「ノーワーク・ノーペイの原則」とは?──起こりがちなトラブルから運用ポイントに至るまで解説
労働基準法・民法に基づく考え方である「ノーワーク・ノーペイの原則」。働いていない分の賃金を支払う義務はないという給与計算の基本原則です。
今回は、この領域に知見を持つパラレルワーカーの方に、「ノーワーク・ノーペイの原則」の概要から運用上の注意点・工夫ポイントに至るまでお話を伺いました。
目次
「ノーワーク・ノーペイの原則」とは
──「ノーワーク・ノーペイの原則」とはどのような考え方でしょうか? その定義と、根拠となる関連法案(労働基準法など)についてわかりやすく教えてください。
「ノーワーク・ノーペイの原則」とは、『労働者が労務を提供しなければ、使用者に賃金支払い義務は生じない』との考え方を指すものです。直訳すると『働かざる者に賃金なし』であり、労働契約においては労務の提供と賃金の支払いが対価関係にあるという原則を示しています。
この原則は、直接的な条文として明記されてはいませんが、労働契約法第6条および民法第536条第1項(債務者の責めに帰すべき事由による履行不能)の考え方に基づきます。また、労働基準法第24条(賃金支払いの原則)も、『労働の対価として賃金を支払う』ことを前提としており、間接的な根拠となります。したがって、労働者の私的な都合(遅刻・欠勤・自己都合による早退など)で労務提供がなされなかった場合、その時間分の賃金を支払う義務は会社にはありません。これが「ノーワーク・ノーペイ」の原則です。
(労働契約の成立)
第六条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する
(債務者の危険負担等)
第五百三十六条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
② 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
※引用:e-Gov 法令検索
一方で、労働者が働けなかった原因が使用者の責めに帰すべき事由による場合は、この原則の例外が適用されます。例えば、会社の設備故障や経営上の都合で休業させた場合は、労働基準法第26条に基づき『平均賃金の60%以上の休業手当』を支払う義務が生じます。
(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
※引用:e-Gov 法令検索
つまり、労務提供と賃金支払い義務は常に『対価関係』にあり、労働者側の事情で働けない場合は「ノーワーク・ノーペイの原則」が適用され、使用者側の責任で働けない場合は休業手当が発生する、と区別することが重要です。この原則を誤って運用すると、未払い賃金や不当控除として労働基準監督署から是正指導を受けることもあります。したがって、労務不提供(欠勤・遅刻・会社都合の休業など)の原因が労働者側・使用者側のどちらにあるのかを明確に判断することが人事労務管理上の基本となります。
「ノーワーク・ノーペイの原則」を運用する上で起こりがちなトラブル
──「ノーワーク・ノーペイの原則」を運用する上で、企業が陥りがちな誤りやトラブルにはどのようなものがありますでしょうか。
「ノーワーク・ノーペイの原則」は明快に見えて、実務上は誤った運用により紛争を招くことが多い原則です。
典型的な誤りの1つに『会社起因と本人起因の切り分け不足』があります。例えば、機械の故障やシステム障害など、会社側の都合で就労できなかった場合に『働いていないから賃金を払わない』とするのは誤りです。これは労働基準法第26条『使用者の責めに帰すべき事由による休業』に該当し、平均賃金の60%以上の休業手当の支払い義務が発生します。
また、『一律処理や説明不足によるトラブル』も少なくありません。病気や交通機関の遅延、災害、育児・介護など、欠勤や遅刻の事情はさまざまです。これらをすべて同列に「ノーワーク・ノーペイの原則」として処理すると、労働者の納得を得られず信頼関係の悪化や労使紛争に発展することがあります。さらに、賃金控除の根拠が就業規則や賃金規程に明示されていなければ、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)違反とみなされる可能性もあるため注意してください。
加えて、『懲戒処分との混同』にも注意が必要です。無断欠勤などの非行に対して賃金を支払わないことと、懲戒としての減給処分は別の概念だからです。減給処分を行う場合は労働基準法第91条に従い、1回の減給額・総額の上限を守らなければなりません。
さらに、見落とされがちなものとして『勤務するための準備行為の扱い』があります。制服への着替え・作業道具の点検・安全確認など、業務に不可欠な準備行為が会社の指揮命令下で行われている場合は、それ自体が『労働時間』に該当します。したがって、これらを『まだ働いていないから』として「ノーワーク・ノーペイの原則」対象にすることは誤りです。裁判例でも、始業前の準備や終業後の後片付けが労働時間と認められた例があります。
以上を踏まえて整理すると、「ノーワーク・ノーペイの原則」を運用するにあたっては以下3つを明確に区別して説明責任を果たすことが求められます。
(1)労務を提供できなかった原因の所在
(2)準備・待機などの行為が労働時間に該当するか
(3)賃金控除の根拠を明文化しているか
「ノーワーク・ノーペイの原則」運用上の注意点
──これまでの実務経験から、労務トラブルを防ぐ上ではどのようなことが重要になると考えていますか?
これまでの実務経験から、労務トラブルを防ぐ上では『相手の話をまず傾聴し、事実関係を整理すること』が何より大事だと実感しています。
「ノーワーク・ノーペイの原則」に関わる事案において当事者と対峙する際、当事者は『支給されるはずの給与がもらえていない』という不満を持っているケースが多いです。そのため、まずは傾聴の姿勢で相手の不満に寄り添うところから入らなければ、こちらの話を聞いてもらえる状態になりません。
傾聴により相手が話を聞いてくれる体制になったら、事実関係を改めて確認します。基本的には当事者と対峙するまでに第三者からの事情説明を受けることが多いですが、即時対応が求められる状況下では十分な事前調査ができないまま当事者との話し合いに応じなければならないことも少なくありません。その場合、『第三者からの説明』と『当事者の主張』が食い違うケースが往々にして生じます。そのため、本人の主張する内容に少しでも給与支払義務が発生する可能性を感じた場合、その場での明言は避け、事実確認後に日を改めて説明するようにしています。
最後に、「ノーワーク・ノーペイの原則」の話をする場合は、相手に傾聴はしつつも会社が給与を支払わないという姿勢と根拠を明確に示すようにしています。説明者の態度や説明が曖昧なままだと紛争が悪化する恐れがあるためです。相手に寄り添う姿勢と会社の立場を主張する姿勢──難しいですが、この両方を同時に行う必要があるのです。
──上記のような姿勢が重要であることを踏まえた上で、人事部門が持つべき視点や説明責任の果たし方にはどのようなものがあるでしょうか?
人事部門が最も重視すべきは、『納得感のある説明』と『透明性の高いルール運用』です。
労働紛争の多くは、制度の内容そのものよりも『なぜそうなるのかが説明されていない』『扱いが不公平に見える』といった不信感から生じます。特に、「ノーワーク・ノーペイの原則」や賃金控除など労働者に不利益と受け取られやすい措置では、法的根拠と判断理由を明確に伝える姿勢が不可欠です。
その上で人事担当者が持つべき視点には、以下3つがあると考えています。
(1)法令遵守の裏付け
(2)就業規則や労使協定との整合性
(3)個別事情の丁寧な確認
まず、労働基準法や労働契約法などの基本法令を理解し、どのような場合に賃金が発生し、どのような場合に支払義務がないかを整理しておくことが前提です。その上で、規程に沿った対応を行い、本人の事情や経緯をヒアリングして、会社都合・本人都合の区別を慎重に判断することが重要です。
説明責任を果たす際は、『なぜそのような処理になるのか』を条文や規程に基づいて示し、主観ではなく客観的基準で判断していることを伝えて信頼につなげます。例えば、『労働基準法第26条により会社都合の休業は休業手当の支給対象となります』『今回は私的な欠勤でありノーワーク・ノーペイが適用されます』といった具体的説明が効果的です。
さらに、従業員への説明内容は状況に応じて必ず書面に残し、記録として保存することが極めて重要です。後日、『説明を受けていない』『内容が違う』といった主張がなされた際、記録がなければ会社側の対応を正当に証明できません。書面での通知・説明メモ・確認書などを残すことで双方の認識を一致させ、不要なトラブルを防ぐことができます。
人事担当者は、法令の理解だけでなく従業員の感情面にも配慮した“対話の専門家”であるべきです。正確な法運用+明確な説明+書面による記録の“三本柱”を徹底することで、信頼とコンプライアンスを両立させることができるようになります。

「ノーワーク・ノーペイの原則」を制度設計・運用に活かすためには
──「ノーワーク・ノーペイの原則」を制度や就業規則に適切に反映させるための工夫にはどのようなものがありますか?
「ノーワーク・ノーペイの原則」を就業規則に適切に反映するには、『明文化・運用整備・周知徹底』の3点が重要です。
まず、就業規則や賃金規程には『働かない場合は賃金を支払わない』とだけ記すのではなく、その適用範囲と例外を具体的に区別して明記してください。例えば、『労働者の責めに帰すべき事由による欠勤・遅刻・早退は無給』『会社の責めに帰す休業には労基法第26条に基づく休業手当を支給する』といった形で、法的根拠を添えると誤解を防げます。
次に、『勤怠システムと給与処理の連携』です。欠勤・遅刻・早退を本人都合/会社都合/不可抗力などで分類できるよう設定し、給与システムと自動連動させることで賃金控除の判断や処理の一貫性を確保します。また、人事・経理・システム担当が連携して確認フローを共有しておくと、誤控除や支払漏れの防止につながります。
教育・周知の面では、就業規則改定時や新任管理職研修などで『ノーワーク・ノーペイは懲戒ではなく、労務提供の有無に基づく原則』であることを説明することが不可欠です。加えて、『会社都合の休業時には休業手当が発生する』など、具体的な事例を交えた説明を行うと従業員の理解が深まります。さらに、従業員やその上長が不明点をすぐに確認できる『問い合わせ窓口』を設けることも有効です。人事部門に専用メールやチャット窓口を設置し、勤怠控除や給与計算に関する質問を迅速に受け付ける体制を整えておけば、誤解や不満が深刻化する前に対応できます。
なお、制度の整合性を保つためには社会保険労務士など外部専門家との定期的な連携も重要です。就業規則の文言や勤怠運用が最新の法令に適合しているかを点検してもらい、問題発生時の対応方針を事前に相談しておくことで、法的リスクを大幅に軽減できます。
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編集後記
『働かざる者に賃金なし』と聞くと非常に明快な原則に聞こえますが、実際は運用上における注意点がいくつもあることが今回の話で理解することができました。法令・規則を正しく理解することはもちろん、従業員側の状況把握や感情理解も含めて対応できるよう、人事として準備・勉強を進めておきたいところです。




















