「女性活躍推進」の現状と、推進のためのポイントを解説
多くの企業も重要テーマとしている「女性活躍推進」。国としても2025年までの時限立法として『女性活躍推進法』を2016年4月から全面施行し、その後も数回にわたって法改正を行うなど積極的に取り組んでいる領域です。
今回は、人事としてDEI推進やジェンダーパリティ推進経験を持つ株式会社バイセルテクノロジーズの江藤 彩乃さんに、「女性活躍推進」を取り巻く日本の現状から効果的な取り組み方法にいたるまでお話しを伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
江藤 彩乃(えとう あやの)/株式会社BuySell Technologies 人事戦略室副室長
新卒で株式会社リクルートに入社し広報部やプロモーション企画、商品企画、事業企画から新規事業検討までを経験。その後、人事へとキャリアチェンジを行い、人事企画や採用・育成・定着戦略等、旧リクルートマーケティングパートナーズ社の人事全般を管掌。その後、人事に加え、総務、内部統制領域も管掌し経営基盤の進化に従事。2021年以降、DEI推進室にて日本国内のジェンダーパリティ推進のための戦略戦術立案~実行の全社プロジェクトをリード。株式会社ビズリーチを経て、2024年11月より現職にて人事を担当。
目次
「女性活躍推進」の背景と現状
──「女性活躍推進」が行われるようになった背景には、どのようなものがあるのでしょうか。
「女性活躍推進」は確かに注目度の高いワードなのですが、最近はDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の文脈で語られることが多いと感じています。
・ダイバーシティ(多様性)……組織やコミュニティ内の個々の違いを認識し、尊重すること
・エクイティ(公平性)……すべての人が同等の機会や情報へのアクセス権を持ち、プラスとマイナスの影響を受ける可能性を誰しもが同じである状況
・インクルージョン(包括)……多様性が歓迎され、誰もが心理的に安心して参加や支援を受けることができ、意思決定など重要な場に参加できる状態
<合わせて読みたい>
~注目が高まる「DEI(DE&I)(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは~
本質的には多様な視点・経験(深層的ダイバーシティ)を取り入れてイノベーション創出することがDEIの目的なのですが、まずは多様な属性(表層的ダイバーシティ)から着手する国・企業が大半です。その中でも日本は、最も人数が多いもののマイノリティとしてDEIの実現ができていない『女性』が最大のテーマとなっています。
『女性』にフォーカスされた理由は、戦後にまで遡ります。戦後に基本的人権の平等が是正された後、高度成長時の労働力不足を解消するために法制度整備が進みました。しかし、日本においては男性がサラリーマン、女性が専業主婦やケア(家事育児介護)の担い手とする『男性稼ぎ主型近代家族』と、会社の指示1つで職務・時間・場所を限定せずに際限なく働ける人材を雇用する『日本型雇用システム』が一般的でした。それによって、製造業が伸び高度経済成長を遂げたことから、女性の労働における格差是正スピードが大きく遅れた背景があります。
近年はこの『日本型雇用システム』による製造業の成長にも限界が訪れたことに加え、産業成長においては日本国内だけではなくより一層グローバルな視野での対応が必要となってきています。同時に、日本の労働力人口も減少の一途を辿っており、VUCA時代の生き残り戦略として『労働力の獲得』と『多様な視点でのイノベーションによる産業成長』を目的としたDEI、つまり「女性活躍推進」が叫ばれるようになってきているというわけです。
──「女性活躍推進」を取り巻く日本の現状について、他国の状況も踏まえて教えてください。
国によって制度の重きを置かれるポイントや導入タイミングは異なりますが、欧米およびアジアの労働における男女格差是正はおよそ以下4つのステップで進んできました。
(1)基本的人権の平等(参政権や相続権、協議離婚権など)
(2)労働に関する基本的権利の平等(就労の自由、待遇の平等など)
(3)労働機会の平等(労働条件や求人募集時の格差是正、育児休暇など)
(4)賃金格差の是正(賃金格差や育児休暇取得率の公開や是正要請など)
日本においても上記同様のステップで物事が進んできました。まず、1945年に女性参政権、後の1985年に男女雇用機会均等法が制定されました。雇用機会均等という名がついてはいますが、これは女性労働者の福祉のための立法という性格が強く、基本的人権の平等を目的としたものだったと認識しています(専業主婦の優遇、世帯単位での税収、配偶者控除を超えないパートの最低賃金設定など)。
1997年には雇用分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律が制定され、それまでの努力義務規定を禁止規定にするなどの強化が図られました。ここでは『女性』に対する差別のみが禁止され、『男性』は保護の対象に含まれていませんでしたが、2006年に行われた男女雇用機会均等法改定では男性の育児やケアに対する権利保護など男女両面の立場から改正が行われました。
その後、2015年8月に女性活躍推進法が成立し、2016年4月から全面施行されます。罰則は緩やかではありますが、企業事業主に対して積極的な是正が義務付けられた形です。そこから数回にわたって法改正が行われており、それぞれのタイミングや概要は以下です。
■2020年4月、6月:行動計画の策定と情報公表方法の変更
常時雇用の従業員数301人以上の企業を対象に、2020年4月の改正法では行動計画(状況把握や課題分析を行い、その結果を踏まえたアクション。企業は都道府県労働局への届出、外部への公表が義務付けられている)の策定方法が、6月施行の改正法では情報公表の方法がそれぞれ変更になりました。
■2020年6月:プラチナえるぼしの創設
えるぼし認定(女性の活躍を推進している企業の取得できる認定)を受けた企業の中から、女性活躍の取り組みが特に優良な企業を認定する『プラチナえるぼし』が新設されました。
■2022年4月:対象事業主の拡大
女性活躍推進法で義務付けられている『行動計画の策定・届出』と『女性の活躍に関する情報公表』の対象事業主が拡大しました(常時雇用の従業員数101人以上の企業が対象)。
■2022年7月:情報公表の項目追加
常時雇用の従業員数301人以上の企業を対象に、女性の活躍に関する情報公表項目が追加されました。情報公表項目には、例えば『採用した労働者に占める女性労働者の割合』『男女別の採用における競争倍率』などがあります。
こうして段階的に強化されてきた日本の「女性活躍推進」ですが、世界経済フォーラムが2022年に発表したジェンダーギャップ指数は146カ国中116位と低く、2024年は125位にまで後退しました。これは前述したような歴史的背景から一向に変わらない日本に対して、他国(欧米だけでなくアジア・アフリカ含む)は主に(3)労働機会の平等(労働条件や求人募集時の格差是正、育児休暇など)と(4)賃金格差の是正(賃金格差や育児休暇取得率の公開や是正要請など)の面で国がリードし構造的進化を加速度的に進めているという違いが結果に表れていると感じます。
「女性活躍推進」はなぜ進まないのか
──多くの企業が「女性活躍推進」に取り組むものの、なかなか推進しきれていないと耳にします。それにはどのような理由があると考えていますか。
企業が「女性活躍推進」を進めきれないのは、大きく以下4つの理由があると考えています。
(1)性別役割分業意識による女性の家事育児負担
企業の取り組み内容以前に、前述したような日本の歴史的・経済的背景が影響していることを理解しておく必要があります。男性は高い教育を受け良い仕事に就き稼ぎ主となり、女性は家事育児介護などのケア業を担う『性別役割分業意識』が未だに強く存在しているためです。実際に、女性の家事育児介護に費やされる時間は男性と比べてかなり多く、その結果女性の働き方は短時間勤務にならざるを得ず、非正規雇用率の高さや女性管理職比率の低さ、男女の賃金格差にもつながっています。
(2)日本型雇用システムの成功体験から脱却できない
終身雇用・年功序列給与体系・企業内組合といった『日本型雇用システム』により、日本の高度経済成長は実現されました。これは勤続年数が長い従業員ほど得をする『後払いシステム』であり、それと引き換えに従業員はいつでもどこでも会社の指示1つで職務・労働時間・勤務場所は限定せず際限なく働くことが求められたわけです。その結果、結婚や出産のために離職するかもしれない女性は『不安定な労働力』と見なされ、管理職など企業の中核は依然として男性従業員が多くを担っているのが現状です。
この過去の成功体験である『日本型雇用システム』が企業として合理的であると考える経営者が依然として多いように感じます。VUCA時代の成長戦略として『日本型雇用システム』を多様性ある視点で再構築することの必要性を本質的に理解・体感している経営者が日本にどのくらいいるかは疑問が残るところです。成長戦略としてのDEIや「女性活躍推進」を実行するには、『日本型雇用システム』を抜本的に見直す経営の覚悟と実行力が必要と言えるのではないでしょうか。
(3)マネジメント層による『意欲の冷却』が起こること
仮に経営層の理解や覚悟から(2)が実現できたとしても、その後「女性活躍推進」をリードするのは従業員の育成や評価を行うマネジメント層であり、彼らへの対応がキーになります。(1)の通り、現在企業のマネジメントを担う層は『性別役割分業意識』を持っているのが一般的です。そのため、職場の配置や機会提供などにおいて『配慮』という名の遠慮が生じ、女性を負荷の少ない補佐的業務に配置したり、ストレッチにつながる高負荷な機会提供を躊躇したりすることが多くあります。また、昇進や管理職任用に長時間労働や転勤が必要となる場合、女性(特に子をもつ方)への打診を遠慮してしまう傾向があります。それらが積み重なった結果、女性は『期待されない・任されない』ことから仕事への意欲が冷却されてしまうのです。
(4)女性本人の自己効力感の低さ
全米経済研究所の研究によると、脳には男女差は少ないが、男性は自己評価が高く、女性は低い傾向にあるそうです。その背景には、男性は力強さや自己主張を、女性は協調性や思いやりを体現することが歴史的に求められてきたことがあります。これは、現在の日本企業で働く女性にも当てはまる部分が多いと考えています。カナダの心理学者 A.バンデューラは、以下4つの要素があると人は自己効力感(未来への自信)が持てると説いています。
・褒められ認められる言語的説得
・落ち着いた心と身体である情動的喚起
・人を見て学ぶ代理体験
・自らやり遂げた成功体験
ここまでに述べてきた通り、女性にはこの4つの要素を得られる機会が男性と比べて圧倒的に少ないのです。これらの構造的な問題や従来の社会通念的なものを理解した上で、女性の自己効力感を育み挑戦を後押しする仕組みやマネジメントが「女性活躍推進」には必要となってくると考えています。
なお、責任の重さにプレッシャーを感じる方もいると思いますが、そういった方には自己効力感を高めてもらうために、小さな成功体験を積んでもらい、先輩のやり方を見ながら代理経験する機会をアレンジするなどの方法があります。それぞれの人に合わせて方法を選択できると良いですね。
<合わせて読みたい>
「インポスター症候群」を知り、人事の観点からできる対処法を学ぶ
「女性活躍推進」の前に取り組むべきこと
──「女性活躍推進」の前段階として、そもそも女性の就業人口比率が少なかったり、強く慣習が残る業界もあるのが現状だと思いますが、それらにどう対処していくと良いでしょうか。
帝国データバンクが2024年に発表したデータによると、女性管理職割合の平均は10.9%と調査開始以来初の10%台になりました。業界別女性管理職比率は女性従業員が比較的多い小売が19.4%でトップ、次いで不動産(16.7%)、サービス(15.3%)、農・林・水産(12.7%)が上位に並んだ形です。
一方、工場における三交代制などで生活時間が不規則になりやすい製造や、2024年問題など長時間労働のイメージが強い運輸・倉庫、建設など、女性従業員数が比較的少ない業界は女性管理職割合も低水準に留まっています。
こうした女性従業員比率や女性管理職比率が少ない業界には、いくつかの共通した特徴があります。以下はその代表的な要因です。
(1)歴史的背景と伝統的文化
長い歴史を持つ業界では、伝統的な価値観や男性中心の文化が根付いていることがあります。特に、製造業・建設業・工学系分野などでは男性が主導的な役割を担ってきた背景から、女性の参入が遅れていることが多いです。
(2)技術職・専門職の性別ギャップ
科学技術やエンジニアリング・IT・金融などの専門職や技術職では、大学や職業訓練での女性の選択率が低いことも影響し、業界全体での女性比率が低くなりがちです。この性別ギャップはキャリア初期から現れ、上位職への昇進にも影響を与えています。
(3)労働環境のハードル
労働時間が長い、出張が多い、物理的にハードな作業が求められるなど、家庭と仕事の両立が難しい環境が多いと特に出産や育児期の女性にとっては参入が難しくなります。また、こうした労働環境の改善が進んでいない業界では、女性の離職率が高くなる傾向もあります。
(4)昇進プロセスの不透明さ
昇進のためのプロセスが不透明な場合、モデルケースが少ない女性は昇進イメージを持ちきれないことが多いです。また、男性中心のネットワーキングや非公式なルールが存在するケースもあり、これらが女性の昇進障壁となることもあります。
(5)メンターロールモデルの不足
業界内に女性のロールモデルやメンターが少ない場合、若手の女性が新しいキャリアを目指しにくくなります。特に、管理職ポジションに女性が少ないと次世代の女性リーダーが育ちにくくなります。
(6)無意識のバイアスと偏見
業界内での性別に基づく無意識のバイアスが存在することも、女性の採用や昇進に影響を与えています。例えば、女性はリーダーシップや技術的な能力に欠けていると見なされることがあるため、男性と同じスキルを持っていても評価に差が出ることがあります。
<合わせて読みたい>
~「アンコンシャスバイアス」に気づき、組織力を高める方法とは~
(7)職場の文化とダイバーシティへの意識
職場の文化が男性中心であったり、ダイバーシティへの意識が低かったりする場合、女性が働きやすい環境作りが進まないことがあります。こうした業界では、ダイバーシティを推進するポリシーや取り組みが欠如していることも多いです。
これらの要因が組み合わさることで、特定の業界では女性比率や女性管理職比率が低くなる傾向があります。女性を含めて活躍推進できているかどうかを判断するためには、採用や管理職任用、研修などの能力開発機会が画一的な人材に偏っていないかをデータとして見える化し随時チェックすること、活躍推進プロセス上でボトルネックになりそうな上記7つの事象が組織内で発生していないかを人事が定期的にサーベイやデータを管理し、定量・定性情報を収集・検知するなどの方法が挙げられます。
「女性活躍推進」の取り組み紹介
──「女性活躍推進」をする上で、女性社員はもちろん、全従業員にとって良い影響があった施策や事例について教えてください。
私がDEI推進を担っていたリクルート社では、従業員の男女比率は50:50にもかかわらず、管理職割合は女性が少ない実態がありました。そこで、『2030年に全管理職階層の女性比率を50%にする』という方針を掲げたのです。
そのプロジェクトを担当した私は、まず『なぜ管理職割合に男女差があるのか』についてさまざまなデータ分析を行うところからスタートしました。そこから見えてきたのは『アンコンシャス・バイアス』の影響です。例えば、自分たちの成功体験をもとに次のリーダーを選んできた結果、似たような人たちがリーダーになりやすいなどのバイアス(偏見・先入観)が挙げられます。
そうしたアンコンシャス・バイアスに気づき対処するために、改めて『管理職に必要な要件』について現場の組織長を中心に話し合ってもらうことにしました。そうすると、当初は必要だと思っていた要件が本来は不要であったり、反対にこれまで言語化されていなかったけれど必要な要件が見つかったりしたのです。
こうして『管理職要件の明文化』が進みリーダーに求める要件がシャープになった結果、試行導入した組織では課長職候補の人数が女性は1.7倍、男性は1.4倍にも増えました。女性管理職比率も2021年度の27.0%から2023年度には32.4%にまで伸長しています。
この結果は、過去の成功体験で似たような人をリーダー候補に選んできた結果、男性の中にも能力があってもリーダー候補から排除されていた人がいたということを示しています。まずは女性の数をKPIにした取り組みではありましたが、男女関わらずDEIという目的に向けた第1歩の成果でもありました。
また、これに続いて『管理職の要件分け』にもチャレンジしました。具体的には、課長相当職の仕事を2つに分け、人と組織の領域をヒトマネジャー(ヒトマネ)が、業務遂行の領域をコトマネジャー(コトマネ)が担う仕組みを試験導入した形です。
ヒトマネ、コトマネはいずれも『業績の最大化』をゴールに据え、戦略の立案・推進をコトマネが、メンバーの管理・育成をヒトマネが担います。コトマネがチームの目標を設定し、戦略に基づいて業務の遂行・メンバーアサイン・部門間の調整などをする一方、ヒトマネはメンバーの育成や採用・労働時間の管理・人事評価・キャリア支援などを担当します。この仕組みを導入した職場では、コトマネが事業推進の仕事に注力できるようになり、中長期の戦略立案力が高まるといった効果も見られた上に、メンバーの組織へのエンゲージメントも高めることができました。
■合わせて読みたい「ダイバーシティ推進」に関する記事
>>>経営戦略としての「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」とは
>>>注目が高まる「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは
>>>なぜ女性管理職は増えないのか?現状と企業が陥りがちなポイント
>>>「アンコンシャスバイアス」に気づき、組織力を高める方法とは
>>>世界的に対応が求められている「人権デューデリジェンス」とは
>>>「ニューロダイバーシティ」により個々人の持つ可能性に気づき、強みを活かす方法とは
>>>「ジェンダーイクオリティ」実現のために人事が知っておくべきこと
>>>「70歳雇用」も遠い未来ではない? 高年齢者雇用安定法の改正ポイントとその対策を紹介
>>>「アライシップ」を組織内で育み、DE&Iを推進するためには
>>>「IDGs」で持続可能なビジネスを実現するには
>>>「異文化マネジメント」の本質は共通課題抽出と議論にあり。具体例とポイントを学ぶ
>>>障がい者雇用の概要を分かりやすく解説。組織への良い影響や成功ポイントとは?
>>>「法定雇用率」が2026年7月より2.7%へ。段階的引き上げに向けて知っておきたいこと
編集後記
長らく女性の社会進出が進まなかった日本では、「女性活躍推進」はキャッチーでセンセーショナルなイメージを持ちます。しかし、それはあくまでDEIの一部であることを改めて認識しておかねばならないと江藤さんの話から感じました。女性はもちろん、全従業員の多様性や可能性を最大限活かせる組織を人事として志向したいものです。