「組織デザイン」により変化に強い組織を作るには
変化に適応し持続的な企業成長を実現する上で不可欠な「組織デザイン」。近年のビジネススピードの迅速化やデジタルトランスフォーメーション(DX)による生産性向上の流れもあり、その重要性はますます高まっています。
今回は、米国現地法人にてグローバル組織デザインに従事した経験を持つ小口 徹さんに、「組織デザイン」の概要・重要性や見直すタイミング、事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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小口 徹(おぐち とおる)/人事コンサルタント
花王株式会社にて新卒より労務や人事制度企画などに幅広く携わる。その後米国現地法人へ赴任し、グローバル組織デザインなどに従事。帰国後は人材開発やキャリア開発、評価制度、グローバル人事などを担当。
現在はこれまでの経験を活かし、複数企業にて外部人事コンサルタントとして制度改革やサクセッションプラン立案などに携わる。
目次
「組織デザイン」とは
──「組織デザイン」の概要について教えてください。
「組織デザイン」とは、企業の戦略や目標の達成に向けて組織構造・業務プロセス・人材配置などを最適化することを指します。
◾️なぜ人は組織化するのか
「組織デザイン」の詳細に入る前に、“なぜ組織化するのか”の本質に触れておきましょう。組織の本質は『分業』と『連携』です。1人では達成できない目的を達成するために仕事を分業し、その分業された仕事を相互連携によって遂行し達成に導きます。より目的や戦略が大きくなればなるほど組織化が求められる形です。
なお、組織と戦略の関係性については大きく2つの理論が存在します。
①組織は戦略に従う(戦略を実現するために組織化する)
②戦略は組織に従う(組織(人)に最適な戦略を立案する)
どちらも一理ありますが、基本は『①組織は戦略に従う』です。つまり、やりたいことが先にきて、それを実現するために組織化します。目的があってこそ手段としての組織化が意味をなすのです。ただし、現有戦力では理想的な組織にならないことも多々あるため、『②戦略は組織に従う』視点での修正も必要となります。
例えば、ある企業がDXを推進する戦略を立てたとします。その場合の理想的な組織は、DXに関する知見を持った人材や高度なITスキルを持った人材が社内に多数存在し、新しいデジタルツールの導入・活用がスムーズに進むことが想定されます。しかし、現有戦力では社内にそのような専門知識を持つ人材が不足していたり、社内が変化に対して保守的で新しいプロセスの導入に対する抵抗があったりするものです。現有戦力の制約を理由に、短絡的に戦略自体を縮小させることは本末転倒ですが、このような状況では『②戦略は組織に従う』視点も必要で、戦略を現実の組織能力に合わせて調整することが求められます。
組織と戦略の関係性
◾️組織デザインの構成要素
「組織デザイン」の話に戻ります。前述した通り、「組織デザイン」とは企業の戦略や目標の達成に向けて組織構造・業務プロセス・人材配置などを最適化することです。その基盤となる要素は全部で6つあります。その6つの要素について、ある会社が組織デザインの6つの要素をどのように具体化するかを例としてご紹介します。
(1)構造/組織の階層・部署・権限など、組織の骨格となる部分
目標達成に必要な部門を設定します。設計の際は会社全体の戦略を十分に理解し、各部門が企業の戦略目標に直接貢献できるようにすることが重要です。
例えば、製品を継続利用してもらうことで利益を得るSaaS企業のような場合は、マーケティング・プロダクト開発・販売部門の他、購入後の顧客満足度を高めるため顧客サポート部門を設置するといった形です。各部門が効果的に機能するよう配置し、部門間連携を強化することで組織全体の目標達成を図ります。
(2)業務/各部門の業務内容・役割分担・業務フローなど
各部門の業務を明確に定義し、それぞれの部門が売上と利益の目標に対してどのように貢献するかを具体化します。例えば、販売部門では新規顧客獲得のための戦略的なアプローチを、マーケティング部門では市場分析とターゲット顧客の特定を、開発部門では顧客ニーズに基づいた新製品開発を、顧客サポート部門は顧客満足度の向上とリピート率の増加をそれぞれ目指します。
(3)人材/従業員のスキル・経験・能力を活かせる人材配置など
組織構造に対して最適な人材を配置します。例えば、高い技術力を持つ開発者や、市場と顧客の動向を理解できるマーケターの採用・育成に注力するといったことです。また、リーダーシップ能力のある管理職を配置して、チームのモチベーション維持と生産性向上を図ります。
(4)情報/組織内の情報の流れ・共有方法・システムなど
情報共有とアクセスの容易さが、部門内外のコミュニケーションを促進し意思決定のスピードと正確性を高めます。例えば、CRMシステムの最適化、企業内ポータルの整備、ワークフローシステム導入などが有効です。
(5)意思決定/意思決定の方法・権限委譲の範囲など
迅速な意思決定プロセスを実現するために、会議体および各レベルの意思決定権限を明確化します。
(6)報酬/評価制度・報酬体系など
売上と利益の目標達成に対するインセンティブを導入し、社員のモチベーションを高めます。成果に基づく報酬制度により、目標達成に貢献した個人やチームを評価し、報酬を分配します。
上記6要素のうち、「組織デザイン」の初期段階で主に検討する要素は(1)~(3)の3つです。組織図を描き、各部門の役割責任を定義し、そこに適切な人材を配置するまでが「組織デザイン」の中心的な作業と言えます。残り(4)~(6)の3要素は、組織が実際に動き出した後の運用において徐々に最適化されていくことが多いです。
「組織デザイン」の重要性
──近年、組織デザイン〜体制を見直す企業も増えている印象です。その背景や理由についてどう捉えていますか?
見直し企業が増えているのには大きく以下3つの理由があると考えています。
(1)勝ちパターンの変化と実験的アプローチの増加
昨今のビジネス環境変化に対応するため、企業は新たな勝ちパターンを模索し、製品やサービスのプロトタイピングや市場テストなどの実験的なアプローチを増やしています。
この実験的なアプローチは、現代の消費者は以前に比べて選択肢が圧倒的に広がり、個々のニーズや好みがより特化・多様化したことと関連しています。その結果、それぞれのニーズをリアルタイムに把握し、製品開発・カスタマイズ・マーケティング戦略を調整することが求められているのです。
これらは「組織デザイン」にも大きな影響を与えています。例えば、企業は革新的なアイデアを迅速に試し市場の変化に柔軟に対応するために、横断的なチームを設けたり部門間の壁を低くしてコミュニケーション・コラボレーションを強化したりする傾向があります。市場と密接に連携して顧客中心のアプローチを取るためにも、組織をより柔軟に見直す必要性が高まっています。
(2)意思決定プロセスの迅速化
技術の進化、グローバルレベルでの競争激化、消費者の行動・期待の変化により、市場のダイナミクスが以前に比べて高速化した結果、企業は新しい製品やサービスをより迅速に市場に投入しなくてはならなくなりました。
例えば、SNSの普及により情報の伝達速度が格段に速くなり、消費者が新しいトレンドや製品について知る時間が大幅に短縮されました。そのため企業は、消費者の興味や好みが変わる速度に合わせて製品開発やマーケティング戦略を素早く更新し続けなければなりません。
また、デジタル化によりデータ収集・分析のプロセスが高速化したことで、ほぼリアルタイムで市場データを活用して戦略を調整することも可能になりました。意思決定プロセスの迅速化は、企業がこの市場変動のスピードに対応するための鍵となっているだけでなく、情報流通の効率化や責任権限の分散などの『組織体制の見直し』にもつながっています。
(3)労働市場の変動と人材流動性の高まり
人手不足が顕著な日本では、徐々に転職が一般的になり人材の流動性が高まっています。また、社員でなければならない業務以外は自動化やアウトソーシングが進み、より効率的な組織運営を目指す企業も増えてきました。それらの変化を受けて、人材確保と育成、そして適切な技術活用による効率的な業務プロセス確立の必要性が高まっていることが「組織デザイン」の重要性を高めています。
組織デザインを見直すタイミング
──「組織デザイン」の見直しはどのようなタイミングで行う必要があるでしょうか。
「組織デザイン」の見直しが必要なタイミングは大きく5つあります。
(1)事業環境が大きく変化したとき
市場や顧客ニーズの変化、競合他社の動向など、事業環境の変化に迅速に対応するために組織の抜本的な見直しや調整が必要になります。
(2)企業戦略を変更するとき
新しいビジネスモデルを立ち上げたり、事業ポートフォリオを見直したりする際には、事業戦略に合わせて組織を再構築することが求められます。
(3)意思決定スピードを上げたいとき
組織規模が大きくなるにつれ、意思決定の遅れや部門間の縦割りが生じがちです。組織をより小さな単位に分解したり、業務の責任範囲と決裁権限を見直して各ユニットに意思決定権を与えたりすることで、迅速な対応が可能な組織に移行します。
(4)業務プロセスの変革が必要なとき
業務プロセスの見直しに合わせて組織を変更します。例えば、組織内の重複機能を統合することで全体としての業務効率を最適化するなどのケースです。
(5)部門間の連携強化やシナジーを生み出したいとき
いくつかの組織を統合することで従来にない発想やアプローチを可能にし、新しい価値を生み出すシナジー効果を期待できます。
見直し主体については一律誰がということはなく、全社戦略の見直しに伴う組織改編であれば経営陣、市場環境への対応や現場の業務運営に関わるものであれば事業サイドが主導します。特に人事部門が強い権限を持っている会社ですと、経営と連携しながら人事が主導することもあり、見直し背景や組織内の力関係に応じて、しかるべき部署が提案をする形です。
「組織デザイン」におけるカウンターパートと役割分担
──「組織デザイン」を進めていく上では関連組織の協力が必要不可欠だと思います。巻き込むべき重要なカウンターパートや役割分担について教えてください。
「組織デザイン」の成功には、人事部門だけでなく経営層やビジネス側の関係者が一丸となって取り組む必要があります。基本的に「組織デザイン」は戦略ありきで進めるべきですが、今いる人材で実現可能な体制を構築しなければなりません。そのため、戦略と現実とのすり合わせを繰り返し行うことが求められます。
全社を巻き込むような「組織デザイン」なのか、一部門内だけの「組織デザイン」なのか──その規模やレベル感によって巻き込むべきカウンターパートはケースバイケースです。全社を巻き込む大きな「組織デザイン」の場合、以下のような相手を巻き込んでそれぞれ役割分担を進めると良いでしょう。今回は、HRBP(部門人事)が配置されている企業の場合の役割分担を紹介します。
■経営層
・「組織デザイン」の方向性を決定し、全社的な推進体制を整備する
・組織変革の必要性を社内外に発信し、社員の理解と協力を得る
・事業部門長や人事部門との会議を通じて進捗状況を把握し、課題解決に向けた意思決定を行う
■事業部門長
・経営層が示した方向性に沿って、自部門の「組織デザイン」を検討する
・現場の課題や要望を吸い上げ、「組織デザイン」に反映させる
・HRBPと連携し、組織変革の実行計画を策定する
■HRBP(部門人事)
・事業部門長とのパートナーシップを通じて、事業戦略と人材戦略の連携を強化する
・組織変革の実行をサポートし、部門長の課題解決に取り組む
・適宜、人事部門とのすり合わせを行い、全社的な整合性を確保する
◾️人事部門
・「組織デザイン」の本質(組織は戦略に従う)や原則に則った助言と調整を行う
・部門の組織改編が、単独部門の利益のみならず全社戦略を推し進める形になるよう助言と調整を行う
・他部門での類似ケースにおける組織改編の事例を共有する
・(社長直轄ポジションなど組織の第1階層改編の場合)経営層の意見を吸い上げて組織改編案のたたき台を作成し、議論をファシリテーションする
経営層・事業部門長・HRBP、そして人事部門がコミュニケーションを重ね連携することが組織改編の成功には欠かせません。中でも、事業部門長とHRBPの連携が鍵です。HRBPが部門長の良き相談相手となり、全社方針に沿いながらも現場目線で「組織デザイン」を進められるかどうかが変革の成否を分けると言っても過言ではないでしょう。
HRBPが担当部門に寄り添い、その部門内の組織改編を推進する一方で、人事部門は「組織デザイン」の専門家としてより俯瞰的な視点で全社戦略との整合を意識してサポートを行います。
なお、HRBPがいない企業においては人事部門がその役割を主導します。人事部門が部門長の要望を吸い上げながら、現場に入り込んで組織設計を進めていくことになります。
「組織デザイン」を推進した企業事例
──「組織デザイン」を進めた企業事例について教えてください。
あるサービス業を営む企業が組織改編を行った際の事例についてご紹介します。
■見直しに至った背景・タイミング
この企業は先代創業者のカリスマ的リーダーシップに基づくトップダウン型の組織運営が行われていました。しかし、次期社長が就任し新体制となったタイミングで組織見直しをスタートしました。翌期の事業年度スタートに合わせる形で約半年かけて議論・検討を進めていくことになりました。主要課題は以下2点でした。
(1)各事業部の戦略が顧客の導線と合わず、事業部間のシナジーも顧客視点で創造されていない
(2)事業が多岐に拡大してきたにもかかわらず、過去のトップダウン型事業運営が色濃く残っていて現場からのボトムアップが期待できない
この課題解消を目的として、顧客視点に合わせた組織改編、経営と執行の分離および事業部への権限移譲を前進させることを新しい「組織デザイン」の重要ポイントとして設定しました。
■「組織デザイン」の進め方・カウンターパートとの関係構築
組織改編を進めるにあたって、半年前から現行の組織体制を根本的に見直し、あるべき事業戦略に基づいた新しい組織体制を全社視点・ゼロベースで議論しました。具体的には、これまで『戦略は組織に従う』の発想で組織設計がなされていたものを、『組織は戦略に従う』にシフトしました。事業戦略の実現に最適な組織体制を構築する視点に立ち、人材の再配置や外部人材採用の必要性も浮き彫りにしていきました。
その際、経営陣だけでなく事業部長クラスも交え、既存の組織にとらわれずに意見を出し合いました。この組織改編を成功させる上では、事業部長クラスにも当事者意識を持ってもらうことが何より重要だったからです。
こうして経営陣と事業部長が同じディスカッションの場に立ち、納得感を持たせることで組織改編の意図を浸透させました。ただし、人材配置の議論については事業部長自身も当事者となるため、経営陣のみで検討する形を取りました。また、サプライズ人事を避けるため組織改編に関わる責任者には個別に経営側の意図を伝え、その意図に対する本人の見解や反応を確認し、必要な調整を行った上で最終的に社長が意思決定しました。
──見直しを進めるにあたってどのような課題に直面しましたか。またその乗り越え方について教えてください。
事業戦略に基づく理想的な組織構造を描けたとしても、人材配置の段階で現実的な困難に直面することが多々あります。その時点で議論が停止し、組織改編が先送りにされることもあるほどです。具体的には、以下3つのケースが考えられます。
(1)そのポジションに適したスキルや経験を持つ人材が社内にいない
(2)そのポジションに適した人材がいても、現職から異動させることができない
(3)異動内示や事前打診の段階で、本人が組織体制の変更や異動に対して抵抗する
これらの困難に解決の目途が立たなければ、改めて組織構造の見直しに立ち戻ることも考えなければなりません。しかし、今回の事例においては当初設定した課題を放置した場合のワーストシナリオを皆で共有し、そのリスクを認識してもらうことで推進力が失われないように工夫しました。
これは組織改編に限った話ではありませんが、何かを変えればそれによる新たな課題が生まれますし、変化を強いられる現場には波風も立ちます。そのリスクを背負ってでも課題解決を重ねていけば、現実と理想のバランスを取りながら効果的な組織改編を進めることができると考えています。
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編集後記
変化の激しい時代において、組織のレジリエンス(変化に対応するしなやかさ)は非常に重要な要素です。いかに時々の状況や課題に合わせた「組織デザイン」をスムーズに行うことができるかが、組織のレジリエンス向上に直結するのだと小口さんの話からも理解できました。組織を見直すタイミングに該当する企業は、ぜひこの記事の内容も参考にしながら検討を進めてみて欲しいです。