の対象者基準の設定や、有期雇用とする場合の無期転換ルールの特例適用要件の確認、処遇条件の適切性の確認などがそれに当たります。法的リスクをあらかじめ洗い出し回避することで、手戻りなく持続可能な制度設計の実現に繋げられるからです。
(3)基本方針の策定
自社の経営戦略に基づき、「シニア人材」に求める最重要役割を明確化する基本方針を策定します。人事制度の内容は多岐にわたりますので、都度立ち返る基本方針を策定することで制度の一貫性を維持する役割を持ちます。
(4)人事制度の詳細設計
策定した基本方針をもとに具体的な制度を構築していきます。現行制度から大きな変更となる場合は、段階的な移行を行うことで組織内の混乱を防ぎ、円滑な移行・導入を目指します。シニアに関する人事制度において、具体的には以下のような観点を検討するケースが多いです。
・就労形態:短時間勤務、テレワーク、週3日勤務制度など、可能な限り多様な働き方の導入
・評価制度:後進育成など、基本方針に基づく評価項目の設定とウェイトの調整
・報酬制度:賞与などの短期インセンティブの強化
・キャリア形成支援:ミドルシニア向けのキャリア研修、シニア層向けのリスキリング研修の実施
上記の流れで、「シニア人材」が活躍できる人事制度を策定したのちには、制度策定のコンセプトや「シニア人材」に対する期待、これに基づく各種制度の詳細説明を「シニア人材」に対して管理職が丁寧に行い、モチベーションや貢献意欲を高めていくことが重要です。
このように、自社の現状分析と課題の可視化をしっかり行ったうえで実際の施策に落とし込むことで、シニア人材が活躍できる組織基盤を作成することができるのです。
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編集後記
シニア世代・ミドルシニア世代がボリュームゾーンになっていくこれからの時代においては、その層をどう活性化させていくかが社会・企業における重要なテーマになっていくはずです。「シニア人材」も多様性の1つとして捉えると、その豊富な知識と経験をどう活かしていけば良いかについても考えやすくなるのではないでしょうか。