「セールス・イネーブルメント」で営業の“個人商店化”を防ぎ、組織力を高める方法とは
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営業組織の強化を目的に、アマゾン、セールスフォース、マイクロソフト、ツイッター、SAPなどの欧米企業が導入し注目を集めている「セールス・イネーブルメント(Sales Enablement)」。国内でもSansan株式会社が2018年4月にSales Enablementグループを立ち上げるなど、徐々に注目度が高まってきています。
しかし、その概念や定義はまだまだ浸透しておらず、国内企業の大半が「育成は現場任せ」「いつまで経っても一部の“できる人間”に頼りっぱなし」という状況が続いているように感じます。そこで今回は、リクルートをはじめさまざまな業界で営業企画と組織開発の経験を持つ林 紀彦さんに、「セールス・イネーブルメント」の概念や重要性、導入ステップに至るまで話をお聞きしました。
<プロフィール>
林 紀彦(はやし のりひこ)/株式会社LIFULL 人事本部組織開発グループ責任者
NTT東日本にて営業・営業企画を経験した後、リクルート社にて組織開発コンサルタントに従事する。通信、金融、人材、製造業などに対するコンサルティングを実施。その後、日本M&Aセンターにて組織統合などのプロジェクトを経て現職。
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目次
セールス・イネーブルメントとは
──まず「セールス・イネーブルメント」の定義について、林さんの考えも含めて教えてください。
セールス・イネーブルメントを一言で説明すると、「成果につながる営業人材育成の仕組み」のことです。
もう少し突っ込んで言葉の意味を考えてみましょう。セールス・イネーブルメントはsale(s)とenable(ment)に分解することができ、それぞれを翻訳すると以下のような意味があります。
・sale……売る・需要・要求
・enable……有効にする・可能にする・できるようにする
これらの意味から再度定義を考えると、「お客様のニーズに対してきちんと答えられるようにする」というのがセールス・イネーブルメントの最もシンプルな定義なのではないかと私個人は考えています。
「お客様のニーズに対してきちんと答えられるようにする」ためには、大きく以下2つの観点で考えを深めていくことが必要です。
①お客様のニーズを捉えること
・成果をどのように捉えるか?
・何を価値に感じるのか?
・ニーズを把握するための行動(プロセス)や知識・スキルは何が必要か?
②ニーズに合ったソリューションを提供すること
・お客様のニーズを満たすために営業が実践するべきことは何か?
・お客様と対峙する時の姿勢やマインドはどのようなものか?
これらを1つひとつ明らかにし、育成の仕組みを整え実行する──これこそがセールス・イネーブルメントの全体像だと言えるのではないでしょうか。
セールス・イネーブルメントが注目される背景とメリット
──国内でも徐々にセールス・イネーブルメントについての認知が広がってきているように感じますが、その背景にはどんなものがありますか?
セールス・イネーブルメントがより認知され出した背景には、大きく2つの理由があると考えています。
①情報格差解消による、情報価値の低下
今の時代、だいたいのことはネット上で検索すれば手に入るようになりました。最近ではYouTubeなど無料の映像コンテンツも豊富に視聴できるため、商品やサービスに対する事前理解が顧客の中でも深まっており、単なるサービス説明・情報提供だけでは営業の価値発揮ができないようになってきています。
②人材の流動化により短期的な育成が必要
これまでと比べ働き方が多様化し、転職や副業などもより容易になりました。こうして人材の流動化が増したことで、より短期的に効果が見込める教育が求められています。入社早々に若手が辞めてしまったり、ようやく育ったとホッとしていたら辞めてしまったり、などの経験は皆さんの企業でもあるはずです。
これら2つの理由から、「より早期にお客様へ価値提供ができる仕組みが求められるようになった」というのが、セールス・イネーブルメントの注目度を高める要因になっています。
以下の図は、買い手(顧客)と売り手(営業)の情報量による営業パターンについて表しています。この中における「既知×既知」の部分が増えているため、行動重視型の営業における早期育成の仕組化が求められていると言えるでしょう。また、双方が未知の状態で、複雑な課題を解決する共創型のケースにおいては、ハイパフォーマーが行っているキープロセスの言語化・可視化が必要になります。
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セールス・イネーブルメントを実現することで、成果を出すために営業はいつ・どのようなプロセスで・何に取り組めば良いか分かり、早期に育成できることが期待できます。反対に「とりあえず営業やって」と育成を現場任せにしてしまうような企業は、この人材採用難のマーケットでは選ばれなくなり、より人材採用ができずに育成をする余裕がない……という悪循環に陥ってしまう可能性すらあります。
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セールス・イネーブルメントの導入ステップ(ポイント解説付き)
──セールス・イネーブルメントをこれから導入したいと考えている企業や組織は、どのようなステップで進めて行くのが良いでしょうか。ポイントや注意点も含めて教えてください。
「営業に関する各種データ」がある企業とない企業で進め方は異なります。今回はまだデータがない企業を想定し、5つのステップに分けて解説します。
STEP①営業の役割を定義する
皆さんの会社の営業は、果たしてどのような役割を担っているのでしょうか。例えば、前項の図で例示した4つの型のうち、どれに当てはまるのか。また扱う商品・サービスによってどのような役割を担うのか。それらについて一度考え、組織で共通認識を持つことがまず重要です。
STEP②営業プロセスの可視化
どんな企業にも営業成績が高くお客様からの信頼も厚い、いわゆる「ハイパフォーマー」が存在します。そういった人たちが普段どのような営業プロセスで動いているのかを可視化していくことが必要です。企業によっては営業プロセスが共通言語化されていないため、「先輩の背中を見て覚える」といった非効率な育成になっている企業も多く存在します。
ここで注意するべきは、「この営業プロセスが自社目線に偏っていないか」という点。あくまでお客様の購買プロセスに沿って営業プロセスを可視化していくことが重要です。また完璧な営業プロセスを求め過ぎるのではなく、適宜修正を繰り返し運用していくことも大切です。
STEP③営業プロセスの詳細を可視化する
具体的な営業プロセスを可視化できたら、そのプロセスに沿ったより具体的な内容を検討していきます。このステップにおけるポイントは、プロセスごとの目的・ゴール(状態像)を明確にし、それを達成するために必要な行動(アクション)を明らかにすることです。
可視化は、以下の図のような項目に分けて行うと良いでしょう。
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ただし1点注意点があります。よく「決められた行動をしなさい」とマネージャーが指導する場面を見かけますが、重要なのはその行動ではなく、目的を達成することです。決められた以外の行動でより早く目的を達成できるのであれば、必ずしも必要な行動を実行しなくてよいのです。箸の上げ下ろしまで注意するのではなく、その目的が達成しやすい行動を模索し続けることもここでは必要になってきます。
STEP④研修プログラムの開発・実施
上記①~③までが可視化できたら、その内容をプログラム化していきます。ただし、最初から全てのプログラムを作成する必要はありません。どのプロセスで営業がつまずきやすいのかなど、組織の状況と照らし合わせながら作成し運用してくことが大切です。
その際、ハイパフォーマーやミドルパフォーマーなどから意見を聞き、どこがポイントになるプロセスなのか議論をしながら決めるとよいでしょう。ここでは研修プログラム開発には触れませんが、eラーニングや研修、紙面での共有の他に、実際の事例や提案書の共有などでも効果が見込めるはずです。
STEP⑤営業成果の検証と改善
ここまでに取り組んだ内容により、営業側でどんな成果が出たか、プロセスはどのように変化したかを定点観測していきます。一番単純なモデルで言えば、成約率や商談化率、アポイント取得率と提案額の変化を見ていくだけでも参考になるはずです。それらを踏まえた上で、必要に応じて営業プロセスの見直しも随時行っていきましょう。また他にもアセスメントデータや研修受講率など色々なデータがありますが、予め何のデータを取得するか決めて取り組むとより一層効果が高まります。
導入前に必ず認識しておいて欲しいのは、「セールス・イネーブルメントの実施=ツールの導入」ではないということ。営業の在り方や価値発揮のプロセスを明らかにし、その行動を蓄積(データ化)してより成果を出せる方法を考えることが何よりも大切であるということを、導入時に認識しておく必要があります。
リクルートのセールス・イネーブルメント事例
──林さんはリクルートで組織開発のご経験がありますが、同社ではどのような形でセールス・イネーブルメントを実践されていたのでしょうか。
セールス・イネーブルメントの概念や言葉が国内で認知されるかなり前から、リクルートでは「営業力強化」と呼ばれるトレーニングが実行されていました。今振り返るとこれはセールス・イネーブルメントそのものだったなと思います。
私がリクルートへ入社した当時、営業は成約率・商談化率・提案額をエクセルのシートで管理し、目標達成までのシナリオを週単位で更新して組織全体で共有していました。いわゆるパイプライン管理(※注1)です。
※注1:パイプライン管理とは、営業活動における一連の業務フローをパイプに見立て、分析や改善を行うマネジメント手法のこと
なかなか思うように数字が上がらない営業に対しては、マネージャーがどのプロセスでつまずいているかを確認し、それに応じて参考になる事例を渡したり、時には自ら手本となってメンバーを支援したりしていました。また「良い売上」「悪い売上」といった言葉も日常的に飛び交っており、その営業活動や受注がお客様のためになっているかどうかを常に考えるような文化がありました。
つまり、中途入社が多いリクルートグループにおいて、営業の役割や実行すべきプロセスが共通言語化されており、どこに課題があるか言語化しやすい状況になっていました。また週単位で数字を見直すサイクルがあるので、自分の得意・不得意も認識できますし、皆がそれぞれの状況を知っているため事例やヒントの共有も盛ん。これらの環境が育成をより容易にしていきました。
さらに半期に一度はハイパフォーマーを表彰。その中で「どの営業プロセスにこだわったか」などの観点・事例が組織全体に共有され、日常会話の中でも口にする状態になることで育成される仕組みを整えていました。
その後転職したM&A企業においても、デファクトスタンダードとしてリクルートと同様のことに取り組んだ結果、職人芸で閉じていたM&Aコンサルタントのプロセスやノウハウが統一され、早期育成が可能になりました。この経験からも「リクルートだからできた」わけではなく、どんな企業であってもセールス・イネーブルメントに正しく取り組めば売上に大きく影響を及ぼすと感じています。
営業の活動は時に「個人商店」と呼ばれるほど、ブラックボックス化しやすいものです。その閉じた世界を可視化・言語化によってオープンにし、そのデータや情報を元に組織全体で取り組むこと、お客様に組織全体で価値を届けられるように仕組化していくこと。これこそがセールス・イネーブルメントの取り組みであり、本質だと言えます。
オススメ本(3冊)
──セールス・イネーブルメントについて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、オススメの書籍があれば教えてください。
それぞれのステップや状況に応じて参考にできる本を3冊ご紹介します。
大型商談を制約に導く「SPIN」営業術/ニール・ラッカム(著)
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営業プロセスを検討する時の参考図書としてお薦めの1冊です。
CRM 顧客はそこにいる/アクセンチュア(著)
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データ蓄積を考える際に参考になる1冊です。
リクルートのすごい構想力/杉田 浩章(著)
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型化して組織に浸透させる参考図書としてお薦めの1冊です。
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編集後記
「欧米の先進企業が導入している」などの理由で、人事が新しい概念やツール導入を検討することはよくあると思います。しかし林さんもおっしゃる通り、「セールス・イネーブルメントの実施=ツールの導入」のように目的や本質が見落とされたままでは、営業現場では活用されないでしょう。
ただ、日本企業にも昔から「営業企画」という職種が存在し、営業戦略やその実行に向けた施策を実施してきた歴史があります。セールス・イネーブルメントを「何か新しい舶来モノのすごいツール」として捉えるのではなく、自社の営業プロセスを可視化してより成果を高めるための「1つの考え方・手段」として捉え、運用を継続していくことこそが何より重要なのではないでしょうか。