「フリンジベネフィット」が映す企業文化とその戦略的価値とは
企業が役員・従業員に給与・賞与とは別に提供する付加給付(金銭・現物など)の総称である「フリンジベネフィット」。採用力強化や組織のモチベーション向上などを目的に多くの企業が取り組んでいます。
今回は、福利厚生がほぼ存在しない企業でビジョン・価値観に沿った「フリンジベネフィット」を構築した経験を持つパラレルワーカーの方に、「フリンジベネフィット」の概要から導入・運用ポイントに至るまでお話を伺いました。
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国立研究開発法人・外資系メーカー・急成長テック企業と組織フェーズも文化も大きく異なる環境で、人事制度企画・Compensation & Benefits・労務オペレーション・PMIなどをリード。特に、テック企業には福利厚生がほぼ存在しない状態で参画し、組織のビジョン・価値観を再定義した上でその会社らしい「フリンジベネフィット」をゼロから構築。制度企画から設計〜定着までを高速に実現してきた。多様な規模・文化で成果を出してきた経験を基盤に制度が“形だけ”ではなく組織の行動変容につながる状態をつくることを得意とする。
目次
「フリンジベネフィット」とは
──「フリンジベネフィット」の概要について、福利厚生との違いも含めて教えてください。
「フリンジベネフィット」とは、企業が従業員に対して給与や賞与とは別に提供する『付加的な経済的利益』のことを指す言葉であり、広義では福利厚生の一部として位置付けられています。日本の法令上に厳密な定義があるわけではありませんが、実務上は会社負担の各種手当や社宅・通勤費・食事補助・レクリエーションなど、現金・現物を問わず『給与以外のインセンティブ・生活支援』を総称して用いられることが一般的です。
『福利厚生』が従業員の生活安定や健康維持などを目的とした広い概念であるのに対し、「フリンジベネフィット」はより企業のポリシーや文化を色濃く体現する『戦略的な価値提供』として設計される点に特徴があります。例えば、Googleが従業員に提供している無料社内食堂、リラックススペース、クリエイティブな執務環境などは単なる手当の上乗せではなく、『こういう人に・こういう働き方をしてほしい』という組織の思想を反映した環境・体験そのものが給付になっています。
──給与課税・非課税の取り扱いなど、「フリンジベネフィット」の理解に必要な基本要素を整理して教えてください。
本来、従業員が受ける経済的利益は原則『給与所得』として課税されますが、国税庁が示す所得税基本通達などにより社会通念上相当と認められる福利厚生(通勤手当や食事補助の一定額など)については非課税とされる範囲が明確に定められています。企業側にとっては福利厚生費として損金算入できる一方で、従業員は税負担なく実質的な手取り増の効果を享受できるため、金銭報酬の単純な引き上げとは異なる価値を生みます。
なお、「フリンジベネフィット」に関連する税制は近年見直しが進んでおり、政府は物価上昇に対応して長年据え置かれていた非課税枠の引上げを進めています。例えば、マイカー通勤手当の非課税限度額は2014年以来変更がありませんでしたが、ガソリン価格高騰を背景に 2025年11月に引き上げられました。また、従業員への食事補助の非課税限度額(現在月額3,500円)は1984年から40年以上据え置かれており、物価や食費の上昇に比べ乖離が生じています。政府はこれを『第三の賃上げ』と位置付け、従業員の昼食代負担軽減や健康増進に資する観点から拡大を検討しています。2025年末時点で具体的な引上げ額・施行時期は未定ですが、マイカー通勤手当に続き食事補助の非課税枠拡大も今後見込まれる状況です。
「フリンジベネフィット」の種類
──「フリンジベネフィット」でよく見られるメニューにはどのようなものがありますか?
「フリンジベネフィット」は、その形態から大きく『金銭的給付』『非金銭的給付』に分けて整理できます。
■金銭的給付
住宅手当・通勤手当・家族手当・出張日当・健康関連費用補助・資格取得/研修費用の補助などが含まれます。いずれも従業員の生活基盤やキャリア形成を直接的に支える性質を持ち、給与に上乗せして実質的な可処分所得を増やす機能を果たします。採用競争力の観点では、住宅・通勤・教育といった『生活に直結する』領域を手当でサポートできる企業は候補者から高く評価されやすく、短期的な訴求力という意味でも有利です。一方で、『金銭的給付』は市場の比較に晒されやすく、額の優劣が評価の中心になりがちなため、企業独自の文化や価値観を伝える力は相対的に弱くなります。
■非金銭的給付
企業文化を象徴する施策としての色合いが強くなる給付方法です。先ほど例に挙げたGoogleのキャンパス型オフィス(無料社員食堂・リラックススペース・リラックス用家具・ジムや託児所の併設など)は、創造性やコラボレーションを重視するカルチャーを具体的な環境に落とし込んだものです。他にも、Netflixが一部地域・職種で導入している『子が生まれてから最初の1年間を上限とする有給育児休暇』や、Starbucksが米国で展開するオンライン大学学費支援プログラム(事実上の授業料全額補助に近いスキーム)も、単なる福利厚生を超えて『長期的な成長やライフイベントを会社として支える』というメッセージ性を帯びています。
興味深いのは、こうした施策が『豪華だから』成功しているわけではないことです。Googleの無料食堂もNetflixの休暇制度もStarbucksの学費支援も、それぞれが『どのような人材と・どのような関係性を築きたいか』というポリシーを極めて分かりやすく表現しています。つまり、「フリンジベネフィット」の価値は制度の派手さや金額ではなく、『その企業らしさ』とどれだけ噛み合っているかで決まるということです。従来型の福利厚生を1歩進めて、自社の哲学を体現する“仕掛け”として設計できるかどうかが、人事・経営の腕の見せどころと言えるのではないでしょうか。
「フリンジベネフィット」の導入・見直し目的
──企業が「フリンジベネフィット」を導入・見直しする主な目的にはどのようなものがありますか? また、『どのメニューを導入するか』の判断はどの観点で行えば良いでしょうか?
企業が「フリンジベネフィット」を導入・見直しする目的は、大きく以下の5つに整理できます。
(1)採用競争力の強化
(2)従業員エンゲージメント・満足度の向上
(3)健康・ウェルビーイングの支援
(4)組織文化・価値観の醸成
(5)育児・介護・メンタルヘルスなどに関する労務リスク管理
どういった施策を採用するかを判断する際に、最初に問うべきは『何のための「フリンジベネフィット」か』です。目的が曖昧なまま制度だけが先行すると、利用されずに形骸化するか、単なるバラマキとしてコストだけが残ります。その上で、導入・維持にかかるコスト構造と想定される効果(採用・定着・生産性など)、従業員間の公平性や等級・雇用形態ごとの納得感、そして自社の文化・価値観との整合性を総合的に評価する必要があります。例えば、長時間労働を是としない文化を志向しながら深夜残業に高率の手当をつければ、メッセージとインセンティブに齟齬が生じてしまいます。
「フリンジベネフィット」は、企業の『人にどう向き合っているか』を最も如実に映し出す鏡とも言えるものです。どれほど制度として優れていても自社の価値観と一致していなければ無意味であり、反対にささやかな施策であっても文化と一貫していれば大きなインパクトを生みます。人事は個々の制度だけを“点”で見るのではなく、『この制度は当社のどんなストーリーを従業員と世の中に伝えるのか』との視点で“ポートフォリオ全体”を設計していくことが重要です。
「フリンジベネフィット」導入・運用のポイント
──「フリンジベネフィット」の導入・運用時に押さえておくべき点にはどのようなものがありますか?
「フリンジベネフィット」を本当に機能させるには、制度企画・運用・労務税務の3観点を一体に設計する必要があります。
■制度企画面
まずは制度ごとの目的と対象範囲、期待する行動変容(例:自己研鑽への投資を増やしたい、有給休暇を計画的に取得してほしい、など)、そして効果測定の指標を明らかにします。その上で、自社のビジョンや人材ポリシーと整合しているか、既存の等級・評価制度や働き方の枠組みと矛盾しないか、などを丁寧に点検していきます。
例えば、『採用競争力の強化』を目的として「フリンジベネフィット」を導入しようと考えたとします。その際、魅力的な制度を用意することで応募者を増やせるだろうと考えるケースがありますが、採用の文脈においては強烈なメッセージ性を持つ制度でない限り「フリンジベネフィット」そのものをフックに応募者を惹きつけることは現実的には難しいのが実態です。多くの採用意思決定において「フリンジベネフィット」は、『強い加点要素』というより『機会損失を回避するための要素』として機能しています。平均的な水準を満たしていることは応募者の記憶にほとんど残らない一方で、『一般的には備わっているはずの制度がない』ことはマイナスとして認識されるからです。これは動機づけ理論で言うところの『衛生要因』に近い性質であり、欠如すれば不満や離脱を招くものの、満たしているだけで強い動機づけにはつながりにくい領域です。
この前提に立つと、採用力強化の観点で重視すべきKPIは単純な応募者数ではなく『選考・意思決定の質』に関わる指標(内定承諾率・辞退理由の内容など)になることが多いです。そのため、企画段階ではまず『何に不安がある候補者がどの程度いるか』のペインを明確にし、対象と期待を定義した上で採用成果につながるかを測定できる指標を設計する必要があります。
■運用面
『制度は導入した瞬間から陳腐化のリスクに晒される』との前提に立つべきです。社内への周知が不十分で使い方が分からない、申請フローが煩雑で利用をためらう、といった状況が続けば、制度はあっという間に形骸化します。逆に、導入後も定期的に利用率や満足度を可視化し、利用者・非利用者の声を拾いながら運用をチューニングしていけば、制度は組織と共に育っていきます。
ただ、従業員(利用者・非利用者)から集めた声をそのまま制度に反映することはオススメしません。なぜなら、従業員のニーズをそのまま集計して制度化すると目的が曖昧になってしまい、結果として『何を大事にしている会社なのか分からない制度』になりがちだからです。かといって、従業員のニーズを無視して良いわけではありません。私自身もそのような進め方をしてしまったことで、期待通り制度が利用されない状態に陥ってしまったこともありました。
そこで重要なのは、ニーズを“翻訳”するという考え方です。具体的には、『何を導入してほしいか』を聞くのではなく、『どんな不安があるか』『どんな場面で困っているか』『どんな状態なら働きやすいと感じるか』といった情報を集め、その上でそれらが自社のビジョンや人材ポリシーとどう接続できるかを人事側で解釈し、制度に落とします。また、従業員ニーズの把握は全社アンケートで平均値を取るよりも、ハイパフォーマーや採用ターゲット、離職リスクの高い層など、意図的に対象を絞ったヒアリングが有効です。制度は万人受けを狙うほどメッセージ性が薄まり、結果として誰にも刺さらなくなるためです。
また、制度を機能させる上では導入時に『なぜこの制度を作ったのか』を丁寧に説明することがとても重要です。背景が共有されていない制度は従業員に刺さらないどころか、『なぜ自分が対象外なのか分からない』などの不信感を招く結果になることも多いからです。さらに、制度の利用事例を社内ストーリーとして発信し、『この制度を使ったことでこんな変化があった』という具体的なエピソードとセットで伝える方法も有効なアプローチです。従業員は『制度の存在』よりも『自分にとって何の意味があるか』に反応するため、ストーリーを通じた浸透は想像以上に効果的です。
■労務税務面
課税・非課税の判断、賃金該当性、社会保険料算定への影響、就業規則・各種規程との整合性を事前に押さえておく必要があります。本来は給与所得として課税される経済的利益であっても、所得税基本通達などで一定の福利厚生は非課税とされる一方、条件を外すと課税対象になりかねません。通勤手当の非課税枠や社宅の取り扱い、社員旅行や残業時の食事代の非課税要件など、よく使うメニューほど細かいルールがあります。
税務・社保の観点からも『現金で支給するのか』『現物・サービスとして提供するのか』は意味合いが変わるため、制度企画段階から労務・経理・税務の専門家を巻き込み、『労務・税務に耐えられる制度』として設計しておくことが後戻りのない一番のリスクヘッジになります。

「フリンジベネフィット」導入事例
──これまでのご経験の中で、「フリンジベネフィット」の導入が組織課題の解決につながった事例について可能な範囲で詳しく教えてください。
私が関わったある企業では、『若手従業員の早期離職』が大きな経営課題となっていました。入社3年以内の離職率は約4割にも達し、採用・育成に投じたコストが十分回収できないまま流出している状況だったのです。ヒアリングを重ねると、主な退職理由は『給与水準そのもの』ではなく、『成長実感が持てない』『この会社でキャリアの将来像が描けない』というキャリア形成への不安と帰属意識の薄さに集約されていることが見えてきました。
こうした課題に対しては、通常『1on1の質向上』や『キャリアメンタリングの拡充』といった打ち手が第一想起されます。この企業でも1on1自体は既に実施されていましたが、その内容が主に『内省とすり合わせ』の場として機能している一方で、『改善するために何を学び、どう行動すればよいか』という具体的な打ち手が不足していたという課題があったのです。実際に、上司側からも『対話だけでは本人の努力次第になりやすく具体的なアクションを示しづらい』といったFBも出ていました。
この分析を踏まえ、単に賃金テーブルをいじったり1on1の内容をチューニングしたりするのではなく、『学び続ける人を会社として支援する』ことを軸に「フリンジベネフィット」を再設計することにしました。具体的には、年間の学習補助枠を設け、資格取得や外部セミナー受講、オンライン学習プラットフォームの利用を会社が補助する仕組みを整備するとともに、学んだ内容をチーム内で共有する社内勉強会を制度化した形です。ここでのポイントは、金銭的な補助だけでなく『学びをアウトプットして業務に接続する場』まで含めて制度として設計した点にあります。共通の学習リソースを用意することで会話が抽象論に留まらず、『次に何を学ぶか』『それをどう業務に活かすか』などの具体的な行動設計に落ちやすくなることを狙いました。
その結果、導入初年度で若手従業員の制度利用率は6割を超え、エンゲージメントサーベイでは『成長機会への満足度』が大きく改善しました。特に、会社が海外進出を開始し始めたタイミングで、組織人員が増え上位ポジションが多く発生していたフェーズだったこともあり、英会話や組織マネジメントに関する体系的なHowを学べるコンテンツの利用や利用補助は利用率が高かった記憶があります。3年以内の離職率も数年かけて約4割から2割強まで低下し、採用・教育コストの圧縮効果も定量的に確認できています。
何より大きかったのは、従業員側に『会社が自分の成長に投資してくれている』という実感が生まれたことです。この「フリンジベネフィット」は、『学び続けるプロフェッショナルを支援する会社』という組織のポリシーを具体化したものとして機能しました。
この経験から学んだのは、「フリンジベネフィット」は『どのような組織でありたいか』を現実の制度として形にする“投資”である、ということです。成功している制度は例外なく、その企業の価値観やビジョンと「フリンジベネフィット」に強い一貫性を持っています。逆に言えば、他社で話題になっている制度をそのまま真似しても、自社の文脈と噛み合っていなければ期待する効果は出ません。「フリンジベネフィット」に正解はありませんが、『組織のポリシーやビジョンと整合しているか』の問いにどこまで誠実に向き合えるかが制度の成否を分けると私は考えています。
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編集後記
「フリンジベネフィット」は単なる福利厚生の延長ではなく、企業文化や人材戦略を映す“鏡”とも言えるものであることが理解できました。制度の豪華さや金額大小ではなく、いかに『自社らしさ』と一貫性を持たせられるかに人事としても知恵を絞りたいところです。












