「キャリア開発」で多様な人材が活躍できる組織を作るには
従業員が理想的なキャリアを形成できるよう、必要な職務やスキルを中長期的に計画して成長を促す「キャリア開発」。近年は、多様な人材がそれぞれのライフステージに応じて活躍できるようサポートするDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の文脈からも注目されているテーマです。
今回は、パーソルグループで組織・人材開発を長く担当されているパーソルビジネスプロセスデザイン株式会社 人事統括部人材開発エキスパートの平沢 恵美さんに、「キャリア開発」の概要から実際の進め方までお話を伺いました。
<プロフィール>
平沢 恵美(ひらさわ えみ)/パーソルビジネスプロセスデザイン株式会社 人事統括部人材開発エキスパート、国家資格2級キャリアコンサルティング技能士、国家資格キャリアコンサルタント
2000年、パーソルキャリア株式会社に入社。転職支援事業にて営業とキャリアコンサルタントを経験し、人材開発を担当。パーソルホールディングス株式会社にて研修や組織・人材開発を中心にマネジメントも担当。2020年より現職。組織・人材開発業務を中心に業務に携わる中で、キャリア開発の専門職として組織内で働く社員のキャリアに向き合い、3年で全社員に対してキャリア研修とキャリア面談をするという施策の立ち上げ・実行を経験。
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目次
「キャリア開発」とは
──「キャリア開発」の概要について、似た言葉であるキャリアパスやキャリアデザインとの違いも踏まえて教えてください。
「キャリア開発」の説明に入る前に、『キャリア』という言葉の定義を確認してください。『キャリア』の語源はラテン語で『車の轍(わだち)』の意味を持つ言葉です。それが英語になった際に『人生という道』に派生し、日本語で訳されたときに『職歴・職業』と訳されました。それゆえに日本ではキャリアを『職歴・職業』など働くことで身につくもの捉えている方が多いのが現状です。
厚生労働省のキャリアコンサルティング・キャリアコンサルタントを説明するサイトでは、『キャリア』を以下のように定義しています。
『キャリア』とは、過去から将来の長期にわたる職務経験やこれに伴う計画的な能力開発の連鎖を指すものです。
ここで言う『キャリア』とは、働くことを通してさまざまな経験を積み重ね自らを高めていく一連のプロセスを意味しており、『過去から将来』の記載から『働くことを含めた人生』と捉えることができます。『キャリア』を人生と捉えるならば、そこには仕事だけではなく育児や介護といった家族のサポート、資格取得やスキルアップのための学習、地域活動、趣味の活動など、これらもすべてが『キャリア』となります。つまり、『キャリア=人生そのもの』なのです。その前提に立つと、『キャリア』は特別な誰かだけが手にするものではなく、どんな人にもあるものだと言えます。
そうした『キャリア』を開発する「キャリア開発」は、キャリア(=人生そのもの)を開発(発達)させていく主体者である本人(従業員)が描く『キャリアデザイン(※1)』を把握し、それを実現するための『キャリアパス(※2)』を検討し、『キャリアアップ(※3)』への具体的なプランを立てることを指します。これらは、知的発達や身体的・情緒的・社会的発達と同様に、発達の一側面に職業的発達があるという考え方に基づいています。
※1:キャリアデザインとは、スキルや役職などの職業人生だけに限定せず、結婚やワークライフバランスなど個人的なビジョンも包括した人生設計のこと
※2:キャリアパスとは、企業の中での異動や昇進ルートのこと
※3:キャリアアップとは、従業員が自らのスキルを磨いて役職や仕事のレベルを上げていくこと
◾️「キャリア開発」の具体的な定義の例
(1)「過去から将来の長期にわたる職務経験やこれに伴う計画的な能力開発の連鎖を指すもの」
(2)「個人が生涯を通じた職業(職業経歴)選択に関わる活動・態度と、「働くこと」 にまつわる自由時間・余韻・学習・家族との活動などを含んだ、個人の生涯にわたる生き方(ライフスタイル)のプロセス」
出典:
(1)厚生労働省(キャリアコンサルティング・キャリアコンサルタント)
(2)『GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラムテキストブック1』2020年、p.26
このような考え方を踏まえると、特に『働く場』となる企業では、以下の取り組みを通じて従業員の「キャリア開発」をサポートすることが求められると言えるでしょう。
(1)従業員がどのようなキャリアを歩むことを望んでいるのかを描かせる(=キャリアデザインを言語化させる機会を作る)
(2)そのキャリアデザインを実現させるためには、どのような経験・知識・スキルを身に着けていくことが必要かすり合わせる。
(3)今の仕事を通じて何を鍛えていくのかを決める(=プランニングする)
(4)プランに基づき実行に移させる
DEI観点から考える「キャリア開発」の意義
──近年、女性やシニアなどの人材にモチベーション高く働いてもらうための手段として「キャリア開発」を推進する企業も出てきています。その背景について平沢さんの考えを教えてください。
経済発展も産業構造の変化も緩やかだった時代には、終身雇用や年功序列といった雇用制度の下で大卒・男性・正社員を中心とした企業活動でビジネスを伸ばし続けることができました。「キャリア開発」も定年まで働くことを前提に企業主導で中長期に渡り計画的に行えていたため、従業員は自ら考える必要はなく、企業に身を委ねていたら安心できる時代でもありました。
しかし、近年はIT技術の発展やグローバル化により従来のビジネスモデルや産業構造が大きく変化し、VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代に突入しています。それに伴い、従来の雇用制度も崩壊し、働き方・価値観も多様化してきました。こうした変化を受けて、企業も終身雇用を維持できず、定年まで働くことを前提とした一律の「キャリア開発」を行うことができなくなってきました。そのため、従業員も自身のキャリアについて思考する必要が出てきており、各所で『キャリア自律』の重要性が叫ばれています。さらに、超少子高齢化社会に突入している日本では限られた人材で企業活動を行う必要があるため、従業員1人ひとりの属性・価値観に向き合って能力を最大発揮してもらうための環境整備がより重要になってきています。
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「キャリア自律」が求められる時代背景と、具体的な推進方法
このような時代変化を背景に、企業と従業員は以前よりも対等な立場になってきたと言っても過言ではないでしょう。キャリアが人生そのものであるならば『キャリアは従業員の責任だ』という論もありますが、世の中には個人が選べる多彩な選択肢が存在する昨今では、それぞれの属性・価値観などの違いを活かし伸ばしていくことができなければ優秀な人材の獲得ができないだけでなく、流出してしまう懸念もあります。
反対に、多様な人材が多様な能力を最大発揮してもらえるような環境を用意できれば、採用・定着はもちろん、エンゲージメント向上やこれまで以上のイノベーション創出も期待できます。そうして企業価値を最大化させるためにも、従業員の「キャリア開発」に向き合う重要性は年々増しているのです。
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DEI観点から「キャリア開発」を進めた事例
──DE&Iの観点から「キャリア開発」を行う場合、どのようなフローで進めれば良いでしょうか。平沢さんが実際に関わった事例を踏まえて教えてください。
人材サービス企業の営業部署100名のうち、従業員の半数が女性の組織で「キャリア開発」を行った事例についてご紹介します。
その組織には結婚・出産・育児を目前に仕事との両立をどうするかで悩む女性メンバーが多く在籍しており、どのようにモチベーションを維持向上していくかが課題となっていました。当時の結婚・出産の平均年齢は30歳前後で、まさにビジネスを推進している中核の世代であり、管理職一歩手前の方も多くいたのです。本人も一番の伸び盛りにも関わらず、先々を考えて仕事をセーブする人、意欲が減退してしまう人、もやもやを抱えてしまう人などが多数いた状態で、何か手を打たなければ……という状態でした。
そこで、まずはターゲットである女性メンバーにアンケートとヒアリングで現状調査を行いました。その結果、先が見えない、かつ結婚・出産・育児をして仕事でも活躍している先輩の前例が少ない中でどのように考えていけばいいのかがわからず迷子になっている人が多いことがわかったのです。
この結果から、『では情報提供を……』とアクションをイメージされる方も多いかもしれません。確かに、女性の「キャリア開発」には適切な情報提供と環境整備が大切ですが、それだけでは足りません。なぜならば、誰しも初めての経験の中では、どれほどの情報提供があっても『あの人だからできた。私には無理……』と感じてしまい、情報を正しく受け止めて自分ならどうするのかを考える状態にはなれないからです。
そのような状態にさせないために、大きく以下3つの取り組みを行いました。
(1)トップのコミットメント引き出し
組織課題は上司や本人だけの頑張りに委ねてもうまく解消されません。従業員の理解を得て組織として取り組んでいく課題であると打ち出すためにも、組織のトップを巻き込んでいくことが必要です。そのために、トップと課題と目指す状態をすり合わせ、トップから従業員に対してメッセージを出してもらうようにしました。
(2)本人に対するキャリア研修(面談)の実施
情報を正しく受け止めてもらうためには、『自分はどうしたいのか』についてしっかり言語化してもらう必要があります。ただ、それを自分1人で考えていても考え方がわからなければ言語化が進みません、そこで、研修で考え方を提示し、同じ立場の人と対話しながら少しずつ言語化が進むような研修を行いました。
(3)上司の理解・支援の引き出し
「キャリア開発」において最も重要な他者は上司です。仮に、研修や面談で本人の意志が明確になったとしても、上司がその考えに理解を示さなければ実行に移すことはできないからです。そこで、上司が悩んだ場合の問い合わせ窓口の設置や、直属の上司がうまく本音を引き出せない場合はさらに上の上司や人事が個別面談対応する体制を整えるなど、上司としてどのように本人と向き合っていけばいいのかをガイドし、不安があれば個別フォローをする体制を整えました。
この3つの取り組みを行った結果、参加した女性メンバーからは以下のような声が寄せられました。
『何をどう考えていけばいいのか分かった』
『悩んでいたのは私だけでないと分かって安心した』
『自分の人生だから、どうしたいのかは自分にしか決められない。こうしたいという意欲も高まった』
一方、彼女たちを支援する上司からもこんな声が寄せられました。
『自分が男性だから女性の気持ちはわからないと思っていたが、しっかり話を聴いてみたらわかることがあった』
『これまでも向き合ってきたつもりだったが、面談で管理職になりたいと意思表明をされて正直驚いた』
こうして上司・部下間の相互理解が進み、共に「キャリア開発」に向けて歩みを始める土台を作り上げることができました。「キャリア開発」だけですべてが解決するわけではありませんが、本人の『どうしたいか』の意志がなければ何も前に進みません。DEIの観点から「キャリア開発」を行う有効性は、多様性を理解・受容し、それを活かしていくところにあると私は考えています。
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編集後記
限られた人生時間の中で、『この企業・組織に身を置きコミットする』と選択してもらうためには、企業側がさまざまなメリット・ベネフィットを従業員に提示する必要があります。これまでの時代であれば給与や待遇だけでも十分だったかもしれませんが、現代ではプライベートとの両立や社会的な意義などかなり多様になってきている印象です。それらを1人ひとり理解・受容し、自社にできることを考える──それが「キャリア開発」の原点なのではないでしょうか。