「インセンティブ制度」の設計から運用までのポイントと改善方法を解説

従業員の業績や成果に応じて報酬やボーナスを支給する「インセンティブ制度」。社員のモチベーションや組織の生産性向上を目的に多くの企業でも導入されている制度ですが、うまく運用できていないケースも少なくないようです。今回は、株式会社カブ&ピース 人事総務部マネジャーである小坂 円理子さんに、「インセンティブ制度」の設計・導入時につまずきやすいポイントや運用改善方法についてお話を伺いました。
<プロフィール>
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小坂 円理子(こさか まりこ)/株式会社カブ&ピース 人事総務部マネジャー
新卒でエンジニアを5年ほど経験した後、人事へキャリアチェンジ。その後、通信会社・IT関連企業など、スタートアップから上場会社まで多数の企業にて人事業務を経験。人材開発領域から労務総務領域まで幅広い経験を持つ。
目次
「インセンティブ制度」の種類
──「インセンティブ制度」にはその目的によっていくつか種類があると聞きました。具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
企業が「インセンティブ制度」を導入する目的は大きく2つあります。1つは『従業員のやる気を引き出し目標達成を促進させるため』です。組織が期待する成果を出した従業員にインセンティブを付与することにより、従業員としても目標やとるべき行動が明確になり、モチベーションも短期間で向上させることができます。もう1つは『人材確保』の観点です。優秀な人材にインセンティブという形で応えることができるため、求職者へのアピールはもちろん既存従業員の離職を防ぐ効果も期待できます。
これらの目的に合わせて、あらゆる種類の「インセンティブ制度」からどれを導入するかを選択することになります。以下に目的ごとに該当する制度と合わせて紹介します。
■目的:従業員のやる気を引き出し目標達成を促進させるため
<金銭的インセンティブ(物質的)>
・ボーナス(成果給):業績向上のインセンティブとして機能
・利益分配制度:会社の利益を共有し、従業員の貢献意識を高める
・株式報酬(ストックオプション):会社の成長への貢献を促す
・目標達成報酬:目標達成を直接的に動機づける
<非金銭的インセンティブ(評価的)>
・昇進・昇格:キャリアアップの機会を提供し、モチベーション向上
・表彰・称賛:成果を認めることで、従業員のやる気を高める
・休暇の付与:パフォーマンス向上の報酬として機能
・柔軟な働き方:成果を上げた従業員にメリットを提供し、やる気を向上
<チームや組織全体を対象とするインセンティブ(人的)>
・社員旅行:目標達成の報酬として提供し、チームの結束力を高める
・イベントやパーティー:達成感を共有し、モチベーションを維持
■目的:人材確保
<学びや成長を促すインセンティブ(自己実現的)>
・研修・スキルアップ支援:成長機会を提供し、優秀な人材を引きつける
・学費補助制度:キャリア形成を支援し、魅力的な職場環境を構築
・キャリア開発プログラム:長期的な成長機会を提供し、人材定着を促す
<自由裁量型インセンティブ(その他)>
・選択型福利厚生制度:ライフスタイルに応じた柔軟な福利厚生で魅力を高める

「インセンティブ制度」の導入後につまずきやすいポイント
──「インセンティブ制度」を導入したものの、うまく運用できていない企業もあるようです。導入後につまずきやすいポイントにはどのようなものがあるでしょうか。
確かに、せっかく導入したものの期待した効果が得られていないケースはよく耳にしますし、私自身も経験があります。それらの『つまずきポイント』を整理すると以下の7つが挙げられますので、対処法と合わせてご紹介します。
(1)目的と評価基準のズレ
導入した「インセンティブ制度」が組織の戦略目標と一致していない場合、従業員の努力が間違った方向に向かってしまう恐れがあります。また、評価基準が曖昧で従業員が目指すべき成果を明確に理解できないと、制度自体が形骸化してしまう可能性が高まります。
(例)売上向上を目的にした「インセンティブ制度」で、売上額のみを重視した評価基準を設定すると、難易度が低く利益率が悪い案件も含めて獲得する傾向になってしまう
<対処法>
・制度設計時に『目的』と『評価基準』を慎重に整合させる
・定期的に評価基準を見直し、目的達成に合致しているか確認する
(2)公平性の欠如
インセンティブが一部の従業員や特定の部署に偏ってしまうと、不満が生じてモチベーション低下や組織内の分裂を招く可能性があります。
(例)営業部門にだけ「インセンティブ制度」があり、サポート部門や開発部門には「インセンティブ制度」がない場合、後者の従業員が不公平感を抱く
<対処法>
公平を期すために、全従業員を対象にした制度設計の検討、もしくは職種や役割に応じた異なる「インセンティブ制度」の基準を導入する
(3)過度な競争の促進
「インセンティブ制度」により個人間の競争を煽りすぎると、チームワークが損なわれたり、従業員が非倫理的な手段を用いて成果を上げようとしたりするリスクが出てきます。
(例)営業部門で個人の売上成績に基づくインセンティブを重視した結果、情報共有が減り、チーム全体の効率が下がってしまう
<対処法>
・チーム単位の目標も評価基準に加えつつ、周囲の協力やサポート行動も評価に含めるようにする
(4)効果検証やフィードバックの不足
「インセンティブ制度」を導入して終わりにしてしまうと、従業員の満足度や制度の実効性を測る機会が失われ、結果として制度が機能しなくなることがあります。
<対処法>
・制度の効果を定期的に検証するプロセスを設けると共に、従業員のフィードバックを積極的に取り入れて制度を柔軟に改善する
(5)運用の複雑さや手間
制度が複雑で分かりづらい場合、従業員や管理者の負担が増え、制度が正しく運用されないことがあります。
<対処法>
・シンプルで分かりやすい評価プロセスを設計し、管理者が成果を正確に評価できる仕組みづくりを心がける
(6)従業員の理解不足
制度の内容や目的が従業員に十分に伝わっていないとモチベーションが上がらないばかりか、逆に不信感を招いてしまうことがあります。また、インセンティブの仕組みや評価基準が共有・理解されていないことにより、一部の従業員が『贔屓されている』と感じてしまうこともあります。
<対処法>
・運用前には制度の目的や仕組みを分かりやすく説明する場を設ける
・運用後も従業員の理解度を確認し、質問や疑問に対応するように心がける
(7)従業員の期待と結果のギャップ
制度に対する従業員の期待が高すぎると、実際の報酬や評価が期待に応えられず不満が生じてしまうことがあります。
<対処法>
・制度導入前に従業員の期待値を適切に管理するためにも、制度変更に関する説明会などのコミュニケーションの機会を設ける(実現可能な報酬体系と、それを明確に伝えるコミュニケーションを行う場として)
「インセンティブ制度」を運用する上でのキーワードは、『公平性・透明性・従業員の理解度・短期と長期のバランスに配慮した制度設計』です。それらの観点を抑えた上で、定期的に制度の効果を検証し、従業員のフィードバックを取り入れることが「インセンティブ制度」を機能させる上で最も重要なポイントだと考えます。
「インセンティブ制度」設計時に注意すべきポイント

──先ほどは導入後について解説いただきましたが、前段階の「インセンティブ制度」を設計する上ではどういったポイントに注意するとよいでしょうか。
「インセンティブ制度」を設計する上で重要なのは、『スムーズに運用され、期待する効果を得られるか』を考えることです。つまり、前述した『導入後のつまずきポイント』を押さえた上で制度を設計していく必要があります。そのため、改めて「インセンティブ制度」設計時に注意すべき8つのポイントについて整理して解説します。
(1)公平性を保つ
従業員間で不公平感が生じると、せっかくの「インセンティブ制度」が逆効果になりかねません。公平性を確保するためにも客観的な基準やプロセスを設計し、透明性を持たせることが重要です。また、評価基準を事前に周知徹底することにより、同じ成果を上げたにもかかわらず評価が異なる、または特定の従業員や部門だけが優遇されているといった偏り・誤解を防ぐことにもつながります。
例えば、営業成績を評価する際、売上の『絶対額』ではなく『達成率・成長率』を基準にすることで、規模が異なる市場や業務内容を担当する従業員にも公平に評価が行えるようになります。
(2)目的と連動する設計にする
「インセンティブ制度」の目的が不明確だと、従業員の行動が企業の戦略と乖離する可能性が高まります。短期的な成果を重視した制度では長期的な顧客満足やブランド価値の向上には貢献しづらくなることからも分かるように、目的と制度の連動性は制度設計時において肝となる部分です。
例えば、営業部門に売上目標達成ボーナスを導入する場合、売上だけでなく『顧客満足度』や『継続契約率』といった指標も評価基準に加えることにより、短期的な利益追求だけでなく、長期的な関係構築を促進できる制度になります。なお、このような時の評価割合は会社の目標に合わせて変更すると良いでしょう。新規顧客を増やすフェーズであれば売上を、リピーターが一定増えた後は顧客満足度や継続契約率などを高めに設定していくイメージです。
(3)適切な目標設定にする
設定された目標が非現実的(高すぎる)な場合、従業員がやる気を失ってしまうことがあります。逆に、低すぎる場合はモチベーションが上がらないこともあるので注意が必要です。また、曖昧な目標設定では評価の公平性が保てません。『SMART原則(S:Specific-具体的、M:Measurable-測定可能、A:Achievable-達成可能、R:Relevant-関連性がある、T:Time bound-期限がある)』に基づき、適切な目標を設計することが重要です。
(4)過度な競争の抑制
「インセンティブ制度」が従業員間の競争を煽りすぎると、チームの連携や協力が損なわれる可能性があることは前述した通りです。また、過剰な競争がストレスや不正行為を生むリスクもあります。それを防ぐためにも、営業成績上位者だけに報酬を与える制度ではなく『チーム全体の目標達成』にも報酬を割り当てたり、個人評価とチーム評価をバランスよく組み合わせたりすることで、協力を促進しながら個々の努力も正当に評価する仕組みを整えましょう。ちなみに、個人評価とチーム評価の割合は役職などの立場によって変えると良いでしょう。例えば、新卒など若手メンバーに『チーム全体のことまで責任範囲として考えて欲しい』と頼んでもなかなか難易度が高いのが現実です。そのため、若手メンバーに関しては個人評価7割〜8割・チーム評価2割〜3割くらいが良いバランスだと考えます。一方、チームを束ねる立場にいる方は、5割〜8割くらいをチーム評価にすると良いと思います。
(5)短期と長期のバランスを考える
短期的な成果を重視しすぎると、従業員が長期的な成長やイノベーションを軽視する恐れがあります。反対に、長期的な評価に偏りすぎると、日々の努力が報われにくくなる可能性もあります。それらのバランスをうまく取るためには、短期的な売上達成ボーナスに加え、年間を通じた『イノベーション提案』や『業務効率化』の成果も評価に含めることにより、短期の努力を認めるインセンティブと、長期的な成果を評価する仕組みを両立させましょう。
(6)柔軟性とパーソナライズを考える
従業員全員に同じインセンティブが効果的とは限りません。従業員の価値観やライフステージ、個々のモチベーション要因が異なることを踏まえ、制度に『柔軟性』を持たせることが重要になってきます。具体的には、福利厚生ポイント制度を導入し、従業員が健康促進・自己啓発・旅行など自分のニーズに合わせてインセンティブを選択できるようにするなども方法の1つです。なお、それらを設計する上では従業員アンケートや定期的なフィードバックを基にニーズを把握することも重要になります。
(7)制度の運用コストと効率性
複雑すぎる「インセンティブ制度」は、運用や管理に過剰なコストがかかり、逆に制度そのものが非効率になってしまいます。また、評価や支給がタイムリーにできないことでインセンティブの効果が薄れる恐れもあります。それらを避けるためにもシンプルで分かりやすい制度を設計し、なるべく運用の負荷を軽減して評価・支給プロセスを効率化する仕組みを導入したいところです。
(8)フィードバックと見直しのプロセスを設ける
一度設計した制度を放置すると、従業員のニーズや市場環境の変化に対応できなくなる可能性があります。少なくとも半年や1年ごとに従業員アンケートを実施して改善点を把握することにより、「インセンティブ制度」を常にアップデートし続けましょう。
「インセンティブ制度」がうまく運用できていない場合の改善方法
──すでに自社で「インセンティブ制度」を導入・運用しているもののうまくいっておらず困っている方に向けて、どのような形で立て直していけば良いかアドバイスをお願いします。
うまく運用できていない「インセンティブ制度」を立て直すためには、既存の課題を特定・分析し、制度の目的や仕組みを見直すことが必要になってきます。具体的には、以下5つのステップで運用改善を進めていくと良いでしょう。
(1)課題を特定する
まず、現在の「インセンティブ制度」にどのような課題があるのかを明確にするところから始めます。課題の抽出方法には従業員やマネジメント層へのアンケート、インタビュー、各種データ分析などあらゆる手法があるため、対象の範囲などに合わせて選択してください。なお、ここで特定される課題は企業によってもさまざまですが、よくある課題としては以下のようなものがあります。
・従業員がインセンティブ制度を理解していない
・評価基準が不透明で不満が生じている
・インセンティブが従業員のやる気につながっていない
など
(2)目的を再定義する
現行制度の目的が曖昧になっているのであれば、組織全体の戦略や目標に基づいて「インセンティブ制度」の目的を再定義します。売上拡大を目指しているのか、顧客満足度向上を重視しているのか、従業員のスキルアップを促進したいのか、など目的を明確にした上で経営陣と協議し、組織目標に即したインセンティブの方向性を設定し直します。さらに、再定義した目的を従業員にも共有し、合意を形成することも忘れてはいけません。
(3)評価基準の透明性を確保する
評価基準やインセンティブの条件を明確かつ公平にし、従業員に周知徹底します。具体的には、『売上目標の達成率90%以上でボーナス支給』などの具体的な基準を設定した上で、それらの基準を文書化し、全従業員向けに説明会を実施して周知する形です。その際、定量的な指標だけでなく、定性的な要素(チーム貢献度や顧客満足度など)も取り入れ、達成状況やインセンティブ支給額が従業員に納得感を与えるものになっているかも合わせて確認します。
(4)インセンティブ内容を見直す
インセンティブが従業員のモチベーションに繋がる内容になっているかどうかを再検討します。具体的には、従業員アンケートを活用してどのようなインセンティブが最も価値を持つかを把握し、優先順位をつけて設計を修正します。金銭的報酬だけでなく、休暇、研修機会、表彰制度などを導入するなど、多様な従業員ニーズを考慮しインセンティブの選択肢を増やすことも有効です。
(5)目標設定を調整する
不適切な目標設定がモチベーションを低下させている可能性がある場合、目標が現実的かつ挑戦的であるかを見直します。現場リーダーや従業員と話し合い、達成が困難すぎる目標を『徐々に改善可能な段階的目標』に変更することが必要です。現場の状況や能力を考慮して調整することが求められるため、従業員とのコミュニケーションを強化しながら現実性のあるものになっているかを確認しながら調整を進めていきましょう。
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編集後記
従業員のやる気を引き出し、組織の目標達成につなげる「インセンティブ制度」。ですが、その運用において透明性や公平性が確保できていなければ、逆に従業員のモチベーションを下げることにもつながりかねません。導入して終わりにせず、狙った効果が得られているかを定期的に確認しながら必要に応じて改善・カスタマイズを繰り返していきたいものです。