「インシビリティ」が組織を蝕む。“微細な非礼”の悪影響と防止法を解説
礼儀正しさやマナーに欠ける社会的行動を意味する「インシビリティ」。放置するとハラスメントに発展してしまうリスクがあることから、企業としても見逃せないものとなっています。
今回は、25年以上に渡り人事企画・採用・育成・組織開発に携わってきた経験を持つ合同会社ミライエール 代表の齊藤 千尋さんに、「インシビリティ」の定義・具体例から未然に防ぐ方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
齊藤 千尋(さいとう ちひろ)/合同会社ミライエール 代表
外資系金融・IT、菓子メーカー、国内IT企業にて25年以上、人事企画・採用・育成・組織開発を担当。産業カウンセラーとしてメンタルケアにも携わり、対話を基軸とした職場づくりを推進してきた。独立後は、中小企業の採用戦略づくりや人事制度設計、研修開発を支援する外部人事パートナーとして活動。個人向けにはキャリアコンサルティングとコーチングを提供し、前に進む力を引き出している。
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目次
「インシビリティ」とは
──「インシビリティ」とはどのような行動を指すのでしょうか? ハラスメントとの関係性も含めて教えてください。
「インシビリティ」とは、明確な悪意はないものの相手への配慮や敬意を欠いた失礼な言動を指す言葉であり、『グレーなハラスメント』や『ハラスメントの芽』などと呼ばれるなど、昨今注目されています。ハラスメントに比べて『意図の明確さ』や『攻撃性の強度』は弱いと言われていますが、職場内でこれらの行為が蓄積・放置されることでハラスメントに移行するリスクが高まります。
この「インシビリティ」はどのような関係性でも発生するため、誰もが“行為者”になり得るものです。具体的には以下のような行動が該当し、その内容は非常に多岐に渡ります。
・挨拶を返さない
・話を遮る
・意見を無視や軽視する
・メール返信の内容が辛辣
・声を荒げる
・不機嫌な態度を取る
・業務指示や指導が雑すぎる
など
「インシビリティ」が組織に与える悪影響
──「インシビリティ」が放置された場合、組織にどのような悪影響が生じますか?
「インシビリティ」が放置されると、まず個人には精神的負担が蓄積し、自己肯定感や自己効力感が低下し、メンタル不調や業務ミスにつながります。これを会社が『個人間の問題』として扱い続ければ、安全配慮義務の観点でも問題が生じ、当事者の失望や疎外感から離職につながるリスクが高まります。
こうした個々の負担は、やがて組織全体に波及します。無視や軽視などの配慮や敬意を欠く行為が繰り返されると心理的安全性が損なわれ、対人関係への抵抗感や恐怖感から率直な意見交換が困難になります。その結果、連携不足、判断ミス、変化への躊躇が生じ、生産性が低下します。また、配慮や敬意を欠く言動が常態化すると、思考が防御的になり、仕事の本質に踏み込む姿勢が弱まり、意思決定の質も鈍化していきます。
このような状態が続くと、職場の関係性は脆くなり、情報が滞留し、非効率が累積します。悪影響は人材の定着や確保にも及び、マネジメント層は火消し対応に追われて疲弊し、リーダーとしての機能を発揮しづらくなります。最終的には、事業の基盤となる組織文化と組織力そのものが損なわれ、その回復には多大な時間とコストが必要になります。
──「インシビリティ」やハラスメントにおいては、『関係性によっては同じ行為でも受け取り方が異なる』という難しさがあると思います。その中で、人事として『どこまでが問題行動か』を判断するポイントがあれば教えてください。
おっしゃる通り、「インシビリティ」の判断は主観的な側面もあり、人事の介入・判断は容易ではありません。だからこそ、会社が重要視するVision・行動指針・就業規則・法令といった客観的な視点を土台に、公正さを大切にしながら双方の声に丁寧に耳を傾け、その背景にある理由を解きほぐしていく姿勢が求められます。
また、個別の火消しで終わらせるのではなく、「インシビリティ」を防ぐための教育や啓発を継続的に行い、組織全体で『思いやりが循環する状態』を育てていくことが肝要です。
「インシビリティ」が発生してしまう理由
──「インシビリティ」が発生する原因を、個人要因・組織要因の両面から教えてください。
「インシビリティ」は個人・組織のいずれか一方の要因でも生じますが、両者が重なることで職場に顕在化しやすくなります。個人・組織それぞれの観点から「インシビリティ」が発生してしまう理由を解説します。
■個人面
ストレスや認知負荷、世代・ジェンダー観の違いに加え、「自分のやり方が正しい」「普通はこうするものだ」という自分基準のマイルールが、本人も気づかぬうちに態度や言動ににじみ出ることがあります。
たとえば、ベテラン社員が新人の質問対応を重ねるうちに表情が曇り、資料を無造作に渡してしまうなど、本人に悪意や自覚がなくても、「もう十分説明した、できて当然」という自分の中の基準や思い込みによって相手に接することでインシビリティに転じてしまうなどは典型例です。
さらに、幼少期から学生時代、そして社会人期に至るまで、態度や言動に関するフィードバックを受ける機会が十分にないまま大人になると、自身のふるまいの“癖”に気づかず、結果として、職場内の対人関係でズレとして顕在化することがあります。これは個人の資質というより、気づきを育てる機会が構造的に不足してきたことの影響とも言えます。
■組織面
一方で組織にも、インシビリティが温存される要因があります。
「注意すると角が立つ」「嫌われたくない」「叱ればパワハラと思われるかもしれない」といった懸念から、微細な非礼や態度の乱れを指摘しない風土が続くと、行動の軌道修正が起きにくくなり、気づかぬままズレが蓄積していきます。
さらに、リモート化や価値観の多様化の進展により、かつて共有されていた“暗黙の常識”が薄れ、行動基準を言語化してすり合わせる機会が乏しくなっています。その結果、態度の粗さが是正されず、人によってはそれが『個性』として扱われてしまう場合すらあります。
しかし、多様性とは「失礼を許容すること」ではなく、「相互尊重を前提に関係を整える姿勢」です。場所や相手が変わっても礼節を保つ個人のリテラシーと、組織として“空気ではなく言語で”行動基準をすり合わせる文化。この両輪が、インシビリティを未然に防ぐ基盤となります。
「インシビリティ」を防ぐ方法
──「インシビリティ」を未然に防ぐためには、個人・組織それぞれにどのような対処を設計できると効果的でしょうか?
「インシビリティ」には『本人は気づきにくく、周囲も指摘しづらい』特性があるため、個人・組織の双方で仕組みとして扱うことが重要です。
個人向けには、曖昧な態度の事例を扱うワークやロールプレイによる『気づきの可視化』が有効です。若手から管理職まで広く対象とし、特に上司には『事実と影響を分けて伝えるフィードバック技法の習得』が欠かせません。また、『自分と他人の当たり前は違う』という前提に立ち、セルフチェックしていくことで、無自覚なマイルールや思い込みに気づく契機となります。
経験を重ねた方ほど、思い返せば誰しも心当たりはあるものです。大切なのは過去ではなく、気づいた瞬間から言動を整えていくこと、この先の自分と周囲のために、次の一歩に繋げれば十分なのです。
組織向けには、まず経営メッセージとして『態度の粗さは個性ではなく組織課題である』と明確に示すことが基盤となります。加えて、バイスタンダー研修(※1)や相談ルートの整備により、『言ってよい文化』を制度として担保することが求められます。さらに、会社が『望ましい態度やふるまい』を行動基準として明文化し、全従業員が共通の基準で行動できるようにすることが運用の透明性と公平性を高めます。なお、これらを評価の材料とするのではなく、文化醸成のための『共通言語』として扱うことが重要です。
※1:バイスタンダー研修とは、ハラスメントや差別などの問題が発生した際に、傍観せずに行動を起こす『アクティブバイスタンダー(積極的な傍観者)』を育成するための研修のこと。
──『是正すべき言動』と『そうでない言動』はどう見極めていますか?
是正が必要な言動の判断は、個人の主観ではなく、会社が定めた基準と『相手への影響』をもとに客観的に確認することが前提となります。判断の目安としては以下4点が有効です。
(1)継続性
(2)心理的負荷
(3)複数の受け手が同様に感じるか
(4)業務遂行上の妥当性(役割・基準・必要な連携行動との整合性)
萎縮ではなく、相手を責めることもなく、言動や見え方のズレを対話を通じて整え、協働しやすい関係性に戻していくことこそが、インシビリティ対策の本質です。
──施策の効果を測定する上で、どのような指標(サーベイ項目・行動観察・相談件数など)が有効でしょうか。また、PDCAを回す上で押さえるべきポイントがあれば教えてください。
行動指針では『望ましい態度』を明示することが文化醸成につながりますが、サーベイでは『望ましくない態度』を具体化する方が本人の気づきを引き出しやすく有効です。サーベイに回答しながら『これは自分もやっているかも……』と内省できるからです。例えば、以下のようなNG行動を項目化すると、自分の癖が立体的に見えてきます。
(1)忙しいときに返事が雑になる
(2)新人対応で表情が曇る
(3)話を途中で遮る
(4)自分の当たり前を押し通す
併せて、会議での態度やチャットの書きぶりなどの行動観察や、相談件数・内容の変化も追うことで、数字では見えない兆候を把握することができるようになります。PDCAを回す上では、数値よりも“気づき→調整”のサイクルが現場で生まれているかが核心です。対話を通じて理由や関係性を丁寧に紐解く姿勢こそが、改善の継続を支えます。
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編集後記
『ハラスメント』とまでは言えない小さく目立ちにくい言動であっても、それが積もり積もれば確実に誰かの心を削っていってしまいます。『本人は気づきにくく、周囲も指摘しづらい』特性があることを理解し、個人担保にせず組織単位でも対策を行い、『望ましい態度やふるまい』が文化として定着できるよう支援していきたいものです。








