「職務分掌」の作成ステップから運用のポイントまで解説

従業員個人が担う役職や職務などの役割を明確にする「職務分掌」。似た言葉に『業務分掌』などもあり、それぞれにどのような違いがあるのか、どのようなステップで作成すると良いかなどを知りたいと考える方も多いのではないでしょうか。
今回は、豊富な人事戦略・制度設計経験を持つ法人代表の山本 遼さんに、「職務分掌」の概要から運用のポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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山本 遼(やまもと りょう)/法人代表
建設業界上場企業で経営企画に携わる中で「企業の成長には人の確保・育成が欠かせない」と強く思い人事のキャリアへ。京都の大手製造業で人事制度設計・運用をするとともに、販売子会社の人事責任者(HRBP)、上場企業の総務人事部長、組織人事コンサルティングファームなどを経て法人を立ち上げ。中堅〜超大手企業を中心に人事戦略・制度設計や研修サービスを提供し、企業の成功と成長を支援している。
目次
「職務分掌」とは
──「職務分掌」の概要について、似た言葉である『業務分掌』や『セグリゲーション』などとの違いも含めて教えてください。
「職務分掌」とは、組織内の役職者や担当者が出すべき成果や従事する業務、果たすべき責任の水準や範囲を明確にし、それらを遂行するために必要な権限を整理し文章などに明文化することです。『職務』は各人が担当する仕事を、『分掌』は仕事を分担することを指します。
「職務分掌」が役職者や担当者などの『個人』を対象にしたものであるのに対し、『業務分掌』は部門・部署など名称を問わず『組織』を対象にしたものです。ただし、マネジメント層は各組織の成果責任を担うことが多いので、役職者の「職務分掌」は担当部署の『業務分掌』と似通った物になりやすい特徴があります。
また、その中にはメンバーの誰にも割り振れないような仕事も含みます。例えば、組織方針・目標の策定(戦略・戦術など)、組織の経営資源獲得(予算取りや人材採用・育成や動機づけ)、上位組織・横組織との連携(課長が上位組織の部会議に参加する・連携する必要のある組織との調整)、自組織のマネジメント(納期・品質管理や労務管理、不正を防止するための監督業務)などが挙げられます。
一方、『セグリゲーション』は企業内での不正防止を目的として、業務においてチェックが入るような仕組みを作ることを指し、主に『権限』にフォーカスしている点に違いがあります。
業務 | 権限 | 成果 | 能力 | マインド | 報酬 | |
職務分掌 | 〇 個人について | 〇 | ||||
セグリゲーション | 〇 | |||||
ジョブディスクリプション | 〇 | △ | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
業務分掌 | 〇 組織について |
「職務分掌」により得られる効果
──「職務分掌」により得られる効果にはどういったものがあるのでしょうか。
「職務分掌」によって期待される主な効果は『組織運営の効率化』です。これをもう少し細分化すると、大きく以下3つの効果があると考えています。
(1)責任範囲の可視化
「職務分掌」を作成することにより、個々人が担当すべき業務が明確になります。仮に、ある業務が遂行できていない場合でも誰の責任なのかが分かりやすく、それによって関係者の手抜きや不正も心理的に抑制できるため、結果的に組織の成果の向上にも繋がります。
(2)従業員のモチベーション向上
従業員モチベーションに大きな影響を与える要因の1つに『仕事を自分でコントロールできている感覚』が挙げられます。「職務分掌」により自身の仕事範囲が明確になると自身で仕事の計画を立てやすくなりますし、自身の権限が分かれば何ができるかを考えることにもつながるため、モチベーションが上がりやすくなる効果があります。
(3)負荷調整がしやすくなる
「職務分掌」作成の過程で、特定ポジションに負荷が偏っていることが可視化できます。「職務分掌」がない中で業務平準化の話をしようとしても、なんとなく『ウチの部は忙しい』『あちらの部は暇そうだから新しい業務をやるべきだ』など感情や印象での議論になることがほとんどです。こうした事象も「職務分掌」を作ることで負荷の偏りを可視化することができるため、誰が見てもわかる形で業務平準化を進めることができるようになります。

「職務分掌」作成の流れ
──「職務分掌」はどのような流れで実施すると良いでしょうか。

「職務分掌」を作成する際のステップは大きく4つあります。途中で進め方に分岐がありますので、自社のニーズに合うものを選択いただけると良いと思います。
(1)作成担当となる役職・職務を特定する
まずは、どの役職・職務の「職務分掌」を作るかのリスト作りから始めます。基本的に、役職は組織図に記載されている組織の数と同数になります。しかし、同一あるいはかなり類似した職務に従事するような役職はまとめてしまって構いません。例えば、小売業における各店舗の店長はロケーションが違うだけでほぼ同じ職務に従事しているはずであり、各拠点の店長の「職務分掌」を分ける意味は特にないからです。
(2)インタビューを行い人事担当者にて叩き台を作成する
「職務分掌」の対象役職・職務が決まったら、作成を担当する方(≒人事)が叩き台を作成します。この際、『従業員が現在従事する職務を参考にする方法(As-Is型)』と、『理想像から作る方法(To-Be型)』とに分かれます。どちらが適しているかは企業にもよるので一概には言えませんが、属している業界や、既に組織形態が定着している企業などではAs-Is型が望ましいでしょう。一方で、これから新しい組織を作るステージのような企業では、現状が参考にならないことが多いため、To-Be型がマッチしやすくなります。
ちなみに、このステップは基本的に人事担当者が行うことが多いのですが、場合によっては現場責任者や経営企画担当などがアサインされることもあります。
■現在従事する職務を参考にする方法(As-Is型)
こちらで進める場合該当になる従業員に対してのインタビューから始めると良いでしょう。「職務分掌」の作成担当者が回答者に質問を行い、それを元に整理していきます。回答者は対象者本人とする場合と、対象者の上司に聞く場合とに分かれます。
本人に聞くと実態に近しい職務を把握できるというメリットがある一方で、些末な職務についての回答が増えるなど俯瞰的視点の欠如がデメリットです。逆に、上司に確認すると俯瞰的な視点での回答が期待できる一方で、上司が職務の実態を把握しきれていないケースもあるので注意が必要です。
また、この方法における最大のデメリットは『現状に対して肯定的になる』点です。実際に行っている職務内容を踏まえて「職務分掌」を作成していくため、仮にムダ・ムラ・抜けがあったとしても気づき辛く、作成したものが理想的なものになっていないことはままあります。
■理想像から作る方法(To-Be型)
こちらで進める場合は、担当組織の上長や責任者にあるべき「職務分掌」を考えてもらいながら作成することとなります。あるべき業務フローを参考にしながら、特定業務をどのポジションに担わせるかを考え整理して行く形になるため、より理想の状態に近づけやすい点がメリットです。
一方で、この結果できあがった「職務分掌」が現実と大きく乖離している場合、それを無理矢理適用してしまうと現場で混乱が生じてしまうため、実態に沿ったものかは丁寧に確認する必要があります。
(3)対象者・対象者の上長が確認する
「職務分掌」の作成後は、対象部門の責任者や上位部門の責任者に確認を行います。インタビューですべてを話せる方ばかりではありませんし、作成したものが呼び水となって忘れていた職務を思い出してくれることもあるからです。
(4)キャリブレーション(縦と横の調整)を行う
すべての組織の「職務分掌」ができあがったら、キャリブレーション(縦と横の調整)を行いましょう。
■縦の調整
上司ー部下間の負荷の妥当性を確認するものです。例えば、営業部長と営業部第一課課長の「職務分掌」を並べてみて、ほぼ同じような記載になってしまっていないかを確認するイメージです。
■横の調整
同一レイヤ同士での負荷の妥当性を確認するものです。例えば、営業部長と製造部長などを比べた際に、極端にどちらかの職務ばかりに期待される成果が大きいとか、権限が限られているとかを確認するイメージです。
「職務分掌」を適切に運用するためのポイント
──この「職務分掌」は作成して終わりでなく、適切な運用が重要だと思いますが、運用時に気を付けるべきポイントについて教えてください。
「職務分掌」の運用上における主な課題は、『新ポジションへの対応と頻度』です。「職務分掌」を新しく作るとなったときは意欲高く作るものの、組織再編や新設などで毎年新しい役職・職種が作られ、そのたびにインタビューをしてキャリブレーション(縦と横の調整)を行うのは非常に困難です。そのためどうしても優先順位が下がりがちで、新ポジションの「職務分掌」が作成されない、または遅れてしまうといったことが頻発します。これらを防ぐためには、出すべき成果や行動などについてのテンプレートやライブラリを作っておくことが効果的です。
■テンプレート
多くの役職・職種で共通して求められる職務については、すでにある職務を参考に汎用的なテンプレートを作るのが望ましいです。例えば、部長はどの部であろうと以下のような職務は担当しているはずなので、毎回イチから作成するのではなく、テンプレートとして用意しておけると作成の手間が省けます。

・事業部の方針策定に参画する
・自部門における目標/方針/戦略を立案する
・自部門の目標達成の進捗確認を行う
・進捗に応じて戦略変更やリソースの確保など必要な措置を講じる
・自部門における育成体系を作る
など
■ライブラリ
多くの役職・職種で同じような要素を求められるがレベル感が微妙に異なるものについては、ライブラリ(会社全体や事業部、部門など各レイヤーでの違いを明文化したもの)を作っておくとスムーズです。例えば、計画立案においては以下のような一般的な段階と流れでライブラリとして用意しておきます。

自チームの年度計画を作成する
→ 自部門の事業・機能計画を作成する
→ 事業部の計画を作成する
→ 全社計画の取りまとめ・調整を行う
→ グループ全体の取りまとめ・調整を行う
なお、「職務分掌」の見直しタイミングは、新年度の事業計画や組織変更のタイミングと同時に行えるよう、原則年に1度程度で良いと思います。これより短いと頻度が高まり作成の負担が掛かってしまいますし、数年に一度としてしまうと、担当者が変わってしまったり忘れられてしまい、職務分掌が形骸化するおそれがあります。
ただし、過去作成したもので不都合が出てきたり、新しいポジションが生じたりした際は都度見直す必要はあります。新しいポジションそのものについての確認ももちろんですが、それまでのポジションから職務を移管することもあるためです。
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編集後記
「職務分掌」により業務配分の最適化や生産性向上が期待できることは事前にイメージしていましたが、従業員のモチベーション向上や不正抑止などの効果もあることは新しい発見でした。人事担当者が現場業務の実態や理想を把握することは、「職務分掌」作成以外でも大きな効果があるはずです。ぜひ定期的に取り組んでいきたいテーマだと思いました。