馴れ合いで終わらせない「心理的安全性」の正しいつくり方
「チームのパフォーマンスを向上させるためには “心理的安全性” を高めることが重要だ」と2012年にGoogle社のリサーチチームが発表して以来、日本でも心理的安全性という言葉をあちこちで聞くようになりました。働き方が多様化してきた昨今、以前にも増して注目されているとも感じます。
しかし、いざ「チームの心理的安全性を高めよう」と取り組んでも、ただお互いを甘やかす“ぬるま湯”のような雰囲気になってしまったり、単なる“仲良し”チームになってしまったりと、一向に生産性を高まらないケースも少なくないようです。
そこで今回は、コーナーに登録しているプロ人事の方に、昨今のリモート環境の状況も踏まえた「正しい心理的安全性のつくり方」についてお話を聞きました。
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目次
心理的安全性が注目される背景
───心理的安全性とはなんでしょうか。また改めて、注目されている背景には何があるのでしょうか。
心理的安全性とは「他者からの反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことができる状態」と定義されています。また注目を集めている背景としては、「組織・個人コミュニケーションのあり方が変化してきている」ことが理由だと考えています。
元々この言葉が広がったきっかけは、Googleが2012年に立ち上げたプロジェクトの調査・分析結果でした。生産性の高いチームには「個々のパフォーマンス(誰がチームのメンバーであるか)」よりも「集団的知性(チームがどのように協力しているか)」が大きく影響しているというもの。この集団的知性を高めるために最も重要だとされたのが「心理的安全性」だったのです。
その後、1on1、チャットツールの活用、エンゲージメントの可視化といった取り組みが各社で見られました。これらは心理的安全性の重要度が高まったからこそ広く認知された取り組みだったと考えています。
また、昨今ではテレワーク・リモートワークも増えており、働き方はもちろん、組織・個人コミュニケーションのあり方も大きく変化したことも、より注目を集めている背景だと考えます。
リモートワーク環境下でコミュニケーション量が減少し、よりチームのあり方や生産性の高め方といったテーマに注目が集まったという図式です。異なる世代が入り混じった組織では特にチームビルディングが難しくなっており、多様化する組織・人に対応する形で「どうすれば組織の心理的安全性を高め、生産性を上げることができるのか」といった課題に直面する企業が増えたのだと思います。
心理的安全性を高めるメリットと、勘違いされやすいポイント
───心理的安全性の高い組織が生む効果はさまざまですが、特にどんなメリットが大きいと思いますか。
「情報やアイデアの共有が活発になる」「メンバーの能力を最大限引き出せる」「チームのビジョンが明確になる」「人材の定着率が高まる」など、さまざまなメリットが挙げられますが、一番のメリットは「答えのない世界に対応する組織づくりができること」だと考えています。
「答えがある世界」においては、現在も多く見られるヒエラルキー型組織が非常に機能していました。明確な答えに向かって上から下へと指示がなされ、それに応じて組織全体が動いていけば一定の成果が見込めたからです。
しかし、昨今の「答えのない世界」、まさにVUCAとも言われる先の読めない変化の激しい時代では、このヒエラルキー型組織が必ずしも機能しない状況があります。答えがないことにより、上からの指示が絶対的ではなくなり、あらゆることに試行錯誤しながら答えを見つけていく工程が必要になるからです。
この時に「心理的安全性が低い状態」だと、最前線で試行錯誤をしている現場メンバーの声が拾えないため、結果として市場の声を聞くことができなかったり、メンバーが失敗を恐れて新しい提案や必要な変化を起こすことができなくなってしまいます。
そこで重要なのが「心理的安全性がある職場」です。これをシンプルに言い換えると「何を言っても大丈夫だと思える職場」「失敗を許容する職場」となります。現場の最前線に立つメンバーから多くの発信がなされ、組織としても新しいチャレンジが推奨され、組織として高速にPDCを回せる状態。これこそがVUCA時代に対応できる組織のあり方の一つなのだと思います。
───反対に「勘違いされやすいポイント」や「失敗例」はありますか。
「とにかく仲が良ければ良い」というのが、一番多い誤解かもしれません。
例えばチャットツールなどを通じて上司・部下がフランクにコミュニケーションをとったり、時には誕生日会やイベントのようなものを通じてアットホームな雰囲気を演出したり。これら自体を否定するつもりはありませんが、ただ単に仲の良い組織であることが心理的安全性ではないということは頭に置いておくべきです。
本質的な心理的安全性のある組織は、こういった肯定的なコミュニケーションだけでなく、否定的な意見も受け入れ、建設的に議論できる組織です。一見仲の良い組織に見えても、そこに異を唱えられる雰囲気がないのであれば、そこには心理的安全性はありません。
組織というものは、ある目標に向かって成果を上げるためにあるもの。それに必要なことを発言する・行動する・振り返るといった各アクションを、メンバー自身が忖度やバイアスなく追求できる状態こそが、本質的な心理的安全性のある組織だと言えるでしょう。
デジタルコミュニケーションにおける心理的安全性
──最近はリモートワークを導入する企業も増えましたが、オンライン環境下ではどのように心理的安全性を高めていけば良いでしょうか。
リモートワークで起こるコミュニケーション上の一番の変化は、「雑談」という余白がなくなったことだと思います。
オフライン環境下であれば何気なく感じ取れていた空気感や雰囲気が、オンライン環境下では難しくなりました。また職場ですれ違いざまに「最近どうですか?」といった声かけから得ていた情報も、Zoomで1on1を設定するなど意図して時間を取らない限りは拾えなくなりました。
これらの状態を解決しようと、各社さまざまな工夫を凝らしています。人事としては、以下のような取り組みを組織に対して実施することができるでしょう。
・全員の顔が見えるMTGを定期的に設ける
・いつでも気軽に話せるチャットのスレッドを作る
・Zoomを繋ぎっぱなしにして、仮想オフィス的な環境を用意する
しかし、これらの取り組みはあくまで手段です。オンライン化により浮かび上がったコミュニケーションの課題は、実は元々組織内で起こっていた課題が可視化されただけということが大半。まずはそもそもの課題を明確にしなければ、本質的な解決には行き着きません。
「他社もやってるし、自分たちもまずやってみよう」という姿勢はもちろん大切ですが、焦って手段ばかり先行させるのではなく、まずは一度メンバーを巻き込み、「自分たちに今何が必要か」ということを話し合ってみるのが有効だと思います。
馴れ合いを防ぐ心理的安全性の高め方
─── 本質的な心理的安全性のある組織を実現するため、具体的にどのようなことに取り組んでいらっしゃいますか?
オフラインとオンラインそれぞれにおいて、私が実際にやっていることをご紹介します。
オフライン環境下
対面で会えていた時には、社内ですれ違った方に「最近どうですか?」とできるだけ声をかけるようにしていました。直接関与するメンバーはもちろん、間接的に関与する他部署のメンバーも含めてです。
他部署のメンバーともコミュニケーションすることにより、自チームのメンバーの状況をより立体的に理解できるようになります。当然、相手が忙しいときにはその場で聞ききれないこともありますが、大抵の場合は数分程度時間を取ってもらい、十分な状況把握をすることができています。
さらにこういったコミュニケーションは、特に若手の方からすると「気にしてくれて嬉しい」と好意的に受け止めてくれるケースが多いように感じます。時にはまったく業務に関係のない雑談をしていることもありますが、情報を仕入れておくことでその若手の方にとって有益な情報を提供できたり、必要な他の部署とつなげたりといったこともできるため、互いにメリットがあります。
また、コミュニケーションで大切になってくるのは質問の仕方と言われます。理由を聞くにしても「なぜ〜?」というのが多く耳にしますが、追求されているようで何を言っても大丈夫とは感じにくいようです。「What」や「How」を中心にすることで、心理的負担は減ると言われています。マネージャー自身が意識することではありますが、人事としては、何気ない部署の課題を聞いている時などの発言で上記の様なことを耳にしたら「●●さん、Why型になってますよ」と指摘してみるのも1つです。
オンライン環境下
リモートワークが推奨されるようになってからは、意図的にコミュニケーションや雑談ができる時間を確保するようにしています。
例えば業務時間後のZoom飲みもその一つ。5名くらいまでであれば、全員と満遍なくコミュニケーションが取れるかなと感じています。もし参加人数がそれ以上になった場合は、グループを分けるなどして全員と話せるようにしています。ただあくまで業務外の時間となるため、業務との線引きには注意しなくてはいけません。
また、チーム全体が必ず集まることができる時間を確保してミーティングを行うなど、オンラインの場合には従来以上に目的や時間を意識し、意図的に場を設定することが重要です。
また、どんな取り組みにしても1回限りで完結するようなものではありません。目的を明確にし、定期的に開催できるようハブとなってくれるメンバーを巻き込んでおくなど、ちょっとした工夫の積み上げが効果につながるのです。
「継続して開催されている」、「入退室が自由である」、「誰もが尊重して扱われている」。こういった場を容易することで、オンライン環境下でも心理的安全性を高めることができると思います。
また、こうした取り組みは、オンライン・オフラインに関わらず、まずは人事が実践してみるというケースが多いと思います。それ自体は大変素晴らしいことですが、その上で、いかにして現場の部署を巻き込んでいけるのか、一緒に取り組んでもらうことが大事なポイントです。
オススメ本(2冊)
───今回のテーマについて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、オススメの本や情報があれば教えてください。
心理的安全性のつくり方/石井 遼介(著)
今回のテーマと最も合致している内容だと思います。心理的安全性の必要性については広く知られていますが、具体的なその方法論についてはあまり認知されていません。この本では心理的安全性とは何かだけでなく、具体的なアクションまで書かれているため、最初の一冊としても非常にオススメです。
チームが機能するとはどういうことか/エイミー・C・エドモンドソン(著)
20年以上にわたって多様な人と組織を見つめてきた著者が「チーミング」という概念をもとに、学習する力と実行する力を兼ね備えた新時代のチームの作り方を描いた一冊。2014年に発売された本ですが、今の環境下にもフィットした内容だと思います。
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編集後記
今、多くの企業が「目先の変化への対応(守備面)」と「理想とする組織への改革(攻撃面)」の両面からの取り組みを進めているように感じます。今回の心理的安全性は、そのどちらの面にも必要なベースとなるもの。どんな企業であっても避けては通れないテーマです。
自分たちにフィットした心理的安全性とはどんなものか。また、それをいかに構築していくか。経営陣はもちろん、組織に所属する一人ひとりが考えることが、より幸福に働くためにも必要なことなのかもしれません。