「キャリアドリフト」とは?若手の早期離職を防ぎ、成長を促す人事施策の実践法
予期せぬ出来事や偶然のチャンスに身を任せて、柔軟にキャリアを形成する考え方である「キャリアドリフト」。変化の激しい時代にマッチしたキャリア観として近年注目を集めています。
今回は、キャリア開発・人材育成の専門家であるfinest代表の米津 幸絵さんに、「キャリアドリフト」の概要から人事施策の実践法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
米津 幸絵(よねつ ゆきえ)/finest 代表、1級キャリアコンサルティング技能士
組織と個人のキャリア開発の専門家。組織の外から組織のキャリア開発をサポート。民間企業で人材育成、人材開発に携わり、現在は各組織に合わせた従業員の成長に関わるサポート業務(キャリア開発、メンタルヘルス、コミュニケーションなど)に関わる研修・講演を行う。新入社員研修、管理職研修、コミュニケーション研修、メンタルヘルス研修などから、1on1導入、ダイバーシティ推進支援、キャリア開発の内製化支援、キャリアカウンセリングも実施。これまでの研修・講演は、登壇回数3000回以上、約10000名以上。国家資格キャリアコンサルタント養成講座の認定講師、更新講習講師、関西圏の大学にて非常勤講師としても活動中。
目次
「キャリアドリフト」とは
──「キャリアドリフト」とは、どのようなキャリア観・理論なのでしょうか?
「キャリアドリフト」とは、将来のキャリアについて一定の方向性や価値観を持ちながらも、詳細な計画にはあえて固執せず、偶発的な出来事や環境の変化を柔軟に取り込みながらキャリアを形成していく考え方です。日本のキャリア研究の第一人者である神戸大学 金井壽宏教授が2000年代後半に提唱した概念で、従来のキャリアデザイン(計画型キャリア)と対比されるキャリア観として知られています。それぞれの違いを整理すると以下の通りです。
■キャリアドリフト
『自分は何を大切にしたいのか』『どのような状態で働きたいのか』といった価値観や軸は定めつつも、明確なゴール設定にはこだわらず、偶然の出会いや想定外の経験を前向きに受け止め、キャリア形成に活かしていくアプローチです。
■計画型キャリア
『◯年後に管理職になる』『この職種で専門性を高める』といった具体的な目標を設定し、そこから逆算して行動計画を立て、計画的にキャリアを構築していく考え方です。
この「キャリアドリフト」の本質は、『計画しないこと』そのものではありません。むしろ、変化の激しい時代を前提に、状況に応じて進路を見直し、柔軟に軌道修正できる姿勢にあります。人生やキャリアの節目では主体的に意思決定を行い、それ以外の部分は流れに身を委ねる──このようなバランス感覚を持つ点で、計画的偶発性理論(※1)やプロティアンキャリア理論(※2)とも親和性の高いキャリア観だと言えるでしょう。
※1:計画的偶発性理論とは、キャリアの約8割は予期せぬ偶然の出来事によって形成されるという、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が1999年に提唱したキャリア理論のこと。偶然をただ待つのではなく、能動的に行動して『偶然のチャンス』を引き寄せ、良い機会に変える柔軟性が、予測不可能な現代のキャリア形成において重要であると説いた。
※2:プロティアンキャリア理論とは、1976年にダグラス・ホール教授が提唱し、近年田中研之輔教授らが現代版として再提示した、環境変化に合わせて個人が主体的にキャリアを柔軟に変形させる理論のこと。ギリシャ神話の変幻自在な神『プロテウス』に由来し、組織主導ではなく『個人の心理的成功(やりがい・自己実現)』を目的に、アイデンティティ(自分らしさ)とアダプタビリティ(適応力)を軸にキャリアを再構築し続ける考え方を指す。
「キャリアドリフト」が再評価される背景
──現代は『計画通りにキャリアを進めにくい』時代であることから、「キャリアドリフト」の考え方が近年再評価されていると聞きました。その背景はどのように捉えていますか?
「キャリアドリフト」は2015年前後のメディア・HR領域で使われ始めた表現だと認識していますが、近年あらためて注目されている背景には『社会・企業環境の急速な変化』と『雇用の不確実性の高まり』があると考えています。
かつて主流であった終身雇用や年功序列は大きく揺らぎ、企業の存続期間は短期化し、職種や求められるスキルの変化スピードも格段に速まりました。DXやAIの進展、働き方改革、リモートワークの普及などにより、数年先のキャリアを具体的に描くこと自体が難しくなり、従来の『長期的なキャリア計画』を前提とした考え方は現実と乖離しつつあります。
このようなVUCA時代やBANI時代(※3)においては、どれほど綿密にキャリアを設計しても、その通りに進む保証はありません。むしろ、偶然の出会いや予期せぬ出来事を前向きに受け入れ、そこから新たな成長機会を見出していく柔軟な姿勢を前提とする「キャリアドリフト」の考え方こそが、現実的で実践的なキャリア戦略として評価されるようになっています。
さらに近年では、特に若手従業員を中心に『自分らしいキャリア』や『多様な働き方』を重視する意識が高まっています。副業・複業や越境学習、社内公募制度など、個人が主体的にキャリアの選択肢を広げられる仕組みも少しずつ浸透してきました。こうした時代背景のもとで、「キャリアドリフト」は計画に縛られず、変化を前向きに受け入れるための新しいキャリア観として再評価されているのです。
※3:BANI(バニ)時代とは、VUCA(変動・不確実・複雑・曖昧)を超えた、さらに混沌とした現代を指す概念のこと。米国の文化人類学者ジャメイ・カシオ氏が提唱。Brittle(脆い)、Anxious(不安)、Non-linear(非線形)、Incomprehensible(不可解)の4つの特徴を持ち、突然の崩壊や将来の予測不可能さ、心理的な不安が日常化する時代を表している。
「キャリアドリフト」を機能させるために人事ができること
──人事はどのような関わり方をすると「キャリアドリフト」を前向きに機能させることができるでしょうか?
「キャリアドリフト」を前向きに機能させるためには、人事が『正解を示す存在』から『従業員自身が経験を意味づけできるよう支援する存在』へと役割を転換することが重要です。従業員が自らのキャリアを主体的に捉え直せるよう、成長段階やフェーズに応じた関わり方が求められます。
■オンボーディング期(入社直後)
入社直後は、リアリティショック(入社後ギャップ)の緩和と組織への適応支援が最優先となります。面談や研修の場では、『最初から完璧なキャリア設計を描く必要はない』『方向性を持ちながら、柔軟に進んでよい』というメッセージを丁寧に伝えることが肝要です。不安や違和感を安心して言語化できる場を設け、自己効力感や成長実感を得られるような研修・フォローアップ施策を組み合わせることで、「キャリアドリフト」の土台が形成されます。
■業務に慣れてきた段階
業務が安定してくると、マンネリ感や停滞感が生じやすくなります。この段階では、社内外の越境学習やジョブローテーション、副業・プロボノなどを通じて、新たな視点や刺激を得られる機会を意図的に設計することが効果的です。単に経験の場を提供するだけでなく、振り返りや対話の機会をセットで設けることで、偶発的な経験が『学習』として整理され、「キャリアドリフト」が持続的な成長につながります。
■キャリア面談期
キャリア面談では、結論や異動希望を急がせるのではなく、定期的に『自分らしさ』や『大切にしたい価値観』を言語化する場を持つことが不可欠です。キャリアコンサルティングの実践においても、内発的動機の源泉、すなわちキャリア選択の軸を明確にすることを重視します。そうした対話を重ねることで、従業員は現在の環境や経験に新たな意味づけを行い、変化を前向きに受け止めながら次の一歩を踏み出す力を育むことができます。

「キャリアドリフト」の考え方をどう研修に組み込むか
──「キャリアドリフト」を前提とした研修やワークショップでは、どのような設計を行うと効果的でしょうか?
計画通りにキャリアを築くことが難しい現代において、従業員は『この選択は本当に正しかったのか』『回り道をしているのではないか』といった不安を抱きやすくなっています。特に、若手層では『正解のキャリア』を求める意識が強く、明確な答えが見えない状態そのものに不安を感じやすい傾向が見られます。
しかし、一般的なキャリア研修で行われる『経験の棚卸し』や『ライフラインチャート』は、受講者の心理状態が不安定なままでは十分な効果を発揮しません。人は心理的な余裕がない状態では、未来を前向きに描くことが難しく、思考や認知のリソースも十分に機能しなくなるためです。だからこそ、キャリアを考える前段階として、自己肯定感を高める要素を取り入れることが重要となります。
「キャリアドリフト」は、今すぐ明確な答えを出さなくてもよいという前提に立ち、節目ごとに自らの経験に意味づけをしていく考え方です。不安を無理に取り除こうとするのではなく、不安を抱くこと自体を自然なプロセスとして捉えることで、従業員はより主体的に自身のキャリアと向き合えるようになります。
実際のキャリア研修では、まず『自分らしさ』や『物事の捉え方』を柔軟にするプロセスを重視しています。そのうえで、自身の強みや価値観を整理し、キャリアの軸と活用できるリソースを明確にすることで未来に対して前向きな展望を描けるような設計を行っています。
──例えば、入社3年前後に起こりがちな『成長の踊り場』や『モチベーション低下』に対して、「キャリアドリフト」の考え方をどう研修に組み込むと成長機会として再定義しやすくなるでしょうか?
入社3年前後は、業務には一定の慣れが生まれる一方で、成長実感を得にくくなり『このままで良いのだろうか』といった迷いや違和感が生じやすい時期です。この状態を単なる『停滞』と捉えてしまうと、モチベーションの低下や離職意向の高まりにつながるリスクもあります。
そこで研修に「キャリアドリフト」の視点を取り入れることで、この時期を『停滞』ではなく『キャリアを再解釈するための節目』として捉え直すことが可能になります。具体的には、『自分らしさ』や『大切にしている価値観』を言語化するワークを通じて内発的な動機付けを改めて自覚し、それを現在の役割や組織からの期待と重ね合わせていくプロセスを設計します。
このようなアプローチにより、従業員は現状の業務や経験に新たな意味を見出しやすくなり、成長の踊り場を『停滞』ではなく『次の挑戦に向けた準備期間』として再定義できるようになります。その結果、自ら成長機会を捉え、次のステップへ踏み出す力を育むことにつながります。
「キャリアドリフト」を活かした実践事例
──実際に「キャリアドリフト」の考え方を人事施策や研修に取り入れた事例について、可能な限り詳しく教えてください。
若手従業員の早期離職に課題を抱えていたある企業では、従来実施してきた『キャリア計画を明確にさせる研修』が十分な成果を上げていませんでした。計画通りに進まない現実とのギャップが大きく、従業員は『正解のキャリア』を描けないことに不安を感じ、かえって自信を失ってしまうケースも見られていたのです。
そこで「キャリアドリフト」の考え方を取り入れ、単発型の研修から『節目ごとにキャリアを振り返る仕組み』へと研修設計を抜本的に見直しました。一律的な研修では従業員1人ひとりの多様な状況や課題に対応しきれず成果につながりにくいという課題があったため、対象者や組織の状態に応じてプログラムを柔軟に構築。ライフラインチャートやアクションプランの前段に『自分らしさ・レジリエンス・能力・価値観』を言語化するワークを組み込むことで、自己肯定感を高めながら経験を意味づけできる構成としました。さらに、研修と並行してキャリアコンサルティングを導入することで、従業員が自分のキャリアを主体的に考え、行動へと移せるよう継続的に支援しています。
また、ミドルシニア層や女性向けのキャリア研修では、上記のワークに加えて『ワークライフインテグレーション(※4)』の考え方を取り入れています。自身や家族の年齢、ライフステージを踏まえながら人生全体を俯瞰的に捉えることで、『今の環境の中で何ができるのか』を前向きに考え、自分らしく納得感のある人生・キャリアのプランを描けるよう設計しています。ここでもキャリアコンサルティングを併用することで、個々の状況に応じた深い内省と行動変容を促し、研修効果を高めています。
※4:ワークライフインテグレーションとは、仕事(ワーク)と私生活(ライフ)を対立するものとして分けるのではなく、生活の一部として統合・調和させることで、相乗効果により人生全体の質を高めていく考え方のこと。
さらに、これらの取り組みにおいて外部人材がファシリテーターとして関与したケースでは、従業員が社内では話しにくい本音や葛藤を安心して共有できる『安全な対話の場』が確保されました。その結果、「キャリアドリフト」の実践がより促進され、内製のみでは得られにくい新たな気づきが生まれています。外部人材の関与は、社内の閉塞感を打破するだけでなく、学習文化やイノベーションの醸成にも寄与しました。加えて、外部コンサルタントによる制度設計や研修導入の支援は、施策の定着や効果測定の面でも高い効果を発揮しています。
「キャリアドリフト」は、若手従業員の早期離職防止と成長促進に直結する重要な人事施策です。節目ごとに『自分らしさ』や『価値観』を言葉にする機会を設けることが、キャリア自律を促し、ひいては組織全体の生産性向上につながります。変化の激しい時代においても、従業員が自らの軸を確認しながらしなやかに未来を切り拓いていくために、「キャリアドリフト」を人事施策に組み込む意義は非常に大きいと言えるでしょう。
■合わせて読みたい「キャリア自律」に関する記事
>>>ジョブ・クラフティングを企業で実践し、社員の働きがいを高める方法とは
>>>変化の波を乗りこなし成果を導く力「キャリア・アダプタビリティ」の高め方
>>>社員のセルフリーダーシップを高め、答えのない時代を生き抜く組織をつくるためにできること
>>>「キャリア自律」が求められる時代背景と、具体的な推進方法
>>>「セルフ・キャリアドック」で従業員のキャリア自律を促進し、組織成長につなげるには
>>>「社内公募制度」で目指す、社員のキャリア自律
>>>「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進することにより、企業・社員の双方に良い影響を及ぼす方法
>>>「自己申告制度」のキーは運用。制度概要から運用時の注意点まで解説。
編集後記
変化が激しく正解が見えにくい時代において、キャリアを『設計通りに進めるもの』と捉え続けること自体が不安を生み出しているのではないかと改めて感じました。「キャリアドリフト」は、迷いや偶然を否定せず、自分なりの意味づけを重ねながら前進していくための実践的なキャリア観です。個人の内省や主体性を引き出す多くの示唆が含まれており、研修や人材育成の場にも無理なく取り入れていく価値がある考え方ではないでしょうか。









