インパクトパスで解く「非財務→財務」の因果。人的資本経営を成果に変える設計と統合
企業の非財務活動(人的資本経営・サステナビリティ経営など)が、どのようなプロセスを経て最終的に財務価値の向上(稼ぐ力の強化)へ結びつくのか──その因果関係を体系的に示したものが「インパクトパス」です。無形資産の重要性が企業価値の中で高まる中、それらがどのように利益創出・競争優位性・事業の持続性に寄与するのかを論理的に説明することが求められていることから、最近注目を集めている概念です。
今回は、豊富な人事実務経験を活かした経営コンサルタントとして活躍する合同会社tomosibi partners 代表社員の木村 誉勧さんに、「インパクトパス」の定義・概要から設計ステップ、組織施策や人事制度との統合方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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木村 誉勧/合同会社tomosibi partners 代表社員
東北大学経済学部卒業後、大手ゼネコン、大手日系半導体メーカー勤務を経て、2025年4月に経営コンサルタントとして独立。業務実績としては、人事部門における各種人事制度企画やグローバル人事、経営企画部門における経営戦略立案、企業カルチャー変革、コーポレートガバナンス改革、人的資本経営の推進など。また、海外子会社(中国)でのマネジメント経験もあり。現在は、豊富な実務経験を活かした経営コンサルティング、コーチングサービスなどを提供。同志社大学ビジネス研究科(MBA)修了、一般社団法人日本PMIサポート協会 パートナーコンサルタント、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所 招聘研究員。
目次
「インパクトパス」とは
──「インパクトパス」とはどのような考え方・仕組みを指すのでしょうか?
「インパクトパス」とは、人的資本経営やサステナビリティ経営の文脈で、人材育成や組織開発といった非財務活動が最終的に財務価値(利益・企業価値)や事業の持続性・競争優位性へどのようなプロセスを通じてつながるのかを可視化する論理モデルを指します。
例えば、人事部門が経営にエンゲージメントサーベイ導入を提言したとします。果たして、『ぜひ、すぐにでもやってくれ!』となるでしょうか? 答えはおそらくNOです。 通常、返ってくるのは『エンゲージメントサーベイをやったら売上は伸びるのか?』『エンゲージメント向上がどのように業績に影響するのか?』といった問いであり、それらに即答することは簡単ではありません。こうした壁を乗り越えるために活用できるフレームワークが、まさに「インパクトパス」なのです。
「インパクトパス」が既存のフレームワーク(KPIやコンピテンシー評価など)と決定的に異なるのは、財務への接続(Connectivity)を前提としている点です。先ほどの例で言えば、エンゲージメントサーベイ導入から業績へのインパクトまでを一連のストーリーとして描きます。従来のKPIやコンピテンシー評価は、『従業員のスキル向上』や『エンゲージメント』など、人事領域内で閉じた指標(非財務指標)をゴールとしがちでした。これに対し「インパクトパス」は、それら非財務指標があくまで『中間プロセス』であると捉え、その先に『なぜそれがPBR(株価純資産倍率)向上や売上増につながるのか』という因果の橋渡しを行います。自社の経営陣はもちろん、投資家やステークホルダーに対して、人材投資がコストではなく将来のキャッシュフローを生む源泉であることを証明するための『価値創造ストーリーの設計図』と言えるのが「インパクトパス」にあたります。
──行動指標やKPIではなく、成果がどのように生まれるのかというプロセスそのもの(=インパクトパス)を分解し共有することには、人事・現場・企業それぞれの視点でどのような価値があると考えていますか?
最大の価値は、これまでブラックボックス化していた因果関係を「価値創造ストーリー」として可視化し、組織全体で共有・合意できる点にあります。
前述の通り、「インパクトパス」は価値創造ストーリーの“設計図”です。この設計図が共有されて初めて、人事施策は投資として扱えるようになります。ストーリー(論理)が明確に共有されることで、経営陣は人事施策を『根拠の曖昧なコスト』ではなく、『将来の利益を生み出す確度の高い投資』として判断できるようになるからです。
また、現場の従業員にとってもこのストーリーの共有には大きな意味があります。例えば、『なぜこの研修が必要なのか』という問いに対し、自分の行動がどのような因果で企業価値や自らの報酬に結びつくのかを理解できるため、やらされ感ではなく納得感を伴う主体的な行動へと変わっていきます。
何より、人的資本経営の核心である『経営戦略と人材戦略の連動』は、このストーリーの共有なくして実現できません。単に双方の戦略を並べただけでは連動とは言えず、因果パスが共有されて初めて両者は実質的に結びつきます。そうした意味でも、「インパクトパス」の共有は人的資本経営を成立させるための前提条件と言えるでしょう。
なぜ、人事評価や育成は機能不全に陥るのか
──人事評価や育成が機能しにくくなるのは、なぜでしょうか。
人事評価・育成がうまく機能しなくなる最大の理由は、他の人事施策と同様に『なぜその施策を行うのか』という価値創造ストーリーが共有されていないことに尽きます。現場の従業員から見えるのは、評価項目や研修プログラムといった『点』だけであり、経営が描くゴールという『全体像』の中で、それらがどのようにつながっているのかが見えていません。例えば、経営が『新規事業の創出』を重視しているにもかかわらず、その意図が現場へ伝わらず、評価制度では依然として従来の『既存オペレーションのミス防止』が中心のまま、といった不整合は典型例です。ストーリーがないまま施策だけが降りてくるため、現場は納得感を持てず、評価や育成は形だけの手続きへと形骸化してしまいます。
──その課題に対して、「インパクトパス」はどのように役立ちますか。
「インパクトパス」が目指すのは、この『点』と『全体像』を論理的に再接続することです。『なぜこの評価指標を追うことが会社の利益につながるのか』という因果関係を、経営ゴールから逆算して設計することで、人事施策と経営戦略の間に生じるズレをなくします。つまり、人事施策のすべてが経営目標の達成に向けて意図をもってデザインされた状態を生み出し、人事部門を『管理業務の担い手』から『戦略実現のドライバー』へと変革すること──これこそが「インパクトパス」を定義する本来の目的です。
「インパクトパス」の構造
──「インパクトパス」を構成する要素にはどのようなものがありますか?
「インパクトパス」を構成する要素には大きく以下4つがあります。それぞれを『人的資本経営の実装』を目的として解説します。

(1)Impact(財務/社会価値)
最終到達点となる経営目標のこと。ROE、営業利益、PBR向上といった財務指標に加え、事業の持続的成長や社会価値の創出など。
(2)Outcome(事業成果/顧客価値)
Impactを生むための事業上の成果のこと。顧客満足度、生産性、イノベーション数、ブランド価値など。
(3)Driver(人的資本/組織能力)
Outcomeを生み出す源泉となる組織や人の状態のこと。エンゲージメント、スキル保有率、心理的安全性など。
(4)Action(人事施策/投資)
Driverを向上させるための具体的投資のこと。採用、研修、評価制度改定、ウェルビーイング施策など。
実務における接続の要点は、『Actionから積み上げるのではなく、常にImpactから降ろしていく逆算(バックキャスティング)』に尽きます。 以下のように、上位概念からWhy(なぜ必要か)とHow(どう実現するか)を問い続けることで、各層を強力な『必要条件のロジック』で結びつけます。この逆算の思考プロセスそのものが、強固なストーリーを生み出します。
・利益目標(Impact)を達成するには、高単価商品の受注(Outcome)が不可欠
↓
・そのためには、提案型営業スキル(Driver)が必要
↓
・だから、ソリューション営業研修(Action)を行う
「インパクトパス」設計の実務ステップ
──「インパクトパス」を設計する上では、どのようなステップで進められると良いでしょうか?
「インパクトパス」の設計ステップは、一般に『成果データの収集→因果構造のモデリング→現場検証(PoC)→制度接続』という流れが示されます。しかし、決して『成果データの収集』から始めてはいけません。多くの失敗プロジェクトは、まず手元のデータを寄せ集め、統計解析によって相関を探し出そうとすることで迷走します。けれども、「インパクトパス」の核心は、偶然の『発見』ではなく、組織としての『意志による設計』にあります。本来あるべき設計ステップとは、経営との合意形成をそのままプロセスとして組み込んだものです。以下に、その正しい4ステップを紹介します。

■Step1:Impact(経営ゴール)の合意形成
まず、経営陣と対話して『当社が目指す真のゴールは何か』を言語化し合意します。単なる売上なのか、顧客からの信頼なのか。ここがブレてしまうとすべてのパスが狂います。人事はここで経営の言葉を翻訳し、指標化する役割を担います。ここで言う『ゴールの言語化・合意』とは、単に売上や利益といった数値目標を決めることではありません。重要なのは、その数値の背後にある『どのような価値を創り出すのか』という方向性や意味まで含めて言葉として明確にし、経営として合意することです。
先ほど、Impactを『最終到達点となる経営目標のこと。ROE、営業利益、PBR向上といった財務指標に加え、事業の持続的成長や社会価値の創出など』と説明しました。しかし、ここで本質となるのは、ROEを8%にするのか10%にするのかといった数値の細部を先に詰めることではありません。
まず問うべきは、『そもそもROEという指標を企業価値創造の中心に据えるべきなのか』『そのROEはどのような価値創造の結果として実現されるべきなのか』という点です。この方向性について経営として明確な合意を持つことこそが、ゴールの言語化・合意の核心です。数値目標やKPIの設定は、その後に続く“検証と管理のためのプロセス”であり、ゴールそのものの合意とは別の段階に位置づけられます。
■Step2:ストーリーの仮説構築(バックキャスティング)
次に、『そのImpactを実現するために不可欠な要素は何か?』を逆算(バックキャスト)で議論します。データを見る前に企業文化の変革(Outcome)が必要で、そのためにはエンゲージメントの向上(Driver)が必要だ、などのストーリーを経営と合意します。ここでの合意がないままデータ分析に入ると、現場の実感と乖離した無機質なパスになってしまいます。
■Step3:Action(投資)の決定
描いたストーリーに対し、どのような人事施策を打つか(投資するか)を決めます。ここで初めて、施策の妥当性が経営戦略と紐づきます。
■Step4:検証(データ収集・PoC)
ここでようやく『データ』が登場します。データ収集は、Step2で描いたストーリー(仮説)が正しいかを確かめるための検証手段に過ぎません。
つまり、設計段階で最も重要なのは『経営陣との対話を通じて、Impact・Outcome・Driverの因果ストーリーを仮説として言語化し、合意すること』に全エネルギーの8割以上を注ぐ点です。これは感覚的なすり合わせではなく、データを見る前に“どの方向性で価値を生むのか”を経営として握る作業を指します。
ストレスチェックやエンゲージメントサーベイといったActionは否定しませんが、『数値が悪いから実施する』という発想ではなく、
・目指すImpactは何か
・必要なOutcomeは何か
・そのOutcomeを生むDriverは何か
というストーリーを先に描くことが出発点です。仮に財務価値向上をImpactとするなら、『文化変革(Outcome)が必要で、そのためにエンゲージメント向上(Driver)が不可欠』という仮説を経営と合意し、その後にサーベイや研修といったActionを位置づけます。
この仮説づくりと合意がないままデータ分析に進むと、現場と乖離した形骸的なパスになりがちです。だからこそ、設計段階では「どの因果ストーリーを採用するのか」を経営と握ることに最大の時間とエネルギーを投じることが重要なのです。
しかし、実態としては手段であるはずのデータ収集や、手持ちの施策ありきで検討に入ってしまうケースが後を絶ちません。恐ろしいのは、人事部門にその自覚(悪気)がなく、あろうことか経営側もそれを『当たり前の進め方』として許容してしまっている点です。この双方による無自覚なボタンの掛け違いこそが、多くの企業で「インパクトパス」が名ばかりの図として形骸化してしまう大きな要因の1つだと考えています。

人事制度・組織施策への統合方法
──「インパクトパス」を人事制度全体とどのように統合していけば良いでしょうか?
『どのように統合するか』の方法論以前に、そもそも「インパクトパス」というストーリー下にすべての人事制度が統合されていなければ施策は部分最適に陥りやすく、十分に機能しにくいと考えるべきです。
通常、採用/育成/評価/報酬といった各機能は、放っておくとバラバラの基準で動き出し“タコつぼ化”します。例えば、採用では『変革人材』を求めているのに、評価制度では『ミスのない定型業務』が称賛され、研修では現場と無関係な『流行りのDX』を学ぶ……といった具合です。これではベクトルが分散し、経営目標(Impact)には絶対に到達しません。
効果を発揮する唯一の状態は、「インパクトパス」で特定されたDriver(成果を生む鍵となる能力・状態)が、すべての制度の共通言語(ものさし)になっている時です。 「インパクトパス」で描かれたDriverの資質がある人を採用し、そのDriverを高めるために育成し、そのDriverが行動(Action)として発揮されたかを評価し報いる──このように、すべての制度が1つのストーリー(自社の勝ち筋)を実現するためのパーツとして有機的に繋がり、一貫したメッセージを従業員に送り続ける状態を作ることこそが統合の本質であり、「インパクトパス」が存在して初めて可能になることです。
「インパクトパス」の活用事例
──「インパクトパス」を通じて評価・育成・組織運営が実際に改善した事例があれば、可能な限り詳しく教えてください。
私が実際に支援に関わらせていただいた、ある製造業企業の事例をご紹介します。
■前提
同社では、統合報告書(※)において人的資本経営の全体像(=インパクトパス)を開示しています。その背景には、開示のためではなく、経営と現場の認識を揃えるための密な対話のプロセスがありました。
※統合報告書とは、企業の財務情報と非財務情報(ESGなど)を統合し、6つの資本(財務・製造・知的・人的・社会・自然)を活用した中長期的な価値創造プロセスを包括的に開示する報告書のこと。
■課題/施策と経営目標の接続
当初から『グローバル人材の獲得』や『自律型人材の育成』といった個別のAction(人事施策)は存在していましたが、それが経営の最終ゴールである『中長期的な企業価値向上(Impact)』とどのような論理で結びついているのか、社内での認識が完全に統一されているとは言えない状態でした。
■プロセス/徹底した経営対話と逆算(バックキャスティング)
そこで、単に図を描くのではなく、経営陣と何度も膝を突き合わせた対話を繰り返しました。
『我々が目指すグローバルリーダーとしての姿とは何か?(Impact)』
『そのためには、どんな組織能力が不可欠か?(Driver)』
『ならば、従業員には“育ててもらう”のではなく“自ら育つ”マインドセットへの変革が必要ではないか?(Action)』
このように、経営ビジョンから1つひとつ逆算し、言葉の定義をすり合わせるプロセスを経ることで、借り物ではない『自社独自のストーリー』を紡ぎ出しました。
■成果/コンセンサスによる実行力の向上
このストーリーが合意されたことで、現場における施策の受け止め方が大きく変わりました。 例えば、『グローバル人材の獲得・育成』という施策1つをとっても、以前のような『人事部が勝手にやっている施策』ではなく、『企業価値向上(PBR向上など)のために不可欠な経営投資』として、事業部門も含めた全社的なコンセンサスが得やすくなりました。結果として、施策への納得感と一体感が醸成され、組織運営のスピードと質が劇的に向上しています。
この事例を通じ、「インパクトパス」とは単なる完成した『絵』ではないと痛感しました。それは、プロセスの中で生まれた『経営と現場の合意』そのものであり、実際に現場が動き成果を生むための『価値創造の設計図』となるものであるという『本質』を強く実感した次第です。
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編集後記
人的資本経営やサステナビリティ経営を『価値創造ストーリー』として可視化する「インパクトパス」。単なる図ではなく、経営と現場の合意形成を通じて生まれる設計図である点が印象的でした。非財務活動を財務価値に結びつける論理を描くことが、これからの企業競争力の鍵になると強く感じます。











