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会社と個人のWillを重ねる「エンプロイーサクセス」の本質的な実践方法とは

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複数社で働くことが少しずつ一般的になる中で、「個人の限られた時間やリソースを、いかに自社にコミットしてもらえるか」が各企業おける重要な課題となってきました。

その中で注目を集めているのが「エンプロイーサクセス」という概念です。働く人の多様化する価値観と、企業が実現したいビジョンをうまく結びつけることで、社員のエンゲージメントを高め、企業の持続的な成長を実現しようというものです。

ただ、概念としては理解できても、実際の現場でどのように実践すれば良いかについてはまだ情報が多くありません。そこで今回は、ITベンチャーの人事企画として組織開発を経験し、複数企業のエンプロイーサクセスに関わった実績を持つパラレルワーカーの方に、その概念と実践方法などについてお聞きしました。

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エンプロイーサクセスとは

──まず、「エンプロイーサクセス」の定義について教えてください。

エンプロイーサクセスとは直訳の通り、「社員の成功」を意味する言葉や取り組みを意味します。ここでの“成功”の定義は、所属組織での就業を通してそれぞれの「なりたい姿/ありたい状態」を実現することです。

といっても、出世や報酬、スキルアップなどの狭義のキャリアにおける“成功”だけを指すわけではありません。もっと広義のキャリア、つまり個人を大きく捉えて、その人がどう生きたいのか?どうありたいのか?を尊重し、実現への道筋を考えていくものです。

一方で、個人の生き方を尊重するにも会社リソースには限りがあります。誰をどのポジションに置き、何を経験してもらうのか。その結果として会社がどんなインパクトを社会に残したいのか。企業も慈善事業ではありませんから、当然ながら業績を上げることが求められるわけです。

私個人としては、エンプロイーサクセスは「個人と会社のWillが多く重複している状態」だと捉えています。個人が求める姿と、会社が期待するアウトプットが同じであればあるほど、その組織に所属することを通して”キャリア”の実現に近づくことが可能だからです。

エンプロイーサクセスが重要視される背景

──エンプロイーサクセスはなぜ企業にとって重要なのでしょうか?企業・社員それぞれにとってのメリットも含めて教えてください。

エンプロイーサクセスにより、社員の「組織へのコミットメント」を高めることができるからです。

企業は採用選考を通して社員を選別しますが、その逆も然り。終身雇用制が当たり前という時代が終わり、働く目的・場所・相手を社員1人ひとりが選べる時代になったことで、企業は“選ばれる側”の側面が強まりました。

そんな環境下では、その企業・組織に所属していたいと思う気持ち(=コミットメント)がより重要になってきます。コミットメントは以下3つに分類することができ、中でも「情緒的コミットメント」は社員が自らの意思でその組織に居続けたいという気持ちを表したものです。

情緒的コミットメント
「その組織が好きだ」という愛着、同一化
功利的コミットメント
その組織に所属し続けることでメリットが得られる
規範的コミットメント
組織には尽くすべき、という忠誠心

また、「情緒的コミットメントが高いとハイパフォーマーになる」とも言われています。

組織にいることで自分のなりたい姿/ありたい状態に近づける(=エンプロイーサクセスが満たされている)
 ↓
情緒的コミットメントが高くなる(組織に愛着を持ち、自分ゴトとして意欲的に事業を進められる)
 ↓
結果として高い業績(パフォーマンス)を上げる

エンプロイーサクセスを満たす・実現することは、会社にとっては意欲のある社員をつなぎとめるだけでなく、高い業績を上げ続けることにもつながります。社員としても自身のキャリアイメージを達成する近道となります。うまく実践することができれば、「双方良し」の関係になれる。これがエンプロイーサクセスのメリットであり、採用難易度が高まり続ける現状を受けて、より注目度が高まっている理由でもあります。

また、似たワードに「エンプロイーエクスペリエンス」がありますが、これは社員にとっての「会社を知る→採用選考→内定受託→入社→評価・報酬→成長→退職」までの一連の流れを表した言葉です。エンプローサクセスは、このエクスペリエンスを通して社員と会社両方を成功に導くことを指します。

エンプロイーサクセスを実現するための3ステップ

──エンプロイーサクセスを自社で取り組むにあたり、どのようなステップで実践していくと良いでしょうか。またその上で注意するべき点などもあれば教えてください。

実践におけるフェーズは、主に以下の3段階に分けて考えることができます。

①会社のWillを明確化

会社のWillはMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)+人事制度で構成されています。何を実現する組織なのか(ミッション)、そのためにどんな組織であるべきなのか(ビジョン)、具体的にどう実現するのか(バリュー)を表現したMVV。そして、社内のルール(ハード・ソフトともに)を表現した人事制度です。
ここでは、人事制度の中でも特に評価設計が重要となります。どんな人を求めていて、その人にどれくらい金銭的・非金銭的に報いるのかを明確化しましょう。具体的には、グレード制度や職務等級制度を使って、会社が求める人物像を定義します。

②個人のWillを把握する

人生を通して何を実現したいのか、どんな価値観を重要にしている人なのかなど、個人のWillを探っていきます。具体的な方法・手段としては、「1on1」や「キャリア面談」がこれに該当します。

ここで会社(特にマネージャー)に求められるのはコーチングスキルです。社員のなりたい姿/ありたい状態を、問いを投げかけることで特定していきます。

③会社と個人のWillをすり合わせる

最後のフェーズでは、「アサインメント」と「ジョブクラフティング」の2つを活用して行います。

「アサインメント」とは、会社の期待と個人の期待がマッチする役割・役職を社員に与えることです。しかし、社内でのポジションが限られ、目の前の業績も追い続ける必要がある環境下では、全員が満足するアサインを実行するのは困難でしょう。

そこで活用できるのが「ジョブクラフティング」という手法です。アサインメントを変えずとも関係する人を変えたり、仕事の境界線(責任範囲・捉え方)を変容させたりすることで、仕事の認識を変容させることができます。
同じ仕事でも、捉え方を変えることで個人のWillに重なる部分を増やすことは可能です。ただ、仕事の捉え方を変えるには自分や仕事を俯瞰して見つめ直す必要があるため、社員1人では難しいもの。だからこそ他者が適切に介入する必要があるのです。

日本の組織の大半は①で止まっているように感じます。②を取り入れていたら比較的先進的で、③を取り入れている組織はほぼ見聞きしない印象です。しかし組織全体としては取り組んでなくても、育成スキルの高いマネージャーが無意識に③まで実行しているケースはしばしば見受けられます。

これらのステップを実践する上で注意したいのは、「会社のWillを明確化する前に、個人のWill尊重に走ってしまう」ことは避ける必要があり、①をまず最初に取り組むことが重要ということです。社員に辞めて欲しくないからといって、何でもかんでも社員の意見を取り入れていると、何のための組織なのかといった目的そのものが曖昧になってしまうからです。

あくまでも企業はミッションを実現するために存在するもの。会社ミッションがあってこその個人の尊重であり、その順番を間違わないようにしたいものです。

エンプロイーサクセスに取り組む企業の具体例

──これまで実践されたことがある取り組み事例について教えてください。

前述した①〜③のステップを全て行った事例の中で、特に①の部分をどのように行ったかを具体的にご紹介します。

「創業当時に作成されたバリューが、数年経って組織フェーズに合わなくなってきた」という課題感を持っていた、社員約300名の企業における事例です。

まず私はステップ通り、「会社のWillを明確化」するところから始めました。通常なら経営陣とのディスカッションを重ねて会社のWillを明確化していきますが、この企業においては全社員を巻き込んでいく形で進めました。

具体的には、MVVのバリュー作成の際に、経営陣が作成したバリューを叩き台に、全社員300名が5人前後のチームに分かれて意見を出しながらブラッシュアップしていくという取り組みです。

前項で「会社のMVVをまず定めることが重要だ」と述べました。
その過程で、③(会社と個人のWillをすり合わせる)の考え方も取り入れることで、より自分ゴト感のあるWillを作り上げることができる──そんな成功体験を積めた事例でした。

オススメ本(4冊)

──今回のテーマについて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、お薦めの書籍があれば教えてください。

①組織行動論の考え方・使い方/服部 泰宏(著)

エンプロイーサクセスに関連する概念(コミットメント、エンゲージメント、モチベーション、ジョブ・エンベデッドネス)が関係性も含めてわかりやすく網羅的に解説されています。全体像を理解する上でも最初に読むことをオススメします。

②エンプロイー・エクスペリエンス/トレイシー・メイレット(著)、マシュー・ライド(著)

実例や具体的な施策含めて、わかりやすく解説されています。日本にエンプロイーサクセスの概念を広めたきっかけともなる本なので、読んで損はない一冊です。

③その幸運は偶然ではないんです!/J.D.クランボルツ(著)

エンプロイーサクセスを実現するためには、社員のキャリアに向き合うことが欠かせません。キャリアの8割は偶然の積み重ねと言われますが、その偶然をうまく活かす(=計画的偶発性)ことで個人のWill実現を加速することができるというのが筆者の主張です。本気でエンプロイーサクセスを実現したい人は、ぜひ一度読んでみてください。

編集後記

「社員のために」と経営陣が知恵を絞り、待遇や就業環境を改善するといったことはこれまでも行われてきました。しかし働く人の価値観が多様化したこともあり、これまでのように「お金のため」「生活のため」といった理由だけでは職場を選ばなくなってきているのは事実です。

求人倍率も高まり続ける中、つい個人に取り入りがちになってしまいますが、そんなときこそ自社のWillに立ち返り、それが世の中のどんな希望とマッチするかを考える──そんな自己理解にこそ、このエンプロイーサクセスの本質はあるのではないかと、今回の話を通じて感じました。

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