「選択定年制度」のメリット・デメリットから導入・運用時のポイントまで解説
終身雇用の崩壊や労働力不足への対応などを背景に、退職制度の見直しを検討する企業が増えてきている印象があります。その中で注目を集めている制度に「選択定年制度」があり、文字通り従業員が自分の意思で退職年齢を決められるものです。
今回は、27年間の人事経験と17社の人事コンサルティング経験を持つ前 人史さんに、「選択定年制度」の概要から導入・運用ポイントや注意点に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
前 人史
今までグローバルな事業を展開している大手企業(メーカー、EC、物流、商社など)において27年間人事を経験し、5年間で17社の人事コンサルティングを業務委託(副業)で行ってきました。経営・事業を成長させるための事業戦略や人事戦略づくりを信条として活動しております。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「選択定年制度」とは
──「選択定年制度」の基本的な仕組みについて、従来の『一律定年制』や『継続雇用制度』との違いも含めて教えてください。
「選択定年制度」とは対象となる方が予め、もしくは決まった時期に定年退職する年齢を自由に決めることができる制度です。そこで設定した年齢までは従前の無期雇用契約社員(一般的に正社員)として同様に雇用されます。ただ、企業によっては60歳以降で役職を解かれたり、給与が減額されたり、退職金加算額が増減したりといった変化はあります。
また、企業によっては「選択定年制度」による定年時期を誕生月の1年単位にせず、半年単位や3カ月単位など対象者の選択幅を広げている会社もあります。
従来の『一律定年制』や『継続雇用制度』と比較・整理すると以下図の通りです。

【選択定年制度(例:上限65歳)】
・契約期間:定年年齢上限までの任意の年齢・時期を選べる
・等級:対象(昇降格の可能性あり)
・給与:役割・職務内容による
・手当:対象
・賞与:対象
・退職金:対象
・評価:会社規程による
この「選択定年制度」が注目されている背景には、時代変化(権利・義務の多様化、グローバル化、国の財政・社会保障の限界、IT化など)と共に求職・採用活動、雇用形態、働き方やキャリア形成、退職・定年の仕方などが大きく変化してきたことがあります。中でも定年については、2013年の『高年齢雇用安定法』改正において『65歳までの高年齢者雇用確保措置』が施行され、希望者はみな65歳まで働くことが可能となりました。これまでほとんどの企業で導入されていた『60歳での一律定年制度』の一部が変化し、『定年年齢引き上げ』『継続雇用制度』『定年制度の廃止』が広がり、以降は「選択定年制度」の検討および導入も増えつつあります。
「選択定年制度」のメリット・デメリット
──「選択定年制度」のメリット・デメリットにはどのようなものがありますか? 企業・従業員それぞれの観点から教えてください。
前提、「選択定年制度」は制度趣旨や設計によってメリット・デメリットも大きく変わります。今回はあくまで一例として、企業・従業員それぞれの観点からメリット・デメリットについて整理しました。
対象:企業
■比較項目『人員構成』
【メリット】
・人材不足対策として、スキル・経験値を持ったベテラン人材を確保し活用できる。
・団塊世代の一斉定年を分散化し、後継者育成を行う時間的猶予とシニアによる育成役割を強化することで、組織の人材基盤を強化・充実することができる。
・事前に定年年齢を確定させることで、採用や配置転換などへの対応を計画的に実施することができる。
【デメリット】
・組織における人材層が厚い企業においては、組織の硬直化による若手の成長機会損失につながる可能性がある。
・組織の年齢構成として逆ピラミッド型が拡大し、世代交代が遅れる可能性がある。
■比較項目『人件費』
【メリット】
・『一律定年制度』と比較すると上限年齢を65歳とした時と比べると定年となる従業員もいるため、総人件費が抑えられる可能性がある。
・採用コストや育成コストを削減できる。
【デメリット】
・『継続雇用制度』と比較すると、負担が大きい。
・役職定年を設けたとしても人件費(基本給等のベースが高い)が大きく下がることはないため、若手人材の採用と比較すると、人件費の負担が大きい。
・制度設計によっては、昇格・昇給により人件費が当初の想定より膨らむ可能性がある。
■比較項目『貢献度合』
【メリット】
・経験を活かした人材活用により、マネジメントや育成、専門性に特化させた働きなど、従来の働き方の延長もしくは絞った活躍の場を提供することで、業績、PJ、人材開発支援等に有効に貢献できる。
【デメリット】
・人材活用が上手くいかない場合、生産性の低い人材の雇用継続と惰性労働の拡大につながる可能性がある。
・高齢化に伴う健康や労災リスクが高くなる可能性がある。
■比較項目『制度運用』
【メリット】
・事前に定年年齢を確定することで、運用を適切に行うことができる。
・「選択定年制度」という仕組みによる『従業員想いの姿勢』が採用拡大や人材流出低減を促す可能性がある。
【デメリット】
・上司の意向や組織・ポストの都合で「現実的に選択できない状況」「早期退職を促す」等を行う現実的な運用が行われている場合、会社や制度への不安が全社的に広がってしまう。
・また、上記運用により、「退職強要」とみなされた場合には、労務上のリスクが生じる。
対象:従業員
■比較項目『キャリア形成』
【メリット】
・定年まで自分の意志でキャリア形成を行える環境となる。
・本人のライフプランとキャリアプランをより長期で設計することができる(例:晩婚で定年後も学費や育児を行う場合など)。
・キャリア面談を通じて新たな学びを促進し、定年後のスキルアップを図ることが期待できる。
【デメリット】
・(職場の空気感としてキャリア形成などを若手に譲る空気感が形成されていると)キャリアアップを望めず、意欲低下になる可能性がある。
・高年齢者のキャリア形成に消極的な会社では、新たなキャリア形成を期待できない。
■比較項目『経済面』
【メリット】
・安定的な雇用の中で長期的なライフプランを設計することができ、老後の資金計画を安定させることが期待できる。
【デメリット】
・退職金の加算や昇給が年齢的に抑えられている制度であれば、逆に長く働くことへの不安が増してしまう(制度設計による)。
■比較項目『心理面』
【メリット】
・慣れた職場での安定雇用を実現できる。
・本人の意思で定年を決めることから、『いつまでに何をやり遂げる』などの計画や意欲を醸成できる。
・健康的な不安に対し、休業などの手厚い福利厚生を受けることができる。
【デメリット】
・役職定年などで役職を降りた場合、意欲を向上させる動機が見えず、惰性労働となる可能性もある。
・役職定年や組織での新しい自分の価値を積極的に作っていかなければ、周囲との良い関係を作ることが難しい。

「選択定年制度」導入・運用時に注意すべきポイント
──「選択定年制度」を導入・運用する際に企業が陥りやすい失敗や見落としにはどのようなものがあるでしょうか? その回避策と共に教えてください。
前提、「選択定年制度」は対象となる本人の意思や考えのもとで定年退職を行う時期を決定します。また、企業としても人件費が増加してでも導入すると決めたものである以上、その本質的な背景や意図を汲み取り、企業にも対象者本人にも魅力的な制度を設計し導入・運用することが重要になります。
このことを踏まえて導入・運用を進めることは言うまでもありませんが、他にも企業が陥りやすい失敗や見落としがいくつか存在します。その代表的なものとして3つほど紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
(1)上限年齢までの希望者数の想定
対象者のほとんどが『上限年齢までの雇用』を希望することを前提に制度設計をする必要があります。なぜなら、対象者にはさまざまな不安(60歳以上の転職が厳しい、年金支給時期の引き上げ、物価上昇、退職時に2,000万円貯蓄問題、高年齢による健康など)があるためです。また、制度設計時に予算を前提として都合の良いシミュレーションを行ってしまうことにより、人件費が想定よりオーバーしてしまうことも間々あります。
<回避策>
・導入時において『継続雇用制度』の離職傾向データを使わないようにする(定年が伸びるとなると考えが変わることが多いため)。
・『役職定年制度』の処遇体系見直し(職種によっては成果給の割合を高めるなど)を同時に進めておく。ただし、コストだけを優先して本人のモチベーションが下がるような設計にならないように注意。
・役職定年から「選択定年制度」の上限年齢の総収入額を考えて試算する(移行期間も含めてしっかりと個人のシミュレーションと説明を実施)
(2)がんばって働いてくれるだろうという『思い込み』
60歳以降の役割・職責・権限・組織でのポジションなどが変化するとやる気を無くし『惰性労働』になってしまう方も少なくありません。それだけならまだしも、疎外感や妬みから若手やメンバーの足を引っ張る人も出てくることも予想されます。例えば、自身の仕事をブラックボックス化し引継ぎや育成を意識的に行わずに囲い込み、自身の重要性を高めようとする傾向の人も出てくる可能性があります。
<回避策>
・職種や役割および目標や達成基準を明確にし、リスキリング施策を準備する期間を設ける。
・個々人の能力やスキルを60歳以前から面談を通じて把握し、本人の意欲が落ちないような職種や役割などを提示する。
・部署や職種転換を行う人材に対しては、60歳になるまでに猶予を与えて後継者育成を必ず行ってもらう施策を実施する。
・上限年齢までに何を実現するかを本人と人事間で相互に合意する(例:育成や成果を明確にする、など)
(3)制度の透明性とわかりにくさ
複雑でわかりにくい制度は、対象者が仕事をしていく中で『イメージと違う』『そう思っていなかった』などのトラブルや意欲低下を招くことがあります。また、制度導入の背景と運用の矛盾(企業メリットを最大限にする運用がなされてしまうなど)にも注意が必要です。
<回避策>
・制度適用前から、制度趣旨の説明や面談を通じた仕事や収入等のシミュレーションなどを実施する。
・意思決定のための十分な猶予期間を60歳前に与える。
・制度設計や運用を『コスト』と考えるのではなく『投資』であると考えて諸々のアクションを実施する。
「選択定年制度」を人材戦略に結びつける上で留意すべきこと
──「選択定年制度」を人材戦略に結びつける上で、人事部や経営層が特に留意すべき点はどんなことがありますか?
これは「選択定年制度」に限らない話ではありますが、その中でも特に留意すべき点として3つほど挙げさせていただきます。

(1)事業を成長させるための人材ポートフォリオ策定
事業として収益をあげるためのプロセスに仕組みとしての指標(KPI・KGI)を明確に設定し、人材ポートフォリオとして『どのプロセスにどのような人材が必要か』を策定することで、それぞれの人材における役割と貢献の仕方が明確になってきます。中でも60歳以上の人材は、経験値・スキル・知識・人脈などの大切な知見を持っている場合が多いため、それらをしっかりと把握して人材ポートフォリオへ組み込んでいくことが重要です。これにより、役職定年後や60歳以降もやりがいを持って仕事に打ち込んでもらえるようになります。
(2)人材=コストではなく『投資』と考える
企業成長は『人材』によって実現されますし、お金も情報も物も人材が調達してきます。(1)で策定した人材ポートフォリオはまさに『資産』であり、育成も配置もキャリア形成も権限移譲を行い職務を遂行させることは『投資』と言えるものです。事業成長や収益を拡大させるためには人材投資は欠かせません。
一方で、『投資』も限られた資金の中で行う必要があります。そのため、成長・収益拡大に向けた人材の優先順位付けをせねばなりません。60歳以上の知見をどう生かすか、優先順位をもとに誰に投資をするのか──これらを事業と人材ポートフォリオを見ながら検討していく必要があります。そういう意味でも、企業として『継続雇用制度』ではなく「選択定年制度」を導入・検討される企業は、まさに『人材への投資』姿勢を持たれているのだと感じます。
(3)モチベーションをいかに高めるか
上記(1)と(2)の取り組みを通じて、従業員は自身の目標やプロセス、並びに貢献と実感を得ることができるようになるはずです。あとは、疎外感や妬み、年齢のレッテルをできるだけ排除できる仕組みの構築がモチベーションを高める上ではとても重要だと考えます。人は働く上で今よりも『悪くするために頑張る人』はいないという前提で、仕事ぶりが貢献として見えて評価をされることでより頑張るものです。
ただし、会社が大きくなればなるほど自身の仕事の貢献度合いが見えなくなり、結果として一生懸命仕事をしなくても何も変わらないと思ってしまう傾向があります。それらを防ぐためにも、人事戦略しかり「選択定年制度」しかり、事業と人事が同じベクトルを向いて仕事をしていくことが第一歩です。すべての従業員とはいかないまでも、会社にとって優先順位の高い人材に対してはしっかりとモニタリングする仕組み・仕掛け・対応を心掛けることが重要なのではないでしょうか。
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編集後記
働き方の多様化に伴い、『辞め方』も多様化が進んでいる印象を受けました。しかし、ただ単に辞めるタイミングや方法を選択できるようにするのではなく、会社として従業員が持つ知見や経験を資産と捉えてどのように最大限活用していくか、また従業員がより長くやりがいを持って働く環境を作るにはどうすれば良いか、を考え続けていく必要がありそうです。









