コーヒーだけ飲みに出社してすぐ帰る?「コーヒーバッジング」が生まれる従業員心理と対策方法
出社義務を果たすためだけにオフィスに出社した後、コーヒーを飲んだりミーティングをしたりして短時間だけ滞在し在宅勤務に戻る「コーヒーバッジング」。リモートワークから出社回帰の流れが進む中で、従業員の出社回帰への抵抗策として主にアメリカで広まり、近年日本でも広まりを見せています。
今回は「コーヒーバッジング」の概要から課題、出社回帰を打ち出す際の注意点について、日系及び外資系事業会社のHR部門を中心に20年以上のHRキャリアを有するパラレルワーカーの方にお話を伺いました。
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目次
「コーヒーバッジング」とは
──「コーヒーバッジング」とはどのような行動を指す言葉なのでしょうか。この言葉が生まれた背景と合わせて教えてください。
「コーヒーバッジング」とは、従業員が本来の業務を行うために出社するのではなく、単に出社に履歴を示すためだけに出社する行為を指します。在宅勤務から出社回帰の流れが生まれる中で、非効率な働き方を拒否する従業員心理から生まれた働き方の一形態です。具体的には、出社回帰を求める企業に対して、出社日数の記録を目的としてオフィスへ出社し、コーヒー1杯を飲んで帰宅しまた在宅勤務をする、などの働き方を指します。
この言葉が生まれた背景には、コロナ前後における在宅環境を取り巻く環境変化があります。
■コロナ禍前(~2019年)
この時代の在宅勤務は、欧米企業をはじめとするグローバル企業(特にオフィスワーカー)にとっては日常的な働き方でした。特に、各国間の時差における業務負担や国内でも移動距離が長いアメリカなどでは、効率的な勤務を高める働き方として多く活用されていました。日本では、2016年にユニリーバが「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」を、カルビーがモバイルワーク(どこでどれだけ働いてもOK)の制度を2017年に導入し、製造業において当時珍しい事例として注目を集めました。
こうした動きは、小池都知事のもと東京オリンピックに向けて都内の昼間人口を削減しようとする取り組みとして「テレワーク・デイ(ズ)」を推進していた流れと相まって、日本企業に働き方改革の重要性を改めて考えさせる機運を高めました。ユニリーバの元CHRO島田由香氏や、カルビー元CEOの松本晃氏といった外資系でのキャリアを経験したプロフェッショナルたちが、働き方改革の取り組みを日本に広める先駆者としてその重要性を各地で説いて回り、オフィスという場所に固執せず、顧客に対して自分が最も価値を提供できる場所で働くことを推奨したことが、その後の日本企業の働き方に大きな影響を与えました。
■コロナ後(2020年~)
コロナ禍により世界中での在宅勤務・リモートワークの浸透が余儀なくされ、対面が主流であったコンサルティング企業なども含めてオフィスワーカーは原則フルリモートの働き方となりました。しかし、それによって生産性は落ちず、むしろライフワークバランスが短期的には向上するなどの成果が見られたこともあり、在宅勤務・リモートワークは当たり前の働き方として多くの企業で定着するようになったのです。一方、コロナの影響が徐々に低減していくと同時に従業員間のコミュニケーションの質低下なども散見されるようになると、フルリモートを必要とする従業員(特に育児や介護などの理由)以外において出社回帰を要請するケースが増えてきました。
こうした背景により、フルリモートの効率性を既に体感したオフィスワーカー達にとって、出社回帰を強要する企業に対してのレジスタンス(抵抗)としての反応の一例が「コーヒーバッジング」と呼ばれる短時間の出社行為として生まれた形です。一見すると極めて非効率な行動に思えますが、出社強要をする企業の理屈が『コミュニケーション量・質の向上』であることに対して最低限の要件を満たしており、ある種のパラドキシカル(逆説的)かつシニカル(皮肉的な)な従業員の対応と見て取れます。
「コーヒーバッジング」が生まれる従業員心理
──「コーヒーバッジング」を行う従業員の心理的な変化について、もう少し詳しく教えてください。
前述の通り、コロナ前後で在宅勤務に対するハードルが大幅に下がり、かつ労働生産性の低下が見られないことが証明されたことで、従業員にとって在宅勤務が当たり前の働き方となっているのが現状です。また、在宅勤務・リモートワークと同時にフレックスタイム制が導入されていることがほとんどであり、近年ではコアタイムのないフルフレックス制度も浸透してきています。これは、どこで・いつ働くかは従業員の裁量範囲内で決められるというABW (Active Based Working/自分で働き方を決められる)の状態であり、特に欧米で従来からスタンダードとなっていた働き方です。
このABWの考え方に基づけば、出社強要を迫る企業に対しての対抗策として顔を見せる程度に出社し、後は快適な自宅に戻って働くことは極めて自然かつ効率的な意思決定だと言えます。また、企業が出社回帰を推進する理屈には『偶然なコミュニケーションによるイノベーションの創出』『対面によるコミュニケーションの質確保』『教育時間の確保(特に若手)』などがありますが、これに対して必要十分な時間だけを出社し帰宅する働き方が個人にとって最も合理的な選択肢となっていると考えます。
参考:「ABW(Activity Based Working)」はフリーアドレスとどう違う? ポイントを導入経験者が解説
「コーヒーバッジング」による組織課題
──従業員が「コーヒーバッジング」を行うことにより、どのような課題が発生しているでしょうか。
「コーヒーバッジング」により起きうる課題は、大きく以下3つがあると考えています。

(1)短時間出社に伴う個人業務の生産性低下
短時間出社に伴う通勤時間が長い場合、出社時間(X)に対する通勤時間(Y)の比率(Y/X)が相対的に上がってしまうため、通勤時間の無駄な度合いが相対的に目立つようになります。そもそも、欧米(特にアメリカ)の通勤時間は都市部であれば電車により比較的長時間、郊外であれば車により比較的短時間な傾向がありますが、特に都市部における「コーヒーバッジング」は非効率につながりやすいです。
これは日本(特に東京近隣)であればより顕著です。近年の地価高騰により益々オフィスと住宅の距離が長くなっており(職住遠離)、わずか1時間の出社のために通勤往復3時間かかるようなケースも散見されます。こうなると、働くために通勤しているのではなく『通勤するために働いている』ような逆転現象が起き、生産性はますます低下してしまいます。
(2)コミュニケーションの質低下
これは出社回帰を求める企業の要求である『コミュニケーションの質の向上』と矛盾する一見逆説的な帰結ですが、「コーヒーバッジング」の実態をよく考えると理解できます。「コーヒーバッジング」は、定型的な会議に対面で参加するために出社するのではなく、コーヒーを飲みながら雑談をする程度のコミュニケーションをしに行くものです。よって、それ以上のコミュニケーションを腰を据えて行う(例:テーマを決めてワークショップを行う、泊りがけで中長期の戦略や方針を議論する、など)といった本質的なコミュニケーションを実行するニーズを見落としてしまう恐れがあります。また、『コミュニケーションは「コーヒーバッジング」で十分』といったある意味での“静かな退職”層が増加する素地を作ってしまっているとも言えます。
(3)従業員のエンゲージメント低下
そもそも、「コーヒーバッジング」が起きていること自体が既にレジスタンスであり、「企業」vs「個人」の構図を企業の方針自体が作り上げてしまっていることになります。ABW(自分で働き方を決められる)の考え方に沿えば、働き方や時間は特にオフィスワーカーにとっては認められるべき裁量であり、それがない時点で『子供扱いされている』『リスペクトされていない』といった印象を従業員に与えてしまっている可能性があります。

『出社回帰』を打ち出す際に人事が注意すべき点
──出社回帰を検討している企業は、どのように進めていけば「コーヒーバッジング」を避けることができるでしょうか?
前述したような「コーヒーバッジング」による課題を避けるための対策は、それぞれの課題に対応する形で大きく分けて3つ考えられます。
(1)生産性低下への対策
個人の生産性低下を避けるためには、出社時の最低滞在時間をガイドラインとして設定すると共に、その時間出社することに対する非金銭的なインセンティブ(例:フリースナックや季節に応じたおやつを出す、簡単なアクティビティを課しポイントを付与するなど)を設定することが有効です。最も生産性が高い働き方が『自宅で集中して働く』『通勤時間をゼロにする』ことであるとコロナ禍で証明された現在、出社を強要するのであればその意義やインセンティブが無いと人は動きません。特に、人事部門や経営層が一体となってウェルカムモードを作り出すことが、個人の生産性を上げることにも直結します。
(2)コミュニケーションの質低下への対策
コミュニケーションの質を向上させるためには、「コーヒーバッジング」とは別でコミュニケーションの場を創出することが必要です。例えば、全社の課単位での合宿やオフサイトミーティング、あるいはその後の懇親会のような場を『上質で深いコミュニケーションが起きる場』として定義し、その実施や費用負担を企業が強力に支援することなどが求められます。ロミンガーの法則(業務経験70%・他者からの薫陶やフィードバック20%・研修や書籍などの学習10%の割合で人が成長するという黄金律)という考え方がありますが、このうち『他者からの薫陶やフィードバック20%』部分の厚みを増やすことがコミュニケーションの質向上を実現すると同時に、組織としての質も向上させるからです。
(3)エンゲージメント低下への対策
『出社は義務である』とのメッセージは、まるで校則の厳しい学校が出来の悪い生徒に向けたメッセージのようでリスペクトを感じられません。ただ出社を強いるのではなく、その理由と共に経営層もしくは人事部門から真摯なメッセージを出すことが重要です。例えば、『今回の出社回帰は、行き過ぎたリモートワークひいては半ば放置していた働き方やオフィスの在り方への警鐘であり、最も効率的な働き方とエンゲージメント向上を目指すために実施するものであり、そのためのオフィス環境の整備その他コミュニケーションにかかる費用は惜しまない』など、組織としてのスタンスを明確にした上でメッセージングを行うことで、従業員のエンゲージメントを下げずに出社回帰を求めることができます。特に昨今では首都圏や大都市圏への人口一極集中による通勤混雑の悪化や、気候変動による酷暑や豪雨といった通勤環境の悪化がある中で、不要かつ不安全な活動に社員をなるべく巻き込まない、求めるのであればその意味を納得いくまで伝えていく姿勢が企業には求められています。
編集後記
この「コーヒーバッジング」は、働き方の変化と共に浮き彫りになった新たな課題であり、従業員の心理を表す行動でもあります。こうした『声なき要望・要求』を正しく理解し適切に対応していくことが、従業員の生産性やモチベーションを維持しつつも柔軟な働き方を推進する上では必要不可欠なのではないでしょうか。










