オンライン環境下における「組織学習」とは
「主要事業は順調に伸びてきているが、第二の事業が上手く立ち上がっていかない」「企業規模が拡大してきて、より自律的に動く組織にしたい」こういった悩みを抱える経営者や人事責任者の方は少なくありません。それを解決する1つのアプローチとして「組織学習」というものがあります。
聞きなれない方からすると、「組織」と「学習」という2つ抽象度の高い言葉が合わさっていることもあり、正しくイメージすることが難しいかもしれません。そこで今回は、経営・現場・人事それぞれの立場から組織学習の戦略・実行に携わってきた植田拓也さんにお話を伺い、「組織学習」の定義から成功・失敗事例まで教えていただきました。
<プロフィール>
植田拓也
東京大学大学院在籍中に人材系ビジネスにて人事責任者を経験したのち、ビジネスサイドの経験を積むため日本マクドナルド社に入社。マーケティング本部、財務本部にて経験を積む。その後人事へキャリアを戻すことを決意し、外資系人事コンサルティングファームであるヘイコンサルティンググループに参画。経営戦略と人事戦略の連動を主な得意領域としてコンサルティングサービスに従事。
その後、事業会社の人事へ転身。BATJ社にてHRBP(ビジネスパートナー)、日本たばこ産業社にて、全社プロジェクト及び役員人事・報酬業務を担う。現在は、ジュネーブのグローバル本社にてプロジェクトPMO及び世界各国におけるグローバルタレントマネジメントを担当中。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
組織学習とは
──組織学習とはどういったものか、定義を教えてください。
組織学習という言葉を初めて聞いた方は、その言葉が何を意味するのかすぐにはイメージできないかもしれません。組織学習を専攻分野とする安藤史江氏(南山大学教授)は、著書(『コア・テキスト組織学習』)にて組織学習をこう定義しています
「組織と個人を内包するシステム全体における組織ルーティンの変化」
もう少し分かりやすく言い換えると、「組織と個人が上手く機能する仕組みが変化する」ことを組織学習と呼んでいます。一定程度時間が経過した組織には、組織と個人とが上手く機能する仕組みが出来上がっています。その仕組みが変化することで、よりよい仕組みが出来ることを組織学習としています。変化といっても、目に見える結果や行動だけではありません。その過程で潜在的に起こる認知面の変化も組織学習には含まれています。
また、組織学習には大きく「シングルループ学習」と「ダブルループ学習」という2つの学習サイクルがあります。
シングルループ学習
すでに備えている考え方や行動の枠組みにしたがって問題解決を図り、より効果効率の高い業績やプロセスを構築していきます。皆さんがよくご存じのPDCAサイクルがこれにあたります。これは事業モデルが確立し、業績を急拡大させていく際によくみられる学習モデルです。
「行動(プロセス)→結果→行動(プロセス)→結果」の2箇所のみを行き来するため、シングルループと呼ばれています。
ダブルループ学習
既存の枠組みを捨てて新しい考え方や行動の枠組みを取り込むことで、新たな事業やプロセスを確立していくことです。「第二の創業期」などと言われる事業フェーズで必要とされる考え方で、過去の成功体験における固定観念といった「前提」を自らアンラーニングし、外部から新しい知識や枠組みを学習するモデルです。
「行動(プロセス)→結果→アンラーニングして学び直す・前提を問い直す」の3箇所を行き来するため、ダブルループと呼ばれています。
これらはどちらか一方だけでは、企業の中長期に渡る持続的成長には不十分です。
「ダブルループ学習」で獲得した仕組みを「シングルループ学習」で反復・強化していくといったような、両方が併存している状態が良いとされています。そのようにして、「組織と個人がが上手く機能する仕組みを変化」させていくことが組織学習です。
「組織学習が進んでいる状態」とは
──「組織学習が進んでいる」と表現されることがありますが、これは具体的にどんな状態を指すのでしょうか。
「組織学習が進んでいる状態」というのは、①組織においてシングルループ学習とダブルループ学習の仕組みが機能している状態と、②組織を構成している個人がリテラシー高く組織学習に貢献している状態だと考えています。
①組織においてシングルループ学習とダブルループ学習の仕組みが機能している状態
先ほど述べたように、組織学習を進めるためにはシングルループ学習とダブルループ学習が機能していることが大切です。特にダブルループ学習を機能させるためには、行動や結果だけでなく、その前提を問い直す必要があります。
前提を問い直すきっかけをもたらしてくれるのが、認知面の変化です。
認知面の変化は、外部環境由来と、内部環境由来に分けられます。
外部環境由来:
既存の競合他社との間におけるビジネスモデルや企業風土と、それがもたらす競合優位性についての捉え方が変わること、新規参入や代替品をもたらす可能性のある業界や会社の範囲が変わること、などが挙げられます。
内部環境由来:
経営理念・戦略・業務プロセスなどの考え方が変わること、組織診断の結果により客観的なアセスメントがなされること、などが挙げられます。
②組織を構成している個人がリテラシー高く組織学習に貢献している状態
それぞれの階層における個人が、必要な役割を担っている状態のことを指します。
例えとして、組織をトップ、ミドル、ボトムという構成層で分けた場合の例をご説明します。
トップは、シングルループ学習を促進させるために、組織における結果や行動を承認していくという役割が必要とされます。ただし、既存の枠組みにおける結果や行動を承認していくだけでは、大きな環境の変化に対応できなくなるため、時に前提を問い直す役割が求められます。
ボトムは、実行者として行動と結果を繰り返しシングルループ学習を実行していくこと、そしてそこから得られる示唆を踏まえて、前提を問い直す提案を挙げることが期待されます。これがダブルループ学習の肝となってきます。
ミドルは、ボトムから挙がってきた前提を問い直す提案を精査し、必要な提案をトップに共有することと共に、トップから降りてきた前提を問う質問を、ボトムが混乱しないように翻訳して伝えるという役割が求められます。
こうした認知の変化や個々に求められる役割を果たすことで、組織学習が進み、「組織と個人が機能する仕組み」を変えようという機運が生まれ、新たな戦略や業務プロセス、そして業績が生み出されていくこととなります。
組織学習の成功事例・失敗事例
──具体的に、組織学習を元に実施した仕組みや事例について教えてください。
シングルループ学習の最たる成功例として、トヨタ社の生産システムが挙げられます。
かんばん方式(※注1)に代表されるように、トヨタ社では車の生産において効率性を追求し続ける仕組みがあります。
この仕組みが凄いのは、経営層から工場の従業員まで全てにおいて改善が徹底・実践されている、つまりシングルループ学習が実践されているのです。さらにそれに留まらず、そこから生み出された改善がイノベーションと呼べるレベルまで高い視座で実施されていることで、シングルループ学習に留まらず、ダブルループ学習にまで発展させられています。
しかし、こうして持続的に業績を向上させているトヨタ社においても、豊田章男社長は強い危機感を抱き、こんな発言をしています。
「技術革新でクルマの概念が変われば、我々のビジネスモデルも変えなければならない」
「トヨタを(移動サービスを提供する)モビリティカンパニーにフルモデルチェンジすることが私の使命だ」
トップ自らが、認知の変化をもたらすことに腐心していることが、トヨタ社の強さの一因にはあるのかもしれません。
※注1:かんばん方式とは、生産現場で連続する工程間の仕掛在庫を最少にするための仕組み。 トヨタ生産システム(TPS)でジャスト・イン・タイムを実現するために開発された手法の1つ。
──うまくいかなかった・失敗したという事例はありますでしょうか?
米国コダック社の事例をご紹介します。
コダック社と富士フイルム社は、フィルム販売において2001年時点ではほぼ互角のシェアを持っていました。しかし、コダック社は2012年に倒産。一方で富士フィルム社は過去15年の年間成長率が10%を超える成長を遂げています。
この明暗を分けた要因の一つに、コダック社は学習サイクルを「シングルループ学習のみ」しか働かせられなかったことが挙げられます。
コダック社はフィルムの売上が急減する中で、従業員が半自治的な小規模事業を立ち上げていきました。それにより事業の中核とみなされなかった技術の商業化を阻み、多角化の取り組みを減らし、画像処理に集中する選択をしたのです。
一方で富士フイルム社は、ダブルループ学習の特徴である「過去の成功体験をアンラーニングして、外部から学習し直す」を行い、フィルム事業からデジタル・カメラ事業への転換に成功しました。
結果、コダック社では新たな戦略や事業が生まれず、富士フイルム社との差を決定づける要因となりました。
オンライン環境下における組織学習の変化
──直近コロナの影響もあり、リモートワークが大きく浸透しました。組織学習においても変化が見られたり、考慮しておくべきポイントなどはありますか?
組織学習のポイントは、「シングルループ学習に留まらず、ダブルループ学習をいかに機能させるか」にあります。ここは対面であろうがオンラインであろうが揺るぐことはありません。ダブルループ学習を機能させるには、前述した通り「認知を変化させること」が必要です。先ほど成功事例として取り上げたトヨタ社のように、経営理念の洗練と浸透がそのためにも欠かせないことはご理解いただけるかと思います。
しかし、コロナ禍においては経営層が直接経営理念を伝える機会や、折に触れた会話で感じる機会が減ってきています。ただ、そんな時だからこそ、文字媒体と比べると情報量が多い動画媒体での発信や、オンラインだからこそできる経営者との距離が近いセミナーなどを通じて、企業理念の浸透を図る取り組みが広がってきています。
また、シングルループにおけるより効果効率の高い業績やプロセスを構築に関しても変化が見られます。オフラインでのコミュニケーションが減ったことで、組織ではなく個人での業務が増え、効果効率の格差が個人間で広がってきているのです。これらに関しても、これまで実施していなかった知識や経験伝達の場を意識的に設計して実施することで、格差を是正していこうとする取り組みが各所でなされています。
またそれ以外にも、オフライン・オンラインに関わらず以下のような取り組みを行うことが効果的です。
・新入社員の入社タイミングにて、経営層からオンライン発信
シングルループ学習を機能させるためには、選考過程で「大切にする価値観」や「行動特性」が会社の経営理念や行動様式にある程度当てはまるかの確認が必要となります。
一方で、新入社員を採用する効果は、ダブルループ学習における「前提を問う力」が新入社員(中途・新卒共に)によりもたらされる、というのも大きな要素です。
組織に染まる前の初期の段階で、新入社員に「前提を問う力」の発揮を期待することを経営者が直接伝えるということがとても大切になります。
オフラインの場だと、経営層に対して質問があっても、集団の前でなかなか本音で聞くことが難しくなります。これをオンラインにするからこそ、匿名での質問ができるようにする等の工夫ができます。
・シングルループ学習のオンラインへの適用
リモートワークが中心となったからこそ、関わりが薄いメンバーに対して業務内容や業務成果を共有するセッションを設けたり、自らの業務内容を社内イントラに掲げておくなど、それぞれが何をやっているかを顕在化させる動きが加速しています。
オンラインにて、自らの業務内容を他人に共有するセッションを設けることは非常にお薦めです。これを行うことで各個人が得た学びが共有されやすくなり、オンラインによるシングルループ学習が会社全体として機能していきます。
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編集後記
組織学習という言葉はそこまで聞き馴染みのないものでしたが、お話を聞く中で「これはVUCA時代にさらに求められる概念だ」と感じるようになりました。組織がレジリエンス(柔軟性)を持つためには、組織が保有する知識が増えたり、行動が変化したり、ものの見方が変わったりするだけでなく、再現性のある習慣としての「ルーティン」が変化する必要があるからです。
組織学習といっても、それを構成するのは「個人」です。個人の経験学習を起点としながらも、それを増幅させて、組織レベルの変化へと昇華させること。これこそがこれからの人事に求められるものなのだと思います。