「ホールシステム・アプローチ」で組織合宿を成果に直結させる実践的設計のポイントとは
変化のスピードが加速し、課題がますます複雑化している現代では、全体像をつかんだり、指示を迅速かつ正確に共有したりすることが難しくなっています。こうした状況への対応策として注目されているのが、関係者全員を一か所に集めて議論を深める「ホールシステム・アプローチ」という手法です。
今回は、スタートアップ・ベンチャーに特化した経営・組織コンサルティングを提供している株式会社アンサンブル 代表取締役の宮崎 拓海さんに、「ホールシステム・アプローチ」の概要から効果的な導入方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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宮崎 拓海/株式会社アンサンブル 代表取締役
株式会社リクルートを経て、株式会社nanapiに取締役COOとしてジョイン。2014年、M&Aを経てKDDIグループ入り。同グループ企業 コネヒト株式会社にて取締役、CCO、CHROを歴任。2022年10月より、エンタテイメントコンテンツビジネスを手掛ける株式会社indi Co-Founder 取締役。2023年1月、100人以下のスタートアップ・ベンチャー特化型 経営・組織コンサルティングを提供する株式会社アンサンブルを創業。
目次
「ホールシステム・アプローチ」とは
──「ホールシステム・アプローチ」とは、どのような考え方・理論に基づく組織開発手法なのでしょうか?
「ホールシステム・アプローチ」とは、共通の目的や成果を実現するために関係者を一堂に集め、相互作用するシステムそのものを扱う組織開発の考え方です。単に大人数を集めるのではなく、意思決定に関わる人・実行の担い手・影響を受ける当事者が同じ場に集うことで、組織全体としての関係性そのものを再設計する点に特徴があります。1980〜90年代にアメリカで発展したアプローチですが、VUCA時代に求められるアジャイル性や、DE&Iを重視した組織づくりの潮流を背景に、近年再び注目が高まっています。
多くの企業では、議論が『自分の部署・自分の役割』という枠の内側で行われがちです。その結果、議論自体は活発でも、部署の壁を越えて全体最適へつながる動きに発展せず、組織全体としての本質的な成果に結びつかないケースが生まれます。各メンバーが善意でベストを尽くしているにもかかわらず、組織として望む結果にたどり着けない──そんな構造がしばしば起こるのです。
「ホールシステム・アプローチ」は、このような『部分最適同士の善意の衝突』を、共通の目的に向かう『共創のエネルギー』へと統合していくプロセスです。どれだけ“部分”を積み重ねても、それだけでは“全体”にはなりません。一度立ち止まり、全員でシステム全体を俯瞰する場を持つことこそが、複雑に絡み合った問題をほぐし、本質的な成果への近道となります。
もちろん、従来のワークショップ型(対話を通じて現場が自発的に解決策を探る)や、トップダウン型(経営が迅速に方針を示す)アプローチが無効になるわけではありません。参加者が向かうべきゴールが明確で、部分最適の積み重ねが全体成果に直結する状況では、これらのアプローチは非常に有効です。
一方で、重要な情報や示唆が現場のボトムラインに潜んでいる局面では、トップダウン型はむしろリスクとなります。その情報を吸い上げ、戦略に反映する回路を塞いでしまう可能性があるためです。どのアプローチを選ぶべきかの基準は、『思想や戦略を実行に移すうえで、上下の指示伝達が効果的か、それとも相互作用による共創が必要か』という問いにあると考えています。
なぜ合宿に「ホールシステム・アプローチ」が有効なのか
──経営合宿や管理職合宿が『良い話をして終わる』『腹落ちせず現場に戻ると元に戻る』状態に陥りがちな理由はどういう点にありますか?
その理由には、合宿が生み出す『心理的な満足感』と『実行プロセスとの断絶』という2つがあります。
合宿という形式は、共通の目的をもつメンバーが同じ空間でまとまった時間を共有し、対話を重ねて何らかの成果物をつくり上げるものです。そのプロセス自体が、一定の達成感や前進感を与えます。そのため、『しっかり話し合えた』『理解が深まった』というポジティブな感覚が強く残る一方で、その成果が日常業務のどこに接続され、どの成果指標に寄与するのかまで追跡されずに終わってしまうケースが少なくありません。
さらに、多くの合宿では『誰が何を決めるのか』『何を持ち帰るのか』といった次のアクションが曖昧なまま議論が進行します。結果として合宿の場では盛り上がるものの、現場に戻ると既存の業務構造や意思決定の流れに吸収され、合宿での合意や気づきが具体的な行動に変わらない状況がよく起きます。
突き詰めれば、『解決すべき経営・組織課題のプロセスの中で、この合宿をどの位置づけで設計するのか』が十分に考慮されていないことこそが、合宿が形骸化してしまう本質的な要因だと言えます。
──こうした合宿の限界に対して、なぜ「ホールシステム・アプローチ」は有効に機能しやすいのでしょうか?
「ホールシステム・アプローチ」が合宿と相性良く機能する理由は、主に次の3点にあります。
(1)参加者の当事者性が高まる構造
従来の合宿で当事者性が生まれにくいのは、参加者の意識の問題ではなく『構造』の問題です。多くの合宿では、参加者は『議論には参加するが意思決定には関われない』『実行は求められるが、設計には携われない』という立場に置かれがちです。この構造では、合宿で得られた合意は『説明された方針』に見えてしまい、現場に戻ると距離が生まれます。
対して「ホールシステム・アプローチ」は、参加者を『理解する側』ではなく『影響を及ぼす側』として場に配置します。自分の発言や判断が場の方向性に直結し、決まったことが自らの行動にも結びつく構造をつくることで、参加者の認知は『聞いた・納得した』から『自分も決めた・自分も担っている』へと切り替わります。
(2)意思決定がその場で完了する
多くの合宿で意思決定が機能しないのは、『話す場』と『決める場』が分断されているからです。合宿では議論が盛り上がっても、最終判断は別の会議体や別の階層で行われることが多く、合宿での合意が『参考意見』や『方向性』に留まってしまいます。
対して「ホールシステム・アプローチ」では、決定権を持つ人・実行の担い手・影響を受ける当事者が同じ場に揃います。そのため、その場で決まったことが後から覆されたり、実行段階で止まったりしにくい設計になっています。また、意思決定の質は『納得感』では測りません。何をやるのか・誰が担うのか・どの成果を目指すのかが具体化されているかが基準になります。意思決定とは合意形成ではなく、行動と成果に直結する選択をその場で完了させることです。その点で、「ホールシステム・アプローチ」はこの完了度を高めやすい設計になっています。
(3)相互理解が『行動可能な認識』として揃う
合宿における相互理解は、『分かり合えた気がすること』ではありません。従来の合宿では、対話によって『相手の考えが分かった』『背景が理解できた』という感覚は生まれるものの、それはあくまで感情的な納得に留まりがちです。
「ホールシステム・アプローチ」が重視する相互理解は、行動に必要な認識が揃っている状態を指します。具体的には、何を目指すのか・なぜそれを行うのか・何が必要か・自分と相手の役割は何かといった要素が、同じ前提・同じ文脈で共有されていることです。この共通認識が揃うことで、合宿後に『結局あれはどういう意味だったのか』といった再解釈が起きにくくなります。相互理解とは共感ではなく、迷いなく行動できるだけの認識が一致していることなのです。
「ホールシステム・アプローチ」で期待できる成果
──合宿に「ホールシステム・アプローチ」を取り入れることで、個人・チーム・組織それぞれにどのような変化や成果が期待できるでしょうか?
個人レベルで最も大きな変化は、『自分は何を引き受けているのか』が明確になることです。「ホールシステム・アプローチ」では、個人が『理解者』や『実行者』としてではなく、決定と実行の一連のプロセスに関与する『当事者』として場に置かれます。これにより、成果に対する主体的な役割の認知が生まれ、次のような変化が現れやすくなります。
・判断待ちの姿勢が減る
・『自分の範囲で何ができるか』を自ら考えるようになる
・合宿後の行動がより自律的になる
など
一方で、チームレベルでは『部門間の関係性の質』が大きく変わります。従来の合宿では、部門間の衝突が『誰が悪いか』『どこが弱いか』の議論に陥りがちです。しかし「ホールシステム・アプローチ」では、各部門が担う役割や制約を相互依存の構造として可視化します。その結果、次のような変化が生まれます。
・過度な調整や根回しが減る
・『自部門最適』ではなく『全体最適』の視点が増える
・部門間連携が『善意』ではなく『前提』として機能するようになる
など
そして、組織レベルで最も顕著なのは『意思決定と実行が分断されにくくなること』です。「ホールシステム・アプローチ」では、決める人・動かす人・影響を受ける人が同じ場で合意し、そのまま実行に移るため、決めたが実行されない、実行段階で初めて反対が出る、現場解釈がバラバラになるといった事象が起きにくくなります。その結果として、組織全体には次のような成果が現れます。
・意思決定の質が向上する(実行可能性の高い判断になる)
・実行スピードが上がる
・合宿後のアクションプランが自然と前に進んでいく
など
「ホールシステム・アプローチ」導入時の注意点
──「ホールシステム・アプローチ」は効果が高い一方で、設計や進め方を誤ると逆効果になることもあるのではないかと考えております。導入時に特に注意すべきポイントにはどんな点があるでしょうか?
「ホールシステム・アプローチ」で最も重要になるのは『参加者の選定』です。ここで重視すべきなのは、人数や肩書きではありません。取り扱うテーマに対して、決める人・動かす人・影響を受ける人が偏りなく同じ場にいるかどうか──この一点に尽きます。いずれかが欠ければ、合宿で得た合意は実行に結びつきません。「ホールシステム・アプローチ」とは全員を集めることではなく、決定と実行がその場で完結する状態をつくることに本質があります。
次に重要なのが『テーマ設定』です。特に大切なのは、テーマを『正解を出す問い』にしないこと。問うべきなのはどちらが正しいかではなく、組織全体として何を目指し、そのために何を揃える必要があるのか、です。この軸が曖昧なまま合宿を始めると、議論は立場の主張や防御に流れ、『話したのに何も決まらない』状態に陥ります。「ホールシステム・アプローチ」に適したテーマとは、共通の目的・前提をつくること自体に意味がある問いです。
最後に、経営の関与が弱い合宿は『どうせ決まらない場になる』という点も見逃せません。経営が事前に『この場で何を決めるのか』『何は持ち帰るのか』を明確にしておくことが不可欠です。経営の役割は答えを示すことではなく、『この場で意思決定が本当に行われる』という保証を与えることにあります。その前提があることで、参加者は安心して議論と決定に向き合えるのです。
──経営層・管理職が『話し合っただけで何も決まらない』『混乱した』という印象を持たないために、人事やファシリテーターはどのような準備や設計をしておくべきでしょうか?
『話し合っただけで終わった』という評価を防ぐ鍵は、合宿当日ではなく『事前設計』にあります。人事やファシリテーターは、以下3つの観点をあらかじめ整理し、参加者と共有しておく必要があります。
(1)その場で決めること
(2)方向性だけ決めること
(3)今回は決めないこと
また、合宿後にいつ・どこで・誰が最終決定するのかを事前に押さえておくことで、合宿で生まれた合意が行動に変わりやすくなります。ファシリテーターの役割は議論を盛り上げることではなく、決定と実行につながる構造を崩さないことです。
「ホールシステム・アプローチ」を合宿に取り入れる方法
──経営・管理職合宿に「ホールシステム・アプローチ」を組み込む場合、どのような進行設計をすると効果的でしょうか?
「ホールシステム・アプローチ」を合宿に組み込む際に最も重要なのは、プログラムの多さではありません。対話→理解→決定→行動の流れを一続きでつなぎ、どこにも“断絶”を生まないことです。効果的な進行設計の骨格は、次の3つの段階に集約できます。合宿を単なる議論の場ではなく、組織が実際に動き始める起点として設計することが不可欠です。
(1)前提を揃える(全体理解)
最初に行うべきことは意見交換ではなく『前提の共有』です。事実・制約・外部環境・現場の実態などを持ち寄り、『私たちは今、何について話しているのか』を全員が同じ文脈で理解できる状態をつくります。ここが揃わないまま議論に入ると、後の工程で必ず解釈のズレが生じます。なお、同期的に共視状態をつくるには、ファシリテーターがホワイトボードや模造紙、あるいは”miro”などのオンラインホワイトボードにその場で書き起こしていく方法が効果的です。リアルタイムで情報が可視化されることで、参加者全員が同じ前提を共有しながら議論を進められます。一方、非同期での共有には”tl;dv”のようなAI録画ツールや、”PLAUD NOTE”といったAI録音デバイスの活用が有効です。これらのツールは細かなニュアンスまで記録してくれるため、従来の議事録よりも高い解像度で議論の内容を残すことができます。
また、こうした前提の共有は『事前の宿題』として参加者に対応してもらっておくと、合宿当日の時間をより有効に活用することができるでしょう。
(2)共通基盤をつくる(相互理解)
次に、全体として何を目指し、何を大切にするのかを言語化します。ここでは、個別の打ち手を決めることよりも、判断の土台となる目的・優先順位・前提条件を揃えることが重要です。この基盤が曖昧なままだと、合宿後の意思決定が部門や個人ごとに分岐してしまうからです。
また、共通基盤をつくるうえでは『この方向性を推し進める時に、どんな矛盾や摩擦が発生しそうか』も合わせて議論しておく必要があります。その際に気をつけるべきは、総論と各論の対立構造を作らないために以下2つを意識することです。
・主語をWeにすること
・この問いは、合宿に参加する中で最も責任を持った人がイチ参加者として立てること
摩擦の原因の多くは『各論が認知されていないこと、軽視されていること』にあります。このプロセスでそれを緩和することで、全員で共通の目的を目指す構造をつくりやすくなります。
(3)決めて、動き出す(意思決定と行動)
最後のステップでは、『何をやるか・誰が担うか・どの成果を目指すか』を具体的に落とし込みます。大切なのは、合意形成で終わらせず、行動と成果に直結するレベルまで踏み込むことです。この段階で決めきれない事項については、『いつ・どこで決めるのか』まで明確にしておきます。
なお、合宿の効果を最大化するうえで『どんな場所で実施するか』は非常に重要な要素です。例えば、企業文化の浸透や組織としての一体感づくりを重視する場合は、日常業務から物理的にも心理的にも距離を置けるオフサイト環境が効果的です。普段の役割やタスクから離れることでより俯瞰的な視点で議論しやすくなり、組織全体を見渡した対話が生まれやすくなります。
また、1日で完結するコンパクトな形式にも運営上のメリットはありますが、宿泊型の合宿は「ホールシステムアプローチ」を取り入れることでより高い成果を期待できます。宿泊型の最大の強みは、プログラム終了後に自然な交流の場を設けられる点です。普段は接点の少ない役職や部門同士が交わることで人と人との関係性が深まり、組織内のつながりが強化されます。さらに、懇親会やレクリエーションを通じて、合宿そのものが参加者の記憶に残りやすくなる効果も得られます。
──人事部門が合宿を主導すると、うまく対話が引き出せないこともあると聞きます。そんな時はどうすれば良いでしょうか?
人事主導の合宿では、組織内の関係性や力学が作用し、無意識のうちに対話や意思決定の幅を狭めてしまうことがあります。そんなときは『外部人材』をファシリテーターとして起用すると、単なる進行役ではなく、組織内部では生まれにくい問いや判断を引き出す装置として機能してくれます。
例えば、部門間連携をテーマにした合宿で、議論が次のような『相手批判』に流れ始める場面があります。
『営業が無理な約束をするから現場が回らない』
『現場が保守的だからスピードが出ない』
社内ファシリテーターの場合、どちらかに肩入れしていると見られることを恐れ、こうした議論を止めきれないことがあります。一方、外部ファシリテーターであれば、誰の顔色も気にせず、次のような問いを投げ込むことができます。
『いま議論しているのは、誰の問題でしょうか』
『この衝突は、個人の姿勢ではなく構造の問題ではありませんか』
こうした介入により、議論は『誰が悪いのか』という個人攻撃型の構図から、『この構造ではどこが詰まるのか』というシステムの問題に自然とシフトしていきます。外部ファシリテーターの本当の価値は、議論を円滑に回すことではありません。人に矛先が向き始めた議論を、構造・プロセス・意思決定のレイヤーに引き戻せることにこそ、存在意義があります。
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編集後記
「ホールシステム・アプローチ」は、部分最適のぶつかり合いを全体最適へと転換し、合宿を『話して終わる場』から『決めて動き出す場』へ変える手法であることが理解できました。複雑性が高まる今こそ、関係者が同じ土俵で向き合い、決めて動くプロセスが求められています。皆さまの現場での実践のヒントになれば幸いです。














