「事業部制組織」がマッチする組織とは? 特徴から導入・運用ポイントまで解説

本社の下に各事業を運営する事業部を置き、それぞれが事業を経営する組織形態である「事業部制組織」。一定以上の規模感がある組織を効果的に事業運営するために用いられる組織形態です。
今回は、「事業部制組織」の特徴や導入・運用時のポイントについて、人材・組織・事業開発経験が豊富な宮下 美沙子さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
宮下 美沙子(みやした みさこ)
建設会社・メーカーで事業軸や経営軸のプロジェクトマネジメントを担う。企業成長にも個人のキャリア成長にもプロジェクトマネジメント能力が必須と考え、スキル教育を拡げるために独立。独立後は人材・組織・事業開発における企業の伴走支援を担う。
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目次
「事業部制組織」とは
──「事業部制組織」とはどのような組織形態でしょうか。基本的な定義や特徴について教えてください。

「事業部制組織」とは、本社部門の下に事業ごとに編成された組織(事業部)を配置した組織形態のことです。1つの企業の中に独立採算の事業部門がいくつもある状態で、各事業部内に人事・経理・営業・生産など事業運営に必要な機能を設けて運営されます。事業運営に必要な権限も各事業部が持つことで決裁や業務推進スピードが早められる点に特徴がありますが、事業部が持つ権限の実態は企業により異なるようです。
この「事業部制組織」は、細分化すると以下3つに大別されます。
(1)製品別事業部制
取り扱う事業や製品などで分ける形態。扱う事業や製品が大別される場合や、これまでの事業にはない新たな事業立ち上げや製品開発をする場合に選択されることが多いです。事業部それぞれがその製品の専門性を高められる点に特徴があります。
(2)地域別事業部制
事業活動を地方やエリアで分ける形態。全国展開や海外に多く拠点を持つ際に選択されることが多いです。マーケットの地域特性や地域特有のニーズにも柔軟に対応できる点に特徴があります。
(3)顧客別事業部制
事業対象とする顧客の特性やニーズによって分ける形態。特定の顧客層に注力する事業運営をする際に選択されることが多いです。
組織形態の種類と特徴
──「事業部制組織」以外にも組織形態があるかと思います。それぞれの特徴や適性について教えてください。
「事業部制組織」以外の代表的な組織形態には以下4つがあります。
(1)機能別組織(ピラミッド型組織)

経営層を上位にし、業務内容や機能を職能別に編成した組織形態です。中小企業や創業期に多い組織形態で、単一事業で製品の種類が少なく、増産でコストが抑えられるような業態に向いています。
製品やサービスに特化(集中)して扱うことで専門性高く事業運営できる点や、トップダウン型の意思決定で全体俯瞰して組織を効率的に動かすことができる点が特徴です。
一方で、部署がそれぞれ独立しやすい傾向がある、事業運営の全体像を理解する広い視野を持った人材が育ちにくい、業務遂行に時間を要する、などの懸念から経営層には強力なリーダーシップを発揮することが求められます。
(2)チーム型組織

プロジェクトやタスクごとに人材を招集して形成される組織形態です。専門性を持った人材が部門を超えて集まり、互いに協力することで目標達成を目指します。フェーズに合わせて人材の追加招集や解散なども柔軟にできる点が特徴で、社内交流や部署間の意見交換も進みやすいなど組織開発面でもメリットのある形態です。
一方で、招集される人材は所属部署との兼務であることから負荷が生じやすく、どちらかの業務推進のボトルネックとなる可能性も孕んでいます。ゆえに、マネジメント同士の調整や取り組み環境の整備が必要です。
(3)カンパニー型組織

事業部を1つの仮想企業とし、その下に事業組織を持つ組織形態です(法的には1つの会社)。社内分社制のような組織構造で経営資源と権限委譲を行うことで素早い意思決定を促し、責任の所在を明確化した事業運営が可能になります。
「事業部制組織」にも近い組織形態ですが、事業部よりもさらに大きな形態(会社)となるため、他の事業とのコミュニケーションや連携はより弱くなる点には注意が必要です。
また、それぞれの事業部で利益追求する必要がある点も「事業部制組織」と似ていますが、カンパニー制はより独立性の高い組織形態として会計上の独立性を担保されているため、事業の切り離し(売却・分社など)がしやすい点に特徴があります。
(4)マトリックス型組織

例えば、「職能」と「事業」など異なる組織形態を2つの軸で構成した組織形態です。事業部ごとに運営責任を持つ一方で、従業員の業務遂行は機能ごとに複数の事業に関わることになります。事業部ごとに同様の機能人材を持たないことで人員重複を防げますが、リソースの取り合いや事業部ごとの仕事の仕方が違う場合などに混乱を招く可能性があります。複雑な組織形態であることから、意思決定の速度や業務の優先順位づけ、従業員の業務管理などマネジメント能力がより求められる印象です。

「事業部制組織」を導入するメリット・デメリット
──「事業部制組織」を導入することによるメリット・デメリットにはどのようなものがありますか。
「事業部制組織」を導入するメリットとして、まず『意思決定と業務のスピードが上がる』点が挙げられます。会社が大きくなるとどうしても決裁や指示を仰ぐのに時間がかかりますが、「事業部制組織」では本社の指示を待たずに事業部内で意思決定ができるため業務スピードが速くなります。また、『経営判断がしやすくなる』点も大きなメリットです。事業部ごとに事業計画や経営数値を算出するため事業の実態を素早く把握でき、経営計画や事業の将来性判断が容易になるためです。
さらに、本社機能の負担が軽減される点も見逃せません。本社と事業部の役割分担が明確になるため、本社は全社的な経営戦略の策定や意思決定に集中できるからです。その結果、本社機能に多くの人材を割く必要がなくなるため運営コストの低減も見込めます。また、各部門のトップに経営責任と権限が与えられることで経営視点を持った人材が育ちやすくなりますし、各事業部に役職ポストが多く設けられるため次世代リーダーの育成にも期待が持てます。
一方で、『機能や資源の重複』などのデメリットもあります。各事業部が独立して機能を持つため、同じ機能の人材飽和や設備の重複が起こりやすく、コストが増加する可能性があるからです。また、『全社一体の文化を醸成しづらくなる』点も問題です。事業方針を軸に活動するため、同じ会社にいながら別の会社のような感覚になる、事業部間のコミュニケーションが減少する、事業部間でライバル意識が生まれるなど、従業員間の壁ができる恐れがあります。
「事業部制組織」導入時に人事が検討すべき点
──「事業部制組織」を導入するにあたり、人事部門としてどのような観点で検討していく必要があるでしょうか。
まず検討すべきなのは『評価・報酬制度』です。「事業部制組織」における評価・報酬制度は、全社で共通の評価基準を設ける場合と、事業部ごとに設定される場合の2種類が存在します。なお、事業部ごとに運用される場合には以下3つのケースがあります。
(1)評価制度を事業部で運用する
(2)報酬制度を事業部で運用する
(3)採用や配置も含めて事業部で運用する
(2)のケースでは事業部における業績・評価・報酬を連動させる形になります。そのため、各事業部の特性や戦略に応じた目標設定と評価基準を設計する必要があるのですが、事業部間で評価の甘辛が出ることにより従業員に不公平を感じさせる可能性もあるため、公平性を高める仕組みは全社で整えなければなりません。この難易度が高いことから、全社で共通の評価基準を設けつつも各事業部の特性に置き換えながら運用・業績分配している企業が多い印象です。
次に検討すべきは『事業部間異動』です。別の事業部への異動希望や、業績次第では事業部閉鎖による他事業部への配置転換などの可能性もありますが、「事業部制組織」はその事業部における固有専門スキル以外を磨きにくいなどの背景もあり、事業部間の異動が難しい問題があります。それらの問題を可能な限り最小化するためにも、事業間ローテーションや公募制の導入、キャリアビジョン研修やキャリア面談などによる柔軟な人材異動ができる環境づくりを人事主導で行っていきましょう。
こうした『事業部の特性・特徴に応じた人事マネジメント』が「事業部制組織」には求められるわけですが、その際にポイントとなるのが『HRBPの配置』です。このHRBPを本社機能として置く場合は、企業の経営戦略と連動した人事戦略を各事業部の人事と連携・推進することがHRBPには求められます。各事業部にHRBPを置く場合は、事業部間の分断がないよう事業部間の連携が求められます。
このように、「事業部制組織」における人事制度や人事戦略は企業のありたい姿・組織規模・事業内容などによって適切な設計していくことが必要になります。
「事業部制組織」を効果的に運用するためのポイント
──「事業部制組織」を効果的に機能させるために、導入後の運用面で意識すべきポイントがあれば教えてください。
『メンバーシップ型雇用が主流である日本企業においては、本来の「事業部制組織」としてのあり方が浸透しづらい側面がある』という前提を理解しておくことが重要だと考えています。
「事業部制組織」は米国発祥の考え方であり、現在でも一般的な組織形態として広まっています。これは米国の雇用形態がジョブ型雇用が主流であり、自身が契約された役割職務でパフォーマンスを発揮することが求められる環境と「事業部制組織」の相性が良いからです。
米国に続き、日本でも「事業部制組織」が導入されるようになりましたが、日本企業では企業一体型の経営推進を望む文化を大事にしている企業が多いこと、メンバーシップ型雇用がまだ主流であることから、本来の「事業部制組織」としてのあり方が浸透しづらい側面があります。本来の「事業部制組織」とは、事業部ごとに事業戦略を立て、利益責任を持った形で事業経営することにより事業成長の推進を期待するものです。しかし、日本における「事業部制組織」は事業推進としての権限しか持てずに事業運営されているケースが多く、事業部制に望む効果を得るにはその企業なりの設計が必要とされる印象があります。
こうした前提を踏まえた上で、企業が将来ありたい姿の設計を通じて「事業部制組織」が自組織において適切であるかの選択が必要になります。その過程で大事にしたい企業文化や従業員の定着が損なわれる懸念が考えられる場合は、HRBPにおける人材・組織開発や制度設計などを戦略的に設計することが求められます。それ以外にも、働き方の多様化や従業員の高齢化、定着やナレッジ継承など、さまざまな組織課題に応じて組織形態や企業運営のあり方は変えていかねばなりません。
昨今事業が抱える課題から考えても、事業の専門性を高めて事業成長が望める「事業部制組織」は、これからの時代を生き抜く1つの有効な選択肢であることに変わりはありません。しかし、その企業が抱えている組織課題を分析し、事業部制を導入する際の懸念をカバーする仕組みの設計・導入も同時に検討しなければうまくパフォーマンスしないのも事実です。「事業部制組織」の導入により出したい経営効果を明確にしつつ、組織戦略に対する定期的な効果測定により、随時修正や必要な施策の導入が今の時代の人事には求められていると感じます。
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編集後記
各部門に多くの自由裁量を持たせ、経営視点を持った人材の育成や迅速な意思決定をサポートするための組織構造として注目される「事業部制組織」。部門間の連携不足や社内コミュニケーションなどの問題点もあるようですが、それぞれに対策をすれば解決できるものであることが宮下さんのお話からも理解できました。自組織においてどのような組織形態がマッチするかは、丁寧に考えていきたいテーマではないでしょうか。