在籍出向の仕組み・目的・違法リスクを解説|導入〜運用の実務ポイント
従業員が元の会社(出向元)に籍を置いたまま、別の会社(出向先)の指揮命令下で働く「在籍出向」。人材育成・連携強化・雇用調整などさまざまな目的で導入・運用されている制度ですが、運用方法によっては違法になる可能性もあり注意が必要です。
今回は、日本の法令・慣行とグローバルポリシーの整合性を図りつつ、従業員ケアを両立させる実践的HR戦略に強みを持つ平澤 健一さんに、「在籍出向」の概要・目的から導入・運用時に押さえるべきポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
平澤 健一
航空、小売、人材、ITの4業界で7年以上の人事経験を持つ。労働組合リーダーとして労務改善と組織運営を経験後、大手小売企業では人材開発・組織変革を推進し、離職率削減とエンゲージメント向上を牽引。その後はAPACエリアのHRBPとしてグローバル規程整備や労務対応を主導。現在はIT企業で日本・韓国を担当するPeople Business Partnerとして、タレント開発から労務までを幅広くリード。日本の法令・慣行とグローバルポリシーの整合性を図りつつ、従業員ケアを両立させる実践的HR戦略を強みとする。
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<リーガル監修弁護士>
黒栁 武史/賢誠総合法律事務所 弁護士
賢誠総合法律事務所 所属。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見など)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「在籍出向」とは
──「在籍出向」の定義や仕組みについて、『転籍出向』や『派遣』制度との違いも含めて教えてください。
「在籍出向」とは、出向元企業との労働契約を維持したまま、出向先企業の指揮命令下で業務に従事する制度のことです。最大の特徴は『出向元との雇用契約が継続する点』にあります。
これに対し『転籍出向』は、出向元との労働契約が終了し、出向先と新たに労働契約を締結するため、労働法規上の使用者責任は原則としてすべて出向先に移ります。他方、「在籍出向」の場合は、日々の業務に関する指揮命令権は出向先が持ち、労働時間・休憩・休日といった労務遂行に関する事項や、安全衛生管理については、出向先が労働基準法や労働安全衛生法上の使用者として第一次的な責任を負います。一方で、出向元も労働契約の当事者として、出向先の状況を把握し、労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する安全配慮義務などを負う場合があります。
「在籍出向」と『派遣』との違いは、主に労働者と役務提供先企業との間に雇用契約関係が生じるか否かにあります。『派遣』は労働者派遣法に基づき、派遣労働者は派遣先企業の指揮命令下で業務を行いますが、派遣先との間に雇用契約は結びません。一方、「在籍出向」は出向元・出向先・労働者の三者間の合意や出向契約等に基づき、人材育成、経営・技術指導、グループ企業内の人事交流、雇用調整などの目的で行われます。出向元との雇用関係を維持しつつ、出向先とも労働契約関係が成立し、指揮命令を受けるという二重の労働関係が「在籍出向」制度の特徴です。
──同じ「在籍出向」であっても、『グループ会社間の出向』と『資本関係のない独立企業への出向』では契約関係や人事管理のあり方に違いがあるのでしょうか?
『グループ会社間の出向』と『資本関係のない独立企業への出向』では、適用される法的な枠組み自体に違いはありません。 しかし、出向先との関係性は、出向命令の有効性を判断する際の考慮要素の一つとなります。
出向を命じるには、原則として労働者の個別的な同意が必要です。しかし、判例上、就業規則等に出先における労働条件及び処遇等に関して労働者の利益に配慮した具体的な規定があれば、包括的な合意を根拠に業務命令として出向を命じることが認められています。なお、単に「業務の都合により出向を命じることがある」といった抽象的な規定だけでは、個別同意なく一方的に出向を命じる根拠としては不十分とされる可能性があります。
また、出向命令の根拠がある場合でも、その命令が権利濫用にあたる場合は無効となります(労働契約法14条)。権利濫用にあたるかは、主に以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
①業務上の必要性
②人選基準や目的の合理性
③労働者に生じる不利益の程度
④命令に至る手続の相当性
出向先がグループ会社か資本関係のない独立企業かという点は、これらの要素、特に「業務上の必要性」や「労働者の不利益の程度」を評価する際に影響する可能性はあります。 例えば、グループ会社間の人事交流や経営指導目的の出向は「業務上の必要性」が認められやすい傾向にあるといえます。
他方、グループ会社間の出向であっても、勤務地が極端に遠方になる場合や、事実上の左遷と評価されるような場合には、労働者に生じる不利益の程度が高く、権利濫用と判断されるリスクがあります。なお、出向に伴い労働条件が不利益に変更される場合、労働契約法第8条に基づき、原則として労働者の合意が必要です。この合意は、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点から判断されます。
以上のとおり、『グループ会社間の出向』か『資本関係のない独立企業への出向』か、という枠組みで画一的に判断することはできず、個別の事案ごとに、上記の要素を総合的に考慮して出向命令の有効性が判断されます。
「在籍出向」の目的
──企業が「在籍出向」を行う主な目的にはどのようなものがありますか?
「在籍出向」の目的は非常に多岐にわたります。代表的なものをいくつかご紹介します。
■人材育成・能力開発
従業員に多様な経験を積ませ、本社から子会社や関連会社、あるいは異なる業種・地域へ出向させることにより、多角的な視野やマネジメント能力を養ってもらう目的です。
■経営指導や技術指導
親会社から子会社・関連会社へ経営ノウハウ・専門技術を伝達するために、管理職や技術者を出向させるケースなどが該当します。
■企業グループ内の人事交流:
企業グループ内での連携強化や人事交流の一環として実施されます。
上記目的に加えて、雇用調整の手段としても「在籍出向」は活用されることがあります。例えば、出向元で一時的に業務が縮小し人員に余剰が生じた際、人員整理を回避し雇用を維持するためにグループ内外の人手が必要な企業へ出向させるケースです。これらは不況時や事業再編時によく見られる対応です。
──この「在籍出向」にはどのようなデメリットやリスクがありますでしょうか? 制度設計時に特に注意すべき点があれば合わせて教えてください。
「在籍出向」の命を受けた従業員は、新しい環境への適応、キャリアへの不安といった心理的負荷が生じやすくなります。また、出向元と出向先の双方にとっては、給与計算・勤怠管理・費用精算の複雑化など、管理・調整コストが増大する点も見逃せない課題です。さらに、出向によって労働者が著しい不利益を受ける場合、その出向命令は権利濫用として無効となるリスクがあります。
制度設計時には、まず出向命令の根拠として、就業規則等に、出向させることがある旨や、出向先での労働条件、出向期間、復帰の仕方などを具体的に定めておくことが必要です。また出向元と出向先とで異なる就業時間・休日・福利厚生などすべての労働条件を洗い出し、その差分の扱いについて検討することが望ましいといえます。そして、これらの点について、出向元・出向先・従業員の三者間でしっかりと協議し、出向規程・出向契約書・出向命令書兼同意書などに明記しておくことが適切です。
また、労務管理責任と社会保険・労働保険の取り扱いについても明確にしておかなければなりません。後述のとおり、健康保険や厚生年金は、在籍型出向では出向元が給与を支払うことが多いため、出向元で被保険者資格を継続するのが一般的です。労災保険は原則として、出向労働者が労務を提供し、出向先事業主の指揮監督を受けて働く出向先において適用されます。保険料も原則として出向先が負担します。
雇用保険については、主たる賃金を出向元から受けている場合は出向元で継続加入するのが一般的です。『労災は出向先、雇用保険は出向元』という扱いの違いは実務上の混乱を生みやすいため、契約書や規程で明確に定めておくようにしましょう。
「在籍出向」を適法に行うための要件
──「在籍出向」を命じる際、出向命令を有効とするために企業が満たすべき法的要件にはどのようなものがありますか? 過去の事例や実務上の留意点もあれば合わせて教えてください。
「在籍出向」については、労働契約上の根拠が必要ですが、前述のとおり、判例上、就業規則等に出先における労働条件及び処遇等に関して労働者の利益に配慮した具体的な規定があれば、包括的な合意を根拠に業務命令として出向を命じることも認められています。そのため、このような就業規則等の整備が必要となります。
ただし、その場合でも、前述のとおり、出向命令が権利濫用にあたる場合は無効となります(労働契約法14条)。
(出向)
第十四条 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
※引用:労働契約法/e-Gov法令検索
加えて、名目は「出向」であっても、その実態が労働者派遣や労働者供給に該当する場合は、労働者派遣法や職業安定法に違反するリスクがある点に注意が必要です。特に以下のような場合は、派遣法・職業安定法(職安法44条)違反のリスクが生じます。
・出向先が不特定多数の企業であり、実質的に「外部への労働力提供」となっている
・対価を受けて継続的に他社へ人を送り込むなど、実態が人材ビジネスに近い
以上の点を踏まえ、出向制度を設計・運用する際は、その実態が労働者派遣や違法な労働者供給と評価されないよう、境界を明確に整理することが不可欠です。
実務的には、出向契約書において以下の点を明記し、出向元・出向先・労働者の三者間で認識を揃えておくことが、トラブル防止の観点から非常に重要です。
・出向の目的(前述した出向の目的のうちいずれかに該当するなど、事業性がないことを明確にする
・指揮命令権の所在
・費用負担の方法(賃金等の資金の流れ)
・出向の期間や復帰に関する条件
出向先と事前に調整が必要なポイント
──「在籍出向」における給与・社会保険・税金の取り扱いはどのように整理すべきでしょうか?
「在籍出向」において、給与・社会保険・税金の取り扱いを明確に定めることは必要不可欠です。それぞれ以下のように整理していく形になります。
■給与
一般的には、給与の主たる部分は出向元が支払い、出向先は出向元に対して出向負担金を支払う形が多く見られます。出向先で独自の手当や交通費などを支給する場合には、その内容や支給方法を出向契約書や出向規程で明確に定めておくことが重要です。
■社会保険(健康保険・厚生年金保険・介護保険・労災保険・雇用保険)
これらの社会保険は、賃金の支払い方によって取り扱いが異なります。出向元から賃金が支払われる場合は、出向元で被保険者資格を継続するのが一般的です。
雇用保険も主たる賃金を受ける雇用関係がある事業主の下で被保険者資格が生じます。したがって、主たる賃金を出向元が支払う場合は出向元で加入することになります。
労災保険は、前述のとおり、賃金の支払い状況に関わらず、実際に出向者が労務提供を行う企業(出向先)で適用されます。
■税金(所得税・住民税)
所得税の源泉徴収義務等は、実際に給与を支払う事業主が負います。したがって、出向元が給与を支払う場合は、出向元が源泉徴収等の手続きを行います。
「在籍出向」導入・運用時に押さえるべきポイント
──「在籍出向」制度を導入する際、目的整理から制度設計・就業規則への反映まで、どのようなステップで進めるのが望ましいでしょうか? また、出向命令を実際に出す際の運用面では、どのような点に注意すべきかも合わせて教えてください。
「在籍出向」制度を導入する際は、まず経営指導、技術指導、能力開発、グループ内の人事交流といったビジネス上の必要性を明確にし、出向制度の目的や対象者を整理することから始めるのが適切です。制度設計の段階では、対象となる従業員の範囲や出向先、出向期間、出向中の労働条件(賃金、労働時間、休暇等)、復帰手続きなどを具体的に定めた出向規程を整備し、就業規則にその根拠を置くことが重要です。また、出向元と出向先の間で、指揮命令権の所在、賃金等の費用負担などを明確にするための出向契約を締結する必要があります。必要に応じて専門家の助言を得ながら進められると良いでしょう。
運用面では、出向命令を出す際に本人への説明を丁寧に行い、労働条件の変更点・出向の目的・期間・勤務地・キャリアへの影響などについて納得感を持ってもらうことが重要です。出向期間中も、定期的な面談やフォローアップを通じて従業員の不安や疑問を把握し、必要に応じて制度の運用やルールをアップデートしていくことも忘れてはいけません。制度自体が目的化しないよう、ビジネス上の目的を常に意識した上で現場での運用状況を定期的に確認しながら実態に即した運用を心がけることが、従業員のエンゲージメント維持やトラブル防止のためにも重要だと言えます。
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編集後記
リーマンショックやコロナ禍などの影響による中長期的な雇用調整策として注目を浴びた「在籍出向」ですが、人材育成や連携強化などの目的でも活用できる制度であることが平澤さんのお話からも理解できました。しかし、出向元企業・出向先企業・従業員の三者にメリットがあるような形で導入・運用できなければ、その効果が得られないどころか違法になりうる可能性もあります。実施にはそれぞれと丁寧にコミュニケーションを取った上で進めていきたいものです。




















