「評価による減給」、注意点について解説
多くの社員にとって給料はさまざまな報酬の中でも、大部分を占める重要なものです。会社としても社員になるべく多くの給料を支給したいものの、さまざまな理由によってそれが叶わなくなってしまったり、残念ながら減給をしなくてはならないこともあるのが現実です。その中には、社員に対しての評価がサポートをしていても上げることが難しく、やむを得ず減給をせざるを得ないこともあります。
今回は、複数企業でのHRBPの経験を持つエプロン合同会社代表社員の鈴木 玲央奈さんに、「評価による減給」がどういった場合に可能なのか、行う上での注意点にいたるまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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鈴木 玲央奈(すずき れおな)/エプロン合同会社 代表社員
富士通でシステムエンジニアとしてキャリアをスタートしたのちに人事に転身。大手自動車部品メーカー、ネットバンク、大手エンタメメーカーのHRBPを歴任。その後DXコンサルタント・AI人材育成のスタートアップ企業での人事部長としてIPOを牽引。2023年に現在のエプロン合同会社をパートナーと2人で創業し、DX・営業コンサルティング、人事コンサルティングを主軸に事業展開を行う。
目次
なぜ「評価による減給」を行うのか
──誰もがしたくないものの、現実的に避けられない減給というものがあると思いますが、どのような事情で行うことが多いのでしょうか。
会社の生産性向上と持続的な成長を実現させ、事業を前に進めることを人材・組織の側面から推進することが人事の役割だと思いますが、「評価による減給」は、その手段の1つに過ぎません。具体的に言えば、どの会社にも一定数存在している不活性人材を活性化させたり、新陳代謝を促しリーンな組織にするために実施されます。特に、スタートアップやベンチャーなど成長速度を上げたい企業が選択しやすい手段でもあります。
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『新陳代謝を促す』と聞くとやや冷たく聞こえてしまうかもしれません。しかし、昨今は転職への心理的な障壁がかなり下がったこともあって、キャリアアップを目的とした転職者が増えてきました。むしろスキルが高い人ほど、スキルアップや人的ネットワークの広がりなどのポジティブな目的で転職をしている傾向があります。そのような意味でも、社員の入退社による流動は一定ある方が自然であり、会社の持続的な成長には必要なことです。
生産性向上の観点においても、現状のフェーズで貢献度が低かったりうまくバリューが発揮できていない社員は、人件費という固定費において会社の業績を圧迫するひとつの要因となってしまうのが現実です。この打開策としてはバリューが出してもらえるように成長したり変わってもらう、バリューが出せる可能性のあるポジションに異動してもらう、転職などの外の機会を見てもらう、という3つのパターンがあります。ただ、いずれにしても『会社にとってはその社員が現状のままでいることは許容できない』ということを、本人に伝えなければ会社の経営は好転しません。
ちなみに異動についてはあくまで暫定的な措置だと考えます。大企業のように企業としての体力があるのであれば良いのですが、なかなか余裕のある企業は少なく、今後スケールを拡大したい中小企業やベンチャー企業にとっては、その負荷を許容することが難しい場合も多いためです。
もちろんこういったことを避けるために採用時にしっかりと選別することは大前提です。ですが、完全に間違いのない採用は現実的ではありません。数回の面接と適性検査だけでは100%フィットする人材の見極めは難しく、実際に就業して一定期間見なければわからないものでもあると思います。
──実際にこの「評価による減給」をすると、どのような現象が起こるのでしょうか。
「評価による減給」を実施すると以下のような現象が社内に起こります。
・社内に殺伐とした雰囲気になってしまう
・自分の目標のために他の社員を顧みない人が出てきてしまう
・安定して働くことができないかもしれないというプレッシャーにより心理的安全性を保つことができなくなってしまう
・減給に繋がるマイナス評価をつけた上司との関係性が悪化する
など
もちろんどの企業や経営者も、全員に気持ちよくエンゲージメント高く働いてほしいと考えていると思いますが、その信念が良くも悪くも先行してしまうことにより、マイナス評価をつけられていない企業や経営者は多く存在します。私自身もこのような企業に属していた経験もあり、確かにエンゲージメントは高かったものの、成長スピードは鈍化傾向にあったことを覚えています。このような影響を踏まえて、実施の是非を判断する必要があると考えています。
そもそも「評価による減給」は可能か
──減給はインパクトが強いものであると同時に、違法になってしまうものもあると聞いています。どのような場面・理由での実施が認められているのでしょうか。
まず、実施が認められている場面としては大きく以下の5つです。
(1)規律違反や問題行動への懲戒処分による減給
・就業規則に違反したことによる懲戒処分として減給が行われるケース
・懲戒処分で降格になり、実質的に減給となるケース(役職手当が減額またはなくなるなど) ※就業規則に懲戒処分の規定が必要
(2)人事異動や人事評価による減給
・人事異動により役職が下がり、実質的に減給となるケース
・人事評価や給与制度での等級が下がることで減給となるケース
・本人からの申し出により降格するケース(マネジメント業務から外れたいなど)
※就業規則に降格の条項を設けて規定しておくことが必要
(3)ノーワークによる減給
厳密には減給ではないものの、体調不良や私用など社員本人に責任のある欠勤・早退・遅刻、もしくは台風や大雪など従業員にも企業にも責任のない遅刻・早退による減給がここに該当します。有給休暇が付与されていれば充当することができるが、何らかの理由で付与されないケースで発生する事象です。なお、欠勤控除する場合については就業規則で明記が必要であり、会社によっては自然災害の扱いも変わってきます(罹災休暇を有給として設ける会社もあり)。
(4)会社都合による減給
会社の業績が悪化した際、人件費を削減するためにやむを得ず会社都合として減給するケースです。月額給与から一定額を減額したり、賞与から減額したりします。この際、社員へは会社の財務資料を用いて丁寧に説明するなど適切に理解を求める必要があります。また、賞与は就業規則や賃金規定、労働条件通知書、内定通知書などに『会社の業績により支給しないことがある』などの文言を明記しておかなければなりません。
(5)各種手当(住宅手当・家族手当など)の廃止および減額(制度変更による規定改定)
全社員へ公平に付与される手当ではないものを廃止し、公平に付与される手当を支給する、福利厚生を厚くするなどの制度変更を行うケースです。手当を廃止された人にとっては結果的に不利益変更に該当するため事前に十分な説明が必要であり、就業規則や賃金規定の改定となるため社員代表の同意が必要になります。
なお、以下の事前準備をしないと違法になる可能性があり、上記のアクションを起こすために必要な準備が以下となりますので注意が必要です。
労働条件の変更がありえる旨の明記(上記1、2、4、5に該当)
労働条件は法律の制定や改正、その他経営環境の変化などに応じて変更を加えていくことがあり得るものです。それらに備えて、予め就業規則に『労働条件の変更』の条項を設け、使用者が変更権を留保することを明記しておくことが望ましいです。これは正社員だけではなく、契約社員、嘱託社員、アルバイト、パートなどの雇用形態に対しても適用できるように、それぞれの規定か就業規則に適用範囲を明記しておきましょう。
就業規則に懲戒の条項および懲戒になる場合の条項の明記(服務規律など)
懲戒による減給をする場合は、就業規則に懲戒の条項および懲戒になる場合の条項の明記(服務規律など)が必要になります。
上記が明文化されていれば、ただちに違法となる可能性は低いと言えます。ただし、訴訟リスクや労働基準監督署へのかけこみリスクの観点から考えるとこれだけでは不十分なため、次項以降で解説します。
減給の限度額に関するルール
──減給に関する法律の内容・ルールについて教えてください。
労働基準法91条では、懲戒処分としての減給の上限が以下のように定められています。
『就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない』
ここでの『平均賃金』とは、原則として減給処分直前の賃金締め切り日から遡って3か月間に支払った賃金総額を、その期間の総日数で除した金額を指します。例えば、直前3か月間(7月~9月)に支払われた賃金の総額が92万円の場合には、92万円÷92日(内訳:7月→31日/8月→31日/9月→30日)=1万円が平均賃金に該当するため、減給の上限額は『5,000円』となります。
ちなみに、上記の上限規制は『減給の懲戒処分』のみ適用され、下記3点には適用されません。
(1)出勤停止(懲戒)
これは減給の懲戒処分とは異なり、出勤停止による減給には法律上の上限がありません。ただし、あまりにも長すぎる期間の出勤停止処分は、懲戒権の濫用(労働契約法15条)として無効となるリスクが高いので注意が必要です。
(2)降格(評価による降格、懲戒による降格の両方)
人事評価の降格であっても懲戒による降格であっても、合理的な範囲内と解釈できれば労働基準法91条に縛られることは原則ありません。例えば、部長から課長や非管理職への降格などの場合は限度額を超過しても違法とはなりません(役職手当が10万円カットされるなど)。ただし、事前に社内で定められた給与テーブルがあり、それに沿った減給であると客観的にみて合理的と判断できる必要があります。あまりに大きな減給となる場合は、その降格自体が人事権の濫用・懲戒権の濫用にならないようにせねばなりません。
(3)労働者との合意に基づいて労働契約を変更する場合
労働条件は、労働者と使用者(会社)の合意によって変更できます(労働契約法8条)。賃金も労働条件の1つであるため、労働者との合意があれば増額・減額問わず変更可能です。ただし、労働者の同意は任意でなければならず、強制はできません。つまり、このケースも限度額は業務上の合理的な理由があり、大幅な減額は実質難しいと考えた方が良いでしょう。
「評価による減給」の実施前に注意すべき点
──やむなく「評価による減給」を行う際、実施前にどのようなことに注意しなければならないのでしょうか。
前提として前述した『就業規則に労働条件の変更がありうる旨が明記されていること』『就業規則や賃金規定に降格に関する条項がある(評価制度にマイナス評価が含まれている)こと』が守られている必要があります。これらは職能資格制度、職務等級制度のどちらを運用していても記載が必要です。
職能資格制度
こちらは記載が必須となります。資格・等級の低下は就業規則等労働契約の明確な根拠がなければ行うことができないと解されています。なぜなら、技能・経験の積み重ねによる職務遂行能力の到達レベルを表す職能資格制度において、到達した職務遂行能力の認定を引き下げることは本来予定されていないと考えられているためです。
役割等級・職務等級制度
こちらは記載必須ではありませんが、あった方が安心な点です。個々の職務価値を数値化した上でいくつかの等級に分類する制度であり、賃金は職務に連動します。したがって、職位の引き下げは職務等級の引き下げに直結し、ひいては基本給の引き下げをもたらし得ることになります。制度自体が就業規則などに整備されていることが通常であるためそれほど問題にならないはずですが、就業規則に降格の規定を明記しておいた方が良いでしょう。
その上で、以下5つの観点に注意して準備を進めておく必要があります。
(1)降格条件・減給条件(降格なし)を明示する
前提として、各等級や役割に求める要件が定義されていること、その等級やグレード毎の給与テーブルが定まっていることが望ましいです。その上でマイナス評価が明示されており、その評価の場合にいくら基本給に影響するかが賃金規定、資格賃金等級規定、人事評価規定などに明示されている必要があります。
<例>
・5段階評価(S・A・B・C・D)のうちC・Dはマイナス評価とする。
・Cを3回以下、または直近D評価の場合は降等級とする(等級毎に条件を変えても良いが、必ずマイナスになる評価があることが肝要)
基本給の減給についても表にできればベストですが、すべての職種・等級で統一できないケースも多いはずです。そのため、金額より係数で決める、もしくは等級や職種によって減給する金額を変えても良いでしょう。
<例>
・C評価の場合→▲1,000円 or 基本給×▲0.01 or 昇給単価×▲0.4
・D評価の場合→▲2.000円 or 基本給×▲0.05 or 昇給単価×▲0.8
※上記を等級の数だけ設定しておけると納得感が高まります。
※昇給単価は全従業員一斉に昇給させる際に基本金額となる額です。
また、上記イメージは一般職用として持っておき、結果が重視される管理職以上は別で昇給テーブルを持っていてもよいと思います。
(2)評価タイミング
先ほど挙げた例のような評価で降等級・減給させる場合は、評価タイミングを少なくとも半年に1回、できればクオーターに1回にすると即時反映がしやすくなります。評価回数が多くなるため運用は大変になるデメリットはありますが、年1回しか評価タイミングがないと、いきなり降格・減給になったという印象が大きくなり、社員側も受け入れにくくなります。またスタートアップなど早いサイクルで回していきたい企業にとっては、多少運用が大変になったとしてもメリットの方が大きくなる印象です。
(3)事前に本人の環境を把握しておく
家庭環境、就業環境、働き方、健康問題など、業務上とは関係のない外的要因でパフォーマンスが下がっている可能性があります。こうしたケースに該当する場合は、マイナス評価についてよく検討する必要があります。また、業務上においても上司や周りの同僚の影響によってパフォーマンスが下がっていないかの確認も合わせて必要です。
(4)マイナス評価をつける前から改善点を提示する
評価面談の1か月以上前から1on1ミーティングなどを通じて本人の環境を確認すると同時に、前もって改善点も提示しておきます。提示しても改善が見られない状況を作ることにより、マイナス評価が唐突なものでなくなるように予防線を張っておくイメージです。
(5)上司のマネジメント能力向上
評価面談や1on1ミーティングを行う上司の面談能力が低いと、マイナス評価をきっかけに労務問題に発展するケースが多くあります。それらをできる限り防ぐべく、前提となる上司のマネジメント能力向上に取り組み、従業員との関係性強化を行っておく必要があります。
「評価による減給」を実施する時に注意すべき点
──事前準備をした上で、実際に減給を実行する際に注意すべき点についても教えてください。
大きく以下6つの観点があります。
(1)減給後の復活基準を設定する
等級やグレードが降格したあと、どれだけの評価を獲得できれば元の水準に復活できるかの基準を明確に設定しておきましょう。例えば、次回評価でA以上を獲得する、もしくは2回連続A以上を獲得する、などの基準です。
(2)マイナス評価の要因と改善点の伝達
本人の理解がないままにマイナス評価を行ってしまうと、本人はもちろん、他社員のエンゲージメントを下げてしまうことにつながります。ここで重要なのは、評価者の独りよがりではなく、予め会社で決められた等級(グレード)の定義や、MBOによって定められた目標に届いていないという客観的な事実や数字を元に伝えることです。等級定義やMBOなど会社で定めている指標に対して満たしていない、かつ事前に複数回の1on1ミーティングでの指導をしても改善されていない状況になっていれば、社員側としても納得度が高まります。仮に定義が抽象的・定性的なものであれば、評価者がそれをかみ砕いて伝達する必要があります。
(3)書面に残し本人の同意を得ること
企業により導入されているシステムにもよりますが、『給与改定通知書』が発行できるものであればそこに本人が了承する形で同意を得ます。労務リスクをヘッジしたい場合は、以下内容も実行します。
<参考判例/Chubb損害保険事件(東京地裁平29.5.31)
・降格の理由を明確に示すこと(本人と面談し、口頭でも説明すること ※要録音)
・降格により等級や賃金の変更について明確に示すこと
・降格により賃金の減額幅が大きい場合(特に基本給・職能給について)、減額が10%~20%を超える部分について一定期間(1年以上)激変緩和の意味で調整手当等の名目で支給すること(調整給)
※調整給の活用
降格による10%~20%以上の減給は本人にとって大きなインパクトとなるため、複数回の査定期間で徐々に減らしていく形を取ることもできます。
例えば、減給額が合計10万円の場合、最初の査定期間で3万円を減給、次の査定期間でさらに3万円、次の査定期間で4万円というように複数回にかけて10万円を減給します。
(4)懲戒による減給の場合、問題行動の事実確認を行い、必ず弁明機会を与える
一方的な降格は人事権の濫用にあたると判断される恐れがあるため、必ず事実確認と弁明機会を設けて双方納得のうえ減給が行われた形にする必要があります。また、人事評価での降格に伴う減給の場合でも恣意的・差別的な評価が行なわれていないかを説明する必要があるため、質疑応答の機会を設けた方がベターです。
(5)退職マネジメントを視野に入れた減給の場合
そもそも減給は『今のままでは会社にとってはNGである』という厳しい現実を突きつける行為でもあるため、社員の受け止め方次第では退職につながるケースも多いにあります。退職してほしくない場合は、評価面談でフォローと挽回の選択肢を提示することが欠かせません。『退職もやむなし』と覚悟のうえ減給を行った場合、できる限り本人の意向を汲み取った対応ができると良いでしょう(例:有給休暇を消化しやすくする、転職活動に時間を割けるよう業務調整をする、など)
(6)評価会議で関係者に情報を共有しておく
どのような基準・どのようなケースで減給を実施したかについては、評価会議の場で関係者に情報を共有します。全員の目線や基準を揃え、次回以降の評価に活かすためです。なお、共有するレイヤーは各会社ごと違うと思いますが、少なくとも役員層以上には共有しておくと目線が揃えやすくなります。
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編集後記
企業にとっては社員は大事な資産であり、社員に気持ちよく働いてもらって高い実績を出していただくことがベストであることは確かですので、企業も人事も社員の減給をしたい方はいないと思います。ですが、現実的には事業を推進するにあたって、減給が必要になることも確かです。社員にとっては短期的にお給料が減ってしまいますが、適切なフィードバックや進め方がその社員の成長につながるケースもあります。両者にとって良い形になるよう、さまざまなケースを踏まえて設計できるとよいのかもしれません。