「雇用保険法改正法」が2025年4月から順次施行。改正内容と対応ポイントを解説。

失業手当や育児休業給付金などの給付を通じて、労働者の生活安定や再就職を支援する『雇用保険法』。これまでも何度か改正を重ねてきましたが、2024年5月10日にも『雇用保険法等の一部を改正する法律』が成立し、5月17日に公布され、順次施行されています。
今回は、人事労務領域に詳しい弁護士の協力・監修のもと、「雇用保険法改正法」の概要から企業への影響・対応方法にいたるまでをコーナー編集部が解説していきます。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人賢誠総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人賢誠総合法律事務所(旧:弁護士法人伏見総合法律事務所)に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「雇用保険法改正法」の目的
──2024年5月10日に成立した「雇用保険法改正法」の目的について教えてください。
『雇用保険法』とは、失業・教育訓練や育児・介護休業に関する各種給付等について定める法律であり、1975年4月1日に施行されたものです。これに伴い発足した保険制度(労働者を雇用する事業は原則として強制適用)が『雇用保険制度』です。
『雇用保険法』の目的は、労働者が失業や育児・介護などの理由で収入を失った際に経済的支援を提供し生活の安定を図ることなどにあります。具体的には、失業手当、育児休業給付金、介護休業給付金などの給付を通じて労働者とその家族の生活を守るとともに、労働者が再就職や職業訓練を受ける際の支援も行うことで雇用の安定と労働市場の円滑な運営を促進している形です。
この『雇用保険法』は、直近約10年で4回ほど改正が行われており、2024年5月10日に『雇用保険法等の一部を改正する法律』が成立したことを受け5回目の改正となります。特に、昨今働き方の多様化が急速に進んでおり、リスキリングによる労働者の転職支援や、男性育休取得者の増加への対応など大きな変化への対応が求められています。それが今回の法改正の趣旨であり、この点について、厚生労働省の資料では、以下のようにまとめられています。
『多様な働き方を効果的に支える雇用のセーフティネットの構築、「人への投資」の強化等のため、雇用保険の対象拡大、教育訓練やリ・スキリング支援の充実、育児休業給付に係る安定的な財政運営の確保等の措置を講ずる。』
※引用:雇用保険法等の一部を改正する法律(令和6年法律第26号)の概要 1ページ/厚生労働省
「雇用保険法改正法」の具体的内容と施行スケジュール
──具体的にどのような点が改正されるのでしょうか。それぞれの施行スケジュールも合わせて教えてください。
今回の改正では主に以下4つの点が変更されます。その変更点の概要と施行スケジュールを紹介します。

(1)雇用保険の適用拡大
働き方や生計維持の在り方多様化が進展しており、雇用のセーフティネットを拡げる必要性があることを踏まえ、以下3つの変更が行われます(施行日:2028年10月1日)。
①雇用保険の被保険者の要件のうち、週所定労働時間について、20時間以上から10時間以上に変更されます。
②この変更により新たに適用対象となった方は、これまでの被保険者と同様に各種給付(基本手当・教育訓練給付・育児休業給付など)を受け取ることができます。
③この改正に伴い、『被保険者期間の算定基準』や『失業認定基準』についても変更が行われます。
(2)再就職、教育訓練やリスキリング支援の充実
労働者の再就職や主体的なリスキリングをより一層支援することを目的に、以下の変更が行われます。
①自己都合で退職した方であっても、雇用の安定・就職の促進に必要な教育訓練等を自ら受けた場合には、給付制限なしに基本手当を受給できるようになります(施行日:2025年4月1日)。
②教育訓練給付金(厚生労働大臣が指定する教育訓練を受講・修了した場合にその費用の一部を支給してもらえるもの)の支給率の上限が、これまでの受講費用70%から80%に引き上げられます。加えて、教育訓練受講による賃金増加や資格取得等を要件とした追加給付(10%)も新たに創設されました(施行日:2024年10月1日)。
③被保険者が在職中に教育訓練のための休暇を取得した場合、基本手当に相当する給付として賃金の一定割合を支給する『教育訓練休暇給付金』が創設されました(施行日:2025年10月1日)。
(3)育児休業給付を支える財政基盤の強化
男性の育児休業の大幅な取得者数増加に対応すべく、財政基盤の強化を目的として以下2つの変更が加えられます。
①育児休業給付の国庫負担割合がこれまで暫定措置として1/80になっていたものを、本来の1/8に戻す形で引き上げられます(施行日:2024年5月17日)。
②育児休業給付の本則料率を、今後の保険財政の悪化に備え、2025年度以降0.4%から0.5%へ引き上げるものの、実際の保険料率は、保険財政の状況に応じて弾力的に調整する仕組み(当面0.4%を維持する)が導入されます(施行日:2025年4月1日)。
(4)その他雇用保険制度の見直し
2024年までの暫定措置としていた以下の2つが、それぞれ延長されました(一部条件付き)(施行日:2025年4月1日)。
①雇止めによる離職者の基本手当の給付日数に係る特例、地域延長給付(雇用機会が不足する地域における給付日数の延長)を2年間延長。
②教育訓練支援給付金の給付率を基本手当の60%とした上で、2年間延長。

「雇用保険法改正法」の施行による企業への影響
──ご紹介いただいた4つの改正ポイントの中でも、特に『(1)雇用保険の適用拡大』が企業に大きく影響するのではないかと思います。その改正内容について、より詳細に解説いただけますでしょうか。
改正前の雇用保険法では、以下に該当する方は適用対象外となっていました。
(1)週の所定労働時間が20時間未満の方
(2)同一の事業主の適用事業に継続して31日以上雇用されることが見込まれない方
(3)季節的に雇用される方で、4カ月以内の期間を定めて雇用される方か、週所定労働時間が20時間以上30時間未満である方
(4)昼間部の学生または生徒
(5)船員であって、漁船に乗り組むため雇用される方
(6)国・都道府県・市区町村等に雇用される方
これらを踏まえると、被保険者となるためには1週間の所定労働時間が20時間以上であり、かつ同一事業者に31日以上継続雇用される見込みがあることが必要でした。しかし、労働者の働き方や生計維持の在り方が多様化してきていることを背景に、今回の改正によって1週間の所定労働時間が『20時間以上』から『10時間以上』に変更された形です。

ちなみに、総務省の調査によるとこの変更により約506万人が新たに支援対象となる見込みです。なお、この改正により新たに適用対象となった方は、これまでの被保険者と同様に各種給付(基本手当・教育訓練給付・育児休業給付など)を受け取ることができます。
また、この改正に伴って『被保険者期間の算定基準』や『失業認定基準』についても変更が行われています。
■被保険者期間の算定基準(1月とカウントする基準)
賃金の支払の基礎となった日数……11日以上から6日以上へ
賃金の支払の基礎となった労働時間数……80時間以上から40時間以上へ
■失業認定基準
労働した場合であっても失業日として認定される基準……4時間未満から2時間未満(1日の労働時間)
「雇用保険法改正法」の施行に向けて人事が準備すべきもの
──法改正に向けて、人事としてどのような準備をしておくと良いでしょうか。
一部、すでに施行されているものもありますが、大半がこれから順次施行されるものとなっています(本記事執筆時点:2025年2月7日)。そのため、各制度の施行日には十分注意しながら、優先順位を立てて準備を進めていきましょう。
対応を進めていく上でまず重要なのは、法改正内容の正確な把握です。人事が把握することはもちろん、経営層や従業員に対しても丁寧に説明していく必要があるため、本記事でも引用した厚生労働省の資料などを確認しながら理解を深めておきましょう。特に、前項でも取り上げた『(1)雇用保険の適用拡大』については前述の通り対象者が約506万人も拡大することが見込まれており、影響が大きいといえます。施行前後はその加入手続きや給付金の受給手続きだけでなく、就業規則や雇用契約書、給与規定などの社内規定の見直しや修正も必要になってくる可能性があるため、事前に対応すべきものを洗い出しておくことをお勧めします。その際、関連システムのアップデートを行う必要が出てくることも想定されるため、社内のシステム部門や外部協力会社なども巻き込んで準備しておくと良いでしょう。
また、実際に施行される前後では法改正の内容を全従業員に周知して、理解を深めるための説明会や資料の配布などを行う必要があります。また、従業員からの質問に対応するためのFAQの作成や、問い合わせ窓口の設置なども事前に検討しておけるとスムーズです。
ここまで「雇用保険法改正法」の概要とその準備内容についてご紹介してきましたが、これらに対応するためには専門的な知識や経験が必要なものも多くあります。そのため、弁護士や社会保険労務士などの外部専門家の助言を受けることも考慮すべきです。専門家からアドバイスを受けることで漏れのない対応が可能になることはもちろん、法改正に伴うリスクを最小限に抑えるための対策を講じることができるようになるからです。それらも選択肢に持ちながら、この「雇用保険法改正法」の施行に向けて準備していきましょう。
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編集後記
時代の変化と共に改正される雇用保険法。直近約10年で5回目の改正であることからもわかるように、常に情報をキャッチアップしつつ対応を進めていく必要があるものです。法改正への対応は当然の義務ではありますが、その目的が『多様な働き方』と『人への投資』であることを考えると、ここにきっちり対応していくことができればより働きやすく働きがいのある職場づくりをすることができるようになります。定着率や採用力の向上も見込めるため、ぜひ前向きな形で対応を進めていきたいものです。