VUCA時代に求められる「オーセンティック・リーダーシップ」とは
の変遷と共に、求められるリーダー像は変化・多様化してきました。その中の1つに「オーセンティック・リーダーシップ」というものがあり、従来のリーダー像とはまた違った概念として注目を浴びているようです。
この「オーセンティック・リーダーシップ」では、あえてリーダーの弱みもオープンにすることもあると言います。具体的にどんなリーダーなのか、そうしたリーダーシップを身につけるためにはどうしたら良いかなどについて、人材育成分野で多くの実績を持つ加藤 純子さんに話を聞きしました。
<プロフィール>
加藤 純子(かとう じゅんこ)/JK22コンサルティング代表
企業・個人向け人材育成顧問、人材育成コンサルティング、講演など実績企業数450社以上。内定者から管理職まで幅広い階層研修の企画から実施まで全国にて対応。BtoB営業コンサルやBtoC店舗のCS戦略を手掛け調査を経たブランディング提案を行う。全国で販売員資格制度の企画から試験実施まで行う。2000年より現職。▶パラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
オーセンティック・リーダーシップとは
──「オーセンティック・リーダーシップ」について、その言葉の意味や定義を教えてください。
「オーセンティック・リーダーシップ」とは、自分らしさを貫くことでメンバーに影響力を及ぼすスキルのことを指します。オーセンティックは「本物の・真正の・確実な」といった意味であり、価値観・信念・固定観念ではなく「自分自身の考えに根差したもの(=自分らしさ)」の意でここでは使われています。
このオーセンティック・リーダーシップに必要な「5つの特性」を、提唱者の一人と言われる米国メドトロニック社元CEOのビル・ジョージ氏はこう主張しています。
目的 <自らの目的を理解する>
来る日も来る日も情熱を持ち業務にあたるということは容易ではありません。だからこそ、常に自分を高みに向かわせるモチベーションとなる野望や夢、達成したいこと、ポジションを理解することは大切です。
価値観 <倫理観に基づいて行動する>
価値観を簡単に曲げたり、流されたりする人には誰もついていこうと思いません。自身が正しいと思う価値観や倫理観を持ち、困難に向かう姿が人を動かします。
真心 <真心を込めてリードする>
信頼には長い時間が必要とは限りません。自身が大事にしていることを本音で周囲に伝え、相手を尊重し、その姿勢や真心を見せた時、短期間でも信頼を構築できると感じることができます。
人間関係 <継続的な関係を築く>
相手に対して共感し支援をする姿勢を見せること。全員が自分自身をさらけ出していいのだという安心感や環境を作り出していく事が重要です。そのためには繰り返し丁寧に言葉と行動で伝えることが大事です。
自己規律 <自己を律する>
ストレスと上手く付き合う術や、頭をクリアにする術を持ち、セルフマネジメントができるようになると良いでしょう。行動だけでなく内面も点検しましょう。
「5つの特性」を踏まえて、オーセンティック・リーダーシップにおいて私なりに必要だと感じる能力・要素は以下の5つです。
1.自分の弱さを認める
2.役割や立場を超える(謙虚さを持ち、部下や後輩からも学ぶ姿勢を持つ)
3.人と比べない
4.生涯の大きな目的を見つける(自分を見失わない強い意思・気持ち、生きる目的があると困難を乗り越えられる)
5.集中してリフレッシュできる何かを持つ(心身共に切り替えができる趣味など。例えばスポーツや料理など)
これらの能力・要素を持っている方がオーセンティック・リーダーシップを発揮できる方であることはもちろん、足りない部分を能力開発することによって後天的にオーセンティック・リーダーシップを獲得できるとも言えます。
なぜ今、オーセンティック・リーダーシップなのか
──多様化するリーダーシップ像の中でも、特にオーセンティック・リーダーシップが注目されているように感じます。その背景には何があるのでしょうか。
背景には、「予測不能な時代の変化」や「スピードと質の時代の加速」があります。私達は今、VUCA(ブーカ)と呼ばれる「不安定・不確定・複雑・あいまい」な時代に直面しており、個人も企業も社会も変化を余儀なくされているのは周知の事実です。そんな中でビジョンを指し示す役割であるリーダーが過去の慣習を正しいと信じて前進すれば、難しい局面に突き当たってしまうこともあります。そうしてリーダーが間違った方向を示し困難に直面してしまうと、チーム・組織が共に暗礁に乗り上げてしまうことは容易に想像できます。組織はリーダーのキャパシティを超えた組織になることはできないのです。
では、どのように変化の時代に向き合い進めば良いのか。その答えの1つが、「1人ひとりが中心となり、発展していけるチーム・組織を作ること」です。リーダーが決めて指示を出して動かすのではなく、リーダーの示すビジョンを理解しながら、1人ひとりが主体的に行動し工夫することを喜びとするチーム。リーダーだけが時代の変化に対応していくのではなく、メンバー全員で察知して進んでいくチーム。そんな“発達指向型組織”を作ることこそが、時代の変化に柔軟に対処するためにも、今後ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)を後押しする上でも必要になるでしょう。
<合わせて読みたい>
経営戦略としての「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」とは
ちなみに、リーダーシップ論は時代に合わせて変化してきました。例えば、リーダーの素質・行動・カリスマ性など、こうあるべきというリーダーの特性や条件がどの時代にも列挙されたものです。そうした流れを経て、現代はオーセンティック・リーダーシップに行きついたように見えます。しかし、このオーセンティック・リーダーシップだけで良し、ということではありません。他にも以下のようなリーダーシップの種類があります。
・サーバントリーダーシップ
「リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という考えのもとに生まれた支援型リーダーシップのこと。
・トランスフォーマーリーダーシップ
部下の組織へのロイヤリティやモチベーションを高め、やる気を刺激し成長を促すリーダーシップのこと。
・クロスボーダーリーダーシップ
人と人との間にある「壁」を越えて、互いの違いを尊重して行動できる場をつくるリーダーシップのこと。
これらのリーダーシップの中から自分はどのタイプに当てはまるのか、という話ではなく、現代のリーダーにはこのように多様なリーダーシップが求められている、ということがご理解いただけるかと思います。
オーセンティック・リーダーシップの習得方法
──リーダー・管理職として「オーセンティック・リーダーシップ」を持つ・習得するためには、どういった素養や経験を持つと良いでしょうか。マインドセットや業務に対しての姿勢、具体的な行動など、詳しく教えてください。
まずは「オーセンティック・リーダーシップのある人とはどんな人なのか」を具体的にイメージするところから始めましょう。
人気テレビドラマの「半沢直樹」をイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。彼は「上を目指す」と公言するバンカー(銀行家)という役どころで、尋常でない問題解決力、流儀かつ決めセリフを言って反感を買ってしまうこともしばしば、曲がったことが嫌い、部下からの信頼が厚いなどの特徴が挙げられます。また、皆の前でよく泣き、しばしば他部署の同期を頼ることもあります。
この半沢直樹を前述したオーセンティック・リーダーシップの5つの要素と照らし合わせてみると、自分らしさを貫く上で発揮したい3つの能力が見えてきます。
1.「私らしさとは何か」自己認知能力
2.生きていく上で必要な社会的スキルである非認知能力(数値化が難しい内面的なスキル)
3.弱さをさらけ出すヴァルネラビリティ(もろさや傷つく可能性のある状態。脆弱性)
「私らしさとは何か」自己認知能力
自己認知能力を高める際、自己分析方法としては、以下のような質問を自問することが有効です。
- 自分にとって世界がかわったと感じた時はどんなどきだったか
- 自身の価値観が変わる様なターニングポイントとなった他者からの言葉はあったか
- 幼少・小学校・中学校・高校・大学時代のそれぞれの自分に起きた事とその時の気持ち(特別な事でも日常的な事でも)
- 仕事でもプライベートでも「壁にぶつかった」時、どう対処していたか
生きていく上で必要な社会的スキルである非認知能力(数値化が難しい内面的なスキル)
非認知能力(意欲や協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性、自制心、創造性、コミュニケーションなど)とは個人の特性であり、測定できるものではありません。また学力とは違い1人で身につけられるものではなく、集団行動の中で養われるものであり、特に困難や失敗や挫折などの経験を通して向上するものです。
非認知能力を高めるためには、「他人の気持ちを読む」必要があります。他者の境遇や気持ちに共感したり、異なる価値観を柔軟に受け止めたり、時には自分が我慢して人に譲ったりすることも大切です。時には他人の価値観に対して批判したり否定したりと、自分の偏見がもたらす気持ちが顔を出すこともあります。そんな時は「小さな善意」を心に留めて心の境界線を広げていくと良いでしょう。
弱さをさらけ出すヴァルネラビリティ
ヴァルネラビリティ(vulnerability)とは、自分の弱さを見せること、自分の弱さを認められること、弱くてもいいのだと思える心のあり方のことです。ヴァルネラブルであることは自己認知につながるとされオーセンティックリーダーシップには欠かせない要素として認識されている傾向があります。
人から褒められるような長所は誰もが把握しやすいものですが、一方で短所は誰も言ってくれないものですし、人には見せたくないと隠してしまいがちなものです。しかしこの「弱みの開示」こそが重要な要素。自分の価値観や信念を貫くために、自分の歴史を遡り、自分をより深く知ることから始めましょう。その上で「私はこんな人だ」と自己開示していけば良いのです。
人は弱みを出せる人に対して、人間らしさや親しみを感じるもの。弱さや不安を隠さないことがチームメンバー同士で支え合う環境作りにつながり、失敗やリスクを恐れず活発な組織になります。また、弱さを知ることは課題を明確にすることにも繋がります。弱さをさらけ出すことに抵抗があるときは、チーム内でルールを作るのも有効です。「お互いを認めましょう」「失敗の予感があったら伝えましょう」などがその一例。まずはそういった小さなところから始めてみることをオススメします。
注意点としては、オーセンティック・リーダーシップは誰にでも向いているリーダーシップではないという事です。知性の発達段階において、ある程度“自己主導型・自己変容型”の発達段階にある方に向いているものであり、環境やその場の雰囲気、まわりの顔色を見て動くような“環境順応型”知性の段階にある方にはフィットしません。
組織のリーダーがオーセンティック・リーダーシップを発揮できるようにする方法
──人事として、オーセンティック・リーダーシップを持つリーダー/管理職を育成するためには、どういった点をどの様な方法でサポートするのが良いでしょうか。
もし私が人事であれば、まずは現状把握からスタートします。と言うのも、組織によってはメンバー1人ひとりが発言権を持つことを良いと思わないリーダーが多数派である場合があるからです。リーダーの独りよがりの施策や進め方で組織が成り立っていないか。まずそこを確認することで、その後の対応方法を決定します。
次に、経営陣からの「なぜ今オーセンティック・リーダーシップが必要なのか」についてメッセージングを行います。リーダーやトップの視野・視座だけでビジネス展開をするのではなく、社員全員の「らしさ」を認め合い、多様な可能性を拾い上げられる組織体にすることで、このVUCA時代を生き抜くレジリエンス(しなやかな強さ)を持つ組織づくりをしたいといった目的を丁寧に説明するのです。具体的な言葉にするとしたら、下記のようなイメージです。
「あえて、回り道をしよう、違う意見を出そう、弱みをさらけ出そう」
そうして組織にオーセンティック・リーダーシップが受け入れられる土壌を作った後は、実際にリーダー/管理職メンバーに対してインプットを行っていきます。ただインプットと言っても、座学や読書ではなく「実体験」によるものです。いろいろな方法がありますが、ここでは一例として「越境学習」的なアプローチをご紹介しましょう。
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具体的には、今いる組織を飛び出して「自分の殻を破る・出る・超える」実体験を通じて多様性を体得していく方法です。例えば以下のようなものが考えられます。
・社内留学や役割交代留学
・ボランティア参加(ゴミ拾い運動に参加、子育て体験など)
・手話カフェ訪問 など
自分が当たり前だと思っていたことが当たり前ではないという体験を通じて、自身の偏見に気づき、多様性を体得していくことに繋がります。またこれらの体験を発表する場として意見交換や共感・共有を行います。こうして視野が広がることで寛容さや冷静さを身につけることができ、それが結果的に社内での人間関係構築やチームワークの質を向上させることなどに繋がっていくのです。
オススメ本・情報(5つ)
──今回のテーマについて学びたいと思っている人事の方々や、「オーセンティック・リーダーシップ」を習得したいと考えているリーダー/管理職の方々に向けて、お薦めの書籍があれば教えてください。
①オーセンティック・リーダーシップ/ハーバードビジネスレビュー
初めに読む本として特にオススメ。リーダー候補の方、将来良いリーダーを目指す若手の方にもぜひ読んでいただきたい1冊です。
②スタンフォード式最高のリーダーシップ/スティーヴン・マーフィ重松 (著)
様々なリーダーシップについてまとめられた1冊。リーダーとはどうあるべきか、リーダーには何が求められるのか、それらの全体像をつかむのにも役立ちます。用語が多く出てきますので、ビジネス用語などに抵抗のない方に向いています。
③なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」/ロバートキーガン(著)
④本当の勇気は弱さを認めること/ブレネー・ブラウン(著)
③~⑤については、「自分らしさを出す」という点で人生にも仕事にも役立つ書籍や情報だと思いオススメします。人生においても職場内においても孤独を感じやすい時代とも言われる中、今一度どのように生きるかという壮大な問いにヒントをくれる情報だと思います。
人生と仕事を切り離さずに考えると、結局は「関係性こそが生きる力」であり、そういう意味では自分らしく表現する・弱みをさらけ出すという能力(勇気)は時代に求められる能力なのだと考えます。
どのように自分の弱さや心のもろさと向き合えばいいのか。あるがままとはどのようなことなのか。どのようにしてもっとお互いを支えていけるのか。働く目的がお金から幸せや意義に変化してきている昨今では、自分らしさの発揮度合いが企業利益に繋がるというデータもあります。オーセンティック・リーダーシップという概念を知り実践することが、こうした「自分らしさ」を考えるきっかけになり、より良い自身や組織の在り方について考える良い機会となれば幸いです。
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編集後記
オーセンティック・リーダーシップは、「自分らしくあり続けること=リーダーシップを発揮すること」であり、無理なくリーダーシップを発揮しながらも環境変化に強い組織づくりができるとあって、今これだけ注目されているのも納得です。
しかしながら加藤さんもおっしゃる通り、オーセンティック・リーダーシップが向かない人・組織があることも事実。まるで唯一の正解のように考えるのではなく、あくまで自分やメンバーの持っている力を最大限引き出し、組織やチームのパフォーマンスを最大化させるための1つの手段である」と考えて取り入れるのが重要な姿勢なのだと感じました。