「バリュー評価」を形骸化させない運用のポイント
人事評価の1つである「バリュー評価」。評価への不満の解消や離職率低減などにも効果があるとして近年注目を集めていますが、うまく運用できない企業も多いようです。
今回は、スタートアップ企業を中心に数十社の人事制度構築支援経験を持つ株式会社ベネッセコーポレーションの新宮 祐賀さんに、「バリュー評価」の概要から運用のポイント・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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新宮 祐賀(しんぐう ゆうが)/株式会社ベネッセコーポレーション 大学社会人教育事業本部事業戦略部
株式会社ネオキャリアにて人材紹介営業・新卒採用人事を経験したのち、株式会社HRBrainにて人事コンサルティング事業を立ち上げ、50~300名規模のスタートアップ企業を中心に40社ほどの人事制度の構築支援に携わる。現職では経営戦略立案、人事戦略立案を担当。
目次
「バリュー評価」とは
──「バリュー評価」の概要について教えてください。
「バリュー評価」とは、企業が掲げる価値観や行動規範を具体的に示し、従業員がそれにどれだけ則した行動を取れているかを評価するものです。能力やスキルを『職業人の育成』と捉えると、「バリュー評価」の本質は『会社人の育成』にあります。ちなみに、バリューに正解はありません。あくまでその会社にとって『称賛されるスタイル』を指します。
この「バリュー評価」の特徴は大きく以下3点です。
(1)職種ごとに分けず共通であること
(2)等級ごとに分けず共通であること
(3)長期的な会社の成長に貢献すること
前述した通り「バリュー評価」の本質は『会社人の育成』であるため、職種や等級ごとに分けていては意味がありません。職種や等級ごとにバリューを噛み砕いて紐づける運用方法もあるにはありますが、抽象的な概念と具体的な評価基準を橋渡しするための一時的な措置であることが大半です。また、短期的な業績への影響を評価するというよりも、前述のように会社として称賛されるスタイルを評価する形になるので、長期的な視点での会社への貢献を判断することになります。
なお、「バリュー評価」を企業が導入する目的には大きく以下2つがあります。
(1)企業文化の醸成(≒会社人の育成)
社内のエンゲージメント向上(離職率低減など)や非財務的な強み・源泉の構築(採用力強化など)を狙うものです。人的資本開示の流れもあって近年非常に重要視されています。さらに、昨今はあらゆる情報にすぐアクセスできることから情報格差がなくなりつつあるため、戦略よりも実行力(自社にとって優秀な人材を集め、良いチームを組み、良いプロセスを踏む)の重要性が各所で叫ばれていることも『企業文化の醸成』がより強く求められる背景にあると考えています。
(2)成果評価のデメリット克服
多くの企業が導入している成果評価には『評価が短期視点に偏ってしまう/社内の個人主義的雰囲気を助長する』といったデメリットがあります。評価制度の仕組み上、3か月~1年以内の成果を評価するのが一般的です。しかし、ビジネスドメインや職種によっては2~3年の中期視点が重要になるものも珍しくありません。短期視点で評価を行う成果評価とは期間の相性が良くないものもあるのです。また、成果評価はチームプレイへの評価に弱く、個人に焦点を当てることがメインなため、どうしても個人主義的な雰囲気を作りやすい傾向があります。これらのデメリットを克服する上で、職種・等級を問わず長期視点で評価を行える「バリュー評価」は非常に効果を発揮します。特に、スタートアップ草創期を乗り越え、従業員数が50名~100名に到達した企業などはその必要性を実感することが多いです。
評価対象による違い・位置づけ
──「バリュー評価」以外の評価方法について、それぞれの特徴と合わせて教えてください。
さまざまな評価方法がありますが、それらの評価対象を軸として考えた時に、メジャーなものには以下4つの指標があります。
(1)業績・成果……数値や成果を評価するもの。売上目標の達成、プロジェクトの完了など。
(2)行動(≒バリュー)……企業の価値観や行動規範に沿った行動を評価するもの。チームワーク、顧客志向など。
(3)能力……職務遂行に必要な能力や行動特性を評価するもの。問題解決能力、リーダーシップなど。
(4)スキル……専門知識や技術の習得状況を評価するもの。プログラミングスキル、マーケティング知識など。
これらは(1)の業績・成果評価と(2)~(3)のそれ以外(行動・能力・スキル)の評価に大きく分類することができます。
(1)業績・成果評価
基準さえ明確に設定できれば最も客観的でわかりやすく不公平感がない評価方法です。そのため、インセンティブ決定の仕組みとしては非常に優秀なのですが、短期的な目標にしか対応することができません。
(2)~(3)それ以外(行動・能力・スキル)
主観が入りやすい・基準が曖昧・複雑になりやすいなど公平性を担保するのが難しいですが、中長期的な視点での評価が可能です。
これまで多くのクライアントと関わってきて感じるのは、成果評価を全くしない会社はほとんどないが、成果以外の評価を全くしない会社は多数あることです。その要因は部長以上の役職者のスタンスにあると考えています。例えば、従業員数が30名を超えてくると社長だけでは評価を仕切れなくなり、マネジャーなどに権限委譲をせざるを得なくなります。その際、価値観が揃っていないメンバーのマネジメント・評価を行うのは非常に難しいものです。結果的にマネジャーの負荷が高まり、マネジャーもしくはメンバーのどちらかが離職してしまう『負のサイクル』に突入しやすくなります。こうした現象が起きそう、もしくは起きたタイミングで「バリュー評価」の導入相談をいただくことが多いです。
そもそも、評価を行う理由は『公正な報酬決定/人材育成/文化醸成』のためです。成果に応じた報酬をと考えて組織運営をする企業は非常に多いのですが、それだけではどうしても短期視点かつ個人主義に陥ってしまいます。すると、『中長期で考える人材』や『チーム・全社最適で仕事をする人材』が知らず知らずに抜けていく構造になってしまうため、能力評価や「バリュー評価」を混ぜることにより成果評価のデメリットを中和しようとするケースが多々あります。
成果評価には公平性が高いというメリットがある反面、短期視点のみの評価になりがちだったり、個人主義に偏ってしまう傾向があるというデメリットがあります。一方、「バリュー評価」は長期視点での評価や組織人材育成が可能な反面、運用難易度が高いという難点もあります。
「バリュー評価」のメリット・デメリット
──「バリュー評価」のメリット・デメリットにはそれぞれどのようなものがあるでしょうか。
「バリュー評価」にも当然ながらメリット・デメリットがあります。具体的にはそれぞれ以下です。
メリット
「バリュー評価」は職種によって分断されないため一体感が出しやすく、成果が見えにくい職種でも評価や表彰に繋げやすい点が大きなメリットです。また、バリューが言語化できている組織は仕事の『行動様式』が揃っているのでストレスが少なく、マネジメント負荷も下がる傾向があります。また、スキルが高くマインドが低い(バリューフィットしない)人材が昇格しづらくなるため組織崩壊の可能性も下げられます。
一方で、「バリュー評価」をどのように従業員の昇給や昇格などに反映すれば良いかと悩む方も多い印象です。ここは企業によっても考え方や対応方法が分かれる部分ですが、基本的には『類型化(カテゴライズ)』するという方法が良いと考えています。例えば、よくあるパターンには以下2つがあります。
(1)新卒・若手採用が主体かつ中長期勤務が前提で、成果を出してもらうことがマネジメントに強く課されている場合
(2)中途採用が主体でスキルが高い人が入社する前提で、バリューで組織を束ねていくことに重点を置く場合
(1)の場合、基本的には成果とバリューの2軸で評価を行い、下の等級ほど「バリュー評価」の割合を上げておく設計が考えられます。これは、若手のうちにバリューをしっかり身に着けてもらうことに主眼が置かれるためです。そのため、昇格要件やマネジメントへの抜擢はスキルや成果を重視して行うことになります。
(2)の場合、「バリュー評価」は昇給よりも昇格に対してのインパクトが大きいケースが大半です。組織のニーズに合わせて中途採用をしているはずなので、スキルに対しての懸念はないはずです。しかし、バリューを軽視してしまう人を昇格させてしまうと、スキルが高いこともあり、会社の方針に沿っていただけなくなるなどのリスクが高まることもあります。それを防ぐためにも、バリューにしっかりとフィットしていることを昇格要件に入れておくという形です。
他にもさまざまなパターンが考えられますが、上記で紹介した2つのパターンやその中間などになることが多いと思います。
デメリット
ここまでにご紹介した内容だと「バリュー評価」を入れない手はないと思われるかもしれません。しかし、最大のデメリットは運用難易度が最も高い評価手法である点にあります。その要因は大きく以下2つです。
(1)採用基準と合わせないと機能しない
「バリュー評価」は価値観を評価するものですが、そもそも人によって価値観は異なります。採用のタイミングでカルチャーフィットするかを確認しておかないと、カルチャーフィットしない人に後から価値観を修正してもらうことは困難です。能力やスキルはあとからいくらでも身につけることができますが、価値観・性格・習慣はそうそう変えられるものではありません。よって、組織カルチャーの目線が合っていないと機能しないことになります。
(2)言語化するだけでは機能しない
バリューには正解はなく、あくまでその会社にとって称賛されるスタイルを指すとお伝えした通り、正解がないものだからこそ言語化することが必要不可欠なものです。かつ、バリューを3つ決めて言語化する程度のレベル感では足りません。こういう行動をすると評価がSなのかAなのか、といった粒度の高いところまで落とし込み、現場のメンバーレベルで認識が揃っている必要があります。多くの企業が『バリューを言語化し基準を作ればOK』と考えて運用してしまっているのが実態ですが、実際の評価シーンで迷うことがないレベルまで評価基準が言語化・インプットされているかどうかが「バリュー評価」運用の成否を分けると言っても過言ではないでしょう。
「バリュー評価」運用のポイント
──「バリュー評価」の最大のデメリットは運用の難しさとのことですが、どのようなポイントを押さえて運用できるとうまく進められるのでしょうか。
「バリュー評価」は形骸化との勝負です。作ること自体は比較的簡単なのですが、実質的に運用が継続されていないことが非常に多いため、その2大要因を徹底的に排除する必要があります。
(1)経営陣の理解とコミットメントを得る
これまでの経験から、最も重要かつ最大のハードルはここにあると考えています。前提、経営陣の多くは『優秀』であり、高い成果を出してきた方たちである可能性が高いため、『自律的に動ける優秀な人をたくさん採用できれば事業は成功する』と信じている方が多い印象です。もちろんその考え自体が間違いとは言えないのですが、そこには以下のような観点が見過ごされています。
・優秀な人材を100%の精度で見極められるわけではない
・企業のフェーズにより『優秀』の定義は変わる
・『この組織にいる理由作り』ができていないと、優秀な人材ほど離れていってしまう
・個人の集まりとしてグルーピングはされているが、チームとしての機能を持てず一定以上の成果が出せない
こうした観点から組織を見た時に、抽象的な『優秀』さを軸に採用・組織づくりをしていることの危うさを理解できるはずです。それらを経営陣にも実感してもらい、本当の意味で「バリュー評価」の重要性を理解した上で導入・運用にコミットいただく必要があるのです。
(2)評価基準と運用方法を現場とすり合わせる
先ほど「バリュー評価」のデメリットで挙げた『言語化するだけでは機能しない』ことに関連します。「バリュー評価」の本質は中長期的に企業文化を育てて企業の強みとしていくことにあるので、『バリューが体現できている=目に見える成果を出せている』とは言えないことが多々あります。これは事業責任者にとっては利益相反になりえるものです。『全員バリューは体現しているが、成果が出ていない』状況では部長などの管理職の評価も下がってしまいます。これらの状況を解消する上ではさまざまなコミュニケーションの取り方が考えられますが、どんな方法を選択する上でも評価者と腹を割ったすり合わせが必要不可欠であることには変わりありません。「バリュー評価」がトレンドになった結果、評価者が導入目的を正しく理解せずになんとなく導入・運用している企業が多くなりました。その状態のままだと形骸化は避けられないため、導入目的・意義については必ず明確にして評価者とも合意をとっておきましょう。
「バリュー評価」の導入・運用事例
──新宮さんが「バリュー評価」の導入・実施・運用をされた事例について、可能な範囲で教えてください。
IT系のプラットフォームを自社開発している企業に「バリュー評価」を導入した事例についてご紹介します。
この企業は当時、従業員100名規模からさらに採用を加速するフェーズにありました。それまではスキル評価が主体となっており、バリュー評価はもちろん目標設定も実施していませんでした。『プロフェッショナル集団を目指す』という大方針を代表が掲げていたものの、組織拡大にマネジャーの育成が追いついておらず、徐々に離職が増加してしまっていました。ついに社長の右腕候補だった方が離職してしまったことをきっかけに、人事評価制度の刷新に踏み切ったのです。
具体的には、目標設定と「バリュー評価」の2軸を主体に人事評価制度を構築し、バリューの構築から支援を行いました。この企業ではプロフェッショナル集団を目指しているがゆえに1人ひとりが個人商店化し、組織の一体感や目指す共通目標の理解が薄い状況を打破したいと考えたためです。具体的には代表と人事が主となってMVVの見直しを行い、そこからブレイクダウンしたバリューを評価項目として運用できる基準まで落とし込み、言語化したものをその後のマネージャー向け説明会で現場に浸透させていった形です。
実際の「バリュー評価」は半期に1度行い、その中でバリューや現場に期待する行動が理解できているかを随時チェックしながら必要に応じて介入を行いました。結果、目標設定をしづらい部署や職種(エンジニア・デザイナー・新規プロダクトに関わるメンバーなど)でもマネージャーが言語化されたバリューを基にフィードバックを返すことができるようになりました。また、会社がバリューを重視していることがメンバーにも少しずつ伝わった結果、そのバリューに沿った人材を選考に進めることができるように。採用できる層にも変化が見られたのは大きな成果でした。
なお、この事例に限らず「バリュー評価」と成果評価のバランスをどうすればよいかと聞かれることがよくあります。これはビジネスモデル・採用戦略・組織構造・現状課題によるところが大きいです。例えば、営業要素の強いマネジメント層の評価割合は『成果が9割』になることも往々にしてあります。しかし、『「バリュー評価」が1割しかないなら、バリューは意識する必要がない』と従業員に思われてしまうと形骸化する元になってしまうため、最低でも「バリュー評価」割合は2割以上、できれば5割くらいのバランスで組むのが良いと考えます。
一方、会社によっては「バリュー評価」の割合を100%にしているところもあるようです。「バリュー評価」と成果評価のバランスには明確な答えはないため、従業員の反応や起こしたい行動をイメージした上で自社ならではのバランスを追求していくことが重要です。
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編集後記
成果だけの評価ではどうしても生まれてしまう“歪み”をうまく中和してくれる「バリュー評価」。ですが、導入すればそれでOKではないこと、どう運用するかが一番重要であることなど、新宮さんのお話からは多くの発見がありました。成果評価とどう組み合わせるかはもちろんですが、現場へどう浸透させるかも綿密に設計して運用を行う必要があることを念頭に置いて導入を検討していきたいものです。